聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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45. 朝

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 朝日が昇り、窓からキラキラと輝く陽差しが部屋に降り注いでいた。

 素肌にナイトローブを羽織っただけのシベリウスは、ベッドの上で起き上がってシーツにくるまっているジュエリアの隣に座り、ベッドの上に婚姻契約書やフロリジア城と貴族官僚などの組織図を広げた。

「私達の結婚はマリウス皇帝が公証人となってくださるそうで、契約書も皇帝陛下が作成したものを渡されている」

 シベリウスは婚姻契約書をジュエリアに渡した。ジュエリアは目を通して契約内容を確認する。

「……シベリウスが共同統治者」
「ああ。戸惑うのも無理はないと思う。皇帝陛下に呼ばれたリーリエンの帰り道はその話だったんだ。陛下はご自身でジュエルに話すとおっしゃってたんだが、ちゃんと私から説明したかったから」

 ジュエリアはもう一度契約内容に目を通した。二人の結婚までに築かれていたフロリジア公国の財産はあくまでジュエリアのものである。対外的なフロリジア公国の顔はジュエリアとするため、シベリウスにはフロリジア公爵の称号は与えず、ブローディア侯爵の称号でフロリジア公国をジュエリアと共に統治する。

「皇帝陛下に忠誠を誓った私が共同統治者となる事で、ヴェルタ王国を牽制したいそうだ」
「それは……わかるわ」
「……ジュエル、私は心から君を愛していて、別に共同統治は望んでいなかった。君と結婚するためには皇帝陛下に忠誠を誓う必要があった。だから、これは私の望みではないと君に理解してもらいたくて自ら話したんだ」
「……ええ、わかってる」

 ジュエリアは心の中でほんの僅かだが疑念が湧いてしまう。
 シベリウスは自分を愛しているわけではなく、自分の地位や権力に惹かれて近づいた可能性はないか。この国の統治者になりたかったから自分を選んだのではないのかと……。
 
「ねえ、シヴィ……? あなたは私の事をいつ好きになったの?」

 シベリウスは少し悲しそうな表情を見せた後、ジュエリアを抱きしめた。

「ずっと昔……お互い幼かった頃だよ。それしか言えない」
「なぜ?」
「ジュエルが私を思い出さないのは、無理にこじ開けてはいけない記憶だから。だから、君が思い出してくれるのを待っているんだ」
「私のこじ開けてはいけない記憶……?」
「……ジュエル……やはり私を疑っているね?」
「いえ……そういうわけでは……」

 シベリウスは真剣な表情でジュエリアと目を合わせた。

「いいんだよ。無理もない。それなら君に愛が届くまで私が頑張るだけの事」
「シベリウス、違うのっ」

 ジュエリアはシベリウスが自分から離れるのを止めようと、両手で彼を掴むと、はらりとシーツが落ちて上半身の白く美しい素肌が露わになる。
 シベリウスは目を開いて一瞬固まったが、すぐに落ちたシーツを掴み、ふわりとジュエリアの肩にもう一度掛け、彼女の唇に軽くキスをした。

「君は……必ずいつか私の愛を理解してくれる。それまで私はちゃんと待つ」
「あなたの愛を理解してるわ……もしかして、昨晩最後までしてくれなかったのは、この婚姻契約書で私があなたを疑うと思っていたから?」
「……疑っていいんだ、それが普通だから。だから、君の誤解だとしても、もし君の純潔を奪ったあとにこの契約書を見せたら、君を傷つける可能性があると思ったんだ」

 シベリウスはジュエリアの頬を優しく撫でる。

「ねえ、ジュエル、私が前フロリジア公に君との結婚を願い出たのは、数年前の話ではなく、十年以上前の話なんだ。それをきっかけに、皇帝陛下の小姓ペイジとなったんだ」
「そんなに前の話なの!? でもそれでどうして陛下のペイジに?」

 ジュエリアは前のめりになってシベリウスに聞くが、彼はただ微笑むだけ。

「さあ、ジュエル、支度をしよう。今日明日中には女公を支える組織を組み直さないと」

 そそくさと部屋を出て行こうとするシベリウスを見て、ジュエリアは深く後悔をした。
 元々自分は政略結婚を受け入れていた。帝国側が何を要求してこようが、今さら何を戸惑うのだろう。本来ならこんな契約内容を突きつけられるなど想定内でないといけない。むしろ、領地や財産を取られないだけ良い条件な方だ。

 でも……シベリウスは、打算で自分に近づいたわけではないと信じたい。

「こじ開けてはいけない記憶……どうしたら甦るのかしら……」

 それが鍵なのだろう。シベリウスを心から信じ、愛し合うための……。


 ♢


 青い空を飛ぶ白い鳩が、一軒のタウンハウスへと降下していった。窓が開いている部屋へと飛び込んで行き、部屋に置かれた止まり木にとまった。

「いつもありがとう」

 アルベールが鳩に近づき、足に撒かれた手紙を外す。鳩に餌をあたえ、手紙を広げて読み始めた。

 手紙を読みながら、一度は眉を顰めたが、そのあとすぐにほくそ笑んだ。
 事は上手く運び、ミアは妊娠した。サイオンがミアとの婚約を破棄せず、お腹の子を自分の子だと言い張ったのは計算外だったが、よく考えればこれは嬉しい誤算になるかもしれない。

 アルベールはペンを走らせ返事を書く。

“君の安全を優先し、サイオン卿の申し出を有難く受け入れよう。そして、子供が生まれたら、すぐに迎えに行くよ。その時君はサイオン卿と離婚して、私の妻になるんだ。愛してるよ、ミア”

 アルベールは白い鳩の足に手紙を巻きつけ、窓から飛ばした。

 







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