聖ロマニス帝国物語

桜枝 頌

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21. 良かれと思って

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 ジュエリアは、館の玄関でパンや菓子やフルーツが沢山入ったバスケット二つを両手に持ち、トマスと向かい合って立っていた。

「今日は、私に付き合って」
「別にいいけど、その食べ物の量で何がしたいか何となくわかるんだけど」
「あら本当? 貧困街に行くんじゃないわよ。貧困街にはこれじゃ足りない」
「じゃあ、どこだ?」

 ジュエリアはバスケットの一つをトマスに持たせて玄関を出て行った。

 館の外に出ると、二人乗りの馬車が停められていた。見送りの使用人はいるが、御者はどこにも見当たらない。

「誰があれを走らせるんだ?」
「もちろん私」
「え゛!?」

 ジュエリアはバスケットをひょいと馬車に乗せ、自分も乗り、トマスにも乗るよう隣の席を手で叩く。トマスはあからさまに嫌そうな顔をしながら気怠そうに馬車に乗る。

「もちろん馬車を走らせたことはあるんだよな?」
「ないわ」

 パシンッと馬を鞭で叩く音がし、馬車がぎこちなく動き始めた。嬉しそうに手綱を持つジュエリアの横でトマスが顔面蒼白になっていた。

「大丈夫よ。乗馬は出来るし、この間シベリウスが馬車を走らせるところを真横で見てたから」
「ほ……ほぉ~……」

 トマスは恨めしそうにジュエリアを見つめながら馬車に揺られた。

 良い意味で予想は裏切られ、無事にジュエリアの目的地に着いた。そこは街と森の境にある一軒の店、シベリウスの友人のオーガストの店だった。

「こんにちは~、ジュエリアです」

 工房の開かれた戸口から、カンカンと鉄を打つ音が漏れている。
 ジュエリアとトマスはその中を覗き込むと、オーガストが赤くなった鉄を力強く打っていた。

 弟子のマルクスが二人に気がつき、戸口まで走って来た。マルクスの後ろをルカもくっついて来る。

「ジュエリア様! オーガストさんは作業中は凄い集中するんで、周りの声が聞こえなくなるんです。良かったら隣の店でお待ちいただければと思います」

 そう言われ、二人はマルクスに案内されて工房の隣にある三角屋根の住居兼店舗へ移動した。マルクスの後ろにはやはりルカがいて、マルクスが動くたびにちょこちょことカルガモの子供の様に常についてまわっている。

 店舗には武器や農具や調理器具など、あらゆるものが売られている。雑多な店内を通り抜け、奥へと進むとキッチンがあり、窓際にある慎ましい二人掛けの食卓に案内されて座った。マルクスは急いで湯を沸かし始め、湯が沸くと紅茶を淹れてジュエリアとトマスに出してくれる。

「作業も終盤だったので、恐らくそんなにはお待たせしないと思うのですが……」
「ああ、いえ、実は今日はオーガストさんを尋ねて来たというよりも、これをルカに持って来たの」

 そう言ってジュエリアは食卓の上に置いたバスケットに手のひらを向けて指し示す。

「ルカに?」

 マルクスはきょとんとして、ルカを見た。ルカも沢山の食べ物を前に戸惑っている。

「ルカ、ほら、このお菓子なんてとっても美味しいのよ」

 ジュエリアはバスケットの中をがさごそと漁り、中からチョコレートを取り出して差し出した。

 ルカは目を輝かせてチョコレートとマルクスを交互に見る。

「良かったな、ルカ」

 マルクスがルカの頭を撫でると、ルカはこくりと頷き、ジュエリアからチョコレートを奪うように掴み取る。

「こら、ルカ! もっと丁寧に受け取るんだ。それと何だっけ?」

 マルクスに注意をされたルカはすぐにジュエリアに頭を下げる。

「ありがとお」

 ジュエリアは微笑み、マルクスに聞いた。

「ルカはここで暮らしてるの?」
「いえ、ルカは夕方になると街に帰ってしまうんです。何度か親方がここで暮らしていいって言ったんですけど、ルカはどうやら……」
「どうやら?」

 マルクスはルカをチラッと見て言葉を噤む。
 その時、キッチンに作業を終えたオーガストが入ってきた。

「マルクス、ルカ、今日はもう終わりだ。二階に行ってろ」
「はい、親方。じゃあ、ジュエリア様と、あと綺麗なお姉さん、また今度」

 ジュエリアはマルクスの言葉に、トマスを見て吹き出してしまった。トマスはツンと澄ましてジュエリアに言う。

「俺の美貌に嫉妬するなよ」

 オーガストが近くにあった丸椅子を持ってきて、二人のそばに座った。

「ジュエリア様、ルカだが、あいつは夕方になると寝ぐらに戻るんだ。母親が迎えに来ると思ってる」
「ルカのお母様は?」
「おそらくいない。あいつは捨て子だ。母親がルカを貧困街に連れて行って、そこで待つように言ったそうだ。それ以来ずっとあいつは約束の場所で母親が迎えに来るのを待ってる」
「そんな……」

 衝撃を受けるジュエリアと対照的に、トマスは無表情で紅茶を飲んでいた。

「まあ、あいつも何となく分かってきているとは思う。だから、昼間はこうして俺の店まで遠出してくるようになった」
「教会とかには頼れないの?」
「ジュエリア様、この国は歴史的に戦争が多く、ここ四~五十年程戦争が起こらない時代を迎えてやっと国民の生活が安定し始めたばかりだ。多くの人間が慈善事業に手を回せるほど豊かな国ではまだないんですよ」

 ずっと紅茶を飲んでいたトマスが口を開いた。

「教会とか、国民の善意に頼ろうとせず、お前がどうにか出来るだろ」
「え……?」
「ジュエリアが女公になって公的な支援や教育を与えればいいだろ。彼らがこの国を支える民になるか、国を傾ける勢力になるか、ジュエリアは彼らにどんな未来を歩んでほしい?」
「そんな、簡単に言わないでよ……」

 オーガストは溜息をつきながら、微笑を浮かべる。

「ジュエリア様、このバスケットはどうぞお持ち帰りください。これはあなたを満足させるだけで、ルカみたいな子供の根本的な解決にはならない。ジュエリア様がただの街の人間ならたまに菓子をあげるだけでもいいですが、あなたはこんなことで満足していい立場ではないでしょ」

 ジュエリアは良かれと思ってやったことが裏目に出てしまい、自分の考えの甘さに恥ずかしくなり、ここに来たことを後悔した。

「大変失礼いたしました……考えが浅かったと反省しています。あの、せめて、ひとかごだけでも置いていっていいでしょうか?」
「では、ひとかごだけありがたく頂き、ルカに渡します」
「ありがとう」

 ジュエリアは俯いて肩を落とし、オーガストの店を出て行く。
 トマスは黙ってジュエリアの後ろを歩き、馬車まで来ると先に乗って手綱を握った。

「帰りは俺が」
「馬車を扱えるの?」
「さあ、どうだろ?」

 ジュエリアが座った事を確認し、トマスは馬車を走らせ、館へ戻った。






 
 



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