王太子の仮初めの婚約者

さくらぎしょう

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20. 羽化

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 バラド国王はソファから立ち上がり、ルイーザ王女とジルベールのもとまで行くと、最初にルイーザ王女の手を取り、ルイーザ王女を見つめたまま彼女の手の甲にキスをして挨拶をした。ルイーザ王女は軽い会釈程度で返す。その様子にバラド国王はなぜか満足そうに笑っていた。

 バラド国王は次にジルベールの方へと身体を向ける。ジルベールは姿勢を整え、礼儀正しく挨拶をした。

「バラド国王陛下にご挨拶申し上げます。ウェリントン子爵の息子、ジルベール・ウェリントンです」
「ああ、シルビア嬢の兄で、タラテの子孫。会えて嬉しい」
「タラテ? ……国王陛下の肌の色……もしかして、私の先祖はアウルム国から来たのでしょうか?」
「そうだ」
「ご存じなのですか?」
「ああ、古い友人だった」

 バラド国王の発言に首を傾げたジルベールに、ルイーザ王女が話し掛ける。

「アウルム国はいにしえたみの国とはご存じよね?」
「はい。いにしえの生活を大切にされている国だと」
「表向きはそうなのだけど、本当に古の民なの」
「ん? よく話がわからないのですが?」
「アウルムの民はマナという生命力のような力を扱う民族で、樹木の生命力を吸収して寿命を延ばしているの」
「きょ……興味深い話ですね……」

 ジルベールは半信半疑な反応をしている。バラド国王にとっては慣れた反応である。

「まあ、にわかには信じられないだろう。それで、タラテは私達の国では珍しいグリーンハンドの女性だった。君の妹君はその血を受け継いでおり、今この国の王太子を助けている最中だ」
「……グリーンハンド……?」

 バラド国王とルイーザ王女はジルベールを連れて王太子の部屋に向かう。その道すがら、マナの話、グリーンハンドの話、王太子が幼い身体で成長が止まっていた話をした。

「社交界に出ていないので、アロイス王太子殿下の身体の件は知りませんでした……。貴族としては恥ずべきことですね……」

 ジルベールは妹が家を出てから、自分は無意識に自分の責任から逃げていたのではないかと日々悩んでいた。愛に溢れる家で育ち、貧しくても十分満たされていた。無駄な付き合いがなかったおかげで、大好きな本を沢山読み、読んだ内容で実験をし、生活の為に狩猟後の解体から料理までしていた。生きる知識なら、ある意味他の子息令嬢より上だとも思っている。だから社交界なんて嫌な場所へ行かずとも問題なかった。
 だが、貴族の家に生まれるという事は何かしらの責務を持っており、我が家には領地の民がいる。領主が貧しければ、領民はもっと苦しい。領民は、王家の状態すら知らない領主一家だなんて、どんなに不安だろう。
 貴族の家に生まれる。それがどういう事なのかを、この年になって初めて考えさせられていた。

 王太子の部屋の寝室に三人は入ると、完全に大人の男性へと成長したアロイスと、その横にシルビアが眠っていた。

「シルビア……」

 ジルベールはベッドに近づき、妹の繋がれていない方の手を握った。

「お前は私の自慢の妹だよ。早く目を覚まして、兄妹で積もる話をしよう」

 ジルベールの背中越しからルイーザ王女が話しかける。

「王宮までお呼びした理由はこの話もそうですが、本題は別です」

 ジルベールはシルビアの手を握ったまま、ルイーザを見る。

「王太子殿下はアウルム国に技術支援をする約束をし、派遣する者としてウェリントン家の子息と挙げていました。ただ、なぜ貴方なのか明確にしていない状態で眠りに入ってしまい……」
「私がアウルム国へ技術支援ですか? 戦地へ従軍とかではなく?」
「ええ、アウルム国へ技術支援です。それで、派遣する時期も王太子殿下の意向で、シーズンが始まってからと言われていたので、バラド国王にはお待たせしている状態なのですが、シーズンは始まり、殿下は御覧の通りなので、もう少し待っても状況が変わらなければ、子爵子息には殿下の目覚めは待たずにアウルム国へ行っていただけたらと思い、お呼びいたしました」
「技術支援と言っても、何をすればいいのかわからない状況では……」

 ジルベールは突然自分の手が握られる感触がした。急いでシルビアを見れば、彼女の瞼がピクピクと動き出している。

「シルビア! 目を覚ませ!」

 ジルベールの声が部屋に響くと、シルビアの目がゆっくりと開き始める。その様子を見たルイーザ王女とバラド国王はすぐにベッドに近づき、ジルベールと共にベッドを囲んだ。

「……ん……んっ……おにーさま……?」

 シルビアはまだ頭がはっきりしていない様子で、ボーっとしている。

「ああ、私だ。おはよう、シルビア」

 シルビアはゆっくり瞬きをして、辺りを見回しながら、何気なしに顔を横に向ける。
 そこには、見たことも無い美しい青年がスヤスヤと寝息を立てて眠っており、シルビアは息が止まりそうになった。
 輝くような金の肩まで伸びた髪に、溜息が出そうになるほどに整った端正な顔立ち。その長いまつ毛が動き出したら、どんなに魅力的で美しい瞳を見せてくれるのだろう。

「アロイス……?」

 見守っていたルイーザ王女が代わりに返事をしてくれた。

「成長したアロイスよ。シルビア嬢、貴方のおかげです」

 その言葉を聞いて、シルビアは頬を一気に薔薇色へと上気させ、身体も体温を上昇させていった。
 バラド国王がアロイスとシルビアの結ばれた紐を解くと、シルビアは上体を起こしてから、アロイスの頬に触れる。

「これが……大人になったアロイス」
「そうだ、シルビア嬢。だがまだ王太子は目覚めていない。王太子が目覚めるまで、シルビア嬢には定期的に彼の手を握ってもらい、マナの循環を整えて欲しい」
「ええ、ええ、もちろんです」

 シルビアは、思い描いていたアロイスの姿に、自分の想像力がいかに乏しかったかを思い知らされた。
 思い描いているだけではわからない事が沢山ある。自分の目で見る事がいかに大切かを知った。実は世界にはそんな事が沢山溢れているのかもしれない。
 とにかく今は、この気持ちを教えてくれたアロイスに、心の中で沢山感謝を伝えていた。

















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