聖ロマニス帝国物語

桜枝 頌

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42.こんな事で引き下がるわけがない

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 セルマ寡妃は激怒しながらリーリエンの屋敷に戻って来た。玄関ホールを足早に進みながら、セルマ寡妃は大声を上げる。

「ジュエリアはどこっ!!」

 すると、思いもよらない客が階段から降りて来た。

「お帰り、セルマ寡妃。さあ、決着をつけよう」
「こっ……皇帝陛下」

 軍服姿の威厳溢れるマリウス皇帝が階段を降りきると、セルマ寡妃はたじろぎながらもカーテシーをして挨拶をする。

「ミア公女はベッドで横になっている。なので、サイオン卿が代理で出席するそうだ。ジュエリア公女とシベリウスにはすでに部屋で待ってもらっている」
「何の話ですか?」
「継承者を決めるんだよ」
「今日ですか?」
「ああ、ジュエリアが大観衆の前で宣言したのだから、今日君に諦めてもらわねば」

 そう言うとマリウス皇帝は背を向けてまた階段を上って行く。セルマ寡妃は急いで後を追った。
 マリウス皇帝とセルマ寡妃が二階の一番広いドローイングルームに入ると、すでにジュエリア、シベリウス、サイオンが座っていた。
 三人は立ち上がり、マリウス皇帝が着席し、合図をするのを待ってから再度座った。

「単刀直入に伝えよう。本日、ジュエリアは正式にフロリジア公を継承する」

 皇帝がセルマ寡妃に伝えると、皇帝の侍従がセルマ寡妃の元に資料を一式渡した。

「勅書……?」

 それは、前フロリジア公が生前準備していた、マリウス皇帝に継承者決定の権限を渡す書類。
 セルマ寡妃は資料の中の勅書を手に取り、マリウス皇帝を睨んだ。

「そうだ。そこに書いてある通り、この国の継承者の決定は私に権限がある。だから君が勝手に執り行おうとしたミアの継承式で、シベリウスに私の意向を示した詔勅を読んでもらっただろう。本来はあの場でジュエリアがフロリジア公だ。だが、ジュエリア本人の準備も出来ていなかったし、ヴェルタとの戦争も出来れば避けたいのでね、しばらく様子を見ていたんだよ」

 セルマ寡妃は勅書を投げ捨てた。

「ええ、では、フロリジア城を明け渡さないといけないですね。ミアが継承しないのであれば、私は祖国に戻りますので、持参金は全て持って帰りますし、今後ソマ王国から私宛の送金は中止となりますので、そのお金を充てていた国の事業などは全て打ち切りでご了承ください」

 セルマ寡妃は勝ち誇っていたが、サイオン卿がセルマ寡妃に資料を見るように指で指し示した。
 セルマ寡妃は資料をパラパラと眺めるが、前フロリジア公が何を残していようが、皇帝が権利を主張する根拠を示そうが、大した問題ではなかった。だが、最後の資料を見て目を見開いた。

「グレイル=ヴェルタ家と協定……?」
「ああ、ヴェルタ王家は何を狙っているのか私には分かりかねるが、分家である我がグレイル=ヴェルタの一族はフロリジア公家と今後友好的な交流を増やし、互いの領地の貿易や経済的な協力をしていく事にした。ソマ王国の莫大な金銭的支援には及ばないが、いずれお互いの利益に発展するはずだ」
「こんなこと……ヴェルタ国王はご存じなのですか?」
「これは国と国の条約ではなく、あくまでグレイル=ヴェルタ家とフロリジア公家との協定で、国王に相談するまでもない」
「お兄様は……もしや、これを纏めるために毎日シベリウスの館に行かれていたのですか……?」
「そうだ」

 セルマ寡妃はしばらくサイオンを見つめたまま、何も喋らなくなった。
 
 セルマ寡妃はスッと立ち上がり、何も言わないまま扉に向かって行った。

「セルマ寡妃、そのまま扉を出れば、合意とみなす」

 皇帝は落ち着いた低い声でセルマ寡妃に言った。
 セルマ寡妃は振り返らずに返事をする。

「お好きに。私はこのままフロリジア城に戻り、ソマに戻る準備をします。そのための数日の滞在はお許しくださいませ……」

 セルマ寡妃が振り返ると、刺すような視線を真っ直ぐにジュエリアに向け、最後の一言を発する。

「フロリジア公」

 セルマ寡妃の表情と声色に、ジュエリアの肝は冷え、そして思った。

 この人はこんな事で引き下がる人ではないと。

 
 

 

 

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