王太子の仮初めの婚約者

さくらぎしょう

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27. 思いもよらない提案

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 ルイーザ王女はバラド国王の滞在している部屋にいた。部屋の隅には纏められた荷物がある。
 舞踏会の日らしく、バラド国王は頭にターバンを被り、白地に金の刺繍が施された豪華な民族衣装を着ている。ルイーザ王女も髪を結い上げて、ワインレッドの大人の色気漂うイブニングドレスに身を包む。

 ルイーザ王女は纏められた荷物に視線を向け、バラド国王に声を掛ける。

「アウルム国へ戻るのね」
「任命が終わったなら、ジルベールをすぐに連れてアウルムへ帰りたい」

 ルイーザ王女は気丈に振舞ってはいるが、少し寂しそうな様子である。そんな彼女をバラド国王は抱き寄せた。

「一緒に来るか?」

 突然の提案にルイーザ王女は珍しく口を開けたまま固まっている。

「その口は、塞いでほしいのか?」

 バラド国王の問いに、ルイーザ王女は慌てて口を閉じる。バラド国王はその様子に目を細め、ククッと笑いを堪えていた。

「揶揄うのもいい加減にしてちょうだい」
「いや、かなり本気だ」
「どっちが?」
「どっちも。一緒に連れて帰りたいのも、お前の口を塞ぎたいのも」
「なっ——」

 そしてそのままバラド国王は、開きかけたルイーザ王女の唇を塞ぐ。
 ゆっくりとバラド国王は唇を離し、ルイーザ王女と額を合わせた。

「私とアウルムに来て、王妃になれ」

 ルイーザ王女は崩れそうな表情を必死に堪えた。

「婚約が先でしょう」
「面倒な国だな」

 ルイーザ王女はバラド国王の首に両手を回し、今度は誘惑するような、挑発するような視線を向けた。

「お前には敵わないよ」
「私も、あなたの誘惑には抗えない。一緒にアウルムへ行ってしまおうかしら……」

 今度はルイーザ王女も自ら唇を近づけ、二人で嬉しそうに笑ってもう一度キスをした。

 扉をノックする音がし、最初は二人とも無視をしていたが、外からユルゲンの声が聞こえた。

「ルイーザ王女様、至急ご報告が……」

 ユルゲンを中に通し、話を聞けば、ルイーザ王女の顔つきが険しくなる。

「ルイスを探さないと。広間サルーンにいるはずだわ。只事でない雰囲気は出さないように見つけないと」
「舞踏会は嫌いだが、私がお前をエスコートしてカモフラージュしよう」

 二人は腕を組み、舞踏会の開かれている広間サルーンへ向かった。

 二人が広間サルーンに着くと、人々の声や美しい演奏でとても賑やかだった。中央では華やかなワルツが踊られており、ステップやターンに合わせてふわりと舞い広がるドレスのスカートが、まるで花が咲き誇っているように見えた。

 行き遅れの王女をアテンドするバラド国王にも注目が集まっていた。明らかな異国の衣装と浅黒い肌に好奇の目が向けられている。女性達の視線に限って言えば、バラド国王の服の上からでもわかるたくましい身体と、大人の男性の色気が漂うその佇まいに、令嬢だけではなくご婦人方も頬を染め、胸を熱くしていた。

「どこの国の方かしら……?」
「ウェリントン子爵子息の送られる、アウルム国じゃない?」
「私、アウルム国に嫁げるかも……」

 バラド国王は舞踏会の様子を眺めながら、ある事に気が付く。

「なあ、ルイーザ、ルイスはここにはいないぞ?」
「これだけ人が居るから紛れているのでは?」
「いや、気配がない」
「こんなに人が居るのに気配なんてするわけないでしょ?」
「俺にはわかるんだ。違う部屋を探そう」

 バラド国王とルイーザ王女は来た道を優雅に戻り、おそらくドローイングルームに下がっているのだろうと話して、一つ一つ幾つかあるドローイングルームを確認して行った。

 ♢

 ここは王宮にいくつもあるドローイングルームの一室。そこに、私、アロイス、ルイス、ラヴィニア、そしてマーレーン伯爵がソファに座っている。

「アロイス王太子殿下、しばらくお見掛けしないと思っていましたが、ご成長されたようで何よりです」

 マーレーン伯爵は余裕の笑みを浮かべており、明らかに何かを企んでいるのがわかる。

「なぜ部屋を移動させた?」

 アロイスは怪訝な表情を見せている。ルイスを見れば、彼は何故かずっと目を伏せていた。

「いえね、養女むすめのシルビアとの養子縁組を解消しようと思いまして」

 これには私も初耳で唖然とした。それはつまり……。

「シルビアは婚約者としての基準から外れる事になりますので、このまま婚約破棄の手続きに移らせてください」
「何を言ってるんだ!!」

 アロイスは勢いよく立ち上がり、珍しく声を荒げた。

「シルビアとはこのまま婚約を維持し、結婚をする。婚約破棄などしないっ!」

 アロイスの言葉にマーレーン伯爵は薄ら笑う。

「だめですよ。王太子の立場でルールを破っては。あなたには生まれた時から大きな責務と立場があるでしょう」
「こんなくだらないルールは変えてやる」
「貴方は良くても、自分の欲でルールを曲げたら国民に示しがつきませんし、どのみち周りも許さないでしょう。それを曲げて結婚しても、今度は二人の間に生まれる子供が罵られ不遇な目にあうのが目に見えている。王族、貴族の結婚は愛だけでは出来ないのですよ」

 部屋の中は一触即発の空気がピリピリと流れていた。

「さて、シルビアですが、養子縁組を解消したらどうなるでしょう?」

 マーレーン伯爵が質問をしてきた。

「生家に戻るのだろう」

 アロイスは怒りを必死に抑えながら、低い声で答えている。

「そうですね。だが婚約前の状態には戻らない。王太子と婚約破棄をした令嬢など、恐ろしくて誰も嫁には欲しくない。彼女はいずれ修道院へ行くでしょう」

 私としてもアロイスとの婚約破棄は絶対に避けたいが、万が一破棄されて修道院に行く事になっても、元々行くと決めていた場所。特にそこに関しては私に動揺はない。

「修道院も色々ありましてね。令嬢が行く修道院は、入る際に寄付金が居る。寄付金のいらない修道院となれば環境は……わかりますよね?」
「何が言いたい」
「私は彼女に寄付金など出さない。ウェリントン家も出せるわけがない。なので、婚約破棄となれば、彼女の残りの人生は劣悪な環境で、王太子に捨てられた傷物として一生を過ごすのです」

 アロイスが腰に差した剣を一気に引き抜く音が部屋に響いた。剣の先はマーレーン伯爵の喉元にあてられている。

「お父様っ!!」

 ラヴィニアが口に両手をあてて慌てふためいている。

「不敬罪でこの場で処分してやる」

 アロイスの怒りは頂点だった。
 マーレーン伯爵は冷や汗をたらし震えながらも、笑みを浮かべてアロイスを見る。

「殿下、剣を鞘にお収めください。私とてシルビアの行く末を考えており、もう一つ案があります」
「遺言として聞いてやる」
「ルイス王子にシルビアと婚約させてください」

 余りにも突拍子もない提案にアロイスも私も言葉が出なかった。


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