6 / 81
6. サイオン・グレイル=ヴェルタ
しおりを挟む
数日後、ジュエリアの決心もつかないまま、フロリジア公の様態は急変し亡くなってしまった。
フロリジア城からは複数の早馬が一斉に駆け出して行き、公の死亡宣言を国内外へ伝達を急ぐ。城内は葬儀の準備で慌ただしい中、早馬とは逆方向で城門に向かってくる馬や馬車があった。絶妙なタイミングで、ヴェルタ王国からの馬車や騎馬の集団が到着したのだ。
知らせを受けたセルマ公妃は、急いで娘のミアを伴って出迎えに向かう。すでに正面玄関前に馬車は到着しており、その馬車の扉にはヴェルタ王族であるグレイル=ヴェルタ家の紋章が入っていた。
セルマ公妃は嬉々とした表情を浮かべ、ミアの肩に手を添え、小さな声で話し掛ける。
「グレイル=ヴェルタ家のサイオン卿。あなたの婚約者よ」
ミアはゴクリと唾を飲み、馬車の扉の紋章を見る。獅子が勇ましく雄牛に吠えている紋章だ。
——その扉が開いた。
「出迎えをありがとう」
中から降りて来た男性は、ミアが想像していたような中年男性ではなかった。
確かに年齢は親子ほど離れているだろうが、成熟した男性の色気を放つ姿と、大人の男性らしい落ち着いた雰囲気で、肩まであるダークブロンドの髪を深紅のシルクリボンで軽く束ねた髪型や、繊細な刺繍が施された服装からは磨き上げられたセンスの良さが伝わり、言うまでもないが顔立ちも整っている。年齢差など感じない程、十分に恋愛対象として意識が出来る相手であった。
サイオン卿は歩く姿も優美で、若い頃はとても女性にモテていたであろうことは容易に想像がついたし、今でも言い寄る者は多いだろう。
サイオン卿はミアの前に来ると、穏やかに微笑んだ。
「君がミアで合っているか?」
「え、ええ。そうです」
ミアは慌ててカーテシーをした。
「ミア・フロリジアでございます。幼い頃より、お会い出来る日を楽しみに待っておりました」
サイオン卿は片膝をつくと、ミアの手を取り、その甲に口づけをした。
「あなたの婚約者のサイオン・グレイル=ヴェルタだ。フロリジア公にもご挨拶したく、ご案内いただきたい」
サイオン卿の言葉にミアは戸惑った。
「サイオン卿……父は、昨晩亡くなりました。それでいらしたのでは?」
サイオン卿の表情は心底驚いている様子だった。
「まさか、そんな。さすがに昨晩知ったとしても、私の暮らしていた場所からここまでは馬車で一週間程かかる。亡くなられていたとは、まったく知らなかっ――」
サイオン卿の言葉を遮るようにセルマ公妃が声を掛けた。
「お久しぶりです、サイオン卿。セルマ・フロリジアでございます」
セルマ公妃はサイオン卿にカーテシーをした。
「ああ、セルマ。この度はフロリジア公のご逝去に謹んでお悔やみ申し上げる」
「主を失くし、城は慌ただしい状況ですが、ミアや私を支えてくださるサイオン卿をすぐに迎えられたのは幸運でした」
「私に出来る事があれば何でも言ってくれ。元々ミアとの結婚を進めるために来たので、私を支えてくれる選りすぐりの臣下も連れてきている。フロリジア公が亡くなられていたのは想定外だったが、このまま拠点をこちらに移せたらと思うが問題ないか?」
「ええ、もちろん。ぜひそうしてください。葬儀が終わり次第、速やかにミアと結婚をして頂けたら、女公となるミアも、この国も、私も安心です」
セルマ公妃の合図で玄関口で待機していた家令が現れ、サイオン卿に挨拶をする。サイオン卿は臣下のリストを家令に渡すと、家令はすぐにサイオン卿の臣下達に城での持ち場を割り振り、使用人や兵士の居住棟まで城の者に案内させた。
リストに書かれた臣下は居住棟に向かったはずなのに、サイオン卿の後ろに一人残る男がいた。年の頃は二十代半ばだろう。漆黒の少しだけ長い髪に、柔らかそうな白く透明感のある肌、男性のわりに華奢な身体と、薄幸そうな面差しがどこかミステリアスで、普通の女性よりも色気があり、美しい立ち姿と顔立ちであった。
「恐縮ですが、その者の名が見当たらないのですが、サイオン閣下の侍従でしょうか?」
「ああ、そうだ。彼は私の身の回りの世話をする侍従だ。トマスという。頻繁に呼ぶし、すぐに来てもらいたいので、私の部屋の近くの個室にしてもらえるか? 彼の仕事は私が直接指示をするから、説明はいらない」
「そういう事でしたら、主人の部屋と対になる侍従室がございますので、そちらにご案内いたします。サイオン様の部屋と侍従室はベルで繋がっておりますので、必要あらばそちらを鳴らして頂ければ、侍従室の部屋のベルが鳴りますので」
「それは助かる。ではトマス、何かあればベルを鳴らす」
「承知いたしました」
トマスは家令について城の中へ入って行った。
フロリジア城からは複数の早馬が一斉に駆け出して行き、公の死亡宣言を国内外へ伝達を急ぐ。城内は葬儀の準備で慌ただしい中、早馬とは逆方向で城門に向かってくる馬や馬車があった。絶妙なタイミングで、ヴェルタ王国からの馬車や騎馬の集団が到着したのだ。
知らせを受けたセルマ公妃は、急いで娘のミアを伴って出迎えに向かう。すでに正面玄関前に馬車は到着しており、その馬車の扉にはヴェルタ王族であるグレイル=ヴェルタ家の紋章が入っていた。
セルマ公妃は嬉々とした表情を浮かべ、ミアの肩に手を添え、小さな声で話し掛ける。
「グレイル=ヴェルタ家のサイオン卿。あなたの婚約者よ」
ミアはゴクリと唾を飲み、馬車の扉の紋章を見る。獅子が勇ましく雄牛に吠えている紋章だ。
——その扉が開いた。
「出迎えをありがとう」
中から降りて来た男性は、ミアが想像していたような中年男性ではなかった。
確かに年齢は親子ほど離れているだろうが、成熟した男性の色気を放つ姿と、大人の男性らしい落ち着いた雰囲気で、肩まであるダークブロンドの髪を深紅のシルクリボンで軽く束ねた髪型や、繊細な刺繍が施された服装からは磨き上げられたセンスの良さが伝わり、言うまでもないが顔立ちも整っている。年齢差など感じない程、十分に恋愛対象として意識が出来る相手であった。
サイオン卿は歩く姿も優美で、若い頃はとても女性にモテていたであろうことは容易に想像がついたし、今でも言い寄る者は多いだろう。
サイオン卿はミアの前に来ると、穏やかに微笑んだ。
「君がミアで合っているか?」
「え、ええ。そうです」
ミアは慌ててカーテシーをした。
「ミア・フロリジアでございます。幼い頃より、お会い出来る日を楽しみに待っておりました」
サイオン卿は片膝をつくと、ミアの手を取り、その甲に口づけをした。
「あなたの婚約者のサイオン・グレイル=ヴェルタだ。フロリジア公にもご挨拶したく、ご案内いただきたい」
サイオン卿の言葉にミアは戸惑った。
「サイオン卿……父は、昨晩亡くなりました。それでいらしたのでは?」
サイオン卿の表情は心底驚いている様子だった。
「まさか、そんな。さすがに昨晩知ったとしても、私の暮らしていた場所からここまでは馬車で一週間程かかる。亡くなられていたとは、まったく知らなかっ――」
サイオン卿の言葉を遮るようにセルマ公妃が声を掛けた。
「お久しぶりです、サイオン卿。セルマ・フロリジアでございます」
セルマ公妃はサイオン卿にカーテシーをした。
「ああ、セルマ。この度はフロリジア公のご逝去に謹んでお悔やみ申し上げる」
「主を失くし、城は慌ただしい状況ですが、ミアや私を支えてくださるサイオン卿をすぐに迎えられたのは幸運でした」
「私に出来る事があれば何でも言ってくれ。元々ミアとの結婚を進めるために来たので、私を支えてくれる選りすぐりの臣下も連れてきている。フロリジア公が亡くなられていたのは想定外だったが、このまま拠点をこちらに移せたらと思うが問題ないか?」
「ええ、もちろん。ぜひそうしてください。葬儀が終わり次第、速やかにミアと結婚をして頂けたら、女公となるミアも、この国も、私も安心です」
セルマ公妃の合図で玄関口で待機していた家令が現れ、サイオン卿に挨拶をする。サイオン卿は臣下のリストを家令に渡すと、家令はすぐにサイオン卿の臣下達に城での持ち場を割り振り、使用人や兵士の居住棟まで城の者に案内させた。
リストに書かれた臣下は居住棟に向かったはずなのに、サイオン卿の後ろに一人残る男がいた。年の頃は二十代半ばだろう。漆黒の少しだけ長い髪に、柔らかそうな白く透明感のある肌、男性のわりに華奢な身体と、薄幸そうな面差しがどこかミステリアスで、普通の女性よりも色気があり、美しい立ち姿と顔立ちであった。
「恐縮ですが、その者の名が見当たらないのですが、サイオン閣下の侍従でしょうか?」
「ああ、そうだ。彼は私の身の回りの世話をする侍従だ。トマスという。頻繁に呼ぶし、すぐに来てもらいたいので、私の部屋の近くの個室にしてもらえるか? 彼の仕事は私が直接指示をするから、説明はいらない」
「そういう事でしたら、主人の部屋と対になる侍従室がございますので、そちらにご案内いたします。サイオン様の部屋と侍従室はベルで繋がっておりますので、必要あらばそちらを鳴らして頂ければ、侍従室の部屋のベルが鳴りますので」
「それは助かる。ではトマス、何かあればベルを鳴らす」
「承知いたしました」
トマスは家令について城の中へ入って行った。
5
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
天才外科医は仮初の妻を手放したくない
夢幻惠
恋愛
ホテルのフリントに勤務している澪(みお)は、ある日突然見知らぬ男性、陽斗(はると)に頼まれて結婚式に出ることになる。新婦が来るまでのピンチヒッターとして了承するも、新婦は現れなかった。陽斗に頼まれて仮初の夫婦となってしまうが、陽斗は天才と呼ばれる凄腕外科医だったのだ。しかし、澪を好きな男は他にもいたのだ。幼馴染の、前坂 理久(まえさか りく)は幼い頃から澪をずっと思い続けている。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる