聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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43. 雄叫び

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 シベリウスは馬車に乗り揺られていた。窓の外の景色は美しい夕焼けの草原で、シベリウスの前の座席にはマリウス皇帝が座っている。
 セルマ寡妃がリーリエンの屋敷を出た後、マリウス皇帝も用事は済んだと言ってすぐに出た。その際、皇帝はシベリウスにもついてくるように命令し、彼はジュエリア達よりも一足先に帰路についている。
 マリウス皇帝は思い通りに事が進み、とても満足そうな表情をしていた。

「すまないね。フロリジア女公と一緒にいたかったかもしれないが、今後の事を話さなくてはいけないからね」
「近衛騎兵隊として、陛下に忠誠を誓っております。ご用命あらば従うのは当たり前です」

 確かに、シベリウスは今は女公として踏み出したばかりのジュエリアを支えたかったが、近衛として皇帝陛下の命に背くわけにはいかない。

「その近衛の件だが、まずは本日限りで除隊しなさい」

 突然の除隊通告にシベリウスは戸惑う。

「へ……陛下?」
「当たり前だろう。君はこれからフロリジア女公の伴侶となり共同統治をする者となるのだから」

 マリウス皇帝の言葉にさらにシベリウスは戸惑う。

「私が共同統治者?」
「まさかとは思っていたが、やはりそこまでは考えていなかったか」
「もちろん。私の願いはジュエリアだけでしたので」

 マリウス皇帝は苦笑してしまう。そして彼と初めて出会った頃を思い出していた。
 あの頃、幼かったシベリウスの真っ直ぐな想い……。

(変わらないな……)

「シベリウス、幼かった君の願いを私がなぜ後押ししたと思う?」
「それは……」
「君の真っ直ぐな性格を利用させて貰ったんだよ。幼かった君を育て、忠誠を誓わせ、そんな君をフロリジアに据え置き、帝国との連携をより強固にしたかったからに決まっているだろ」

 なんとも打算的な考えを悪びれもせず包み隠さず皇帝はシベリウスに教えてくれた。
 だが、それがシベリウスにはマリウス皇帝の優しさに思えた。
 
「考えが足りず申し訳ございません」
「そういうことで、君には侯爵位を授与する予定だ。子爵では共同統治者としては少し心もとない。ブローディア侯爵となり、早急にジュエリア女公と結婚し、この国を共同統治しなさい。共同統治に関しては、こちらでジュエリア女公にその条件を呑ませるので、君は何もしなくてよい」
「承知いたしました。……陛下、最後に一つよろしいですか?」
「なんだ?」

 シベリウスはマリウス皇帝の心の内を知ろうと、じっと見つめる。

「本日の処刑にルカがいたのは、陛下のご指示でしょうか」

 マリウス皇帝は、あえて一瞬たりともシベリウスから視線を逸らさなかった。

「すべて上手く行ったのだから、そんな事を気にする必要はない」





 公開処刑の日から一夜明け、早朝のリーリエンの屋敷では、ローゼンへ戻るために皆早くから起きて支度をしていた。
 体調の回復した様子のミアは、部屋の窓を開け、抱いていた鳩を外へと飛ばした。

 ミアの隣の部屋では、サイオンが窓際で紅茶を飲みながら外を眺めており、美しい白い鳩が飛んで行くのを見つめていた。

 サイオンは立ち上がり、隣の部屋まで行くと、扉をノックをする。

「ミア、体調はどうだ? 間もなく出発だが、手伝う事はあるか?」

 部屋の中からは慌てて窓をパタンと閉じた音がした。

「ええ、だいぶ良いです。一人で動けるので、あとで馬車でお会いしましょう」
「そうか。何かあったら何でも言ってくれ」

 サイオンは扉を開けることなく、そのまま階段を降りて行く。

 すでにエントランスホールにはジュエリアがいた。

「おはよう、ジュエリア……女公殿下だね」
「いえ、今まで通りジュエリアで」
「そうもいかないが、では、公の場以外では親しみを込めてジュエリアと呼ばせてもらおう。ところで、トマスはもう来ているか?」
「トマス? いえ、そういえば、昨日の公開処刑あたりから見掛けていませんね」

 サイオンの心臓が大きく波打った。胸に一気に不安が広がり、冷静なサイオンには珍しい慌てぶりでトマスの宿泊している部屋まで駆けていく。扉を荒々しく開けて中へと入って行き、ベッドを触る。

(冷たい……)

 次に、サイオンは部屋を飛び出して、一部屋一部屋扉を開けては中を確認し、屋敷の中を走り回った。

「はあ……はあ……はあ……」

 広い屋敷の全ての扉を開けるのはかなり体力がいる。普段から身体を鍛えてはいるが、焦りもあり、かなり息を切らせていた。
 
(トマスは、どんなに昼間フラついても、必ずその日のうちに私の元まで帰ってくる……)

 サイオンの頭には昨日のセルマ寡妃の余裕を含んだ顔が浮かんでは消えていた。

 セルマ寡妃には部屋の机の引き出しに隠していた肖像画を見られている。もし、あれが誰なのか、セルマ寡妃にバレてしまっていたのなら……。

 サイオンは胸騒ぎで息が苦しくなっていた。

「あの女……」

 次の瞬間、広い屋敷に獣の雄叫びのような声が響く。

「ア゛ア゛、クソオオォーーーーーーーーーーッ!!!!」 

 
 誰もがその声に背筋が凍りついたが、それがまさかあの温和なサイオンの声だとは誰も思わなかった。







 



 

 



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