聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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46. ミアとサイオン

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 白い鳩はお腹も満たされ、再び青い空へと飛び立って行く。向かう先はフロリジア城。
 
 サイオンは自室のテラスで地図を手に持ち、眼下に広がるローゼンの街と交互に眺めていた。
 すると、一匹の美しい白い鳩がこちらに向かって飛んできた。何気なくその鳩を視線で追えば、ミアの部屋の開かれた窓に入って行くのが見えた。

「リーリエンでも、確か白い鳩が……」

 ミアの部屋では、あの白い鳩が水を飲んでいた。その横でミアがガサガサと手紙を広げて読み始める。

「ちょっと待ってよ……じゃあ、このままサイオンと私は本当に結婚するの? 冗談じゃないわ。あの時はお腹の子を守るのに必死で話を合わせたけど、お母様がソマに帰った今、私にとって脅威はないわ。なぜ、アルはすぐに迎えにこないの? サイオンと結婚したら、いずれヴェルタ王国に行かないといけないのよ?」

 ミアは手紙をぐしゃぐしゃに丸め、床に叩きつける。
 悶々と思考を巡らせ、気がつけば親指の爪を深爪するほど噛み始めていた。
 心に不安が広がる。アルはやはり自分を愛してはおらず、上手く利用されているのではないだろうか……。

 扉をノックする音がして、爪を噛むのをやめた。

「ミア、私だ。少し話をしよう」

 ミアは扉を見ながら舌打ちをする。

「ちっ、偽善者が……」

 ミアは扉を開くと、サイオンに向かいカーテシーをした。

「ごきげんよう、サイオン卿」
「中に入ってもいいかな?」
「え……ええ」

 サイオンはミアの返事を聞くや否や部屋の中に入り、ミアの方へと振り返った。

「その手、見せて」
「え? い……いやですっ」

 サイオンの表情は険しく、嫌がるミアの腕を無理に掴んで指を見た。

「深爪になるほど噛んで……ミア、あの白い鳩はどこに? 誰と連絡を取っている」

 ミアはサイオンの手を振り払おうとするが、もがけばもがくほどサイオンの力が強まり逃げられない。

「白い鳩なんて知りませんっ! 出てってください」
「ミア……妊婦の君に手荒な事をしたくなかったが、トマスが居なくなった今、私は君に手こずっている場合じゃないんだ」

 サイオンはミアの両腕を掴み、恐ろしい表情で彼女の目を睨んだ。

「お腹の子の父親を言え。白い鳩はそいつとのやり取りか?」
「い……痛い……離して……」
「言えばすぐに離す」
「もうお母様はいないんだから、貴方に守られなくても別に構わないわっ! こんな事をしてただじゃすまないわよ」
「セルマをわかってないな。これ以上私を煩わせたら後悔させる。こんな私にもヴェルタの残忍な血が流れているんだ」

 サイオンの目が獰猛になり、ミアは寒気がした。

 ヴェルタ王国の王族は血の気が多く、歴史的に残虐な戦争狂の王が多かった。大国となるまでには、近隣諸国を根こそぎ戦火の渦に巻き込んだ。親族内の暗殺や争いも絶えず、今では初代国王直系の王族はヴェルタ王家と、分家のグレイル=ヴェルタ家のみとなっている。

 ミアは、歴史で学んだヴェルタ王国史を思い出していた。学んだヴェルタ王族の残虐行為に、震える手を必死に押さえ、小さな声で答える。

「ア……アルベール・ガートルート……」

 その名を聞いてサイオンは驚愕する。

「ミア、それはあのデイリア伯爵子息の?」
「え、ええ……」
「ジュエリアの最初の婚約者だった相手か?」
「ええ」
「ミア……君はなんてことを……」

 サイオンは額に手を当て、深いため息をついた。ミアは何も知らなかったとはいえ、何故よりによってそんな相手に引っ掛かるのか……。

「デイリア伯爵家とアルベールは、セルマと取引きをしていた。爵位と領地は長男しか受け継げないデイリア伯爵家で、三男であるアルベールは、ジュエリアと結婚後、彼女を暗殺すれば領地を与えられる約束だったんだ」
「……アルが……お母様と過去に取引きを……? でも、それは過去の話だし、アルは私がずっと好きだったと言っていたわ。そうよ、私と結ばれたくてジュエリアを殺そうとしたのかも!」

 サイオンはミアの肩を両手でつかんだ。

「ミア、聞くんだ。恐らく君は騙されている可能性がある」
「何言ってるの? ……嘘よ……」

 サイオンは落ち着いた声で、真っ直ぐにミアを見て聞いた。

「それでも子供は産みたいか?」

 ミアはサイオンから視線を逸らし、涙を必死に堪えていた。
 何となく気づきながらも、すでに彼に惹かれている自分がいて、現実を見ないようにしていた。自分も彼を利用しようと思っていたところはある。だがその相手に、逆にまんまとはめられてしまったのだ。

 その時、ミアの部屋の扉を叩く音がした。
 
「シベリウスです。ミア、こちらにサイオン卿がいらっしゃいませんでしたか?」

 ミアは堪えていた涙が一気に溢れた。
 自分が恋い慕っていた相手は扉の向こうにいる。男性を見る時はいつも彼を重ねていた。自分のものにはならないと分り、惨めな自分になりたくなくて選んだ相手は、自分をどん底まで惨めにさせてくれた。

「サイオン卿……私はどうしたら……」

 サイオンは泣き崩れるミアを優しく抱きしめる。

「お腹の子を堕ろすなら良い医師を探す。君は私が嫌いだろうが、身体が回復するまでは私に守らせてくれ。君が元気になったら、好きなところに行ったらいい」
「……いえ、お腹の子は産みます」
「ミア?」
「父は私よりもジュエリアを愛し、母は私を駒にしか思っていなかった。愛に生きようと思ったら、相手に騙されていた……私にはもうこの子しかいないの。生きる意味も、この子にしか見いだせない……」

 サイオンはミアをもう一度抱きしめ、泣きじゃくるミアの背中をさすってあげた。

「わかった。では、やはりこの子は私との子供として産みなさい。それが一番あなたに傷が入らない」
「サイオン卿……」

 ミアはサイオンを見上げた。

「いいかい? だから、子供が生まれて、君が誰かと恋するまでは、私の妻として生きるんだ。君を守るから、だから、私といる間はもう困らせないでおくれ」

 ミアは泣きながらこくこくと頷き、小さな声でありがとうと言っていた。
 

 




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