聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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24. 不毛な恋

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 昼下がり、サイオンとシベリウスの話し合いが行われている時間、ジュエリアは自室——正確にはシベリウスの部屋——で、椅子に座り、目の前に立つトマスと見つめ合っていた。

 トマスはそっとジュエリアのあごを掴み、軽く持ち上げる。

「目を閉じて」

 ジュエリアは目を瞑り、唇を少しだけ開いた。

 トマスはジュエリアの唇に薬指を乗せ、ポンポンと優しく叩き始める。

「これくらいかな」

 ジュエリアが目を開けると、トマスが手鏡を持ってジュエリアの顔を映していた。

「凄い! トマスって化粧がとっても上手なのね! 口紅も色の濃淡があって本当綺麗」

 ジュエリアはトマスから手鏡を受け取り、右や左に顔を向けながら化粧の仕上がりに満足していた。

「どこでこんなに化粧の腕を磨いたの?」

 何気なくジュエリアが聞くと、トマスもさらりと答えた。

「俺、クルチザンヌだったから」
「え?」

 トマスは大鏡の前までしなやかに歩いて行き、手に持つ口紅パレットに薬指を当てて口紅を馴染ませると、鏡を覗き込みながら、自分の下唇にその薬指を乗せてぽんぽんと軽く叩く。

 片手でパレットをパタンと閉じると、トマスはジュエリアの方に振り向いた。

 何もつけなくても美人顔のトマスだが、口紅をつけるとより一層艶やかに花が咲く。

「クルチザンヌって王族や貴族相手の高級娼婦の事よね? ってことは、トマスは本当は女性???」
「男だよ。女の格好をして男性客の相手をしてたんだ。俺の値段は破格の高さだったから、相手はそれなりの人物ばかりだったし、他の娼婦や男娼よりかなり待遇は良かったよ」
「そうだったの……? この間トマスはヘルハウンドの孤児だったって言ってたけど……関係があるの?」

 やはりトマスは何でもないようにさらりと言う。

「孤児だったから道端で寝てたら、人攫いに攫われて、売られた先がヴェルタ王国の娼館」
 
 その言葉にジュエリアは戸惑いを見せたが、すぐにトマスを見る目が敬意を込めた瞳に変わり、彼の両手を包み込むように握った。

「トマス、あなたは今まで本当に頑張って来たのね」

 だが対照的にトマスは全く気にした様子はない。

「うーん、そうだなぁ、自分で努力したと思える事は、孤児だった時でもなく、売られた時でもない。サイオン様にもう一度会いたくて、クルチザンヌまで昇りつめた時だ。生まれの卑しい自分が王族であるサイオン様に会える方法なんて、王族のお相手が出来るクルチザンヌになるしかなかったから」

 トマスはジュエリアが握ってくれた手を取り、自分の髪に触れさせた。

「ジュエリアが珍しいと言ってくれたこの黒髪は、最南に位置するヘルハウンドで生まれる子供の特徴なんだ。あの罪人の島で生まれる子供はなぜか黒髪が多かったから、禍いから黒い犬が生まれる島として、黒妖犬島ヘルハウンドと呼ばれるようになったって言われてる」
「そんな歴史、私は聞いたことがなかったわ」
「島民しか知らないような伝承だからね。それに、殆どの子供はこの忌々しい色が嫌で髪を染めるから、益々黒髪は少ない」

 トマスは過去を振り返り、嬉しそうな表情を浮かべた。そして、誰かのセリフを再現する。

「美しい黒だよ。まるでトマスの心の強さを感じる漆黒だ」

 ジュエリアはその言葉に自分の心が熱くなってしまった。

「誰かに言ってもらった言葉なの?」

 トマスは笑みを浮かべたまま頷いた。

「サイオン様だ。あの人の優しさで俺は自分を愛することが出来て、今がある」

 トマスの熱の込もったセリフと、サイオンを思い自然と漂わせた色香に、ジュエリアはやっとトマスの気持ちに気が付き、目に力が入ってしまった。

「トマス……身を焦がすほどの不毛な恋って……まさか」
「それ以上は言わないよ」

 トマスはジュエリアの唇を指で抑えた。

 



 
 
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