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58. 初恋
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シベリウスはジュエリアの表情を見て様子をうかがっている。どこまで話していいか悩んでいるようだ。
「シヴィ、お願い、教えて」
ジュエリアはすでにシベリウスと密着している身体を、更に近づけた。
シベリウスも、これほど近い距離で体温を感じながら見つめられると、彼女の願いを聞き届けたくなる。
「……十四年前、私が八歳で、兄アルベールが十四歳だった頃、兄がジュエルと婚約する事になり、婚約と結婚に関する契約、そしてその祝宴で、デイリア伯爵家総出でフロリジア公国に赴くことになったんだ。
父は私を四男と認めていたが、伯爵夫人はそうではなくて、フロリジアに着いた後、祝宴の家族席に私も着こうとしたら、伯爵夫人を酷く怒らせてしまって、罰として兄達から厳しい折檻を受けたんだ。
上の兄二人は既に成人していたし、アルベールも身体が男性として出来始めていく年齢だったから、そんな三人から受ける折檻は、まだ八歳でひ弱だった自分を簡単に瀕死にさせたよ」
シベリウスは当時を思い出しながらうつむき、自嘲ぎみに笑った。
「情けないけど告白すると、あの頃の私は、兄達に媚びへつらい、助けと感心が欲しくて縋っていたんだ。でも、そんな事をすればするほど、兄達は私を蔑み、軽視した。
早く消えろ。汚い手で触るな。お前の血は半分汚らわしい。
彼らにとって私は消えた方がマシな人間だったし、生みの母は行方不明で、この世界で父以外に私を認めてくれる人はいなかったから、あの日、この城に来る頃には、もう死んだ方がましかもしれないと思い始めていた」
シベリウスの俯いていた目は、ゆっくりと上を向き始めジュエリアの瞳を捉えた。
「折檻は、この城の中の、人通りが少ないどこかの部屋で行われ、そして私は兄達に置き去りにされたんだ。起き上がることも出来ず、声を上げる事も出来ず、ただ死に向かっていた自分を、幼かった君が見つけてくれた」
シベリウスはジュエリアの後頭部に右手を添えると、おでことおでこをくっつけた。
「聖ロマニスの加護を……」
そうシベリウスがつぶやき、ジュエリアの唇にキスをする。
ジュエルの記憶に、あの日の約束が甦るように……そう切に願いながらキスをすれば、簡単に離れる事など出来ず、唇を重ねたまま動けなかった。
ジュエリアは、シベリウスの悲しみを受け止めたくて、ただ触れているだけだった彼の唇に、自分の唇を優しく押し当ててから、離す。
「シヴィ……あなたのためにも、続きを聞かせて」
シベリウスはジュエリアを愛おしそうに見つめ、嬉しそうなにんまりとした笑みを浮かべた。
「ジュエルは私に向かって、助けを呼んでくると言って、もう少し頑張ってって言ってくれたあと、私を勇気づけようと加護を祈りながら、ここにキスをしてくれたんだよ」
シベリウスはそう言いながら自分の額を指差す。
「やだ……随分ませてたのね」
恥ずかしそうに頬を赤く染めたジュエリアを見て、シベリウスはふっと優しく微笑んで抱きしめた。
「それで、連れて来てくれたのが前フロリジア公、ジュエルの父君だったんだよ。おそらく君には信頼できる使用人がおらず、父君にしか声を掛けられなかったんだと思う。それで、君が兄の婚約者だとわかったんだ。
フロリジア公とジュエルは私の応急処置をしてくれ、清潔なベッドのある部屋まで運んでくれたんだ。その後もジュエルは、一生懸命私の手当や世話をしてくれて……」
幼い頃、瀕死の状態で苦しんでいたシベリウスの目の前に現れたのは、絵画から抜け出てきたかのような、眩いばかりの金の髪を揺らす、愛らしい姿をした天使だった。
穢れだと言われて育ったシベリウスは、当時は幼かったこともあり、自分は汚れているのだと信じてやまなかった。
だから、そんな汚れた自分にキスをしてきたジュエリアを、本当に天使なのだと思った。
だがフロリジア公をお父様と呼ぶ彼女を見て、この子は天使ではなく、兄にいずれ殺される婚約者だとわかった。
天使でもないのに、穢れた血に平気で触れて手当てを懸命にしてくれる少女。
天使でもないのに、こんな見窄らしい自分にキスをくれた少女。
「初恋を知った瞬間だよ」
シベリウスが噛み締めるように続けた言葉に、ジュエリアは気恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染め上げた。
シベリウスはそんなジュエリアを見つめたまま、ただしきりに彼女の髪を撫でる。
「まだまだ長い話になるよ」
「ええ、シヴィ、聞かせて」
「シヴィ、お願い、教えて」
ジュエリアはすでにシベリウスと密着している身体を、更に近づけた。
シベリウスも、これほど近い距離で体温を感じながら見つめられると、彼女の願いを聞き届けたくなる。
「……十四年前、私が八歳で、兄アルベールが十四歳だった頃、兄がジュエルと婚約する事になり、婚約と結婚に関する契約、そしてその祝宴で、デイリア伯爵家総出でフロリジア公国に赴くことになったんだ。
父は私を四男と認めていたが、伯爵夫人はそうではなくて、フロリジアに着いた後、祝宴の家族席に私も着こうとしたら、伯爵夫人を酷く怒らせてしまって、罰として兄達から厳しい折檻を受けたんだ。
上の兄二人は既に成人していたし、アルベールも身体が男性として出来始めていく年齢だったから、そんな三人から受ける折檻は、まだ八歳でひ弱だった自分を簡単に瀕死にさせたよ」
シベリウスは当時を思い出しながらうつむき、自嘲ぎみに笑った。
「情けないけど告白すると、あの頃の私は、兄達に媚びへつらい、助けと感心が欲しくて縋っていたんだ。でも、そんな事をすればするほど、兄達は私を蔑み、軽視した。
早く消えろ。汚い手で触るな。お前の血は半分汚らわしい。
彼らにとって私は消えた方がマシな人間だったし、生みの母は行方不明で、この世界で父以外に私を認めてくれる人はいなかったから、あの日、この城に来る頃には、もう死んだ方がましかもしれないと思い始めていた」
シベリウスの俯いていた目は、ゆっくりと上を向き始めジュエリアの瞳を捉えた。
「折檻は、この城の中の、人通りが少ないどこかの部屋で行われ、そして私は兄達に置き去りにされたんだ。起き上がることも出来ず、声を上げる事も出来ず、ただ死に向かっていた自分を、幼かった君が見つけてくれた」
シベリウスはジュエリアの後頭部に右手を添えると、おでことおでこをくっつけた。
「聖ロマニスの加護を……」
そうシベリウスがつぶやき、ジュエリアの唇にキスをする。
ジュエルの記憶に、あの日の約束が甦るように……そう切に願いながらキスをすれば、簡単に離れる事など出来ず、唇を重ねたまま動けなかった。
ジュエリアは、シベリウスの悲しみを受け止めたくて、ただ触れているだけだった彼の唇に、自分の唇を優しく押し当ててから、離す。
「シヴィ……あなたのためにも、続きを聞かせて」
シベリウスはジュエリアを愛おしそうに見つめ、嬉しそうなにんまりとした笑みを浮かべた。
「ジュエルは私に向かって、助けを呼んでくると言って、もう少し頑張ってって言ってくれたあと、私を勇気づけようと加護を祈りながら、ここにキスをしてくれたんだよ」
シベリウスはそう言いながら自分の額を指差す。
「やだ……随分ませてたのね」
恥ずかしそうに頬を赤く染めたジュエリアを見て、シベリウスはふっと優しく微笑んで抱きしめた。
「それで、連れて来てくれたのが前フロリジア公、ジュエルの父君だったんだよ。おそらく君には信頼できる使用人がおらず、父君にしか声を掛けられなかったんだと思う。それで、君が兄の婚約者だとわかったんだ。
フロリジア公とジュエルは私の応急処置をしてくれ、清潔なベッドのある部屋まで運んでくれたんだ。その後もジュエルは、一生懸命私の手当や世話をしてくれて……」
幼い頃、瀕死の状態で苦しんでいたシベリウスの目の前に現れたのは、絵画から抜け出てきたかのような、眩いばかりの金の髪を揺らす、愛らしい姿をした天使だった。
穢れだと言われて育ったシベリウスは、当時は幼かったこともあり、自分は汚れているのだと信じてやまなかった。
だから、そんな汚れた自分にキスをしてきたジュエリアを、本当に天使なのだと思った。
だがフロリジア公をお父様と呼ぶ彼女を見て、この子は天使ではなく、兄にいずれ殺される婚約者だとわかった。
天使でもないのに、穢れた血に平気で触れて手当てを懸命にしてくれる少女。
天使でもないのに、こんな見窄らしい自分にキスをくれた少女。
「初恋を知った瞬間だよ」
シベリウスが噛み締めるように続けた言葉に、ジュエリアは気恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染め上げた。
シベリウスはそんなジュエリアを見つめたまま、ただしきりに彼女の髪を撫でる。
「まだまだ長い話になるよ」
「ええ、シヴィ、聞かせて」
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