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70. ヴェルタ王の客人
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ヴェルタ王国の王城にトマスの姿があった。
彼は誰から見ても女性であり、ヴェルタ国王の寵愛を受ける者だった。女物の高価なドレスに身を包み、美しい漆黒の髪には煌びやかな髪飾りをつけている。目鼻立ちがしっかりしているので、そのままでも十分美しいが、しっかりと化粧を施し、色気が溢れていた。
「トマス様、ヴェルタ国王がお探しです。すぐに王の部屋まで向かってください」
トマスは捕虜や奴隷のような立場なのだが、一際豪華な部屋を与えられ、メイドもつけられ、着るものも食事も日用品も、すべて妃と同じ待遇を受けていた。だが、窓には格子があり、廊下側の扉の前には四六時中兵士が立っていて、逃げる事が出来なかった。
「すぐに行きます」
トマスは鏡の前に立ち、口紅を塗り始める。
(何の違和感もないな……)
トマスは鏡越しに、扉の前で控えているメイドを見た。メイドとばっちりと目が合うと、彼女は顔を真っ赤にして慌てて視線を逸らす。彼女の髪は黒ではないが、かなり暗いダークブラウンヘアーで、黒妖犬島を思い出させる。
「あなた、その髪色はヴェルタでは珍しいけど、出身はヴェルタ?」
「はい、私はヴェルタ出身ですが、母がソマ王国出身なので。ソマではダークブラウンの髪色は割と多いんですよ」
「そう、ソマのルーツがあるのですね」
トマスは視線を鏡に映る自分に戻すと、もう一度まじまじと自分の姿を見た。
クルチザンヌをしていた頃よりも筋肉がつき、顔を横に向ければ、首には以前よりもしっかりと筋が浮かぶ。メイドの立ち姿と自分を比べれば、背中から腰にかけてのしなやかなカーブが明らかにない。
(いや……さすがに女性ではない。違和感が出てきたか。……逃げる方法を見つけるまでは国王を誘惑しておきたいんだが……)
トマスは準備を終わらせて、国王の部屋へと向かう。扉を開ければ、国王は豪華な長ソファに座り、その向かいには日焼けした肌にブラウンヘアーの見知らぬ若い男性が座っていた。
「おお、来たな」
「お待たせいたしました」
トマスが国王に軽い会釈をし、それから向かいに座る男にも軽く目配せする。男は柔らかな笑みを浮かべているが、どこか嘘くさい。
トマスは優雅に歩き出し、ヴェルタ国王の隣に座る。ヴェルタ国王はすかさずトマスの腰に腕を回した。
「トマス、紹介しよう。彼はアルベール・ガートルートだ。聖ロマニス帝国にあるデイリア領の伯爵家子息だ」
「アルベール様、御機嫌よう」
会釈をするトマスを、アルベールは嬉しそうに見ている。
「あなたは、サイオン卿の侍従をされていた方ですよね?」
「え?」
アルベールは侍従をしていた時のトマスを知っているようだった。
「私達、以前お会いしましたか?」
「直接会話はしていませんが、あなたが以前私のタウンハウスの前で偵察されていたので」
「タウンハウス……? あ」
「ええ。ミア公女が入って行ったタウンハウス。あそこは我が家のタウンハウスです」
「偵察だなんて。ミア公女が供もつけずに建物に入って行くので、心配だっただけです。アルベール様というご友人の家に遊びに行っていたんですね。その節は失礼いたしました」
「ご友人か。あはは」
アルベールは意味深な笑みを浮かべ、相変わらずトマスを見つめていた。トマスはその意味を探ろうと、顔色を変えずに見つめ返す。腰に当てられていたヴェルタ国王の手に力が入った。
「トマス、フロリジアのミア公女のお腹の子は彼の子らしい」
「は?」
トマスは瞬きをして国王を見た。国王の目はまっすぐにトマスを見ており、発言はどうやら真実の様だ。
「やはりサイオン様の子ではなかったのですね。ミアとの間に子供だなんて、可笑しいと思っていたんです。それで、彼がなぜここに?」
アルベールは笑顔でトマスに答えた。
「一緒にセルマ寡妃とジュエリア女公を潰しませんか?」
「は?」
トマスはアルベールをまじまじと見る。
「成功すれば、唯一生かす予定のミアと私が結婚するので、サイオン卿も晴れて自由となり、ヴェルタに独身の状態で帰れますよ。あなたはサイオン卿の為なら何でもすると陛下から聞きました。サイオン卿を望まぬ結婚から解放したいでしょ?」
ヴェルタ国王は大笑いした。
「なかなか面白いことを言うだろ。ここまで来て、私にソマを裏切れと言う」
トマスはアルベールにため息をついた。
「そんな事を提案して、あなたの目的は何なのですか?」
アルベールは今までの穏やかな笑みとは違い、ニヤリと本性を垣間見せる笑いを見せた。
「復讐」
「復讐?」
アルベールは頷く。
彼は誰から見ても女性であり、ヴェルタ国王の寵愛を受ける者だった。女物の高価なドレスに身を包み、美しい漆黒の髪には煌びやかな髪飾りをつけている。目鼻立ちがしっかりしているので、そのままでも十分美しいが、しっかりと化粧を施し、色気が溢れていた。
「トマス様、ヴェルタ国王がお探しです。すぐに王の部屋まで向かってください」
トマスは捕虜や奴隷のような立場なのだが、一際豪華な部屋を与えられ、メイドもつけられ、着るものも食事も日用品も、すべて妃と同じ待遇を受けていた。だが、窓には格子があり、廊下側の扉の前には四六時中兵士が立っていて、逃げる事が出来なかった。
「すぐに行きます」
トマスは鏡の前に立ち、口紅を塗り始める。
(何の違和感もないな……)
トマスは鏡越しに、扉の前で控えているメイドを見た。メイドとばっちりと目が合うと、彼女は顔を真っ赤にして慌てて視線を逸らす。彼女の髪は黒ではないが、かなり暗いダークブラウンヘアーで、黒妖犬島を思い出させる。
「あなた、その髪色はヴェルタでは珍しいけど、出身はヴェルタ?」
「はい、私はヴェルタ出身ですが、母がソマ王国出身なので。ソマではダークブラウンの髪色は割と多いんですよ」
「そう、ソマのルーツがあるのですね」
トマスは視線を鏡に映る自分に戻すと、もう一度まじまじと自分の姿を見た。
クルチザンヌをしていた頃よりも筋肉がつき、顔を横に向ければ、首には以前よりもしっかりと筋が浮かぶ。メイドの立ち姿と自分を比べれば、背中から腰にかけてのしなやかなカーブが明らかにない。
(いや……さすがに女性ではない。違和感が出てきたか。……逃げる方法を見つけるまでは国王を誘惑しておきたいんだが……)
トマスは準備を終わらせて、国王の部屋へと向かう。扉を開ければ、国王は豪華な長ソファに座り、その向かいには日焼けした肌にブラウンヘアーの見知らぬ若い男性が座っていた。
「おお、来たな」
「お待たせいたしました」
トマスが国王に軽い会釈をし、それから向かいに座る男にも軽く目配せする。男は柔らかな笑みを浮かべているが、どこか嘘くさい。
トマスは優雅に歩き出し、ヴェルタ国王の隣に座る。ヴェルタ国王はすかさずトマスの腰に腕を回した。
「トマス、紹介しよう。彼はアルベール・ガートルートだ。聖ロマニス帝国にあるデイリア領の伯爵家子息だ」
「アルベール様、御機嫌よう」
会釈をするトマスを、アルベールは嬉しそうに見ている。
「あなたは、サイオン卿の侍従をされていた方ですよね?」
「え?」
アルベールは侍従をしていた時のトマスを知っているようだった。
「私達、以前お会いしましたか?」
「直接会話はしていませんが、あなたが以前私のタウンハウスの前で偵察されていたので」
「タウンハウス……? あ」
「ええ。ミア公女が入って行ったタウンハウス。あそこは我が家のタウンハウスです」
「偵察だなんて。ミア公女が供もつけずに建物に入って行くので、心配だっただけです。アルベール様というご友人の家に遊びに行っていたんですね。その節は失礼いたしました」
「ご友人か。あはは」
アルベールは意味深な笑みを浮かべ、相変わらずトマスを見つめていた。トマスはその意味を探ろうと、顔色を変えずに見つめ返す。腰に当てられていたヴェルタ国王の手に力が入った。
「トマス、フロリジアのミア公女のお腹の子は彼の子らしい」
「は?」
トマスは瞬きをして国王を見た。国王の目はまっすぐにトマスを見ており、発言はどうやら真実の様だ。
「やはりサイオン様の子ではなかったのですね。ミアとの間に子供だなんて、可笑しいと思っていたんです。それで、彼がなぜここに?」
アルベールは笑顔でトマスに答えた。
「一緒にセルマ寡妃とジュエリア女公を潰しませんか?」
「は?」
トマスはアルベールをまじまじと見る。
「成功すれば、唯一生かす予定のミアと私が結婚するので、サイオン卿も晴れて自由となり、ヴェルタに独身の状態で帰れますよ。あなたはサイオン卿の為なら何でもすると陛下から聞きました。サイオン卿を望まぬ結婚から解放したいでしょ?」
ヴェルタ国王は大笑いした。
「なかなか面白いことを言うだろ。ここまで来て、私にソマを裏切れと言う」
トマスはアルベールにため息をついた。
「そんな事を提案して、あなたの目的は何なのですか?」
アルベールは今までの穏やかな笑みとは違い、ニヤリと本性を垣間見せる笑いを見せた。
「復讐」
「復讐?」
アルベールは頷く。
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