聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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48. 女公殿下の共同統治者

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 シベリウスはサイオンと話し終えてから、ジュエリアの部屋へ向かった。扉をノックすれば、中からどうぞと声がしたので遠慮なく開けて入った。

 ジュエリアもすでにミアの部屋から戻ってきており、自室のソファで組織図と睨めっこをしていた。
 シベリウスは向かいに座り、心配そうにジュエリアを覗き込んだ。

「ジュエル、大丈夫かい?」

 ジュエリアは、シベリウスの問いかけで一気に脱力して、ソファにもたれる。

「いいえ、全然だめ。このフロリジア城に私の味方なんていなかったのに、このメンバーをどう再編成していいのか……城を任せる気にはなれない。政治に関しては、誰をどこに配置するべきか見当もつかないわ」
「今日すぐに決めなくていいし、味方じゃなかったからといって全員首を切ってもいけない。彼らにも生活があるし、君に悪さをしていた自覚がある者は、今頃怯えているはずだから、徳を見せるべきだ」
「徳を見せる……」
「そう、君は君主。従わせるのではなく、相手から君に従うようにさせないと」

 ジュエリアはシベリウスの言葉に、口を尖らせ思案し始める。
 何か思いついた顔をし、もたれていた背中を起こして、前のめりでシベリウスに話しかけた。

「ねえ、明日、リーリエンで処刑予定だった四名を城に呼んで貰えるかしら? それと、シヴィ、このあと一緒に街に行きましょう」
「フロリジア公の仰せのままに。では私は司法顧問官に罪人四名の件を伝えてから、外に馬車を準備して待ってる」
「ありがとう、シヴィ……あと、もう一つお願いがあって……アンヌを引き続き私の侍女にしたいのだけど、許可を貰えるかしら?」
「もちろんだよ、ジュエル。私達は結婚するんだし、たとえ君がアンヌを侍女にしなくても、彼女は私のもとで働くから城には来るよ」
「そう! それなら良かった。一人、信頼できる臣下の確保ね」

 二人は微笑みあい、後ほど馬車で合流し、共に街のコーヒーハウスへと向かった。

「以前トマスがこのコーヒーハウスが気になるっていっていたの。でもここだけじゃなく、ここら辺の街の香りが故郷の香りに似てるって」

 シベリウスは目を瞑り、スッと鼻から息を吸い込む。
 
「コーヒーの香り、薔薇の香り、スパイスの香り……どれもキツイものばかり……もしや、何かの香りをごまかしているのか?」
「ごまかす?」
「ああ、ヘルハウンドのような荒れた場所は、おそらくこんな香りはしない。どちらかというと、あの島は酒や糞尿や残飯や死体の香りが溢れているはず。ここにいて故郷の香りがするといったなら、今私達が感じるこの香りは、トマスの故郷の香りを隠しているんじゃないか?」
「染み付く死臭、生き地獄……。トマスの詩にもあったわね。シベリウスは流石だわ」

 ジュエリアは、シベリウスに感心していた。
 組織編成に悩めば、徳を見せろと必要な助言をしてくれ、明日罪人を呼んで欲しいといえば、すぐに手配をしてくれ、一緒にトマスの探し物を探しにくれば、その洞察力で助けてくれる。

 「今日はとても大きな収穫があった気がする」

 ジュエリアはシベリウスにニコリと微笑んだ。

 城に帰ったあと、ジュエリアは急いで部屋に戻り、ある書類を完成させた。

「シヴィ、これ、サインしたの。結婚へ進めましょう」

 ジュエリアがシベリウスに渡したものは、自分の名前を記入した婚姻契約書だった。

「これは、仕方なくサインしたものではなく、私からお願いしたくてサインしたの。私は一人ではとてもこの国を統治できない。あなたが必要なのだと、今日改めてわかった」
「ジュエル……」
「それとね、あなたを思い出したいの。どんなに辛い記憶でも、覚悟は出来てる。あなたの傷を見ても思い出せないのなら、他にはどんなきっかけがあれば思い出せると思う?」
「それに関しては、ムリをせず、ゆっくり思い出せばいいよ。毎晩ベッドで私の身体の傷に触れてくれてもいいんだし」

 シベリウスは話をはぐらかそうとしているのか、ふざけた様子で自分の身体の傷をなぞるように触ってみせる。

「いいえ、ふざけないで教えて。私なら大丈夫だから」

 シベリウスは苦笑してから、しばらく考え込んだ。それは、ジュエリアが何を思い出せばいいかを考えているわけではなく、既に心当たりのあるものを、ジュエリアに伝えるべきか迷っている様子だった。

「おそらく……馬上槍試合ジョスト……かな」

 それは、ジュエリアには恐怖の一言だった。
 もう二度とあの試合を見たくない。その感情が昔からとても大きい。

 (試合を見たく無いのは……だってあれは、アルベールが……いや、あの子が……違う……あれは……バスタードに……謝らないと……)

 ジュエリアは瞳を大きくし、とても落ち着いた声でシベリウスに話す。見落としていた何かに気がついたような様子だ。

「シヴィ……今日は本当にあなたの言葉一つ一つが私を驚かせ、駒を進めるきっかけになる……馬上槍試合ジョストの何が怖いのか、ちゃんと思い返すと、記憶がぼやけてるわ……ここに答えがあるのね?」

「……やはり、無理はやめてほしい。君を壊してしまうかもしれない。私は命が尽きるまでジュエルを待てるから」

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