聖ロマニス帝国物語

桜枝 頌

文字の大きさ
上 下
19 / 50

19. 街を散策

しおりを挟む
 トマスは無表情のまま、口をぽかんと開けてジュエリアを見ていた。

「ジュエリア、俺と出掛けるためにそんなこと言ったのか?」
「そうよ。だって、コソコソするのは嫌だし、あなたとの仲を疑われるのも嫌だから。それに、友達なんだから、出掛けたり、おしゃべりしたりって、今日限りじゃないでしょ?」
「おいおい、じゃあ友達として言うけど……目的のために身体は売るなよ」
「は? 売ってないわよ」
「でも、話の流れだと」
「やめてよ。結婚までは純潔を守るし、キスしただけだし、その相手は正式な婚約者だし……」

 トマスはジュエリアの様子を見て何かを考えている。

「なあ、じゃあ想像してみて。俺が仮にジュエリアの婚約者だったら、そんな駆け引きでキスする?」

 ジュエリアははたと止まる。その反応を見たトマスは僅かに眉を動かした。

「しない……」
「ふーん……」

 トマスは見透かしたような視線でジュエリアを見つめ始めた。

「ジュエリアって、案外夢見るお姫様なんだな」
「どういう意味?」
「シベリウスと駆け引きしたのは、俺との件よりも、心の奥底でジュエリアはあいつを試したくなったんだ。本当に自分を愛してくれるのか。そして、もっと自分に夢中にさせたい欲が出た。ジュエリアは本当はあいつと恋がしたいんだと思うよ」
「わっ、わわ私達の婚約は、政略結婚よっ。大体、シベリウスは絶対に何か裏があるに決まってるし。彼は帝国の目的を遂行するために私を愛してるとか言ってるんだと思う」
「……あいつはそんな風に思ってるようには見えないけど。まあ、どうでもいいや。正式に俺との外出許可出てるんなら都合いいし」
「そ……そうよ。さあ、時間も勿体ないし、行きましょう」

 ジュエリアはトマスと共に部屋を出て、街へと出掛けて行った。
 トマスがどこに案内するのかと思えば、館のすぐ目の前の朝市の行われていた通りだった。朝市は毎日開かれているわけではないし、もうすでに昼過ぎ。今はただの道でしかないこの通りに、トマスが何の用事があるのか、ジュエリアは首を傾げた。
 
「ここ??」
「やっぱり……」
「やっぱり……何?」
「かすかに俺の故郷の匂いがする」
「故郷?」

 ジュエリアは匂いを嗅いでみるが、漂う香りといえば、バルコニーや庭で育てられている薔薇の香りや、ベーカリーやコーヒーハウスから香るパンやコーヒーの香りくらいだ。

「きっとあなたの故郷もフロリジア公国みたいに薔薇が沢山あるとか、コーヒーの香りが充満していたのかしら?」
「まあ……ジュエリアにはわからないか」

 トマスはジュエリアの話を流し、鼻に意識を集中させて何かを探しているようだった。

「コーヒーハウスがこの通りだけで四件……」
「ねえ、トマス? 私も来る意味あった?」
「友達だろ? 付き合ってよ」
「ああ、うん、そうね」

 ジュエリアは、俯き、つい笑みがこぼれた。
 初めて友達が出来た。改めてそう思えた。
 この何気ないやり取りに、友達としての実感が湧いて嬉しかった。

 トマスはジュエリアの腕を掴み、シベリウスの館の斜め向かいにある一軒のコーヒーハウスに向かっていく。
 店の前には沢山の薔薇の花がプランターで育てられており、花の香りで溢れた清潔感のある店だった。そして店に入れば、今度はコーヒー豆の芳醇な香りや、スパイシーな香りが広がっている。店内は様々な人たちで賑わっていた。

「わぁ、女性好みの素敵なお店ね」

 トマスは、感激しているジュエリアのことは放っておいて、空いている席に座った。

「コーヒーを飲みに来たの?」

 トマスの座った席の対面にジュエリアも座る。

「この店が気になって入りたくなった。ここは俺が奢るよ」

 トマスが店の人に注文すると、カルダモンの爽やかな香りがするコーヒーが出て来た。

「スパイスの香りの正体ね。うーん、良い香り」
「スパイスの香りの正体ねぇ……」

 二人は一緒にコーヒーカップを傾け、ごくっと飲んだ。

「「美味しい……」」

 思わず二人は目を輝かせてお互いを見た。二人の息がぴったりと合い、ジュエリアはまた嬉しくなった。

「本当に友達みたいね」
「本当に友達になるんだろ」

 トマスはまたコーヒーを飲む。

「ああ、友達になった証に俺の事で聞きたいことがあれば何でも答えるよ」
「そうね、トマスの故郷の話が聞きたいかも」
「俺の故郷はヘルハウンドだよ」

 ジュエリアはその名前を聞いて、持ち上げていたコーヒーカップをソーサーに戻した。

「ヘルハウンドって……黒妖犬島?」
「ああ、流刑地の黒妖犬島。追放された囚人や、訳アリで住み着いた者達の島。俺はそこで生まれた孤児だった」
「ごめんなさい。無理に話さなくても大丈夫よ」
「嫌になった?」
「え?」
「高貴な身分のジュエリアにはあまりにも不釣り合いな友達だろ?」

 ジュエリアはバンっと机を叩き、険しい表情で立ち上がった。

「なんてことを言うの! いいこと、あなたは私の人生で最初の友達、トマスよ。それ以外何者でもない」
「……ああ、ありがとう。まあ、座れ。目立つ」
「え? ああ、はい」

 ジュエリアは周りの視線に気が付き肩をすぼめてイスに座った。
 トマスはコーヒーを一口飲んで、カップをソーサーに戻した。

「やっぱり友達になれるな、俺達」
「そうよ、もう親友よ、私達」

 ジュエリアはコーヒーをぐいっと飲む。ひとまず空気を変えようと、憧れの親友っぽい会話をしてみることにした。

「そうだ、トマス! あなた恋はした事ある?」

 トマスは動きを止めて、ジュエリアに話すか悩んだ。彼女の瞳を見れば、キラキラと目を輝かせてこちらを見ていた。
 その姿がアホらしくて、笑えて、なんだか素直に話したくなった。

「あるよ。ジュエリアには一生経験する事のないような、身を焦がすほどの恋だ」
「なんで私は経験しないって決めつけるのよ」

 トマスはジュエリアを見てクッと笑う。

「ジュエリアは絶対に経験しない。だけど俺の恋は絶対に無理なんだ。叶わないと分かっていながら、諦めることも出来ない。秘めた不毛の恋」
「もしかして、それは現在進行形なの……?」
「そうだよ」
「じゃあ、私が全力で応援するから、頑張ってみなさいよ」
「ジュエリアの応援なんかで叶うわけないだろ」
「そんなのわからないでしょ? で、相手は誰? って言ってもきっとわからないから、今度姿絵とかあれば見せてよ」

 基本無表情のトマスが、演技ではなく、素で頬を染めて微笑む。そして人差し指を口元に当てて、ジュエリアにウインクした。

「秘めた恋は、誰にも言わないから秘めた恋なんだろ」











 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

無関係だった私があなたの子どもを生んだ訳

キムラましゅろう
恋愛
わたし、ハノン=ルーセル(22)は術式を基に魔法で薬を 精製する魔法薬剤師。 地方都市ハイレンで西方騎士団の専属薬剤師として勤めている。 そんなわたしには命よりも大切な一人息子のルシアン(3)がいた。 そしてわたしはシングルマザーだ。 ルシアンの父親はたった一夜の思い出にと抱かれた相手、 フェリックス=ワイズ(23)。 彼は何を隠そうわたしの命の恩人だった。侯爵家の次男であり、 栄誉ある近衛騎士でもある彼には2人の婚約者候補がいた。 わたし?わたしはもちろん全くの無関係な部外者。 そんなわたしがなぜ彼の子を密かに生んだのか……それは絶対に 知られてはいけないわたしだけの秘密なのだ。 向こうはわたしの事なんて知らないし、あの夜の事だって覚えているのかもわからない。だからこのまま息子と二人、 穏やかに暮らしていけると思ったのに……!? いつもながらの完全ご都合主義、 完全ノーリアリティーのお話です。 性描写はありませんがそれを匂わすワードは出てきます。 苦手な方はご注意ください。 小説家になろうさんの方でも同時に投稿します。

災い姫は暴君に溺愛される

芽巳櫻子
恋愛
ウルペース国の王女パリディユスは、抜けるような白さと、自身に危害を加えた人間が不幸になる体質を持っている。 特異的な容姿と体質から『災い姫』と呼ばれ、不幸が降りかからないようにと、何不自由ない生活を送っている彼女が、ある日毒を盛られてしまう。 それが原因か、突如キュクヌス帝国が進軍して来て——パリディユスが目を覚ます頃には、国は攻め落とされてしまっていた。 その状況に死を覚悟するも、なぜか帝国の暴君に気に入られてしまい——?

奴隷の私が複数のご主人様に飼われる話

雫@更新未定
恋愛
複数のご主人様に飼われる話です。SM、玩具、3p、アナル開発など。

転生少女は溺愛に気付かない

たぬ
恋愛
 車に引かれて死んだはずが、気づいたら転生していた。  生前の記憶が不鮮明ながら蘇り、前世とどこか違う気がする。  違和感はあるものの、家族の過剰な過保護により家から出ることなく高校へ進学  違和感の正体が主人公の命を脅かす!!  主人公は危機にさらされながらも恋をし、トラウマをも乗り越えてゆく。 *大雑把な展開は確定しておりますが、細部は未定な為何話で終了するか未定です。 R15 残酷な描写あり。 恋愛要素はかなり後 5月中は連日投稿 6月以降、月4回月曜0時投稿予定 11月下旬より勝手ながら作者の事情で今作品を一時休載とさせていただきます。 2024年春頃再開予定です。 内容に影響が無ければ無言修正します。

処理中です...