聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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9. 継承式

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 フロリジア公国の大聖堂でミアの戴冠式が行われている。
 大きなステンドグラスの前の祭壇には司教とミアが立っている。祭壇の近くにはセルマ公妃の席があり、彼らを対面にした列席者の最前列右側にはサイオン卿や宰相やその他フロリジア公国の重鎮達が座っており、左側にはジュエリアやシベリウスや帝国側の参列者達がいた。

「ミア・フロリジアはフロリジア公を継承したことを宣言する」

 司教の宣言と同時に、左側に座る帝国の者達が一斉に立ち上がった。着席した者達は何事かと騒つき始める。
 
 ジュエリアは嫌な予感がしてシベリウスを横目で見ると、彼はジュエリアに微笑みを向けながら立ち上がった。
 ジュエリアは、この人達が何を起こすか理解して落胆と共に目を瞑った。
 
 シベリウスは声を張り上げた。

「聖ロマニス帝国皇帝の代理人として、この継承に異議を申し立てるっ!」

 シベリウスは皇帝の御璽が押された詔勅の紙を見せながら宣言した。

「聖ロマニス帝国皇帝マリウス・ローバーランドは、今は亡きフロリジア公ルーベル・フロリジアと長年協議した末に、フロリジア公国第一公女であるジュエリア・フロリジアが正統な後継者と認識し、かつ彼女以外は認めない。財産については、法律に則って分割する様に」

 ジュエリアはそのセリフの一部は寝耳に水だった。

「お父様もなの!?」

 ジュエリアはシベリウスを見上げながら問うと、彼は視線をセルマ公妃の座る方向へ向けたまま頷く。

「どういうこと……? ミアに継承を変更したのはお父様でしょ」

 シベリウスはやはりジュエリアを見ずに、小さな声で話し掛ける。
 
「思い直されたと言ったところでしょうか。それは後で説明します」

 セルマ公妃も席を立ち、持っていた扇子をジュエリアに向けて突きつけ、声を張り上げた。

「これは謀反だ! ジュエリアとシベリウス、今起立している者全員捕えよっ!!」

 シベリウスはセルマ公妃に、いつものあの底が知れない笑みを向けた。
 次の瞬間目つきがガラリと変わり、その身に纏う威圧感にフロリジア公国の兵士達がたじろぎ始める。
 シベリウスは鞘から剣を勢いよく一気に引き抜いた。使い手の技量を表わすような、シュッとした切れの良い音が聖堂に鳴り響くと、その音を合図にして、帝国の者達が一斉に武器を取り出して構えた。

 シベリウスは剣先をセルマ公妃に向けながら話す。

「ここからあなたのその喉元までは、私なら数歩。私が動けば数秒であなたの所まで行き、切りつけられる」

 セルマ公妃は咄嗟に喉元を手で触って隠した。

「何をしているっ! 早くそいつを捕ま——」
「待って、お母様!」

 壇上にいたミアが声を上げた。
 ミアはシベリウスに真剣な眼差しを向けている。

「シベリウス、ジュエリアお姉様に公爵位とこの国を継承させてあげる」
「ミアッ!! 何を言い出すの!」

 セルマ公妃が怒鳴るが、ミアは聞く気はなく、シベリウスから視線を外さない。

「その代わり、シベリウス、あなたは私と結婚しなさい」
「それは出来ない」

 シベリウスはきっぱりとミアに断った。

 ミアは唇を噛んで、拳を強く握りしめ、恨めしそうにシベリウスとジュエリアを見る。

「なら……お姉様にこの国は譲れないわ」

 二人の会話中に、突然サイオンが立ち上がって割って入って来た。

「ああ、シベリウス、そして帝国の皆さんはそんな物騒な物をしまうべきだ。継承の件、しばらくは国の事はセルマ公妃に摂政をお願いして、その間にどちらが受け継ぐかを穏便に話し合えばいいじゃないか」
「穏便?」

 シベリウスはサイオンの発言も佇まいも訝しむ。だがサイオンは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと、シベリウスの動きに注意しながら近づいてくる。

「ああ、まず話し合えばいい。セルマ公妃もこれでどうだろう?」
「サイオン卿はさすがです。こちらは毅然とした態度で対応するのですね」

 セルマ公妃の嫌味はさておき、彼女はサイオンの言う事には恐ろしく忠実だった。

 シベリウスとサイオンは、しばらく黙ってお互いを見合う。
 サイオンをまだ信用出来たわけではないが、シベリウスは口を開いた。

「こちらも内戦は望まない。では明日から協議を始めよう。ジュエリアに関しては、身の安全の確保のためにも、このまま私達が保護させてもらう」

 サイオンは笑った。

「いいんじゃないかな、それで。じゃあ、話し合いは毎日正午に行うとしようか」
「フロリジア城での話し合いはこちらには不利だ」
「なら、私が使者となって君の館に向かおう」
「来る???」
「ああ、私も死にたくはないからトマスだけは連れて行くが」

 サイオンはククッと笑う。
 シベリウスはサイオンが不思議で溜まらなかったが、彼の様子から提案は嘘ではなさそうだったので、剣を鞘に収めた。

「それでいいなら……いいだろう」

 シベリウスはジュエリアをふわりと抱きかかえ、サイオン卿やミアやセルマ公妃に向かって挨拶をした。
 
「では、失礼」

 ジュエリアを抱きかかえたシベリウスは出口に向かって歩き始めた。そして彼らを守るように帝国の者達が後ろについて歩き、ゾロゾロと聖堂から出て行った。

  
 

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