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64. オーガストとアンヌへの打診
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随分長い時間、ジュエリアに昔の話をしていた。その間、隣の部屋ではオーガストとアンヌがずっと待機している。シベリウスは少し二人が心配で、扉の方を横目で軽く見たが、すぐにジュエリアに視線を戻した。
あと少しだけジュエリアに伝えたかった。
「馬上槍試合で私が意識を失ったあと、ジュエルは恐慌状態に陥って、そのまま意識を失ったそう。それで、目が覚めたらジュエルの直近の記憶が失われていたと聞いた。自分の心を守るために、人は辛い記憶を封印することがあるらしく、ジュエルはまさにそれだったらしい」
「……だから、思い出せないの?」
「今となってはどうだろうね。大人になってしまえば、誰だって六歳の時の記憶なんて断片的だし、全く覚えていない人だっている。ジュエルの場合はそれに輪をかけて、当時の記憶喪失もある。だから、ジュエルは十分思い出した方だと思うよ」
そうは言うが、シベリウスの表情からは落胆の色が隠せない。
「せめて……シヴィとの思い出だけでもちゃんと思い出したいのに……」
ジュエリアが溢すと、シベリウスは微笑みながら首を横に振る。
「ジュエルが自分を守るために記憶を消したんだ。無理に思い出さなくていい」
シベリウスはジュエリアに伝えた言葉で、自分をも納得させた。
ジュエリアの頬を両手で包み、真っ直ぐに見つめる。
「君の中で眠ってる幼いジュエルに伝えてあげて欲しい。あの日見つけてくれてありがとうって。君のおかげで、今凄く幸せだと。だから、もう謝らないでって」
ジュエリアはぽろぽろと涙を流し始め、幼い子供の様に泣きじゃくる。
「ありがとう、シヴィ……」
あの日交わした二人の約束は、今はシベリウスだけのものとなっている。
シベリウスはあの約束を拠り所に、死の淵を何度もみながらも頑張ってきた。そして、彼女との約束を果たしたのだ。
出来るなら、ジュエリアと二人で、あの日の約束を共有していたかった。自分があの約束を果たしたことを、ジュエリアに感銘を受けてもらい、自分を讃えて欲しかったのかもしれない。
だが、ジュエリアに記憶が戻らないのも、長い年月で記憶が消えてしまっていても、それはもう仕方ない。
それでも、彼女は今自分のそばにいて、好きだと言ってくれている。彼女と結ばれるのも時間の問題だろう。
(十分じゃないか……)
「さあ、オーガストとアンヌが会話に詰まって困ってる頃だ。そろそろ隣の部屋へ行こう」
ジュエリアは涙を拭きながら頷き、シベリウスの膝の上から降りた。
そして、二人で寝室を出れば、オーガストとアンヌは思いの外、話が盛り上がって楽しそうにしており、シベリウスとジュエリアが部屋から出てきたことにも気づいていない。
「オーガスト、楽しそうだな」
突然のシベリウスの声に、オーガストとアンヌは肩を上げて驚いた。
「おっ、おっ、おうっ! 終わったのか!?」
驚きながらも、少し揶揄ったような表情で、含みのある質問してくるオーガストに、シベリウスは強調して答える。
「話が終わったよ。待たせてすまなかったね」
「そりゃ良かった」
オーガストはまだニヤつきながらシベリウスを見ているが、シベリウスはそんな視線に構うことなくジュエリアをソファに座らせ、自分も座った。
アンヌが温かい紅茶を淹れなおしてくれ、四人はまずはそれを頂いた。そしてジュエリアは、紅茶を飲みながらオーガストを見て思いついた顔をする。
「オーガストはあの近衛騎兵隊の副隊長だったんでしょ? 実は今、国の財源確保をしなくてはならなくて、国境の街を商人の街にしようと思ってるの。構想としては、その街では関税等の制限を無くして、港も整備し、様々な国の商人が集まって自由な売買を出来る場所にして活性化出来ないかと考えているんだけど、治安悪化が心配で……オーガストはどう思う?」
「そうだなあ……もちろん警備強化は必要だろうな。運び込まれる商品を狙った山賊、海賊がフロリジア周辺に増えるだろうし、商品に紛れさせた密輸品も入って来るだろうし。軍の人間を増やす必要があるかもな」
オーガストは思案しながら、アンヌが淹れてくれていた紅茶を口に運ぶ。
「軍人を増やす……には、指導者、指揮官が必要よね」
ジュエリアは期待するような視線をオーガストに向け、それに気が付いたオーガストは口に含みかけた紅茶をブッと吐き出した。
「おいおい、俺は引退してるし、マルクスの面倒を見ないといけない」
「一緒にマルクスと行けばいいじゃない。陛下にはフロリジア公に無理矢理命じられたとでも言ってよ。あ、そうだ、オーガストが軍人育成に専念できるように、アンヌの侍女の任を解いて、あなた達と一緒に国境の街に行ってもらって、二人の面倒を見て貰いましょう」
オーガストとアンヌはお互いを見て同時に驚きの声を上げた。
「「え?」」
シベリウスは漠然とどこかを見ながら、うんうん頷いていた。
「……いいかもしれない。国境の街に軍人の育成も兼ねた施設を作れば、街の治安維持強化になるだけでなく、有事の際はすぐに防衛や攻撃が出来る。マルクスだって、そろそろ森の中かから出て、人々と交流する機会を増やした方がいいだろ」
「いや、しかし、アンヌが困るだろう……」
オーガストがチラッとアンヌを見れば、彼女の目は潤み始めており、まさかの事態に三人は目を丸くしてアンヌを見た。
「おっ、俺と国境がそんなに嫌だったか?? 泣くな泣くな!」
「いえ、オーガスト様とご一緒するのは光栄です。すいません……そうではなく……まさか、マルクス様にまたお仕え出来る日が来るとは思っていなかったので……」
アンヌはそう言いながら、自分の両手を愛おしそうに温かな眼差しで見つめていた。
ジュエリアはその手の平に何が見えているのかが容易に想像がついた。
「アンヌ、まだ領邦議会を経てないから決定ではないけど、でも私はもうやる気だし、きっとこの計画は実行するわ。国境の街にオーガスト達と行ってくれるわよね?」
アンヌは急に現実に戻った顔をして、ジュエリアに振り向いた。
「ジュエリア様……もしや、私に気遣って……」
「この計画は、アンヌにオーガストと一緒に行ってもらわないと困るのよ。だから、ね」
アンヌはジュエリアに向かって背筋を正し、深々と頭を下げる。
「謹んでお受けし、オーガスト様とマルクス様の手助けをし、必ずジュエリア様の役に立って見せます」
あと少しだけジュエリアに伝えたかった。
「馬上槍試合で私が意識を失ったあと、ジュエルは恐慌状態に陥って、そのまま意識を失ったそう。それで、目が覚めたらジュエルの直近の記憶が失われていたと聞いた。自分の心を守るために、人は辛い記憶を封印することがあるらしく、ジュエルはまさにそれだったらしい」
「……だから、思い出せないの?」
「今となってはどうだろうね。大人になってしまえば、誰だって六歳の時の記憶なんて断片的だし、全く覚えていない人だっている。ジュエルの場合はそれに輪をかけて、当時の記憶喪失もある。だから、ジュエルは十分思い出した方だと思うよ」
そうは言うが、シベリウスの表情からは落胆の色が隠せない。
「せめて……シヴィとの思い出だけでもちゃんと思い出したいのに……」
ジュエリアが溢すと、シベリウスは微笑みながら首を横に振る。
「ジュエルが自分を守るために記憶を消したんだ。無理に思い出さなくていい」
シベリウスはジュエリアに伝えた言葉で、自分をも納得させた。
ジュエリアの頬を両手で包み、真っ直ぐに見つめる。
「君の中で眠ってる幼いジュエルに伝えてあげて欲しい。あの日見つけてくれてありがとうって。君のおかげで、今凄く幸せだと。だから、もう謝らないでって」
ジュエリアはぽろぽろと涙を流し始め、幼い子供の様に泣きじゃくる。
「ありがとう、シヴィ……」
あの日交わした二人の約束は、今はシベリウスだけのものとなっている。
シベリウスはあの約束を拠り所に、死の淵を何度もみながらも頑張ってきた。そして、彼女との約束を果たしたのだ。
出来るなら、ジュエリアと二人で、あの日の約束を共有していたかった。自分があの約束を果たしたことを、ジュエリアに感銘を受けてもらい、自分を讃えて欲しかったのかもしれない。
だが、ジュエリアに記憶が戻らないのも、長い年月で記憶が消えてしまっていても、それはもう仕方ない。
それでも、彼女は今自分のそばにいて、好きだと言ってくれている。彼女と結ばれるのも時間の問題だろう。
(十分じゃないか……)
「さあ、オーガストとアンヌが会話に詰まって困ってる頃だ。そろそろ隣の部屋へ行こう」
ジュエリアは涙を拭きながら頷き、シベリウスの膝の上から降りた。
そして、二人で寝室を出れば、オーガストとアンヌは思いの外、話が盛り上がって楽しそうにしており、シベリウスとジュエリアが部屋から出てきたことにも気づいていない。
「オーガスト、楽しそうだな」
突然のシベリウスの声に、オーガストとアンヌは肩を上げて驚いた。
「おっ、おっ、おうっ! 終わったのか!?」
驚きながらも、少し揶揄ったような表情で、含みのある質問してくるオーガストに、シベリウスは強調して答える。
「話が終わったよ。待たせてすまなかったね」
「そりゃ良かった」
オーガストはまだニヤつきながらシベリウスを見ているが、シベリウスはそんな視線に構うことなくジュエリアをソファに座らせ、自分も座った。
アンヌが温かい紅茶を淹れなおしてくれ、四人はまずはそれを頂いた。そしてジュエリアは、紅茶を飲みながらオーガストを見て思いついた顔をする。
「オーガストはあの近衛騎兵隊の副隊長だったんでしょ? 実は今、国の財源確保をしなくてはならなくて、国境の街を商人の街にしようと思ってるの。構想としては、その街では関税等の制限を無くして、港も整備し、様々な国の商人が集まって自由な売買を出来る場所にして活性化出来ないかと考えているんだけど、治安悪化が心配で……オーガストはどう思う?」
「そうだなあ……もちろん警備強化は必要だろうな。運び込まれる商品を狙った山賊、海賊がフロリジア周辺に増えるだろうし、商品に紛れさせた密輸品も入って来るだろうし。軍の人間を増やす必要があるかもな」
オーガストは思案しながら、アンヌが淹れてくれていた紅茶を口に運ぶ。
「軍人を増やす……には、指導者、指揮官が必要よね」
ジュエリアは期待するような視線をオーガストに向け、それに気が付いたオーガストは口に含みかけた紅茶をブッと吐き出した。
「おいおい、俺は引退してるし、マルクスの面倒を見ないといけない」
「一緒にマルクスと行けばいいじゃない。陛下にはフロリジア公に無理矢理命じられたとでも言ってよ。あ、そうだ、オーガストが軍人育成に専念できるように、アンヌの侍女の任を解いて、あなた達と一緒に国境の街に行ってもらって、二人の面倒を見て貰いましょう」
オーガストとアンヌはお互いを見て同時に驚きの声を上げた。
「「え?」」
シベリウスは漠然とどこかを見ながら、うんうん頷いていた。
「……いいかもしれない。国境の街に軍人の育成も兼ねた施設を作れば、街の治安維持強化になるだけでなく、有事の際はすぐに防衛や攻撃が出来る。マルクスだって、そろそろ森の中かから出て、人々と交流する機会を増やした方がいいだろ」
「いや、しかし、アンヌが困るだろう……」
オーガストがチラッとアンヌを見れば、彼女の目は潤み始めており、まさかの事態に三人は目を丸くしてアンヌを見た。
「おっ、俺と国境がそんなに嫌だったか?? 泣くな泣くな!」
「いえ、オーガスト様とご一緒するのは光栄です。すいません……そうではなく……まさか、マルクス様にまたお仕え出来る日が来るとは思っていなかったので……」
アンヌはそう言いながら、自分の両手を愛おしそうに温かな眼差しで見つめていた。
ジュエリアはその手の平に何が見えているのかが容易に想像がついた。
「アンヌ、まだ領邦議会を経てないから決定ではないけど、でも私はもうやる気だし、きっとこの計画は実行するわ。国境の街にオーガスト達と行ってくれるわよね?」
アンヌは急に現実に戻った顔をして、ジュエリアに振り向いた。
「ジュエリア様……もしや、私に気遣って……」
「この計画は、アンヌにオーガストと一緒に行ってもらわないと困るのよ。だから、ね」
アンヌはジュエリアに向かって背筋を正し、深々と頭を下げる。
「謹んでお受けし、オーガスト様とマルクス様の手助けをし、必ずジュエリア様の役に立って見せます」
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