聖ロマニス帝国物語

さくらぎしょう

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3. 不幸せの争い

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 予定より早くフロリジア城の自室に戻った為、夕食まで窓際の椅子に座って本を読んでいると、扉をノックする音がした。本をサイドテーブルに置き、扉まで向かい開けば、そこには明らかに機嫌の悪いミアが立っていた。

「——失礼」

 そう言ってミアはズカズカと部屋の中に入って来て、先ほどまでジュエリアが座っていた椅子に腰を掛けた。ミアはサイドテーブルに置かれた開かれた本に気が付き、手に取った。

「お姉さまは……第一子のくせに気楽でいいわよね」

 ミアの視線は本に向けられたまま、喋りながら本のページをパラパラとめくる。

「本来ならお姉さまが厳しい後継者教育を受けなくてはならないのに……。本来ならお姉さまが、あの親と変わらない年齢の男と結婚しなくてはならないのに……」

 ミアはパタンと本を閉じた。そしてゆっくりと視線をジュエリアに向ける。その目は、ジュエリアの思考を停止させる程に無機質で冷淡なセルマ公妃と同じ目であった。

「ほんとぉに、お気楽ですこと」
「ミア……あなたは自分が恵まれている事に気が付いてないのよ」
「はっ、そのままお返しするわ」

 ミアは顎を少し上げ、見下すようにジュエリアを睨みつける。
 
 ジュエリアは黙った。継承権第一位の跡継ぎがどれだけ厳しい帝王学を学ばなくてはならないかは、ジュエリアも良く分かっている。なぜなら、父であるフロリジア公の命令で、ジュエリアも幼少期からずっと淑女教育の授業の時間を使って実はこっそりと受けさせられているからだ。もちろんセルマ公妃もミアも知らない。

 ミアは厳しい授業が終われば皆から褒められ、賞賛され、認められるが、ジュエリアはあまりの厳しさに挫けそうになっても、どんなに歯を食いしばって頑張っても、誰にも褒められず、認められず、長女のくせに気楽な身分と罵られ、陰口を叩かれて育った。ミアと違って学べる時間が限られているので、その分覚えなくてはならない事を短時間に詰め込まれる。

 私も苦労をしてると言い返したくても、父との秘密を守って堪えている。

「お姉さまはいい加減、悲劇のヒロインぶるのやめてよ」

 ミアの言葉は、酷く冷淡だった。

「今夜は城には大勢の人が集ってダイニングルーム以外にも部屋が沢山必要となるので、お姉さまは部屋で食事をお願いします」

 ミアの命令に、ジュエリアは深々と頭を下げて返事をした。

「さ、ゆっくり本の続きでもお読みになってください。では私はあなたと違って仕事がありますので」

 ミアは本を床に捨て、踏みつぶしてから部屋を出て行った。
 
 ジュエリアは深い溜息を吐き、ベッドに横たわる。すでにもう何のやる気も起きない。黙って寝そべっていれば、外からは馬車の音や賑やかな声が聞こえてくる。
 間もなく、楽しみにしていた夜会が始まる……。
 
 自分は継承権第一位を放棄したわけではなく、幼い頃に取られたのだ。子供だった自分に何が出来たであろうか。
 なのに後継者教育は今でも受けさせられており、秘密にするよう言われているので、気楽なふりをして生活しながら堪えなくてはならないのだ。そして、こうして姉なのに妹に尊敬もされず、命令をされながら生きている。
 ミアも大変だとは思うが、彼女には愛を注ぐ親もいれば、頑張ったあとに褒めてくれる者達もいるじゃないか。

 そんな事を考えながらベッドでただボーっと天井を眺めて時を過ごしていると、すでに夕食の時間となっており、扉をノックする音がした。

「どうぞ」

 扉が開くと、通り風に乗って夕食の香りが部屋の中へ入って来た。香りにつられてベッドから起き上がり、扉の方へ振り返る。

「今夜は何かし……ら」

 ジュエリアは目を丸くして驚いた。

「今夜は鶏肉の香草焼きとスープとパンです」

 夕食の乗ったトローリーを押して部屋に入って来たのは、女性の間では微笑みの騎士と呼ばれているシベリウスだった。もちろん今も微笑んでいる。あの、底が知れない笑顔で。



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