聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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6. サイオン・グレイル=ヴェルタ

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 数日後、ジュエリアの決心もつかないまま、フロリジア公の様態は急変し亡くなってしまった。

 フロリジア城からは複数の早馬が一斉に駆け出して行き、公の死亡宣言を国内外へ伝達を急ぐ。城内は葬儀の準備で慌ただしい中、早馬とは逆方向で城門に向かってくる馬や馬車があった。絶妙なタイミングで、ヴェルタ王国からの馬車や騎馬の集団が到着したのだ。
 知らせを受けたセルマ公妃は、急いで娘のミアを伴って出迎えに向かう。すでに正面玄関前に馬車は到着しており、その馬車の扉にはヴェルタ王族であるグレイル=ヴェルタ家の紋章が入っていた。

 セルマ公妃は嬉々とした表情を浮かべ、ミアの肩に手を添え、小さな声で話し掛ける。

「グレイル=ヴェルタ家のサイオン卿。あなたの婚約者よ」

 ミアはゴクリと唾を飲み、馬車の扉の紋章を見る。獅子が勇ましく雄牛に吠えている紋章だ。
 
 ——その扉が開いた。

「出迎えをありがとう」

 中から降りて来た男性は、ミアが想像していたような中年男性ではなかった。
 確かに年齢は親子ほど離れているだろうが、成熟した男性の色気を放つ姿と、大人の男性らしい落ち着いた雰囲気で、肩まであるダークブロンドの髪を深紅のシルクリボンで軽く束ねた髪型や、繊細な刺繍が施された服装からは磨き上げられたセンスの良さが伝わり、言うまでもないが顔立ちも整っている。年齢差など感じない程、十分に恋愛対象として意識が出来る相手であった。
 サイオン卿は歩く姿も優美で、若い頃はとても女性にモテていたであろうことは容易に想像がついたし、今でも言い寄る者は多いだろう。

 サイオン卿はミアの前に来ると、穏やかに微笑んだ。

「君がミアで合っているか?」
「え、ええ。そうです」

 ミアは慌ててカーテシーをした。

「ミア・フロリジアでございます。幼い頃より、お会い出来る日を楽しみに待っておりました」

 サイオン卿は片膝をつくと、ミアの手を取り、その甲に口づけをした。

「あなたの婚約者のサイオン・グレイル=ヴェルタだ。フロリジア公にもご挨拶したく、ご案内いただきたい」

 サイオン卿の言葉にミアは戸惑った。

「サイオン卿……父は、昨晩亡くなりました。それでいらしたのでは?」

 サイオン卿の表情は心底驚いている様子だった。
 
「まさか、そんな。さすがに昨晩知ったとしても、私の暮らしていた場所からここまでは馬車で一週間程かかる。亡くなられていたとは、まったく知らなかっ――」

 サイオン卿の言葉を遮るようにセルマ公妃が声を掛けた。 

 「お久しぶりです、サイオン卿。セルマ・フロリジアでございます」

 セルマ公妃はサイオン卿にカーテシーをした。

 「ああ、セルマ。この度はフロリジア公のご逝去に謹んでお悔やみ申し上げる」
 「主を失くし、城は慌ただしい状況ですが、ミアや私を支えてくださるサイオン卿をすぐに迎えられたのは幸運でした」
 「私に出来る事があれば何でも言ってくれ。元々ミアとの結婚を進めるために来たので、私を支えてくれる選りすぐりの臣下も連れてきている。フロリジア公が亡くなられていたのは想定外だったが、このまま拠点をこちらに移せたらと思うが問題ないか?」
 「ええ、もちろん。ぜひそうしてください。葬儀が終わり次第、速やかにミアと結婚をして頂けたら、女公となるミアも、この国も、私も安心です」

 セルマ公妃の合図で玄関口で待機していた家令が現れ、サイオン卿に挨拶をする。サイオン卿は臣下のリストを家令に渡すと、家令はすぐにサイオン卿の臣下達に城での持ち場を割り振り、使用人や兵士の居住棟まで城の者に案内させた。
 リストに書かれた臣下は居住棟に向かったはずなのに、サイオン卿の後ろに一人残る男がいた。年の頃は二十代半ばだろう。漆黒の少しだけ長い髪に、柔らかそうな白く透明感のある肌、男性のわりに華奢な身体と、薄幸そうな面差しがどこかミステリアスで、普通の女性よりも色気があり、美しい立ち姿と顔立ちであった。

「恐縮ですが、その者の名が見当たらないのですが、サイオン閣下の侍従でしょうか?」
「ああ、そうだ。彼は私の身の回りの世話をする侍従だ。トマスという。頻繁に呼ぶし、すぐに来てもらいたいので、私の部屋の近くの個室にしてもらえるか? 彼の仕事は私が直接指示をするから、説明はいらない」
「そういう事でしたら、主人の部屋と対になる侍従室がございますので、そちらにご案内いたします。サイオン様の部屋と侍従室はベルで繋がっておりますので、必要あらばそちらを鳴らして頂ければ、侍従室の部屋のベルが鳴りますので」
「それは助かる。ではトマス、何かあればベルを鳴らす」
「承知いたしました」
 
 トマスは家令について城の中へ入って行った。


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