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5. 継承権
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「……じゃあいつまで? いつまで待てばこの城から出してくれるの?」
ジュエリアの質問に、シベリウスは少し躊躇したが、迷いながらも答えてくれる。
「個人的にはすぐにでもあなたを連れ去りたいですが、フロリジア公が亡くなるまでは出来ません」
「お父様が亡くなるまで?」
その言葉にジュエリアは眉を顰める。自分の父の死を待っているかのような発言に、娘としてはシベリウスや帝国側の非情さを感じた。
「あなたの父君の死を待っているような発言で気分を害したかもしれません。ただ、あなたの父君はいつ亡くなってもおかしくない病を三年前に発症しました。事実、すでにもう起き上がることも出来ないでしょ? 帝国は、フロリジア公の死がどんな引き金となるかを危惧しています」
「ミアの婚約者がヴェルタ王国の王族だから心配なんでしょ? でも、逆にこの結婚は両国の懸け橋になるかもしれないわ」
ジュエリアの平和ぼけした発言にシベリウスは思わず苦笑いしてしまう。その様子にジュエリアはムッとした。
「……そうやって……馬鹿にしないでよ……」
シベリウスは、顔をそむけたジュエリアを見て、またもクスっと笑ってしまった。
彼女が時折見せるこのムスッとする表情が、シベリウスにはあまりにも可愛らしいのだ。
「セルマ公妃は、帝国とヴェルタ王国の懸け橋になろうと、尊い志でミア公女とヴェルタの王族を婚約させたと思いますか?」
「……」
ジュエリアは先ほど自分で発言したにもかかわらず、それはないと思った。セルマ公妃は誰かのために動くような人間ではない。あの人は自己の利益にのみ動く。
「ふふっ。ほらね」
「なら、やはり噂の様に戦争を?」
これには意外にもシベリウスは首を傾げて唸るだけだった。
「どうでしょうね……ヴェルタ王国ではなく、その横にある小さなソマ王国出身のセルマ公妃が戦争を起こす理由がわからない。この婚約はフロリジア公もさぞ不思議だったでしょう。よく許可したものです。まあ、理由はなんであれ、帝国には不都合な事に間違いありません。なので、帝国はフロリジア公が亡くなった直後にミアの継承に異議を唱えます。そして、あなたをこの国の女公に擁立する予定です」
まさかの展開にジュエリアは開いた口が塞がらなかった。
「え、私を擁立? ちょっと待って、何を言ってるの?」
「フロリジア公国は継承権第一位以外の公女が嫁ぐ際、継承権を完全に放棄しなくてはならない。だから、ジュエリアに今の段階で結婚されてしまうのは帝国として不都合なんです」
ジュエリアは胸がバクバクと動き出したのがわかった。これが動悸というものか。
一秒でも早くこの城から逃げ出したいのに、知らない間にこの国の女公に擁立させられようとしている。それは確実に、セルマ公妃とミアと今以上に関係を悪化させ、我が身を今まで以上に疲弊させるだろう。
「や、やめて、嫌よっ! もうこんな生活から逃げたくて早く誰かと結婚したいのに、そんなの逆じゃない! ここから逃げられるなら平民になってもかまわないから、もう逃してっ!」
「逃げたらいずれ殺されるだけですよ」
ジュエリアの表情は固まり、動きもピタリと止まった。
「なに……? ……殺されるって」
ジュエリアは震え出した片手を違う手で必死に握りしめて抑える。シベリウスは安心させようとジュエリアのその手に自分の手を添えた。
「あなたの最初の婚約には密約がありました。結婚して相手の暮らす屋敷に入った後、暗殺される密約です」
「うそ……」
「婚約者が密約通りあなたを殺せば、領地を与えられる約束だったんです」
「そんな……そんなのおかしいわ。だって、なぜ結婚後なの? 殺すつもりならいつでも殺せたでしょ?」
「あなたとセルマ公妃の折り合いの悪さを知らない者などほとんどいない。城にいる段階であなたが死んでしまうと、疑いの目は真っ先にセルマ公妃に向けられます。ならばと、セルマ公妃は不仲の話を逆手に取る事を考えた。十八という年齢まで育てたという事実と、国中が注目する結婚式であなたを長年気遣っていた様な姿を見せて、前公妃派の臣下や民衆の心を一気に掴むつもりでした。元々印象の悪い者が、実は優しく善人だとわかった時、対比効果で人々は必要以上に高い評価を下す。だから、あなたが城を出た後に、城の者ではない人間に殺させたかったのです」
「私は……公妃の人気取りの為に踏み台にされ、いずれ殺す者として育てられていたの?」
「そうです」
ジュエリアは両手で顔を覆い、我慢してもあふれ出る涙を隠した。
いつも淡々としゃべるシベリウスが、珍しく優し気な声色で話し掛けてくる。
「私と結婚してください。あなたを守りますから」
「でも……それには、まず公位を継承しないといけないのでしょう?」
「継承してください。本来あなたがなるべき立場であり、守らなくてはいけない国です」
ジュエリアは何も答えられなかった。殺されるのも怖いが、立ち向かう決心もつかない。
シベリウスは返事を急かすことは無く、ただそっとジュエリアの髪を撫で、優しい手つきで目や頬を濡らす涙を拭ってあげた。
ジュエリアの質問に、シベリウスは少し躊躇したが、迷いながらも答えてくれる。
「個人的にはすぐにでもあなたを連れ去りたいですが、フロリジア公が亡くなるまでは出来ません」
「お父様が亡くなるまで?」
その言葉にジュエリアは眉を顰める。自分の父の死を待っているかのような発言に、娘としてはシベリウスや帝国側の非情さを感じた。
「あなたの父君の死を待っているような発言で気分を害したかもしれません。ただ、あなたの父君はいつ亡くなってもおかしくない病を三年前に発症しました。事実、すでにもう起き上がることも出来ないでしょ? 帝国は、フロリジア公の死がどんな引き金となるかを危惧しています」
「ミアの婚約者がヴェルタ王国の王族だから心配なんでしょ? でも、逆にこの結婚は両国の懸け橋になるかもしれないわ」
ジュエリアの平和ぼけした発言にシベリウスは思わず苦笑いしてしまう。その様子にジュエリアはムッとした。
「……そうやって……馬鹿にしないでよ……」
シベリウスは、顔をそむけたジュエリアを見て、またもクスっと笑ってしまった。
彼女が時折見せるこのムスッとする表情が、シベリウスにはあまりにも可愛らしいのだ。
「セルマ公妃は、帝国とヴェルタ王国の懸け橋になろうと、尊い志でミア公女とヴェルタの王族を婚約させたと思いますか?」
「……」
ジュエリアは先ほど自分で発言したにもかかわらず、それはないと思った。セルマ公妃は誰かのために動くような人間ではない。あの人は自己の利益にのみ動く。
「ふふっ。ほらね」
「なら、やはり噂の様に戦争を?」
これには意外にもシベリウスは首を傾げて唸るだけだった。
「どうでしょうね……ヴェルタ王国ではなく、その横にある小さなソマ王国出身のセルマ公妃が戦争を起こす理由がわからない。この婚約はフロリジア公もさぞ不思議だったでしょう。よく許可したものです。まあ、理由はなんであれ、帝国には不都合な事に間違いありません。なので、帝国はフロリジア公が亡くなった直後にミアの継承に異議を唱えます。そして、あなたをこの国の女公に擁立する予定です」
まさかの展開にジュエリアは開いた口が塞がらなかった。
「え、私を擁立? ちょっと待って、何を言ってるの?」
「フロリジア公国は継承権第一位以外の公女が嫁ぐ際、継承権を完全に放棄しなくてはならない。だから、ジュエリアに今の段階で結婚されてしまうのは帝国として不都合なんです」
ジュエリアは胸がバクバクと動き出したのがわかった。これが動悸というものか。
一秒でも早くこの城から逃げ出したいのに、知らない間にこの国の女公に擁立させられようとしている。それは確実に、セルマ公妃とミアと今以上に関係を悪化させ、我が身を今まで以上に疲弊させるだろう。
「や、やめて、嫌よっ! もうこんな生活から逃げたくて早く誰かと結婚したいのに、そんなの逆じゃない! ここから逃げられるなら平民になってもかまわないから、もう逃してっ!」
「逃げたらいずれ殺されるだけですよ」
ジュエリアの表情は固まり、動きもピタリと止まった。
「なに……? ……殺されるって」
ジュエリアは震え出した片手を違う手で必死に握りしめて抑える。シベリウスは安心させようとジュエリアのその手に自分の手を添えた。
「あなたの最初の婚約には密約がありました。結婚して相手の暮らす屋敷に入った後、暗殺される密約です」
「うそ……」
「婚約者が密約通りあなたを殺せば、領地を与えられる約束だったんです」
「そんな……そんなのおかしいわ。だって、なぜ結婚後なの? 殺すつもりならいつでも殺せたでしょ?」
「あなたとセルマ公妃の折り合いの悪さを知らない者などほとんどいない。城にいる段階であなたが死んでしまうと、疑いの目は真っ先にセルマ公妃に向けられます。ならばと、セルマ公妃は不仲の話を逆手に取る事を考えた。十八という年齢まで育てたという事実と、国中が注目する結婚式であなたを長年気遣っていた様な姿を見せて、前公妃派の臣下や民衆の心を一気に掴むつもりでした。元々印象の悪い者が、実は優しく善人だとわかった時、対比効果で人々は必要以上に高い評価を下す。だから、あなたが城を出た後に、城の者ではない人間に殺させたかったのです」
「私は……公妃の人気取りの為に踏み台にされ、いずれ殺す者として育てられていたの?」
「そうです」
ジュエリアは両手で顔を覆い、我慢してもあふれ出る涙を隠した。
いつも淡々としゃべるシベリウスが、珍しく優し気な声色で話し掛けてくる。
「私と結婚してください。あなたを守りますから」
「でも……それには、まず公位を継承しないといけないのでしょう?」
「継承してください。本来あなたがなるべき立場であり、守らなくてはいけない国です」
ジュエリアは何も答えられなかった。殺されるのも怖いが、立ち向かう決心もつかない。
シベリウスは返事を急かすことは無く、ただそっとジュエリアの髪を撫で、優しい手つきで目や頬を濡らす涙を拭ってあげた。
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