聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

文字の大きさ
上 下
23 / 81

23. 古傷

しおりを挟む
「あなたはあのソファで寝て」

 目を吊り上げたジュエリアは、ナイトローブを着たシベリウスを見ながら部屋のソファを指差した。

「ジュエル、一応私は軍人で、訓練でかなり身体を動かすので、夜はベッドで寝たいです」
「いいわよ。その代わり私に向かいのあなたの服とかを置いている部屋を使わせて」
「仕事で使う物も沢山置いてあるのでダメです」
「じゃあ、私がソファで寝るわ」

 ジュエリアがソファに向かって歩き出すと、シベリウスに腕を掴まれる。

「ご冗談を。ちゃんとベッドで寝てください。私がソファで寝ますから」
「……身体は? 疲れてるんでしょ? どちらかが向かいの部屋に行けば済むだけでしょ」
「向かいの部屋は荷物でいっぱいです」

 シベリウスはにこりと嘘くさい笑みを見せた。

「もうっ、わかったわよ」

 ジュエリアはベッドに入り、シベリウスにプイッと背中を向けて目を瞑る。

(ああ言って、絶対向かいの部屋にも寝れるだけのスペースはあるはずよ。あ、部屋が暗くなったわ。おとなしくシベリウスはソファで寝たわね。まだ婚約者の段階なら……部屋は別々が……あたりまえで……しょ……——)

 いつの間にかジュエリアは深い眠りに落ちた。
 
 その夜、ジュエリアは夢を見た。幻想的な夢ではなく、改変された現実世界の夢でもない。
 それは、ずいぶん昔の記憶、ジュエリアの心に焼き付けられた古い傷……——。

「やめてアルベール様ッ!!」

 ジュエリアは叫びながら飛び起きた。

「ハアッ、ハアッ……はぁ、夢だわ……」

 呼吸は浅く、息は上がり、手を額に当てれば僅かに湿る。

「十四年前の話なんてしたから、あの時の夢を見てしまったのね……」

 ジュエリアの呼吸は段々戻り、頭も冴えてきた。額に当てていた手をおろすと、人肌に触れた。

「え」

 ジュエリアが横を見れば、やはり上半身は何も着ていないシベリウスがすやすやと眠っていた。

「は? いつの間にベッドに潜り込んで来たの!? しかも何でこの男はいつも上に何も身につけないで、私の隣で寝るのよ!!」

 シベリウスが寝返りをうち仰向けになると、シーツがはだけて更に上半身が露わになる。
 横向きで寝ている時は影があり良く見えていなかったが、今は窓から差し込む月明りによって、固く鍛え上げられた躯幹がはっきりと見える。

 その身体を見たジュエリアは、思わず手を伸ばして触れてしまった。
 ゆっくりと、確かめるように、シベリウスの身体に指を這わせていく。肩、二の腕、胸、腹、脇……。

 ——どこもかしこも傷だらけである。

「こんなに傷が……」

 ジュエリアがシベリウスの脇腹にある古傷を指でなぞった時だった。

「そんな風に触られたら、襲ってしまいますよ?」

 ジュエリアは瞬時に手を引っ込める。

「いつから起きてたの?」
「ジュエルの叫び声あたりかな」

 シベリウスはジュエリアの方へ身体を向けて肘枕で寝ころび、悪戯な笑みを浮かべながら彼女を見つめている。

「じゃあ、わざと仰向けに寝がえりを打ったの?」
「さあ……どうでしょう? いっぱい傷があったでしょ?」
「身体を見せつけるなんて、どれだけナルシストなのよ!」
「ははは、でも、ジュエルは私に触れたんだから効果覿面ですね」
「もう知らないっ。おやすみっ」

 ジュエリアはドサッとベッドに横たわり、シベリウスに背を向けて目を瞑る。

 シベリウスはジュエリアが触った脇腹の古傷を触りながら、憂いを潜めた表情で彼女の背中を見つめ、どこか遠くを見ていた。



 






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

人体実験サークル

狼姿の化猫ゆっと
恋愛
人間に対する興味や好奇心が強い人達、ようこそ。ここは『人体実験サークル』です。お互いに実験し合って自由に過ごしましょう。 《注意事項》 ・同意無しで相手の心身を傷つけてはならない ・散らかしたり汚したら片付けと掃除をする [SM要素満載となっております。閲覧にはご注意ください。SとMであり、男と女ではありません。TL・BL・GL関係なしです。 ストーリー編以外はM視点とS視点の両方を載せています。 プロローグ以外はほぼフィクションです。あとがきもお楽しみください。]

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...