聖ロマニス帝国物語

桜枝 頌

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8. 秘め事

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 その夜、就寝前に部屋で一人ミアは考え込んでいた。サイオン卿が到着してから、何か引っかかる気がする。

(礼拝堂でシベリウスを見るサイオン卿の目……)

 ナイトドレスを着たミアは、鏡台の前に座り、髪を梳かしながら物思いに耽っていた。

(シベリウスを見ていた目つきが怪しかったわ……あのトマスとかいう男も気味が悪いくらい美形だし……)

 ミアは持っていた櫛をコトンと鏡台に置き、鏡の中でほくそ笑む自分を見た。

(もしや……サイオン卿の秘め事は……男色家?)

 ミアは立ち上がった。これはもしかしたらサイオン卿との婚約を白紙にして、シベリウスと結婚が出来るチャンスかもしれない。そう思うと居てもたってもいられなくなり、サイオン卿の部屋まで行ってみたくなった。

 ミアは寝静まった城内の廊下を静かに歩き、サイオン卿の部屋まで向かう。

(サイオン卿の部屋の扉の前で聞き耳を立てて、中から怪しい声が聞こえたら一気に扉を開けよう。ふふっ、トマスとの情事さえ目撃できれば……)

 少し離れたあたりから足音が聞こえてきたので、咄嗟に壁のくぼみに隠れた。
 足音の方を覗き見ると、その主は透け感のある色っぽいナイトウェアを着た母・セルマ公妃だった。

(お母様……?)

 セルマ公妃はサイオン卿の部屋の前で止まると、髪を手ぐしで整え、ナイトウェアの胸元を少しいじってから扉をノックした。
 扉を開いたのは侍従のトマス。セルマ公妃はあからさまにがっかりし、トマスを手ではらう。

「サイオン卿と積もる話があるのであなたは下がっていいわよ。ご苦労様」

 トマスは部屋の中に視線を向けると、中からサイオン卿が出て来た。間もなく就寝だったのだろう、彼は昼間と違って髪をおろし、ナイトローブ姿だった。

「トマス、長い時間ありがとう。今日はもう部屋に戻って良い」
「承知いたしました」

 トマスがサイオン卿に一礼すると、セルマ公妃を一瞥してからすぐ近くの侍従室へ戻って行った。
 トマスの部屋の扉がパタンと閉まったのを確認して、セルマ公妃が話し出す。

「サイオン卿……いえ、サイオンお兄様、どれだけ貴方に会いたかったか……」

 セルマ公妃は手を伸ばし、サイオン卿の首筋から胸元まで手のひらを這わせ、そのままナイトローブの中まで手を侵入させて行った。

 ミアは母の姿に驚愕し、その先は見れなかった。荒くなる呼吸を抑えようと手の平で口を塞ぎ、必死に心を落ち着かせようとした。

 気づかれないように窪みから出て、忍び足でその場を離れる。
 心臓はバクバクと鳴り響き、変な汗まで出て来ている。

 自室に駆け込むと、ミアはすぐに部屋の洗面器に嘔吐した。口を拭い、蒼白した顔を上げ、混乱した頭を整理している。

(母は……自分の情人を私の婚約者にしたの……?)

 そう思うと、また吐き気が襲った。

「ううっ……シベリウスゥ……なぜ……私がこんなことに……なぜ、あなたはジュエリアなんかのものなのよ……」
 
 ミアの中で、ジュエリアへの嫉妬と怒りが渦巻いていた。
 自分はあの女が背負うべき使命を背負わされ、こんな目に遭わされている。
 あの女は自分が享受するはずだった自由や結婚相手を盗んで行った。

 そしてミアはずっと気がついていた。

 父は自分よりもジュエリアを大切にしていた事を……。

「絶対に二人を引き裂いてやる……」

 ミアの中で何かがぷつりと切れた。


 
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