聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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62. ジョスト

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 全員で薔薇の日に赴くことになったとはいえ、グレイル=ヴェルタ家の代理人は、自分はあくまで代理人であるため、同行は控えると申し出て、先に部屋を出て行った。

 皇帝含む残った者達で、食事も後回しにして外へ向かえば、アプローチには三台馬車が準備されており、まだ三歳のミアを連れたセルマ公妃とデイリア伯爵夫人が楽しそうに会話をしながら同じ馬車に乗り込むと、同じ女性であるジュエリアが乗り込む前に扉が閉じられた。
 デイリア伯爵は息子三人と馬車に乗り込み、馬車の定員となり扉が閉められる。

 シベリウスはその状況を見ていて、そわそわと落ち着かなかった。
 
 自分がデイリア伯の馬車に乗せて貰えなかった事など何とも思っていない。ジュエリアに関しては、扉を閉めたセルマ公妃の態度に腹が立ったが、そのおかげで今、ジュエリアと自分が同じ馬車になる可能性が出てきた。

 だから、怒りよりも期待が膨らみ、心が浮ついて仕方がなかった。

「さあ、シベリウス、乗りなさい」

 皇帝に促され、示された馬車に乗り込めば、すでにフロリジア公とジュエリアが並んで座っており、自分はジュエリアの前に座った。
 夢のような状況に、シベリウスはまともに彼女の顔が見れず、すました顔で窓の外を見ていた。

 馬車が走り出すと、皇帝とフロリジア公は二人で会話を始めた。
 ジュエリアは、窓の外ばかり見ているシベリウスをずっと見つめており、シベリウスはその視線に気づきながらも、その視線が更にシベリウスの心拍数を上げていたので、気づかないフリをするしかなかった。

 だが、ジュエリアはシベリウスに向かって突然謝り始めた。

「ごめんなさいっ!!」
「え?」

 シベリウスは驚いてジュエリアに顔を向ければ、彼女の瞳は赤く潤んでおり、今にも涙が零れそうだった。

「おこってますよね……だって……わたしのせいで……おうちに帰れなくなってしまったんですよね……」

 ジュエリアの言葉には、皇帝もフロリジア公も会話を止めてフォローに入って来る。

「何を言ってるんだジュエリア? お前は関係ないし、シベリウスは皇帝の小姓ペイジという栄誉を賜ったんだ。何も悲しい事はない」

「でも、わたしが、わたしだけでシベリウスさまの手当ができたら、お父さまをあの部屋につれて行くこともなく、シベリウスさまがご家族にうらまれることもありませんでした。さっきまでの、ご家族のシベリウスさまを見る目は、とても、おそろしいものでした」

 そう言うと泣きじゃくり始めたジュエリアに、シベリウスは片手を胸元に当てて、彼女を見つめながらお辞儀をする。

「ジュエリア嬢、あなたのおかげで、僕は今生きていて、陛下の小姓ペイジになるという身に余る光栄を賜りました。僕はあなたに感謝しかないですよ」

「ほんと……?」

「ええ、本当です」

 シベリウスはジュエリアを見つめたまま、ふわりと優しく微笑むと、ジュエリアの顔はぶわっと花が咲き乱れるように桃色に染まり、彼女の急に上昇した体温が馬車の室温を上げた。

「え……ジュエリア嬢……?」

 シベリウスはジュエリアの表情と、伝わってくる彼女の感情の高まりにてられ、呼吸困難かというくらい口をパクつかせながら真っ赤になって固まってしまう。

 初々しい二人の姿を見ている大人二人は真顔で話し合っている。

「これは……責任持ってシベリウスを育てなくてはならんな」
「ええ、陛下。期待して待っております」

 馬車が街につき、先に到着していた伯爵家とセルマ公妃達と合流すると、異母兄三人が、皇帝とシベリウスの距離が開いた瞬間を見計らってシベリウスに近づいてきた。
 
「シベリウス! 馬上槍試合ジョストなんて余興がやっているから、兄とそれで試合をしよう」

 力の強い長男がシベリウスの肩を抱き、皇帝に気が付かれないうちに無理に引っ張って連れ出す。

「そうだ、お前はこれから、この帝国の皇帝陛下を支えるんだ。強くないといけないだろ。一番お前に年の近いアルベールが餞別として、手合わせしてくれる」

 次男がそう言うと、ニヤついたアルベールがシベリウスの正面に立った。

「思い出作りだ。遠慮せず一緒に遊ぼうな」

 三人の兄達は抵抗するシベリウスを捕まえ、馬上槍試合ジョストの会場まで連れて行くと、受付エントリーで、たまたま目の前を通り掛かったフードを深く被った男に呼び止められる。

「おい、そんな小さな子供を出すつもりか?」

 三人の兄達は煩わしそうな顔をして、フードの男に向けて舌打ちする。長男は構わずエントリーに向かい、それを止めようとするフードの男を次男と三男アルベールでせき止めた。

「年齢制限なんてないですから。使用する槍も会場が準備したおもちゃだし」

 アルベールが男に言い放つと、フードの男も食い下がって来て、まったく引かない。

「常識的にその子は幼すぎるだろ。君達、デイリア伯のご子息だろ?」

 まさかこんな領地でもない街で自分達を知っている者がいると思わず、兄達は焦り始めた。

「あんたには関係ないだろっ!」

 ちょうどエントリーも完了し、長男がシベリウスを抱き上げて三人で走って馬上槍試合ジョストの出場者入口に入ってしまった。

 フードの男は彼らを追いかけようとしたが、エントリーに関係ない者は出場者入口からは入れないと断られたので、会場から何処かに向かって走り出した。
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