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14. 侍女
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聴こえてくる爽やかな鳥のさえずりとは裏腹に、何だか二の腕あたりから胸元あたりまで重苦しい圧迫感を感じる。
「う゛ぅ゛ぅ……」
横向きに寝ていた身体を、仰向けに動かすと、二の腕に乗せられていた何かが、ずしりと胸元に落ちた。と、同時にジュエリアも目がパッと開く。
違和感のある重みに自分の手を持っていくと、そこには自分の胸ではなく、誰かのゴツゴツとした手があった。
「んん?」
ジュエリアがパシパシとその手を確かめるように叩くと、それは不意に動き出し、触れていたジュエリアの指に絡めるように手を握ってくる。
「おはよう——」
その声に、ジュエリアは勢い良く顔を隣に向ける。
そこにはうとうとしながらも、こちらを見て微笑むシベリウスがいた。
「何であなたは毎朝私のベッドにいるのよ!!」
シベリウスは繋いでいた手を離し、ジュエリアの腰に手を回すと、グッと引き寄せてベッドの中で抱きしめる。
「う~ん、僕のジュエル……」
シベリウスは幸せそうに微睡む。
ジュエリアは今朝もまた、シベリウスの胸筋に直に顔をうずめる事になった。
「しかも何で毎度上半身裸なのよ……もうっ、離して! 昨日も今日もいつの間にベッドに入り込んだのよ!?」
ジュエリアは動かせるだけの手の動きでパタパタとシベリウスの胸を叩く。
「仕事を終えて部屋に戻ると、ジュエルが先に寝てしまってるんです」
「部屋に戻る?」
「ここは私の部屋です」
「へ?」
ジュエリアはシベリウスを引き剥がし、飛び起きて部屋の中を見回す。だがここはやはり昨日も過ごした部屋で、自分が間違えて違う部屋に入り込んだわけではなさそうだ。
「ここは……初日に私はここで過ごすよう案内されたし、あのクローゼットには沢山の女性物のドレスがあるし、花も沢山あって女性向けの部屋に見えるし……」
「もちろんクローゼットの中は全部ジュエルの物です。ジュエルを館に迎え入れる日を想像しながら、似合う物を見つけては買っておいたんです。花は、君がどんな花が好きか教えてくれないから、とりあえず色々な種類を置いたんだ。気に入ったものがあれば教えてくださいね」
「ドレスや花を準備出来るなら、部屋を準備してよ……」
「あいにく部屋は空いていません。だから私の部屋で」
こんな立派な館にゲストルームの一つや二つ、空いてないわけがないとジュエリアは思いながら、目を細めてシベリウスを見た。
扉をノックする音がして、シベリウスが返事をすると、中年の女性が部屋に入って来る。
「おはようございます。シベリウス様、ジュエリア様」
シベリウスはジュエリアにその女性を紹介した。
「紹介しよう。彼女はアンヌ・バロウズだ。今日からジュエルの侍女になる」
「初めまして、ジュエリア様。アンヌとお呼びください」
「よろしくお願いします」
「ジュエル、着替え終わったら玄関まで来てください。私も支度をしてきます」
シベリウスはそう言うとベッドから起き、ナイトローブを羽織って部屋を出て行ってしまった。
ジュエリアは不思議そうに首を傾げてアンヌに聞いた。
「シベリウスの部屋はここなんでしょ? どこで着替えるの?」
「向かいの部屋です。この部屋のクローゼットルームはジュエリア様のものを入れていますので、シベリウス様は向かいの部屋に洋服類は置かれています」
「そんなことするなら、その部屋を私の部屋にしてくれたらいいのに」
「ふふふ。シベリウス様は本当にジュエリア様が好きなんですよ」
アンヌはクローゼットルームに入って行き、何着かワンピースを持ってきた。
「どれがお好みでしょうか?」
「うーん……水色かしら?」
「ええ、よくお似合いだと思います。それでは、このワンピースに似合う靴と装飾品も準備いたしましょう」
ジュエリアは普段は自分で全て着替えているが、アンヌは先を読んで服を広げて待っていたり、次に身に着ける装飾品を持ってタイミング良く渡したりと、手際良く手伝ってくれた。ジュエリアに触れる手も、大切に扱っているのが良く分かる手つきである。
ジュエリアがフロリジア城で過ごしていた時ももちろん侍女はいたが、その者はミアのご機嫌取りに余念がなく、ジュエリアの世話など常に後回しで、やっと手伝いに来たと思っても、適当に扱われていた。だから、こんなに丁寧に自分のために動いてくれる侍女は初めてで、ジュエリアは初めて自分が身分のある人間なのだと実感できた。
ジュエリアはアンヌと親しくなりたくなった。たとえ着替えを手伝ってくれていなくても、アンヌの穏やかで母性に溢れた雰囲気には、誰もが親しくなりたいと思うだろう。
「さっきシベリウスは私が好きっていったでしょ……?」
「ええ、そうでございます」
「それなんだけど……シベリウスにも一目惚れって言われたけど、そんなの私は信じられなくて……」
「シベリウス様は、それ以外はおっしゃっていませんでしたか?」
「それ以外???」
アンヌはきょとんとした目でジュエリアを見ていた。
「では、私が何か申し上げる立場でもございませんので」
アンヌはそう言ってジュエリアが脱いだ服をまとめ、洗濯に出すかごに入れた。
「ねえ、アンヌは、シベリウスとは長い付き合いなの?」
「そうですねえ……最初の出会いは、シベリウス様が十歳くらいの時だったかと思います。今とは違って貧弱でしたよ。ふふふ」
「そんなに前なの? それからずっとシベリウスに仕えているの?」
「いえ、シベリウス様にお仕えするようになったのはここ数年の話です。さ、準備が出来ましたので、玄関へ。シベリウス様がお待ちです」
ジュエリアはもっとアンヌと話したかったが、アンヌにぐいぐいと背中を押され、仕方なく玄関に向かった。
「う゛ぅ゛ぅ……」
横向きに寝ていた身体を、仰向けに動かすと、二の腕に乗せられていた何かが、ずしりと胸元に落ちた。と、同時にジュエリアも目がパッと開く。
違和感のある重みに自分の手を持っていくと、そこには自分の胸ではなく、誰かのゴツゴツとした手があった。
「んん?」
ジュエリアがパシパシとその手を確かめるように叩くと、それは不意に動き出し、触れていたジュエリアの指に絡めるように手を握ってくる。
「おはよう——」
その声に、ジュエリアは勢い良く顔を隣に向ける。
そこにはうとうとしながらも、こちらを見て微笑むシベリウスがいた。
「何であなたは毎朝私のベッドにいるのよ!!」
シベリウスは繋いでいた手を離し、ジュエリアの腰に手を回すと、グッと引き寄せてベッドの中で抱きしめる。
「う~ん、僕のジュエル……」
シベリウスは幸せそうに微睡む。
ジュエリアは今朝もまた、シベリウスの胸筋に直に顔をうずめる事になった。
「しかも何で毎度上半身裸なのよ……もうっ、離して! 昨日も今日もいつの間にベッドに入り込んだのよ!?」
ジュエリアは動かせるだけの手の動きでパタパタとシベリウスの胸を叩く。
「仕事を終えて部屋に戻ると、ジュエルが先に寝てしまってるんです」
「部屋に戻る?」
「ここは私の部屋です」
「へ?」
ジュエリアはシベリウスを引き剥がし、飛び起きて部屋の中を見回す。だがここはやはり昨日も過ごした部屋で、自分が間違えて違う部屋に入り込んだわけではなさそうだ。
「ここは……初日に私はここで過ごすよう案内されたし、あのクローゼットには沢山の女性物のドレスがあるし、花も沢山あって女性向けの部屋に見えるし……」
「もちろんクローゼットの中は全部ジュエルの物です。ジュエルを館に迎え入れる日を想像しながら、似合う物を見つけては買っておいたんです。花は、君がどんな花が好きか教えてくれないから、とりあえず色々な種類を置いたんだ。気に入ったものがあれば教えてくださいね」
「ドレスや花を準備出来るなら、部屋を準備してよ……」
「あいにく部屋は空いていません。だから私の部屋で」
こんな立派な館にゲストルームの一つや二つ、空いてないわけがないとジュエリアは思いながら、目を細めてシベリウスを見た。
扉をノックする音がして、シベリウスが返事をすると、中年の女性が部屋に入って来る。
「おはようございます。シベリウス様、ジュエリア様」
シベリウスはジュエリアにその女性を紹介した。
「紹介しよう。彼女はアンヌ・バロウズだ。今日からジュエルの侍女になる」
「初めまして、ジュエリア様。アンヌとお呼びください」
「よろしくお願いします」
「ジュエル、着替え終わったら玄関まで来てください。私も支度をしてきます」
シベリウスはそう言うとベッドから起き、ナイトローブを羽織って部屋を出て行ってしまった。
ジュエリアは不思議そうに首を傾げてアンヌに聞いた。
「シベリウスの部屋はここなんでしょ? どこで着替えるの?」
「向かいの部屋です。この部屋のクローゼットルームはジュエリア様のものを入れていますので、シベリウス様は向かいの部屋に洋服類は置かれています」
「そんなことするなら、その部屋を私の部屋にしてくれたらいいのに」
「ふふふ。シベリウス様は本当にジュエリア様が好きなんですよ」
アンヌはクローゼットルームに入って行き、何着かワンピースを持ってきた。
「どれがお好みでしょうか?」
「うーん……水色かしら?」
「ええ、よくお似合いだと思います。それでは、このワンピースに似合う靴と装飾品も準備いたしましょう」
ジュエリアは普段は自分で全て着替えているが、アンヌは先を読んで服を広げて待っていたり、次に身に着ける装飾品を持ってタイミング良く渡したりと、手際良く手伝ってくれた。ジュエリアに触れる手も、大切に扱っているのが良く分かる手つきである。
ジュエリアがフロリジア城で過ごしていた時ももちろん侍女はいたが、その者はミアのご機嫌取りに余念がなく、ジュエリアの世話など常に後回しで、やっと手伝いに来たと思っても、適当に扱われていた。だから、こんなに丁寧に自分のために動いてくれる侍女は初めてで、ジュエリアは初めて自分が身分のある人間なのだと実感できた。
ジュエリアはアンヌと親しくなりたくなった。たとえ着替えを手伝ってくれていなくても、アンヌの穏やかで母性に溢れた雰囲気には、誰もが親しくなりたいと思うだろう。
「さっきシベリウスは私が好きっていったでしょ……?」
「ええ、そうでございます」
「それなんだけど……シベリウスにも一目惚れって言われたけど、そんなの私は信じられなくて……」
「シベリウス様は、それ以外はおっしゃっていませんでしたか?」
「それ以外???」
アンヌはきょとんとした目でジュエリアを見ていた。
「では、私が何か申し上げる立場でもございませんので」
アンヌはそう言ってジュエリアが脱いだ服をまとめ、洗濯に出すかごに入れた。
「ねえ、アンヌは、シベリウスとは長い付き合いなの?」
「そうですねえ……最初の出会いは、シベリウス様が十歳くらいの時だったかと思います。今とは違って貧弱でしたよ。ふふふ」
「そんなに前なの? それからずっとシベリウスに仕えているの?」
「いえ、シベリウス様にお仕えするようになったのはここ数年の話です。さ、準備が出来ましたので、玄関へ。シベリウス様がお待ちです」
ジュエリアはもっとアンヌと話したかったが、アンヌにぐいぐいと背中を押され、仕方なく玄関に向かった。
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