聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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13. なぜ私なの?

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 ジュエリアはその後散策する気になれず、朝ごはんも食べそびれてお腹も空いたため、朝市は切り上げて館に戻る事にした。
 館までの道のりは、街の様子を見つつ、トマスと会話をしながら帰った。

「今日は本当にありがとう」
「いや、別に」
「それで、あなたのお願いは?」
「そう、お願いは——」

 その時だった、ジュエリアは背後からガバッと誰かに抱きしめられる。

「ジュエルッ!!」

 その声はシベリウスの声だった。

「シッ、シベリウス!?」

 ジュエリアはなんとか振り向き背後を見れば、青ざめた顔のシベリウスがいた。

「どれだけ私が心配したと思ってるんですか……」
「シベリウスが話し合いから戻る前には館に戻るつもりだったの。それに今まさに帰っていたところだし」

 シベリウスの腕の力が弱まり、ジュエリアはやっと彼から解放された。

「そこの侍従」

 シベリウスの目は据わっていた。その視線は周りの温度を下げるほどに凍りついている。
 シベリウスは剣を抜いて、トマスの被る帽子を剣で払いのけた。
 だがやはりトマスは動じない。

「お前、何を考えてる」

 微笑みの騎士シベリウスが、今日は何度もこんなに怒りを露わにするのがジュエリアには珍しくて仕方なかった。
 そして、トマスの方が珍しく声を上げて笑った。

「ははっ! 別に、何も。彼女が朝市に行きたいって言ったんで、付き添ってあげただけです。逆に礼を言ってもらいたいくらいですよ」

 シベリウスのさらに後ろの方から、サイオンもやって来た。

「ああ、良かった! 無事に見つけたようで何より。トマスがいたのなら安全だっただろう。シベリウス、どうか剣を収めてくれないか」

 サイオンがシベリウスの剣を持つ手を押さえた。それを見たトマスは眉間に皺を寄せ、低い声で喋る。

「サイオン様、止めないで大丈夫です。その手を離してください」

 トマスまでも殺気を放ちだし、ジュエリアも急いで止めに入った。

「シベリウス! 私の我儘なの! トマスは手伝ってくれただけ。しかも街の中をずっと一緒に回ってくれて、私は安全だったし、楽しかったわ」
「ジュエル……」

 シベリウスはジュエリアの訴えで、やっと剣を収めてくれた。今にも飛び掛かりそうだったトマスも、サイオンに腕と肩を掴まれ、なんとか踏みとどまった。

 シベリウスはトマスを睨みつけたまま、サイオンに声を掛ける。

「サイオン卿、今後はあなたの侍従が勝手な真似をしないよう十分注意してください」
「もちろんだ。すまなかった、シベリウス」

 シベリウスはジュエリアの手を握ると、サイオンに挨拶をして、その場からジュエリアを連れて去った。

 シベリウスの館までの道中、彼はジュエリアを見ることはなく、彼女の手を引いて黙々と前を進んで行く。
 ジュエリアはシベリウスの背中を見つめながら小さな声で話し掛けた。

「あの……シベリウス」

 シベリウスはピタリと歩みを止める。

「シヴィ」
「え?」

 シベリウスは振り返り、やっとジュエリアを見た。

「シヴィって呼んでほしい」
「え? またそれ?」

 シベリウスはため息をつくと、またジュエリアの手を引いて歩き出してしまった。
 ジュエリアは少し足の速度を速め、シベリウスの真横まで行く。

「心配させた事は謝るわ。でも、あなたも私の気持ちをちゃんと確認することもせず、こんな事態に……私を後継者争いに投げ込んだでしょ?」
「ジュエルがこの国の後継者なのは私の意思で決めた事ではない。そういう運命だ」
「運命って……やめてよ」

 シベリウスはまた歩みを止めた。
 今度は切なそうな表情をしてジュエリアの頬を撫でた。

「僕のジュエル……どれだけ心配したか……どれだけ……」

 シベリウスの視線がジュエリアの顔から段々と下に降りて行くと、表情がまた不機嫌に変わり、自分のジャケットを脱いでジュエリアに差し出す。

「そのジャケット、脱いでこっちを着てください」
「え?」

 シベリウスはジュエリアの目を見た。

「私以外の男の香りに包まれるなんて、耐えられません」
 
 ジュエリアはシベリウスからジャケットを受け取り、トマスのジャケットを脱いで着直した。
 シベリウスのジャケットは華奢なトマスの物とは違って大きく、身幅はぶかぶかで、袖も長くて指先がちょこんと出るくらいだった。
 
 何より、この香りがジュエリアを熱くする。
 トマスのジャケットもほのかに香水の香りがしてシンプルに良い香りだったが、シベリウスのジャケットはそれとは違い、胸の奥に響くような、男性の甘い香りがした。

「思ったより大きいですね」

 シベリウスはそう言ってジュエリアのジャケットの襟を両手で掴み、軽く引っ張り上げた。

「ほら、こうするとジュエルの口元が隠れてしまうくらい……」

 シベリウスはジャケットで隠れたジュエリアの口元に、滑り込むようにして自分の唇を入れて彼女にキスをした。
 ジュエリアは突然の出来事に呆気に取られ、シベリウスを止めることも出来ず、中途半端に両手を上げて固まっていた。

 ファーストキスの印象は、味よりも、シベリウスの香りが色濃く残った。

 シベリウスはキスの合間にジュエリアの目を見てクスリと笑い、最後に彼女の唇を甘噛みしてから両手を離した。

「もう勝手にどこかに行かないでください。どこかに行きたいなら、ちゃんと言ってくれたら私が連れていく」

 ジュエリアは顔を赤くして手で口元を押さえ、シベリウスを睨む。

「まるで軟禁ね」

 シベリウスはその言葉にニコリと微笑む。

「本当は他の男の目には触れない所に大切にしまっておきたいくらいですよ」

 ジュエリアはまたも呆然としてしまった。

「なぜシベリウスが私にそう思うのか不思議で堪らないんだけど……」
「なぜって、そんなの愛してるからです」
「だから、なぜ愛してるのかってことよ」

 シベリウスはふふっと笑った。いつもの底の知れない笑顔だ。

「一目惚れです」
「はあ? 一目惚れって……何それ」
「ジュエルがいるから頑張れる」
「……あなたって、やっぱり胡散臭いわ」
「まあ、私達は婚約者同士なんですから、愛はないよりあった方が良いでしょ?」

 シベリウスはジュエリアの腰に手を回して歩き始め、今度はいつものようにジュエリアの歩幅に合わせてゆっくり歩いて帰路についた。




 
 




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