聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

文字の大きさ
上 下
4 / 81

4. 笑顔

しおりを挟む
「え、何?」
「何って、夕食を運んでいますが」
「そんなの見れば分かるわよ」

 シベリウスはトローリーをテーブルではなくベッドの横に置き、鼻唄交じりでその場でナイフとフォークを使って鶏肉を細かく切り始める。そして肉や添えられた根菜などを切り終えると、その皿とフォークを手に持ち、ジュエリアの座るベッドに自分も座った。

「さあ、召し上がって」

 シベリウスはフォークで鶏肉を刺して、それをジュエリアの口元に運んでいる。

「ほら、あーん」
「やだ、やめてよ。自分で食べれるわよ」

 ジュエリアはシベリウスからフォークを取ろうと手を掴むが、なぜかシベリウスは力を入れて絶対にフォークを渡してくれない。

「ちょっ、ちょっと……ぐっ……渡しなさいっ……よっ……」
「いいですから……ぐぐっ……口を開けて……ほら」

 ジュエリアは手をぱっと離した。

「面倒くさいわね! もういらないわ! こんな事してないでさっさとミアのエスコートに行きなさいよ」

 シベリウスは手に持っていたフォークをカチャリと皿の上に置き、その皿ごとベッド横のトローリーに戻す。

「エスコートは私の部下に任せました。ミア公女殿下に部下を紹介して、納得していただくのに少し時間が掛かってしまい、ジュエリアを一人で部屋に待たせてしまい、申し訳ありませんでした」

 シベリウスの腕が伸びてきて、ジュエリアの頭をポンポンと軽く触る。

「寂しくなかったですか?」
「なっ……! 寂しくなんかないわよっ! どれだけ自信過剰なのよ、あなたは」

 ジュエリアは顔を真っ赤にして、頭を撫でて来るシベリウスの手を振り払った。
 
「何が目的なの? 別に私は婚約者と恋愛ごっこなんて求めてないわ。そんな事で手懐けようとしても無駄よ。むしろあなたが現れなければ、今頃この地獄から抜け出して新しい人生を歩めていたのだから、あなたのことは恨んでるのっ!」

 幼い頃から、父親と母親からの愛情を一心に受けて育つ妹を、独り遠くからいつも見て育った。自分にも注がれると信じていた親の愛は、何度も手を伸ばしてみたが、結局その手を握り返し、抱きしめ、愛を注がれるなんてことはなかった。むしろ継母セルマ公妃の自分に向ける視線は常に無機質で冷たく、悲しいほどに自分に向けられる嫌悪感を感じた。
 幼い頃は優しかった父も、セルマ公妃の機嫌を損ねるのを躊躇し、次第に表立って可愛がってくれることはなくなった。
 妹も、臣下も、使用人も、そんな風に扱われるジュエリアを尊敬するわけもなく、慕うわけもなく、大切にするわけもない。
 幼かった自分を抱きしめてくれる者はおらず、部屋で一人布団に包まり、妹が親から抱きしめられている光景を思い出しながら、自分で温もりを作り疑似体験していた。

 今も、身も心も孤独に生きる事に疲れ果てていたところだ。

 こんな生活が寂しくないわけがない。

 ジュエリアは自分の目から溢れ出る涙も気に止められないほど、無我夢中で掴んだ枕でシベリウスを追い払うように叩いていた。

 シベリウスは興奮しているジュエリアから枕を奪い捨て、彼女の両腕を掴むと、強く引き寄せて抱きしめる。

 シベリウスの腕の中で最初は暴れていたジュエリアも、布団なんかとは比べ物にならないほど温かく優しい腕の中に、深い安心感を感じてしまう。甘い香りに包まれながら、シベリウスの厚い胸板からはトクトクと少し速い心臓の音が聴こえ、心地良かった。

「……ジュエリア、落ち着きましたか?」

 温かく穏やかな声で聞くシベリウスに、ジュエリアはもう何が何だかわからなくなり、恨めしそうに彼を見た。

「……婚約を解消して。私はダラダラと結婚を先延ばしにせず、早く嫁がせてくれる相手が良いの」

 シベリウスの片眉がピクリと動く。

「ミアはあなたに夢中よ。今私達が婚約解消すれば、彼女はきっとあなたとの婚約を望むはず。帝国はミアとの婚約を勝ち取りたかったはずでしょ? そもそも私との婚約の意味は何? 私と結婚したところでこの国の主権など取れないし、この国と隣国の監視目的なら、別に私と婚約しなくても出来るでしょ?」

 シベリウスはジュエリアを睨みながら、先ほどまでとは打って変わって、人が変わったように冷たい冷気をその身に纏っていた。

「婚約は解消しない」

 ジュエリアは涙でぐしゃぐしゃの顔で睨み返す。

「十八になればこの城から出られたはずなのに……あなたとの婚約で未だにこの城に捕らわれているの」
「この婚約は、あなたが考えてるような意図はない。もう少しだけこの生活をして貰わないといけないのが心苦しいですが、必ずあなたを守り幸せにするので、私を信じてくれませんか?」
「無理よ。だって、なぜ私が相手なのか理解出来ないもの。いいから婚約を解消して」
 
 シベリウスは微笑んだ。だがその目は笑っていない。底が知れない笑顔ではなく、底冷えする程の笑顔だ。

「何があろうと、私はあなたを絶対に手放さない」

 シベリウスの笑顔は穏やかで柔らかいくせに、いつも心の内を他人に読ませない。今も読めない微笑みで、ただジュエリアを見つめていた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...