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69. ソマは我らの宿敵
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家の中は素朴な造りだった。家具はほぼ手作りだろう。どれも温かみがあり、大切に使っているのがよくわかる。
巨木とはいえ、木の上に作られた家はそこまで広くはなく、入ってすぐに居間らしい空間があった。居間に敷かれた細かい刺繍の深紅の絨毯も、おそらくこの民族の手織りなのだろう。
すでにヤールがその居間で、木目の美しいロッキンチェアに座って酒を飲んでいた。
「来たか。座れ」
ヤールに促され、彼の前に置かれた木椅子に腰を掛ける。ジョセフィーヌもヤールの隣の椅子に座った。
「名前は?」
「ヴェルタ王国の王族、サイオン・グレイル=ヴェルタ」
「王族がわざわざこんな所まで一人で来るのか? 怪しいな。お前の言うトマスという人物の特徴を言ってみろ」
ヤールは本当にトマスを知っているのか疑っている様子だ。
「漆黒の美しい髪をしており、肌は白い。男性とも女性とも言えない魅力的な容姿で、背はそれほど高くなく、いつも落ち着いており、歳は二十代半ばくらいだろう。本人が自分の年齢を知らないそうだ」
「何の証拠にもならんな」
ヤールは鼻で笑うと、ジョッキを傾け酒を飲んだ。
「南の孤島、呪われし島、我ら黒妖犬、誘われるように流れ着くは罪と罰、染み付く死臭、生き地獄」
サイオンが口にすると、ジョセフィーヌは反応して目を見開いた。
「その詩……」
「トマスが口ずさんでいました。あと、彼はクジラが嫌いということ、孤児で道で寝ていたらヴェルタ王国の者に攫われたと」
サイオンの話にジョセフィーヌは悲しげに首を振った。
「それは違う。孤児ではなく、ヤールの息子として大切にこの村で育てていました。ある日、手紙だけ残して姿を消していて、島中を探したけど見つからず、自分で出て行った可能性のある者を、ヤールの立場で仲間達を島に残して長い期間大陸まで探しに行く事は出来なかったため、物資の調達で大陸に赴いた時に探すのが精一杯でした……」
「……さっきの詩を聞いただけで、そこまで話してくれるのは、私を信用してもらえたのか?」
ジョセフィーヌはヤールをちらりと見て確認してから、またサイオンを見る。
「ええ。その詩は前半部分はマーレ族の有名な詩なのだけど、後半は……私が作ったものです。トマスとヤールくらいしか知らないの」
「なるほど……」
「あとは、あなたが嘘をついているとは思えない」
ジョセフィーヌの言葉にサイオンは破顔してしまった。
「それは……光栄だな」
「こちらこそ、ここまで来てくれたことに感謝します」
ジョセフィーヌとサイオンは打ち解けた笑顔を見せ合った。
「では質問だが、トマスは自分の意思でこの島から出たのか?」
「手紙を信じればそうなのでしょう。字はトマスの字で、マーレ族しか使わない文字でした。世界を見て生きる意味を見つけたいとだけ書いてありました。ただ……この島に来るのはさほど難しくないけど、出るにはマーレ族の技量がないと出れない。まだ子供だったトマスが単独で島を出られたとは考えにくい……」
「生きる意味……。昔トマスの黒髪を褒めた時に、黒妖犬島ではなぜか黒髪の子が生まれると言っていたが……それは自分がマーレ族であることを隠す為だったのだろうか?」
ジョセフィーヌは少し考えて、サイオンに説明する。
「……まず罪人達はここに送られる時に、島には黒妖の森があり、そこには最も卑しい、黒髪で褐色肌の原住民が住んでいると教えられます。禍から生まれる黒い犬だと。だから流刑村の者達はソマ国民同様、マーレ族を蔑んでいる。
流刑村の女が客としてマーレ族を相手にして、黒髪の子供が生まれた時は、黒髪は恥で不吉だと言って子供の髪色を染めるの。トマス自身のルーツが恥だと言われているのだから、あまり黒髪について詳しく話したくなかっただけかもしれないけど」
サイオンはジョセフィーヌの話を聞きながら、ずっと引っかかる事があった。
「その、ソマ国民同様とは……どういう意味だ?」
「ソマ王国は私達の歴史を他国に隠しているのですね。マーレ族の先祖は元々ソマ王国の民。黒い髪と褐色の肌で差別され、迫害され、奴隷のように働かされていました。
その昔、この島近海にクジラが沢山訪れる事を知ったソマ国王は、捕鯨船を出したのですが、殆どの船が帰って来なかったのです。運良く帰ってきた者達からは、ここがとても危険な海域である事を聞かされ、ソマ国王は使い捨ての身分だったマーレ族をこの島に送り、島から捕鯨をさせて、ソマ王国にクジラを送らせようとしました」
「クジラだと?」
「マーレ族がこの島に流されると、様々な種のクジラの無惨な死体が沢山打ちあがっており、おかげで島の中は酷い死臭が漂い、地獄だったそうです。
マーレ族は最初にこの島を逃げ出そうとした時、ソマ王国の捕鯨船が殆ど戻らなかった理由と、クジラ達の死体が大量にある理由がわかりました。この近海には化け物のような巨大で凶暴なクジラがいたんです。
島から出れず、ここで生きて行かなくてはならなくなったマーレ族は、必死に島を開拓しました。
ソマ王国へ、ここからクジラを届けるのが国王からの命令でしたが、島から出れないのですから、届けようがありません。
そしてソマ王国側も、この島に来たら帰れないのですから、我々の監視に来たがる者などおらず、干渉も次第になくなり、マーレ族を黒い犬と呼んで奴隷としていたソマ王国から、意図せず解放されました。
そして、元々筋肉のつきやすい骨格だったマーレ族は、島と海での漁の生活でかなり鍛えられ、巨大クジラとも戦えるだけの力がつき、そのクジラからしか取れない貴重な油を発見したのです。
巨大クジラに噛みつかれたクジラの一部からも巨大クジラの油が見つかりました。おそらく歯が毒針のようになっていて、注入された毒が何らかの形で体内で変化して巨大クジラと同じ油になるのでしょう。
その油を使うと、凄まじい威力の爆弾が作れるのです。
海を越えられるようになったマーレ族は、定期的にソマ王国以外の大陸にある国に赴き、素性を隠して物資を調達できるようになりました。そしてクジラの油で強力な兵器も生み出す事に成功し、最強の戦士となり、島も美しく整備され、この島でこれからという時に、ソマ王国はまたも我々を苦しめてきました」
サイオンにはどれも初めて聞く話で驚きを隠せなかった。
「そんな歴史が……」
「ソマ王国は、クジラを独占するためにひた隠しにしていたこの島を、我々への報復目的で近隣諸国に公表し、罪人の島だと吹聴し始め、今度はここを流刑地として各国の犯罪者を次々送り込んで来るようになりました。
マーレ族はやっと自由を得ることが出来たのに、今度は犯罪人達に手を焼き、変わらずソマから尊厳を傷つけられる行為を受け、生き地獄をここで今もなお味わっている」
突然、ヤールが口を開いて話に入って来た。
「名前はトマス・スミス。まだ二十一歳だ」
サイオンはトマスの本当の年齢を知り青ざめた。見た目は大人びており、落ち着いた物腰と、男娼だった時期を合わせて、二十代でも後半だと思っていた。
(ならトマスは……出会った時は少年ではあったが、そんなにも若い年齢だったのか……?)
「サイオン!? なぜ泣くの?」
ジョセフィーヌの言葉でサイオンは自分が涙を流している事に気づいた。
「すまない……トマスは……娼館で働いていたんだ……それを思い出して」
「娼館だと?」
「そんなっ……」
両親としてはもっともな反応だった。サイオンはどう説明して良いかわからず、とにかく自分が見ていた事実を伝える。
「初めて出会った時のトマスは、自らの意思で娼館にいたというより、働かされていたといった表現の方が合う様子だった……だが最終的には、彼は自らの意思でクルチザンヌを目指して昇り詰めた。もちろん、娼館という場所で少しでもまともな生活をするには、それしか手段がなかったのかもしれないが……」
「クルチザンヌって……高級といえど、男娼に?」
ジョセフィーヌは驚きと悲しみを交えた表情で聞いた。
「ああ、両親には辛い話だろう。彼と初めて出会ったのは、王族貴族専用の密談にも使われる高級娼館で、密談中の部屋にワインを運んできたのが、まだ下働きで客を取っていなかったトマスだった。その際に、まだ男娼ではない彼に手を出そうとした者がいて、私が間に入って止めた。それから、怯えていたトマスを落ち着かせ、彼にどこか良い里親か、まともな奉公先を見つけて娼館から出してやると提案したのが私達の始まりだ。だが、結局本人に断られたんだ。その後、成長した彼と再会したら、もう怯える少年ではなく、堂々としたクルチザンヌになっていた」
「そうか……。それで、その後サイオンがトマスを身請けして、侍従にしたのか」
「そうだ。だが、トマスを自由にする金を払っただけで、私達が夜を共にした事は一度もない」
「では、なぜ、そこまで……?」
ヤールの質問に、思わずサイオンは目を伏せる。
「なぜだか……放っておけなかっただけだ」
サイオンの僅かな動揺にヤールは気づいておらず、サイオンの言葉をそのまま受け取った様子だった。
「サイオン、これまでトマスを助け支えてくれたこと、心から礼を言う」
サイオンはヤールの感謝の言葉に、少し後ろめたさを感じていた。トマスには本当に一度も手は出していない。今の話も全て事実。だが、サイオンの心の中では、秘めた想いがあった。
「それでサイオン、トマスは誰に攫われた?」
ヤールの言葉に、サイオンは一気に現実に意識が引き戻された。
「ああ、恐らく……フロリジア公国の前公妃で、今はソマ王国にいるセルマ寡妃だ」
ヤールの瞳が血走り始める。宿敵の名前が上がり、怒りをあらわにした。
「ソマの王族かっ!! 皆殺しにしてやるっ!!」
「落ち着いて、ヤール。闇雲に攻めてもトマスに危害が加わるだけだわ」
ジョセフィーヌがヤールの腕を引き、落ち着かせて座らせた。
「サイオン、息子を今度こそ救いたい」
「ああ、私も君達の協力がいる」
巨木とはいえ、木の上に作られた家はそこまで広くはなく、入ってすぐに居間らしい空間があった。居間に敷かれた細かい刺繍の深紅の絨毯も、おそらくこの民族の手織りなのだろう。
すでにヤールがその居間で、木目の美しいロッキンチェアに座って酒を飲んでいた。
「来たか。座れ」
ヤールに促され、彼の前に置かれた木椅子に腰を掛ける。ジョセフィーヌもヤールの隣の椅子に座った。
「名前は?」
「ヴェルタ王国の王族、サイオン・グレイル=ヴェルタ」
「王族がわざわざこんな所まで一人で来るのか? 怪しいな。お前の言うトマスという人物の特徴を言ってみろ」
ヤールは本当にトマスを知っているのか疑っている様子だ。
「漆黒の美しい髪をしており、肌は白い。男性とも女性とも言えない魅力的な容姿で、背はそれほど高くなく、いつも落ち着いており、歳は二十代半ばくらいだろう。本人が自分の年齢を知らないそうだ」
「何の証拠にもならんな」
ヤールは鼻で笑うと、ジョッキを傾け酒を飲んだ。
「南の孤島、呪われし島、我ら黒妖犬、誘われるように流れ着くは罪と罰、染み付く死臭、生き地獄」
サイオンが口にすると、ジョセフィーヌは反応して目を見開いた。
「その詩……」
「トマスが口ずさんでいました。あと、彼はクジラが嫌いということ、孤児で道で寝ていたらヴェルタ王国の者に攫われたと」
サイオンの話にジョセフィーヌは悲しげに首を振った。
「それは違う。孤児ではなく、ヤールの息子として大切にこの村で育てていました。ある日、手紙だけ残して姿を消していて、島中を探したけど見つからず、自分で出て行った可能性のある者を、ヤールの立場で仲間達を島に残して長い期間大陸まで探しに行く事は出来なかったため、物資の調達で大陸に赴いた時に探すのが精一杯でした……」
「……さっきの詩を聞いただけで、そこまで話してくれるのは、私を信用してもらえたのか?」
ジョセフィーヌはヤールをちらりと見て確認してから、またサイオンを見る。
「ええ。その詩は前半部分はマーレ族の有名な詩なのだけど、後半は……私が作ったものです。トマスとヤールくらいしか知らないの」
「なるほど……」
「あとは、あなたが嘘をついているとは思えない」
ジョセフィーヌの言葉にサイオンは破顔してしまった。
「それは……光栄だな」
「こちらこそ、ここまで来てくれたことに感謝します」
ジョセフィーヌとサイオンは打ち解けた笑顔を見せ合った。
「では質問だが、トマスは自分の意思でこの島から出たのか?」
「手紙を信じればそうなのでしょう。字はトマスの字で、マーレ族しか使わない文字でした。世界を見て生きる意味を見つけたいとだけ書いてありました。ただ……この島に来るのはさほど難しくないけど、出るにはマーレ族の技量がないと出れない。まだ子供だったトマスが単独で島を出られたとは考えにくい……」
「生きる意味……。昔トマスの黒髪を褒めた時に、黒妖犬島ではなぜか黒髪の子が生まれると言っていたが……それは自分がマーレ族であることを隠す為だったのだろうか?」
ジョセフィーヌは少し考えて、サイオンに説明する。
「……まず罪人達はここに送られる時に、島には黒妖の森があり、そこには最も卑しい、黒髪で褐色肌の原住民が住んでいると教えられます。禍から生まれる黒い犬だと。だから流刑村の者達はソマ国民同様、マーレ族を蔑んでいる。
流刑村の女が客としてマーレ族を相手にして、黒髪の子供が生まれた時は、黒髪は恥で不吉だと言って子供の髪色を染めるの。トマス自身のルーツが恥だと言われているのだから、あまり黒髪について詳しく話したくなかっただけかもしれないけど」
サイオンはジョセフィーヌの話を聞きながら、ずっと引っかかる事があった。
「その、ソマ国民同様とは……どういう意味だ?」
「ソマ王国は私達の歴史を他国に隠しているのですね。マーレ族の先祖は元々ソマ王国の民。黒い髪と褐色の肌で差別され、迫害され、奴隷のように働かされていました。
その昔、この島近海にクジラが沢山訪れる事を知ったソマ国王は、捕鯨船を出したのですが、殆どの船が帰って来なかったのです。運良く帰ってきた者達からは、ここがとても危険な海域である事を聞かされ、ソマ国王は使い捨ての身分だったマーレ族をこの島に送り、島から捕鯨をさせて、ソマ王国にクジラを送らせようとしました」
「クジラだと?」
「マーレ族がこの島に流されると、様々な種のクジラの無惨な死体が沢山打ちあがっており、おかげで島の中は酷い死臭が漂い、地獄だったそうです。
マーレ族は最初にこの島を逃げ出そうとした時、ソマ王国の捕鯨船が殆ど戻らなかった理由と、クジラ達の死体が大量にある理由がわかりました。この近海には化け物のような巨大で凶暴なクジラがいたんです。
島から出れず、ここで生きて行かなくてはならなくなったマーレ族は、必死に島を開拓しました。
ソマ王国へ、ここからクジラを届けるのが国王からの命令でしたが、島から出れないのですから、届けようがありません。
そしてソマ王国側も、この島に来たら帰れないのですから、我々の監視に来たがる者などおらず、干渉も次第になくなり、マーレ族を黒い犬と呼んで奴隷としていたソマ王国から、意図せず解放されました。
そして、元々筋肉のつきやすい骨格だったマーレ族は、島と海での漁の生活でかなり鍛えられ、巨大クジラとも戦えるだけの力がつき、そのクジラからしか取れない貴重な油を発見したのです。
巨大クジラに噛みつかれたクジラの一部からも巨大クジラの油が見つかりました。おそらく歯が毒針のようになっていて、注入された毒が何らかの形で体内で変化して巨大クジラと同じ油になるのでしょう。
その油を使うと、凄まじい威力の爆弾が作れるのです。
海を越えられるようになったマーレ族は、定期的にソマ王国以外の大陸にある国に赴き、素性を隠して物資を調達できるようになりました。そしてクジラの油で強力な兵器も生み出す事に成功し、最強の戦士となり、島も美しく整備され、この島でこれからという時に、ソマ王国はまたも我々を苦しめてきました」
サイオンにはどれも初めて聞く話で驚きを隠せなかった。
「そんな歴史が……」
「ソマ王国は、クジラを独占するためにひた隠しにしていたこの島を、我々への報復目的で近隣諸国に公表し、罪人の島だと吹聴し始め、今度はここを流刑地として各国の犯罪者を次々送り込んで来るようになりました。
マーレ族はやっと自由を得ることが出来たのに、今度は犯罪人達に手を焼き、変わらずソマから尊厳を傷つけられる行為を受け、生き地獄をここで今もなお味わっている」
突然、ヤールが口を開いて話に入って来た。
「名前はトマス・スミス。まだ二十一歳だ」
サイオンはトマスの本当の年齢を知り青ざめた。見た目は大人びており、落ち着いた物腰と、男娼だった時期を合わせて、二十代でも後半だと思っていた。
(ならトマスは……出会った時は少年ではあったが、そんなにも若い年齢だったのか……?)
「サイオン!? なぜ泣くの?」
ジョセフィーヌの言葉でサイオンは自分が涙を流している事に気づいた。
「すまない……トマスは……娼館で働いていたんだ……それを思い出して」
「娼館だと?」
「そんなっ……」
両親としてはもっともな反応だった。サイオンはどう説明して良いかわからず、とにかく自分が見ていた事実を伝える。
「初めて出会った時のトマスは、自らの意思で娼館にいたというより、働かされていたといった表現の方が合う様子だった……だが最終的には、彼は自らの意思でクルチザンヌを目指して昇り詰めた。もちろん、娼館という場所で少しでもまともな生活をするには、それしか手段がなかったのかもしれないが……」
「クルチザンヌって……高級といえど、男娼に?」
ジョセフィーヌは驚きと悲しみを交えた表情で聞いた。
「ああ、両親には辛い話だろう。彼と初めて出会ったのは、王族貴族専用の密談にも使われる高級娼館で、密談中の部屋にワインを運んできたのが、まだ下働きで客を取っていなかったトマスだった。その際に、まだ男娼ではない彼に手を出そうとした者がいて、私が間に入って止めた。それから、怯えていたトマスを落ち着かせ、彼にどこか良い里親か、まともな奉公先を見つけて娼館から出してやると提案したのが私達の始まりだ。だが、結局本人に断られたんだ。その後、成長した彼と再会したら、もう怯える少年ではなく、堂々としたクルチザンヌになっていた」
「そうか……。それで、その後サイオンがトマスを身請けして、侍従にしたのか」
「そうだ。だが、トマスを自由にする金を払っただけで、私達が夜を共にした事は一度もない」
「では、なぜ、そこまで……?」
ヤールの質問に、思わずサイオンは目を伏せる。
「なぜだか……放っておけなかっただけだ」
サイオンの僅かな動揺にヤールは気づいておらず、サイオンの言葉をそのまま受け取った様子だった。
「サイオン、これまでトマスを助け支えてくれたこと、心から礼を言う」
サイオンはヤールの感謝の言葉に、少し後ろめたさを感じていた。トマスには本当に一度も手は出していない。今の話も全て事実。だが、サイオンの心の中では、秘めた想いがあった。
「それでサイオン、トマスは誰に攫われた?」
ヤールの言葉に、サイオンは一気に現実に意識が引き戻された。
「ああ、恐らく……フロリジア公国の前公妃で、今はソマ王国にいるセルマ寡妃だ」
ヤールの瞳が血走り始める。宿敵の名前が上がり、怒りをあらわにした。
「ソマの王族かっ!! 皆殺しにしてやるっ!!」
「落ち着いて、ヤール。闇雲に攻めてもトマスに危害が加わるだけだわ」
ジョセフィーヌがヤールの腕を引き、落ち着かせて座らせた。
「サイオン、息子を今度こそ救いたい」
「ああ、私も君達の協力がいる」
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