聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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30. 壊れていくミアの矛先

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 ミアは部屋の大鏡の前に立ち、顔を横にして側頭部を見た。

「ええっ!」

 セルマ寡妃に引っ張られていた部分はちらほらと頭皮が見えている。
 その様子を見たミアは強い衝撃を受けて、呼吸を乱しながらそのまま泣き崩れた。

「こんな……こんな姿じゃ、シベリウスに会いに行けない……」

 もう一度立ち上がり、今度は鏡の前ギリギリまで近づいて、両手で髪の毛をいじり始める。抜けた場所に他の髪がかかるようにしたり、下からかき上げて隠してみたりと、色々と試す。だが、その手は段々と投げやりに粗々しい手つきになっていく。

「ちがう……ちがうわ……これじゃだめ、こうでも無理……ああ、ああああ、あ゛あ゛……ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!」

 バンッ!! バンッ!! バリンッ!!!!

 ミアはぜぇぜぇと息を切らしながら、手を血だらけにしていた。

 呼吸を整え、静かに上目遣いで鏡を見る。
 酷くひび割れた鏡には、ミアの憎悪のこもった目が不気味にいくつも映っていた。

「全部……ジュエリアが悪いのよ……あいつが城から離れたりするから、お母様の標的が私になった……あいつが最初から継承権第一位なら、私はシベリウスと結ばれた……」

 ミアは使用人室に繋がるベルを鳴らした。
 すぐに使用人の気の弱そうな若い娘がやってくると、苛立つミアはその娘を睨みつける。

「遅いっ! 早く片してよ!!」
「もっ、申し訳ありません! しょっ、承知いたしました。でも、ミア様、まずはそのお手を手当しなくては……」

 使用人の娘がミアを手当てしようと、ポケットからハンカチを取り出して手を伸ばすと、ミアはその娘の頬を思い切り叩く。

「触るなっ!! 汚らわしいっ!!」

 使用人の娘の頬は、ミアの血と叩かれた痕で赤くなっていた。

「大変失礼いたしましたっ。すぐにお部屋を片し、お怪我は医師をのちほどお部屋にお連れ致します」

 ミアは使用人の娘が片付け終えるまでの間、執拗に当たり散らした。



 聖日の朝、ジュエリアはそわそわとしながら部屋の椅子に座っていた。
 教会に行くため、白いデイドレスを着ており、普段は髪をおろしているジュエリアも、今日は髪を纏めている。

「アンヌ……私、変じゃない?」
「お美しゅうございます。おごそかなジュエリア様の姿にシベリウス様もきっと惚れ惚れいたしますよ」

 アンヌの言葉にジュエリアは顔が熱くなった。
 こんなに身だしなみが気になって仕方ないなんて、いつ以来であろうか。

 扉をノックする音がし、ジュエリアは待っていたとばかりに立ち上がった。
 シベリウスが部屋に入って来ると、彼も教会に行くため、軍服ではなく、首元にはクラバットを巻き、コートを羽織った貴族の服装だった。普段見慣れない彼の姿に、ジュエリアは胸をときめかせた。
 シベリウスは微笑みながらジュエリアに近づき、彼女の手を取ると、その甲にキスをして挨拶をする。
 
「そんなに輝いてしまったら、もっと好きになってしまう」
「そんな気取ったセリフ恥ずかしすぎるでしょ……」
「嫌でした?」
「……嬉しいわよ……それにもっと……好きになって欲しいから」
「ええ、この想いは毎日増えています」

 シベリウスは嬉しそうに満面の笑みを見せ、その笑顔にジュエリアはまたも胸をときめかせる。

 シベリウスに連れられて向かった先は、貴族が行く大教会ではなく、庶民の集う集会所のような場所だった。中に入ると前方には即席の講壇が置かれており、講壇に向き合う様に室内いっぱいに木のイスが並べられている。すでに沢山の人々が着席していた。

 「シベリウス! こっちだ!」

 手を振って声を掛けてきたのはオーガストだった。

 ジュエリアは先日のオーガストとの件があり、少し気まずかった。
 しおらしくシベリウスの後ろを歩き、オーガストの元まで行くと、マルクスと、みすぼらしい服装の五~六十代くらいの高年の男性が座っていた。

 オーガストが気まづそうにジュエリアに声を掛けてきた。

「この間は……偉そうに出過ぎた口をきいて、大変申し訳ありませんでしたっ!!」

 オーガストは言い切ると同時に直角に身体を曲げて頭を下げた。

「やだ、やめてっ! 頭を上げてオーガストさんっ! あなたは正しい事を言っていたし、私にはとても有難い話だったの」

 ジュエリアは顔を赤くして慌ててオーガストの身体を起こそうとする。
 その様子を見ていた高年の男性は、穏やかに微笑みながらオーガストに言った。

「どんな偉そうな事を言ったのかな?」

 オーガストはやっと頭を上げて彼に答えた。

「はい。私はジュエリア様に、恵まれない子供に菓子を上げるだけで満足していい立場じゃないと言ってしまいました……本当に申し訳ありません」

 高年の男性は笑い出し、シベリウスは怪訝な顔をしてオーガストに聞いた。

「おい、一体いつそんな話を?」
「先日、黒髪の美人と二人で訪ねてきてくれたんだよ。シベリウスは知らなかったのか?」

 ジュエリアは、シベリウスの目が据わったのがわかり、室温も肌寒いくらいに下がった気がした。

「これは、あとで話し合いですね……ねぇ? ジュエル」
「え……ええ、あとで話しましょう」

 会話の途中で司祭が入ってきて、礼拝が始まってしまった。
 



 

 
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