聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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56.アンヌとオーガストの過去

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 シベリウスは馬留に馬を繋いでからジュエリアを降ろし、焦っているオーガストに近づいて行く。

「オーガスト、どうした?」

「どうしたもこうしたも、このメイドさんに俺がルカを虐めていたような誤解を与えてしまって困ってんだよ」

 オーガストが困り顔でアンヌを指差すと、アンヌもジトッとオーガストを見ながらシベリウスとジュエリアに説明した。
 
「ルカがこの方と一緒に工房へ戻る事を極度に拒否して、城に残ると言うので、城よりもひどい扱いだったのかと」

 そんなわけはない事を、シベリウスもジュエリアも分かっていた。
 そして、ジュエリアは、アンヌに抱き着いているルカに視線を向け、ピンときた。

「ああ、そういう事ね。ルカはアンヌといたいのよ」

 ジュエリアの言葉に、ルカは耳まで赤くして俯いた。
 シベリウスは苦笑いしながらオーガストを見て、アンヌを紹介する。

「何だか知らない間に親しくなっていたようだね。オーガスト、彼女はメイドではなく、ジュエリアの侍女で、マルクスの乳母だった人だ」

 オーガストは口を半開きにしてアンヌを見つめて固まってしまった。

「そしてアンヌ、この彼が以前話した、マルクスを育てている人。オーガストだよ」

 アンヌもオーガストを見て目を開き、息を呑んだ。だが、アンヌの瞳からは涙まで零れ始める。

「あ……あなたが……」

「お、おい、泣くな泣くな。誰かに見られたらどうするんだ」

 オーガストがポケットからハンカチを取り出して、大きな体を丸めて、覗き込むようにアンヌの涙を拭う。

「しっ……失礼いたしました……」

 アンヌはオーガストからハンカチを受け取り、勢いよく鼻もかんだ。

「あ……それやるからな」

「ありがとうございます……」

 ジュエリアとルカだけが状況が理解できずにポカンとしている。

「とにかく、ここじゃなんだから、ひとまずジュエルの部屋へ移動しよう。ルカは、厩役に伝えておくから、彼らと一緒に夕方まで私の馬の世話をお願い出来るかな?」
「はい、承知いたしました」

 シベリウスが厩役を呼び、ルカと自分の黒馬を預けると、ジュエリア、シベリウス、オーガスト、アンヌの四人はジュエリアの部屋に向かう。
 シベリウスはジュエリアの部屋に入るとすぐに人払いし、部屋の中に誰も残っていない事を確認して、扉の鍵をしめた。

「まずは、オーガストとアンヌを紹介しよう」

 シベリウスが両手を叩き、ジュエリアの隣に座るアンヌの横に立った。

「彼女はアンヌ。皇帝陛下の城の調理場で働いていたが、わけあって極秘でマルクスの乳母を彼が一歳になるまでしていた。マルクスの乳母の使命を終えると、また調理場に戻り、私の使用人になるまでは陛下の城の調理場で働いていたんだ」

 シベリウスは次にアンヌの対面に座るオーガストの横に立ち、紹介する。

「彼はオーガスト。彼もまた、かつては皇帝陛下の下で近衛騎兵隊副隊長として働いていた。ちなみに私とは騎兵隊の時期は被っていない。なぜならオーガストはマルクスが一歳の時に、近衛を辞めてマルクスを連れて故郷であるフロリジアに戻ったから。その後はジュエルも知っている通り、ローゼンのはずれで鍛冶屋をしている」

 シベリウスが紹介し終えると、オーガストはアンヌに頭を下げた。

「あなたが、十四年前にマルクスの荷物に入れてくれていた、子供の成長に合わせた料理レシピがあったから、男手一つで何とか育てられました。ありがとうございました」

 アンヌは涙を堪えながら首を横に振っている。

「いえ、男の人が一歳の子供を守りながら育てるのは、どれだけ大変な生活だったでしょうか。シベリウス様より、陛下の信頼する元近衛が立派に育ててくれていると聞き、名前も顔も知らなかったあなた様の事を心に浮かべて毎晩欠かさず御礼を申し上げていました。直接お伝えできる日が来るだなんて……本当にお疲れさまでした。そして、心より感謝申し上げます」
 
 ジュエリアだけは未だに三人の会話に入れず、戸惑っている。シベリウスはジュエリアの対面になるオーガストの隣に座った。

「アンヌ、申し訳ないが、マルクスの件も含めて、身の上話をジュエルにしてもらう事は可能かな?」
「ええ、もちろんです」

 アンヌは隣に座るジュエリアに身体ごと顔を向けた。

「私には傭兵の夫がおりました。丁度子を身籠った頃に夫は内戦地域で戦死し、その後生まれた子もすぐに病死しました。生活の為に城の調理場で働いていましたが、亡くなった子の母乳が止まらず、定期的に搾乳をさせてもらっていました。それを皇帝陛下がどこからか聞きつけたようで、間もなく生まれる赤子に乳をあげて欲しいと頼まれました。それが、マルクス様です」

「マルクス……様?」

「はい。マルクス様は……」

 アンヌはそこまで言いかけると、はっとして、シベリウスが人払いした部屋を再度見回して確認し直し、身を屈め声を小さくして続けた。

「マルクス様は陛下の隠し子、バスタードです。離乳するまで私が育て、それ以降は陛下の寵臣であったオーガスト様が身を匿い、育ててくださっています」
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