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12. 朝市
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「脱いで」
「へ?」
トマスはそう言いながらジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外し始めた。
「え、やだ待って、何考えてるの!?」
「交換するんだよ」
「え?」
トマスは脱いだ服をジュエリアに投げて来た。
「あっちでこれに着替えて。で、あなたのドレスをこっちに投げて」
「あ、ああ、はい」
言われるまま、ジュエリアは陰に隠れて渡された男物の服を着る。少し大きいが、ぶかぶかという程でもない。
「着替え終わったけど、もうそっちに行ってもいい?」
「ああ、いいよ」
ジュエリアはトマスの元へ戻ると、そこには女性と見間違うほど美しい貴婦人になったトマスがいた。
トマスはジュエリアに近づくと、彼女の髪の毛を器用に束ねて、男性物の帽子の中に入れて、目元が隠れるほど深く被せた。
「はい、じゃあ、エスコートよろしく」
「え!? 私が!?」
「あなたがジェントルマンでしょ? 私は淑女」
トマスはわざとらしく女性のように振る舞って喋り、ジュエリアの腕に手を添えた。
「今更だけど、俺はサイオン様の侍従をしているトマスだ」
「ええ、昨日サイオン卿があなたを呼んでいたから知っているわ」
「だろうね。でも一応、自分からも挨拶しておくのが礼儀だろ」
「じゃあ、私も。私はジュエリアよ」
「知ってるに決まってる」
「もう、何なのよあなたは」
ジュエリアのプンスカも素知らぬ顔でトマスは平然と話を続ける。
「サイオン様とシベリウス様は二階のドローイングルームで話されている。丁度使用人達も交替で朝食を取ってる時間だから入口も人が少ない。シベリウス様を訪ねて来た客人を装って堂々と出て行け」
「わかったわ」
「わかっただ。男なんだから」
「わ、わかった。いちいち腹立つわね」
トマスの言うままジュエリアは動き、玄関まで行き外に出ようとすると、後ろから声を掛けられた。
「ジュエリア様ですか?」
ジュエリアが返事も出来ず硬直していると、トマスがふわりと後ろに振り返り、見事なカーテシーをする。そして、声を掛けて来た使用人の男を誘惑するような視線で見つめた。
「いいえ、ジョセフィーヌ・スミスと申します。シベリウス様をお尋ねしましたが、ご来客がいらしていたようで、また改めて参ります」
ジュエリアが用心しながら使用人をチラリと見ると、彼はデレデレの顔でトマスを見ていた。
「大変失礼いたしました。ジョセフィーヌ・スミス様と……」
「私の兄です。病が治ったばかりでまだ声が十分に出せませんの。シベリウス様にはスミス兄妹が来たと伝えていただければわかるはずですので」
トマスはスッと手を伸ばし、使用人の指先を握って微笑みかけた。
「しょ……承知いたしました」
顔を赤くした使用人を玄関ホールに残し、トマスとジュエリアは無事に扉を開けて外に出る。
「トマスって……笑う事も出来るのね」
「当たり前でしょ」
ジュエリアの腕にトマスは手を添えて、朝市へと向かって行く。
窓から覗いていた時とは比べ物にならないほど、体感する朝市は賑わっており、屋台もでていて美味しそうな匂いもしている。ジュエリアは薔薇の日も含めて何度も街には遊びに来てはいたが、時間的に朝市は初めてであった。
「こんなに気持ちのいい朝を過ごせるなんて……」
トマスを見れば、彼の表情は彼らしい無表情に戻っていた。
「せっかく綺麗な格好した美人なのに、その表情がもったいないわね」
「この香り……」
トマスはジュエリアの話は聞いておらず、何かの匂いに気を取られていた。
「香り??? ああ、さっきから屋台のいい匂いがしてるわよね。そういえば朝食がまだだった」
ジュエリアは美味しそうなガレットを焼いている屋台を見つけた。
「あ、あれ、食べましょう」
ジュエリアはトマスの腕を引いて屋台まで駆け出す。
「おじさん、それ二つちょうだい」
「あいよっ」
鉄板の上にガレット生地を薄く伸ばすと、その上にチーズやハムや新鮮な採れたて野菜を乗せていく。最後に卵を落として半熟になる位に焼いたら、クルクルと生地で包んで手持ちの形にして渡してくれた。
「んー、蕎麦粉の良い香り~」
「へー、変わった食べ物だな。折角だから川でも眺めながら食べるか?」
「いいわね!」
二人で近くの川に向かって歩いていると、ジュエリアが近づいた事のない寂れた場所に出てしまった。通り過ぎる人々は痩せた人が多く、服装はつぎはぎで、圧倒的に子供が多かった。
ジュエリアはその光景に目を離せなくなっていた。
「どうした?」
トマスに聞かれて、ジュエリアは我に返った。
「あ、いえ、こんな所知らなかったから……」
「ああ、貧困街か。別に、どこの国にもあるし、帝国内はどちらかというとまだいい方だろ」
「そうなの?」
トマスの視線は行き先の川の方角を見ているようで、どこかもっと遠くを見ている様にもみえた。
「そういえばトマスの黒髪って、帝国やヴェルタ王国じゃ珍しいけど、どこか遠くの国の出身なの?」
トマスに聞いている最中、突然、ジュエリアのジャケットの裾が誰かに掴まれた。ジュエリアが目を向けると、小さくて、細くて、垢だらけの男の子がジュエリアの手に持つガレットを見つめていた。
「食べたいの?」
男の子は頷く。
ジュエリアは男の子と同じ目線になるようしゃがみ、手に持っていたガレットを差し出した。
男の子はそれを奪う様に取って、礼も言わずに逃げ去っていった。
「やめておけばいいのに。施しなんて、所詮あなたの気分を良くするだけで、あの子を救う事にはならない」
「そう? 渡したガレットではなくて、人の優しさを感じる事が出来たら、大きな糧になるんじゃないかしら」
その言葉を聞いて、トマスの無表情に僅かに動きがあり、彼はジュエリアをしばらく見つめた。
「……だといいな」
トマスはポツリと呟き、離れた場所でこちらを見ていたみすぼらしい女の子に自分のガレットを渡しに行った。
「へ?」
トマスはそう言いながらジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外し始めた。
「え、やだ待って、何考えてるの!?」
「交換するんだよ」
「え?」
トマスは脱いだ服をジュエリアに投げて来た。
「あっちでこれに着替えて。で、あなたのドレスをこっちに投げて」
「あ、ああ、はい」
言われるまま、ジュエリアは陰に隠れて渡された男物の服を着る。少し大きいが、ぶかぶかという程でもない。
「着替え終わったけど、もうそっちに行ってもいい?」
「ああ、いいよ」
ジュエリアはトマスの元へ戻ると、そこには女性と見間違うほど美しい貴婦人になったトマスがいた。
トマスはジュエリアに近づくと、彼女の髪の毛を器用に束ねて、男性物の帽子の中に入れて、目元が隠れるほど深く被せた。
「はい、じゃあ、エスコートよろしく」
「え!? 私が!?」
「あなたがジェントルマンでしょ? 私は淑女」
トマスはわざとらしく女性のように振る舞って喋り、ジュエリアの腕に手を添えた。
「今更だけど、俺はサイオン様の侍従をしているトマスだ」
「ええ、昨日サイオン卿があなたを呼んでいたから知っているわ」
「だろうね。でも一応、自分からも挨拶しておくのが礼儀だろ」
「じゃあ、私も。私はジュエリアよ」
「知ってるに決まってる」
「もう、何なのよあなたは」
ジュエリアのプンスカも素知らぬ顔でトマスは平然と話を続ける。
「サイオン様とシベリウス様は二階のドローイングルームで話されている。丁度使用人達も交替で朝食を取ってる時間だから入口も人が少ない。シベリウス様を訪ねて来た客人を装って堂々と出て行け」
「わかったわ」
「わかっただ。男なんだから」
「わ、わかった。いちいち腹立つわね」
トマスの言うままジュエリアは動き、玄関まで行き外に出ようとすると、後ろから声を掛けられた。
「ジュエリア様ですか?」
ジュエリアが返事も出来ず硬直していると、トマスがふわりと後ろに振り返り、見事なカーテシーをする。そして、声を掛けて来た使用人の男を誘惑するような視線で見つめた。
「いいえ、ジョセフィーヌ・スミスと申します。シベリウス様をお尋ねしましたが、ご来客がいらしていたようで、また改めて参ります」
ジュエリアが用心しながら使用人をチラリと見ると、彼はデレデレの顔でトマスを見ていた。
「大変失礼いたしました。ジョセフィーヌ・スミス様と……」
「私の兄です。病が治ったばかりでまだ声が十分に出せませんの。シベリウス様にはスミス兄妹が来たと伝えていただければわかるはずですので」
トマスはスッと手を伸ばし、使用人の指先を握って微笑みかけた。
「しょ……承知いたしました」
顔を赤くした使用人を玄関ホールに残し、トマスとジュエリアは無事に扉を開けて外に出る。
「トマスって……笑う事も出来るのね」
「当たり前でしょ」
ジュエリアの腕にトマスは手を添えて、朝市へと向かって行く。
窓から覗いていた時とは比べ物にならないほど、体感する朝市は賑わっており、屋台もでていて美味しそうな匂いもしている。ジュエリアは薔薇の日も含めて何度も街には遊びに来てはいたが、時間的に朝市は初めてであった。
「こんなに気持ちのいい朝を過ごせるなんて……」
トマスを見れば、彼の表情は彼らしい無表情に戻っていた。
「せっかく綺麗な格好した美人なのに、その表情がもったいないわね」
「この香り……」
トマスはジュエリアの話は聞いておらず、何かの匂いに気を取られていた。
「香り??? ああ、さっきから屋台のいい匂いがしてるわよね。そういえば朝食がまだだった」
ジュエリアは美味しそうなガレットを焼いている屋台を見つけた。
「あ、あれ、食べましょう」
ジュエリアはトマスの腕を引いて屋台まで駆け出す。
「おじさん、それ二つちょうだい」
「あいよっ」
鉄板の上にガレット生地を薄く伸ばすと、その上にチーズやハムや新鮮な採れたて野菜を乗せていく。最後に卵を落として半熟になる位に焼いたら、クルクルと生地で包んで手持ちの形にして渡してくれた。
「んー、蕎麦粉の良い香り~」
「へー、変わった食べ物だな。折角だから川でも眺めながら食べるか?」
「いいわね!」
二人で近くの川に向かって歩いていると、ジュエリアが近づいた事のない寂れた場所に出てしまった。通り過ぎる人々は痩せた人が多く、服装はつぎはぎで、圧倒的に子供が多かった。
ジュエリアはその光景に目を離せなくなっていた。
「どうした?」
トマスに聞かれて、ジュエリアは我に返った。
「あ、いえ、こんな所知らなかったから……」
「ああ、貧困街か。別に、どこの国にもあるし、帝国内はどちらかというとまだいい方だろ」
「そうなの?」
トマスの視線は行き先の川の方角を見ているようで、どこかもっと遠くを見ている様にもみえた。
「そういえばトマスの黒髪って、帝国やヴェルタ王国じゃ珍しいけど、どこか遠くの国の出身なの?」
トマスに聞いている最中、突然、ジュエリアのジャケットの裾が誰かに掴まれた。ジュエリアが目を向けると、小さくて、細くて、垢だらけの男の子がジュエリアの手に持つガレットを見つめていた。
「食べたいの?」
男の子は頷く。
ジュエリアは男の子と同じ目線になるようしゃがみ、手に持っていたガレットを差し出した。
男の子はそれを奪う様に取って、礼も言わずに逃げ去っていった。
「やめておけばいいのに。施しなんて、所詮あなたの気分を良くするだけで、あの子を救う事にはならない」
「そう? 渡したガレットではなくて、人の優しさを感じる事が出来たら、大きな糧になるんじゃないかしら」
その言葉を聞いて、トマスの無表情に僅かに動きがあり、彼はジュエリアをしばらく見つめた。
「……だといいな」
トマスはポツリと呟き、離れた場所でこちらを見ていたみすぼらしい女の子に自分のガレットを渡しに行った。
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