聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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31. 聖日

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 集会所の礼拝では、貴族の集う礼拝とは違い、この国の切実な生の声が飛び交っていた。

「夫が亡くなり生活が苦しい」
「子供に教育を与えたいが、学校に行かせるには大金がいる」
「浮浪児が増えて、治安も悪化して困っている」
「病気をして働けなくなった。助けてくれる家族も相談する相手もいない」
「戦争がはじまると言うけど……私達の生活はどうなるのですか?」

 ジュエリアは初めて国民の生活の厳しさや不安を耳にして愕然としている。城に住み、座学で学ぶだけでは知る事のなかった声達だ。

「随分驚いていますね。まるで人々の声を初めて聞いたかのようだ」

 隣に座っていた高年の男性がジュエリアに声を掛けた。

「ええ、お恥ずかしながら……あの、あなたはどなたですか?」
「私はオーガストと昔馴染みでね。シベリウスとも長い付き合いだよ。どうぞマリウスと呼んでおくれ、ジュエリア」
「私のことをご存知なのですか?」
「当たり前じゃないか。さて、ジュエリア、街の人々の声を聞いてどうだったかな?」
「……苦しむ人々を救える力が私にはなく、もどかしく、悔しく……私は無力なのだと痛感しました」
「ふむ。では、力があれば救いたいという事でいいのかな」
「もちろん、救える力があるなら、誰だってそのように行動するかと」
「では、人々を救える力とはどんなものなのだろうね」
「それは……」

 ジュエリアが答えられぬまま、聖日の礼拝は終わる。

 オーガスト達と別れる際、ジュエリアはずっと気になっていたことをオーガストに尋ねた。

「ねえ、オーガストさん、ルカは今日は?」
「ああ、聖日は一日中ねぐらにいるんですよ。仕事が休みの母親が迎えに来るかもしれないって」
「そうなの……」

 明らかに期待の薄いルカの希望に、ジュエリアはルカを想って俯く。

「ジュエリア様、先日頂いたカゴを、ルカは大事にしているんです」
「カゴ……?」
「ああ、食べ物はねぐらの仲間と分け合って、空になったカゴを大事に使ってます」

 ジュエリアは少しだけ心が晴れ、微笑んだ。

「教えてくれてありがとう。オーガストさん」

 ジュエリアとシベリウスは、集会所から少し離れた所でオーガスト達とわかれ、彼らを見送る。
 ジュエリアが横を見ると、シベリウスはオーガスト達が見えなくなるまで、目立たない程度にお辞儀をしていた。

「随分丁寧なのね?」

 シベリウスは顔を上げると顔面蒼白でジュエリアを見た。

「周りに知られない為の演技ではなく、まさかまったく気がついていなかったのですか?」
「え?」

 シベリウスは目を瞑り額に手を当てた。

「マリウスと名乗ったでしょ? マリウス皇帝陛下ですよ」
「え……あの高年のおじさんが? えええええーーー!!!」
「公女なら会った事くらいあるでしょ? 前フロリジア公の葬儀にもいらしてたじゃないですか」
「直接ご挨拶したのなんて随分昔で、陛下はもっとお若かったし、葬儀の時はセルマ寡妃とミアが参列者に挨拶をして回って、私は蚊帳の外だったから、陛下も遠目でしか見ていなかったし……それに身なりが普段とかなり差があって、あれじゃ同一人物とわからないわよ! なんで事前に教えてくれてなかったの!?」
「陛下がいらしてるなんて私も知らなかったからです」

 シベリウスはジュエリアに腕を差し出した。

「ここで話していても仕方ないです。別にジュエリアは失礼なことは一切していませんでしたし。さあ、気を取り直して街を歩きましょう」
「そうは言っても……」

 ジュエリアは気落ちしており、中々シベリウスの腕に手を添えない。
 シベリウスはジュエリアの両頬を優しく引っ張った。

「さあ、笑って。デートをしましょう」
「ヒベリウフ……」

 シベリウスはクスッと笑い、今度はジュエリアの両頬を包むように触れ直して、唇を寄せ、目を閉じ、キスをしようとした。

「やめてよっ!!」

 甲高い叫び声にシベリウスは驚いて手を離し、ジュエリアも顔を離した。

 声のした方へ顔を向ければ、深く帽子を被ったミアが、激しい剣幕を見せて立っていた。
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