聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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72. トマスの脱走計画

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 トマスの部屋には大きなバスタブが置かれ、熱い湯が下男たちによって運び込まれていた。湯がバスタブに注ぎ込まれると、白い湯気がモクモクと部屋の中に立ち昇り、湿度が上がる。
 トマスは女性ものの真っ白なシュミーズを着て、ソファに座って湯あみの準備が整うのを待っていた。その姿は麗しい貴婦人そのものである。
 メイドがバスタブの中に赤い花びらを撒き終えると、使用人達がトマスに頭を下げてから撤収し始めた。 

「朝の湯あみの準備が出来ましたので、私共は下がります。終わりましたらお呼びください」

 最後の一人だった、ダークブラウンヘアーのメイドが部屋から出ようとした時、トマスは彼女の背後に立ち、腕を伸ばして扉に手をあてて開けさせなかった。
 トマスは彼女の耳元で囁く。

「手伝ってくれないか?」

 メイドは顔だけでなく、耳まで真っ赤にして身をすくめながらこくりと頷く。

「は……はい」

 このメイドは、トマスの着替えをいつも盗み見ており、鏡越しにトマスと目が合った時に顔を赤くしていた。トマスはその様子から、彼女は自分のことを女性ではなく男性として意識している気がしていた。

  メイドがゆっくりとトマスの方へ振り返る。トマスは目が合った瞬間に、着ていたシュミーズをパサリと床に脱ぎ落した。

 メイドは両手で口を押さえ、恥じらいながらも好奇心に満ちた目でトマスの裸をまじまじと見ている。

「不思議? 脱いだら男の身体なのは」

 トマスはそう言うと、バスタブに向かって歩き出し、湯の中に入った。

「背中を洗って貰える?」

 トマスに頼まれ、メイドは慌ててバスタブに駆け寄り、スポンジでトマスの背中を遠慮がちに撫でる。

「ありがとう、とても気持ちが良いよ。腕もお願い出来る?」
「は……はいっ!」

 メイドがトマスの腕を磨こうとトマスの隣に移動し、しゃがんでから腕を優しく洗い始め、時折視線を湯船の中に向けている。

 なぜかトマスの腕が上に上がりはじめ、メイドが困惑していると、その腕はメイドの背中に回り、肩を抱いた。そしてメイドはバスタブの方へと身体を引き寄せられる。

「ねえ、私に何か望む事はある?」

 甘い声で囁くトマスに、メイドは顔を真っ赤にし、言葉がどもる。

「ののののののの、のぞっ、望むことですか!?」

 そう言いながらも、メイドはチラチラとトマスの唇を見ていた。

 トマスはメイドを覗き込むように顔を寄せる。

「私は男娼だし、そんなに気兼ねしなくていいんだよ」

 トマスはそう言ってメイドの唇を見つめた。すると、思わずメイドは目を瞑り、吸い寄せられるように唇を前へと差し出す。

「それが望み?」
「へ?」

 メイドは目を開けてトマスを見た。トマスはふっと笑みを見せる。

「いいよ」

 トマスは空いていた片手でメイドの顎を掴むと、軽くキスをする。
 だが、その一回のキスでメイドはたがを外し、トマスの首に両腕を回して、欲情したキスを自らトマスの唇に降らせ始めた。トマスは彼女からのキスを受けつつ、キスの合間にメイドに話しかける。

「ねえ……大切なメイド服が濡れたら大変じゃない? 君も……脱いだら?」

 興奮状態のメイドはキスを止め、トマスを見つめながら服を脱ぎ始める。トマスは微笑んで見せ、湯から出てタオルで身体を拭き、そしてそのままメイドをベッドへと誘い込む。

 メイドはトマスに望みを叶えてもらい、その後満足して眠ってしまった。

 トマスは静かにベッドを降りて、床に捨てられたメイドの服を拾い、着替え始める。
 ベッドのシーツをメイドに掛けてあげると、トマスは小声で囁く。

「君の願いを叶えたから、俺の願いも叶えてね」

 シーツはメイドの口元あたりまでかけられ、そのため髪の長さはわからなくなり、ベッドの天蓋で暗がりとなっているので、ダークブラウンの髪色は黒色に見えた。少し離れた位置からなら、トマスが寝ているように見える。

 トマスはメイドの帽子を深く被り、濡れたバスタオルや洗濯物を両手で抱えて顔を隠しながら部屋を出て行った。
 
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