聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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50. サイオンの出発

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 罪人達の聴取が終わると、ジュエリアは溜まっている書類を処理しながらシベリウスの戻りを待った。シベリウスは聴取の後、館にある本を持ってサイオンを訪ねたいと言い、急いで馬を走らせてローゼンの館に戻って行った。

 シベリウスが息を切らせて城に戻ると、ジュエリアは早速シベリウスと共にサイオンの部屋へ尋ねに行く。
 サイオンの部屋に通されると、彼が荷造りをしていたのがわかった。

 ジュエリアは、彼がこんなに早く出発するとは思わず、驚きながらサイオンに話しかける。

「もうトマスを探しに行くのですか? ミアとの結婚は?」
「教会の婚姻許可は既に下りていたんだ。元々セルマは私達の結婚を急いでいたので、婚姻書類は以前彼女が教会に提出していて、審議も終わっていた。だから、今朝一番にミアと私の重臣をつれて、教会の祭壇で誓いと、司教から祝福を受けてきた。婚姻契約書はミアと話し合って作り直し終えている。いずれ離婚する予定だし、女公と違って公的な発表の必要性も絶対ではないから、大勢を呼んでの祝宴は控える」
「つまり……もう夫婦なの?」
「ああ、だがさっきも言った通り、離婚前提だから、とにかくミアの大きくなるお腹と、トマス探しを優先させて、急がせてもらった。だから報告が今になってすまない。さて、ジュエリアの要件は?」

 いつも穏やかなサイオンだが、トマス探しに動けるとなった今は、一刻も早く城を出たい様子だった。

「急いでいる時にごめんなさい。罪人からセルマ寡妃がローゼンにクジラの死体を運び入れてると聞いて、もしかしたらトマスの探し物に関連するんじゃないかと」
「クジラの死体? そんなもの、何に使うんだ?」

 シベリウスは、館から持って来た一冊の本をサイオンに手渡した。それはクジラに関する内容が書かれている。
 サイオンが、本の挿絵ページのクジラの痛ましい姿に手を止めた時、シベリウスは説明をする。

「クジラの死体は、腐敗が進むと身体が膨張し爆発する。かなり遠くまで肉片が飛び散るから、その性質を利用して、何かしようとしていたのではないでしょうか」

 サイオンは沈黙し、思案する。

「……セルマのところに向かうつもりだったが、どうせ何も吐かないだろうし、ヘルハウンドへ向かってみる」
「ヘルハウンドへ?」

 ジュエリアの言葉に、サイオンは視線を遠くに向けたまま頷く。

「ああ、トマスの詩を知っている者がいるだろうし、昔トマスがクジラが苦手だと言っていた事を思い出した」
「ヘルハウンド……あまり治安は良くなさそうですが、十分気を付けて行ってきてください。留守中のミアの事は私がいるのでご安心を」

 サイオンは溜息をついてから、力なく微笑んだ。

「恥ずかしい姿を見せていてすまない。だが、今はどうか許して欲しい」
「許すも何も、感謝しかないです」

 ジュエリアが笑顔で答えれば、サイオンはジュエリアを抱きしめた。

「私の臣下達がこの城に残る。リストはこの城に来た時に家令に渡したから、もしもフロリジア城の使用人が信用ならなければ、君が城内の人間の配置や組織を完成させるまでの間、私の臣下を使うといい。人柄や能力は選りすぐって連れてきているから安心してくれ」
「サイオン卿……お恥ずかしながら、私には信頼できる臣下がいなかったので、お言葉に甘えて頼らせて頂きます。ありがとうございます」

 サイオンはジュエリアから離れると、今度はシベリウスのもとに行き彼の事も抱きしめる。
 そして耳元で、ジュエリアに聞こえないよう囁いた。

「シベリウス……アルベールに惑わされることなく、無茶はしないように」
「ご安心ください。もうあの時の様な子供ではありませんから」



 


 
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