聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

文字の大きさ
上 下
59 / 81

59. あの日

しおりを挟む
 シベリウスの頭の中は、過去に遡っている——。

 傷だらけのシベリウスの手当てを終えたジュエリアに、シベリウスは名前を聞いた。彼女は出会いの挨拶からやり直すかのように、ベッドの横でちょこんとカーテシーをしてくれ、名前を教えてくれる。

「ジュエリア・フロリジアです」

 まさに彼女を体現するような美しい名前だった。ジュエリアを見つめれば、本当に彼女は宝石ジュエルのようにキラキラと輝いている。

 彼女を見ていると、生まれて初めて感じる感情が、胸をこの上なく熱くした。

「君は……本当に宝石のようだね」

 シベリウスがそう言うと、少女ははにかんで笑ってくれる。その顔が可愛くて仕方なかった。

 この宝石を……アルベールから守らないと。

 シベリウスは、まだ痛む身体を必死に起こして、フロリジア公に向かって頭を下げた。

 フロリジア公は、小さな少年には思えないような大人びた頭の下げ方に、驚いた様子を見せる。 
 それなりの家柄なのかもしれないと気付いたようで、シベリウスに聞いた。

「出身と、名前は?」

 その質問に答えると言うことは、どの名家がこんな小さな子供にこんな仕打ちをしているかを答えるようなもの。そして、シベリウスがそれをフロリジア公に伝えたとなれば、シベリウスにはもう帰る家は無くなるだろう。たとえ帰れたとしても、身内を売ったと言われ、これまで以上に酷い扱いになるのは明白である。

 それでもシベリウスは強い意志の宿った瞳を向けて話し出した。
 
「シベリウス・グウェイン。デイリア伯爵の四男です」

 フロリジア公は、存在を知らなかった伯爵家の息子が現れ、驚きを隠せない。

「デイリア伯爵夫人からは、息子は三人と聞いていたが。お前がデイリア伯の息子である証拠はあるのか?」

「伯爵夫人の息子は兄三人で、私は伯爵家の使用人との間に生まれました。伯爵夫人ではなく、デイリア伯に聞いていただければ、私が息子と証明されます。
 ただ、殿下がそれを確認すれば、間違いなく私はこれまで以上に折檻を受けるでしょう。それを分かっていても尚、殿下にお話ししたのには、お伝えしなくてはならない大事なお話があるからです」

「大事な話?」

 フロリジア公は眉根を顰め、シベリウスを信用しても良いか見極めているようだった。
 
「聞いてやろう。だが、聞いたところで、やはり私はお前が本当にデイリア伯の息子であるかは、あとで確認しなくてはならない」

「……はい。そうおっしゃると思いました。それでも構いません。出来れば二人きりで話せますか?」

 フロリジア公はシベリウスを見つめたまま、隣にいるジュエリアに声を掛けた。

「……ジュエリア、私の侍従を探し、こっそりと、私がここに来るように言っていると伝えてくれるか? 必ず侍従一人で来るようにと」

 ジュエリアはフロリジア公に向かって頷き、すぐに部屋を出て行った。
 彼女が侍従を見つけ、ここに侍従が来るまでの限られた時間で話さなくてはならず、シベリウスはジュエリアが部屋から出ると、身を乗り出す様にして、すぐさま口を開く。

「殿下、伯爵家はセルマ公妃と密約をしています。ジュエリア嬢がアルベールのもとに嫁いだら、彼女は殺されます。報酬はアルベールにフロリジア公国内の領地を与えられる約束です。
 彼は三男で、伯爵家から受け継ぐものがありません。絶対に成し遂げようとするはずです」

 フロリジア公はとんでもない話を始めたシベリウスを睨みつけ、化けの皮を剥がすべく、圧を強める。

「その話が偽りだった場合、お前は伯爵家と公妃を侮辱し、陥れようとしたとして、死刑になるぞ」

 シベリウスは顔色を悪くしながらも、視線を逸らさず、小さく頷いた。

 フロリジア公はシベリウスの様子を見定めると、険しい表情のまま、シベリウスを置いて部屋を出て行った。そして、廊下で話し声が聞こえると、部屋の扉に鍵をかけられた音がする。

 その後、フロリジア公の侍従が食事を持って部屋に入ってきて、フロリジア公の許可が降りるまでは、この部屋から出ないようにと言われた。
 シベリウスは俯いたが、出された食事を見れば、自分の食事としては生まれて初めてといっていいほど豪華なものだった。伯爵家では、シベリウスはダイニングルームで伯爵一家と同じように食事をすることはなく、いつも調理場まで食事を取りに行き、使用人よりも粗末な料理を貰って、部屋に戻って一人で食べていた。

 ここではお腹いっぱいになる食事が提供され、それが終われば、侍従が連れて来た使用人が風呂がわりに温かいタオルで身体を拭いてくれた。
 
 翌日も十分過ぎるほどの食事や菓子、そして治療を施してくれ、誰からも殴られず、蔑まされず、そんな快適な環境で数日過ごした。

(もしや……フロリジア公に守られているのかも……)

 シベリウスは次第にそんな気がしてきた。
 
 そしてあの日、窓の外を見れば、眼下に広がるローゼンの街が深紅色に染まっていた。
 
 最初こそ、戦争でも始まって、街が血で染められているのかとゾッとしたが、よく目を凝らせば、その赤は血ほど黒ずんではおらず、薔薇の花びらの様に美しいクリムゾンレッドであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

天才外科医は仮初の妻を手放したくない

夢幻惠
恋愛
ホテルのフリントに勤務している澪(みお)は、ある日突然見知らぬ男性、陽斗(はると)に頼まれて結婚式に出ることになる。新婦が来るまでのピンチヒッターとして了承するも、新婦は現れなかった。陽斗に頼まれて仮初の夫婦となってしまうが、陽斗は天才と呼ばれる凄腕外科医だったのだ。しかし、澪を好きな男は他にもいたのだ。幼馴染の、前坂 理久(まえさか りく)は幼い頃から澪をずっと思い続けている。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...