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33. タラテ・ウェリントン
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私はふとアウルム国の景色に目が行った。赤い大地に沢山の岩山。背の高い木々は僅かで、緑といえば草や背の低い若樹が殆どだった。
ゼキが話を始め、私も視線をテラスに戻した。
「タラテはシャラト王妃が殺された時、それは戦時中のことでタラテが全て悪いわけではなかったのですが、王妃の侍女であった彼女は自身を酷く責めました」
バラド国王がゼキの説明に被せるように話した。
「私がいけなかった。シャラトを失って我を忘れていたんだ。そんな私を見てきっとタラテはより一層自身を責め、居た堪れなくなったんだろう。そして、いつの間にかどこかに消えていた」
ゼキは溜息をついてから、また口を開いた。
「タラテの消息はごくたまにハイステップなど他国で目撃情報を得る位で、結局わからないままでした。でも子孫がいたのなら、アウルムを出て放浪をしたあと、オーバーランドで誰かに愛され幸せな最期を迎えられたのだと信じています」
ギュネシュが相変わらず低いトーンで話す。
「タラテは消える前に陛下にグリーンハンドの能力を他者に遷してもらってから消えるべきだった」
「ギュネシュ! もうそれはいいだろ」
タラテを責めるような言葉を出したギュネシュにスアトが怒る。
私は二人に質問をした。
「バラド国王はグリーンハンドの能力を遷せるんですか?」
これにはゼキが答えてくれた。
「バラド国王はゴッドハンドです。この国の王は代々ゴッドハンドを継承しています」
「ゴッドハンド?」
「ええ、マナをある場所から別の場所へ遷すことが出来るのです」
これにはアロイスも納得しているように答えた。
「そう、その能力で私のマナをルイスに遷してくれて、ルイスを助けてくれたんだ」
ゼキはハンドの能力を教えてくれた。
「マナの力が非常に強い者は、マナを動かし使用することができます。グリーンハンドは自身の持つ膨大なマナを動かして対象とするものに分け与え、育て、マナの循環を整える。レッドハンドは降り注ぐ太陽の光のマナを動かすことが出来、ブルーハンドは水のマナを動かすことが出来る。国王はゴッドハンドで全てのマナの力をある場所から違う場所へ遷すことが出来るのです」
お兄様は話を聞きながら「太陽の光……水……」と、ぶつぶつとゼキの言葉を復唱していた。
バラド国王がゼキに続きハンドの話をしてくれる。
「古代では様々な自然のマナを動かせるハンド達がいたんだ。アウルムにはマナという力があり、そのおかげで豊かな生活も出来たが、反面、超自然に頼りすぎて科学の学びを怠ってしまった」
アロイスはハッとして声を上げた。
「それで、他国に技術支援を求めて回っていたのですね」
「恥ずかしながらそうだ。アウルムにはジルベールのような博識な者がいない。熱気球も結局は強いマナが凝縮された石炭のおかげだ。他国には科学を学ぶものが沢山いる。それで、そういった人間を招聘したかった」
私はそんな大役に選ばれたお兄様に視線を向けると、お兄様は一点を見つめてずっとぶつくさと言っており、かと思ったら、今度はその目が輝き始めた。
「太陽の光……水……超自然的能力……そして……科学っ!」
「だっ……大丈夫ですか……? お兄様……」
私は生まれて初めてお兄様が本気で心配になった。
お兄様は私の心配など気づくことなく、意気揚々と喋り出す。
「アウルム国はなんて素晴らしい国なんだ!! わくわくして仕方ない! ぜひ、炭鉱の問題と同時に、レッドハンドさん、ブルーハンドさんにも滞在中はお話を伺いたい!!」
これにはギュネシュとスアトも目を丸くしてお兄様を見ていた。
♢
王都にある大きなお屋敷。ここはマーレーン伯爵のタウンハウス。社交シーズン真っ只中の伯爵邸は、さぞ賑やかかと思いきや、本日は貴族の来訪は全て断っていた。
煌びやかなこの屋敷の、とある一室から、思い切りグラスを投げつけて割れる音がした。
割れたグラスからはワインが溢れ、高価な絨毯に赤黒い染みが広がり始める。それはまるでマーレーン伯爵の現状を表わしているかのようだった。
「なんだこの木材需給と森林評価報告書はっ!!」
グラスを投げられた庶民の男は肩をすぼめて伯爵に報告をする。
「もっ……申し訳ございません……しっ、しかし、事実でございます。マーレーン領の樹木は十年程前から急速に数を減らし始め、最近では農作物なども以前のような実りはございません」
報告者の男を睨むマーレーン伯爵は、顔を真っ赤にして肩を震わせていた。
「くそっ。密輸だけじゃ付け焼刃だ。早急に王室との結婚を実現させて領地を立て直さなくては……」
伯爵の部屋の扉を叩く音がする。扉が開き、使用人が手紙の束を持ってやってきた。
マーレーン伯爵は手紙を受け取り、目を通したと思えば机に叩きつけた。
「あいつらはどれだけドレスを仕立てる必要があるんだ!? この宝石も、この靴も、今シーズン用はすべて買っただろう」
手紙はすべて妻とラヴィニアが買い物をした請求書であり、どれも予想以上に高額だった。
マーレーン伯爵は手紙を持ってきた使用人に指示を出す。
「払わなければすぐに社交界で噂が流れる。今回は払うが、妻とラヴィニアからはこの品物を全て取り上げ、あいつらには家から出るなと伝えろっ!」
マーレーン伯爵は机の上に置かれた一輪挿しも壁に投げて叩き割った。
ゼキが話を始め、私も視線をテラスに戻した。
「タラテはシャラト王妃が殺された時、それは戦時中のことでタラテが全て悪いわけではなかったのですが、王妃の侍女であった彼女は自身を酷く責めました」
バラド国王がゼキの説明に被せるように話した。
「私がいけなかった。シャラトを失って我を忘れていたんだ。そんな私を見てきっとタラテはより一層自身を責め、居た堪れなくなったんだろう。そして、いつの間にかどこかに消えていた」
ゼキは溜息をついてから、また口を開いた。
「タラテの消息はごくたまにハイステップなど他国で目撃情報を得る位で、結局わからないままでした。でも子孫がいたのなら、アウルムを出て放浪をしたあと、オーバーランドで誰かに愛され幸せな最期を迎えられたのだと信じています」
ギュネシュが相変わらず低いトーンで話す。
「タラテは消える前に陛下にグリーンハンドの能力を他者に遷してもらってから消えるべきだった」
「ギュネシュ! もうそれはいいだろ」
タラテを責めるような言葉を出したギュネシュにスアトが怒る。
私は二人に質問をした。
「バラド国王はグリーンハンドの能力を遷せるんですか?」
これにはゼキが答えてくれた。
「バラド国王はゴッドハンドです。この国の王は代々ゴッドハンドを継承しています」
「ゴッドハンド?」
「ええ、マナをある場所から別の場所へ遷すことが出来るのです」
これにはアロイスも納得しているように答えた。
「そう、その能力で私のマナをルイスに遷してくれて、ルイスを助けてくれたんだ」
ゼキはハンドの能力を教えてくれた。
「マナの力が非常に強い者は、マナを動かし使用することができます。グリーンハンドは自身の持つ膨大なマナを動かして対象とするものに分け与え、育て、マナの循環を整える。レッドハンドは降り注ぐ太陽の光のマナを動かすことが出来、ブルーハンドは水のマナを動かすことが出来る。国王はゴッドハンドで全てのマナの力をある場所から違う場所へ遷すことが出来るのです」
お兄様は話を聞きながら「太陽の光……水……」と、ぶつぶつとゼキの言葉を復唱していた。
バラド国王がゼキに続きハンドの話をしてくれる。
「古代では様々な自然のマナを動かせるハンド達がいたんだ。アウルムにはマナという力があり、そのおかげで豊かな生活も出来たが、反面、超自然に頼りすぎて科学の学びを怠ってしまった」
アロイスはハッとして声を上げた。
「それで、他国に技術支援を求めて回っていたのですね」
「恥ずかしながらそうだ。アウルムにはジルベールのような博識な者がいない。熱気球も結局は強いマナが凝縮された石炭のおかげだ。他国には科学を学ぶものが沢山いる。それで、そういった人間を招聘したかった」
私はそんな大役に選ばれたお兄様に視線を向けると、お兄様は一点を見つめてずっとぶつくさと言っており、かと思ったら、今度はその目が輝き始めた。
「太陽の光……水……超自然的能力……そして……科学っ!」
「だっ……大丈夫ですか……? お兄様……」
私は生まれて初めてお兄様が本気で心配になった。
お兄様は私の心配など気づくことなく、意気揚々と喋り出す。
「アウルム国はなんて素晴らしい国なんだ!! わくわくして仕方ない! ぜひ、炭鉱の問題と同時に、レッドハンドさん、ブルーハンドさんにも滞在中はお話を伺いたい!!」
これにはギュネシュとスアトも目を丸くしてお兄様を見ていた。
♢
王都にある大きなお屋敷。ここはマーレーン伯爵のタウンハウス。社交シーズン真っ只中の伯爵邸は、さぞ賑やかかと思いきや、本日は貴族の来訪は全て断っていた。
煌びやかなこの屋敷の、とある一室から、思い切りグラスを投げつけて割れる音がした。
割れたグラスからはワインが溢れ、高価な絨毯に赤黒い染みが広がり始める。それはまるでマーレーン伯爵の現状を表わしているかのようだった。
「なんだこの木材需給と森林評価報告書はっ!!」
グラスを投げられた庶民の男は肩をすぼめて伯爵に報告をする。
「もっ……申し訳ございません……しっ、しかし、事実でございます。マーレーン領の樹木は十年程前から急速に数を減らし始め、最近では農作物なども以前のような実りはございません」
報告者の男を睨むマーレーン伯爵は、顔を真っ赤にして肩を震わせていた。
「くそっ。密輸だけじゃ付け焼刃だ。早急に王室との結婚を実現させて領地を立て直さなくては……」
伯爵の部屋の扉を叩く音がする。扉が開き、使用人が手紙の束を持ってやってきた。
マーレーン伯爵は手紙を受け取り、目を通したと思えば机に叩きつけた。
「あいつらはどれだけドレスを仕立てる必要があるんだ!? この宝石も、この靴も、今シーズン用はすべて買っただろう」
手紙はすべて妻とラヴィニアが買い物をした請求書であり、どれも予想以上に高額だった。
マーレーン伯爵は手紙を持ってきた使用人に指示を出す。
「払わなければすぐに社交界で噂が流れる。今回は払うが、妻とラヴィニアからはこの品物を全て取り上げ、あいつらには家から出るなと伝えろっ!」
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