48 / 81
48. 女公殿下の共同統治者
しおりを挟む
シベリウスはサイオンと話し終えてから、ジュエリアの部屋へ向かった。扉をノックすれば、中からどうぞと声がしたので遠慮なく開けて入った。
ジュエリアもすでにミアの部屋から戻ってきており、自室のソファで組織図と睨めっこをしていた。
シベリウスは向かいに座り、心配そうにジュエリアを覗き込んだ。
「ジュエル、大丈夫かい?」
ジュエリアは、シベリウスの問いかけで一気に脱力して、ソファにもたれる。
「いいえ、全然だめ。このフロリジア城に私の味方なんていなかったのに、このメンバーをどう再編成していいのか……城を任せる気にはなれない。政治に関しては、誰をどこに配置するべきか見当もつかないわ」
「今日すぐに決めなくていいし、味方じゃなかったからといって全員首を切ってもいけない。彼らにも生活があるし、君に悪さをしていた自覚がある者は、今頃怯えているはずだから、徳を見せるべきだ」
「徳を見せる……」
「そう、君は君主。従わせるのではなく、相手から君に従うようにさせないと」
ジュエリアはシベリウスの言葉に、口を尖らせ思案し始める。
何か思いついた顔をし、もたれていた背中を起こして、前のめりでシベリウスに話しかけた。
「ねえ、明日、リーリエンで処刑予定だった四名を城に呼んで貰えるかしら? それと、シヴィ、このあと一緒に街に行きましょう」
「フロリジア公の仰せのままに。では私は司法顧問官に罪人四名の件を伝えてから、外に馬車を準備して待ってる」
「ありがとう、シヴィ……あと、もう一つお願いがあって……アンヌを引き続き私の侍女にしたいのだけど、許可を貰えるかしら?」
「もちろんだよ、ジュエル。私達は結婚するんだし、たとえ君がアンヌを侍女にしなくても、彼女は私のもとで働くから城には来るよ」
「そう! それなら良かった。一人、信頼できる臣下の確保ね」
二人は微笑みあい、後ほど馬車で合流し、共に街のコーヒーハウスへと向かった。
「以前トマスがこのコーヒーハウスが気になるっていっていたの。でもここだけじゃなく、ここら辺の街の香りが故郷の香りに似てるって」
シベリウスは目を瞑り、スッと鼻から息を吸い込む。
「コーヒーの香り、薔薇の香り、スパイスの香り……どれもキツイものばかり……もしや、何かの香りをごまかしているのか?」
「ごまかす?」
「ああ、ヘルハウンドのような荒れた場所は、おそらくこんな香りはしない。どちらかというと、あの島は酒や糞尿や残飯や死体の香りが溢れているはず。ここにいて故郷の香りがするといったなら、今私達が感じるこの香りは、トマスの故郷の香りを隠しているんじゃないか?」
「染み付く死臭、生き地獄……。トマスの詩にもあったわね。シベリウスは流石だわ」
ジュエリアは、シベリウスに感心していた。
組織編成に悩めば、徳を見せろと必要な助言をしてくれ、明日罪人を呼んで欲しいといえば、すぐに手配をしてくれ、一緒にトマスの探し物を探しにくれば、その洞察力で助けてくれる。
「今日はとても大きな収穫があった気がする」
ジュエリアはシベリウスにニコリと微笑んだ。
城に帰ったあと、ジュエリアは急いで部屋に戻り、ある書類を完成させた。
「シヴィ、これ、サインしたの。結婚へ進めましょう」
ジュエリアがシベリウスに渡したものは、自分の名前を記入した婚姻契約書だった。
「これは、仕方なくサインしたものではなく、私からお願いしたくてサインしたの。私は一人ではとてもこの国を統治できない。あなたが必要なのだと、今日改めてわかった」
「ジュエル……」
「それとね、あなたを思い出したいの。どんなに辛い記憶でも、覚悟は出来てる。あなたの傷を見ても思い出せないのなら、他にはどんなきっかけがあれば思い出せると思う?」
「それに関しては、ムリをせず、ゆっくり思い出せばいいよ。毎晩ベッドで私の身体の傷に触れてくれてもいいんだし」
シベリウスは話をはぐらかそうとしているのか、ふざけた様子で自分の身体の傷をなぞるように触ってみせる。
「いいえ、ふざけないで教えて。私なら大丈夫だから」
シベリウスは苦笑してから、しばらく考え込んだ。それは、ジュエリアが何を思い出せばいいかを考えているわけではなく、既に心当たりのあるものを、ジュエリアに伝えるべきか迷っている様子だった。
「おそらく……馬上槍試合……かな」
それは、ジュエリアには恐怖の一言だった。
もう二度とあの試合を見たくない。その感情が昔からとても大きい。
(試合を見たく無いのは……だってあれは、アルベールが……いや、あの子が……違う……あれは……バスタードに……謝らないと……)
ジュエリアは瞳を大きくし、とても落ち着いた声でシベリウスに話す。見落としていた何かに気がついたような様子だ。
「シヴィ……今日は本当にあなたの言葉一つ一つが私を驚かせ、駒を進めるきっかけになる……馬上槍試合の何が怖いのか、ちゃんと思い返すと、記憶がぼやけてるわ……ここに答えがあるのね?」
「……やはり、無理はやめてほしい。君を壊してしまうかもしれない。私は命が尽きるまでジュエルを待てるから」
ジュエリアもすでにミアの部屋から戻ってきており、自室のソファで組織図と睨めっこをしていた。
シベリウスは向かいに座り、心配そうにジュエリアを覗き込んだ。
「ジュエル、大丈夫かい?」
ジュエリアは、シベリウスの問いかけで一気に脱力して、ソファにもたれる。
「いいえ、全然だめ。このフロリジア城に私の味方なんていなかったのに、このメンバーをどう再編成していいのか……城を任せる気にはなれない。政治に関しては、誰をどこに配置するべきか見当もつかないわ」
「今日すぐに決めなくていいし、味方じゃなかったからといって全員首を切ってもいけない。彼らにも生活があるし、君に悪さをしていた自覚がある者は、今頃怯えているはずだから、徳を見せるべきだ」
「徳を見せる……」
「そう、君は君主。従わせるのではなく、相手から君に従うようにさせないと」
ジュエリアはシベリウスの言葉に、口を尖らせ思案し始める。
何か思いついた顔をし、もたれていた背中を起こして、前のめりでシベリウスに話しかけた。
「ねえ、明日、リーリエンで処刑予定だった四名を城に呼んで貰えるかしら? それと、シヴィ、このあと一緒に街に行きましょう」
「フロリジア公の仰せのままに。では私は司法顧問官に罪人四名の件を伝えてから、外に馬車を準備して待ってる」
「ありがとう、シヴィ……あと、もう一つお願いがあって……アンヌを引き続き私の侍女にしたいのだけど、許可を貰えるかしら?」
「もちろんだよ、ジュエル。私達は結婚するんだし、たとえ君がアンヌを侍女にしなくても、彼女は私のもとで働くから城には来るよ」
「そう! それなら良かった。一人、信頼できる臣下の確保ね」
二人は微笑みあい、後ほど馬車で合流し、共に街のコーヒーハウスへと向かった。
「以前トマスがこのコーヒーハウスが気になるっていっていたの。でもここだけじゃなく、ここら辺の街の香りが故郷の香りに似てるって」
シベリウスは目を瞑り、スッと鼻から息を吸い込む。
「コーヒーの香り、薔薇の香り、スパイスの香り……どれもキツイものばかり……もしや、何かの香りをごまかしているのか?」
「ごまかす?」
「ああ、ヘルハウンドのような荒れた場所は、おそらくこんな香りはしない。どちらかというと、あの島は酒や糞尿や残飯や死体の香りが溢れているはず。ここにいて故郷の香りがするといったなら、今私達が感じるこの香りは、トマスの故郷の香りを隠しているんじゃないか?」
「染み付く死臭、生き地獄……。トマスの詩にもあったわね。シベリウスは流石だわ」
ジュエリアは、シベリウスに感心していた。
組織編成に悩めば、徳を見せろと必要な助言をしてくれ、明日罪人を呼んで欲しいといえば、すぐに手配をしてくれ、一緒にトマスの探し物を探しにくれば、その洞察力で助けてくれる。
「今日はとても大きな収穫があった気がする」
ジュエリアはシベリウスにニコリと微笑んだ。
城に帰ったあと、ジュエリアは急いで部屋に戻り、ある書類を完成させた。
「シヴィ、これ、サインしたの。結婚へ進めましょう」
ジュエリアがシベリウスに渡したものは、自分の名前を記入した婚姻契約書だった。
「これは、仕方なくサインしたものではなく、私からお願いしたくてサインしたの。私は一人ではとてもこの国を統治できない。あなたが必要なのだと、今日改めてわかった」
「ジュエル……」
「それとね、あなたを思い出したいの。どんなに辛い記憶でも、覚悟は出来てる。あなたの傷を見ても思い出せないのなら、他にはどんなきっかけがあれば思い出せると思う?」
「それに関しては、ムリをせず、ゆっくり思い出せばいいよ。毎晩ベッドで私の身体の傷に触れてくれてもいいんだし」
シベリウスは話をはぐらかそうとしているのか、ふざけた様子で自分の身体の傷をなぞるように触ってみせる。
「いいえ、ふざけないで教えて。私なら大丈夫だから」
シベリウスは苦笑してから、しばらく考え込んだ。それは、ジュエリアが何を思い出せばいいかを考えているわけではなく、既に心当たりのあるものを、ジュエリアに伝えるべきか迷っている様子だった。
「おそらく……馬上槍試合……かな」
それは、ジュエリアには恐怖の一言だった。
もう二度とあの試合を見たくない。その感情が昔からとても大きい。
(試合を見たく無いのは……だってあれは、アルベールが……いや、あの子が……違う……あれは……バスタードに……謝らないと……)
ジュエリアは瞳を大きくし、とても落ち着いた声でシベリウスに話す。見落としていた何かに気がついたような様子だ。
「シヴィ……今日は本当にあなたの言葉一つ一つが私を驚かせ、駒を進めるきっかけになる……馬上槍試合の何が怖いのか、ちゃんと思い返すと、記憶がぼやけてるわ……ここに答えがあるのね?」
「……やはり、無理はやめてほしい。君を壊してしまうかもしれない。私は命が尽きるまでジュエルを待てるから」
10
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
天才外科医は仮初の妻を手放したくない
夢幻惠
恋愛
ホテルのフリントに勤務している澪(みお)は、ある日突然見知らぬ男性、陽斗(はると)に頼まれて結婚式に出ることになる。新婦が来るまでのピンチヒッターとして了承するも、新婦は現れなかった。陽斗に頼まれて仮初の夫婦となってしまうが、陽斗は天才と呼ばれる凄腕外科医だったのだ。しかし、澪を好きな男は他にもいたのだ。幼馴染の、前坂 理久(まえさか りく)は幼い頃から澪をずっと思い続けている。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる