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16. 繋がる二人
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ルイス王子は王太子の部屋の寝室にいた。
視線の先には、ベッドの上で並んで眠る王太子とシルビアの姿。二人の繋がれた手には、しっかりと紐が巻き付けられている。
ルイス王子にとって、それはまるで、お前に入る余地など無いと言われているようであった。事実、二人は婚約しており、誰も入る余地はない。
侍従のユルゲンは今は隣の執務室に待機している。
ルイス王太子はベッドに近づき、執務室の方をチラと確認した。そして、視線をベッドに戻すと、指でシルビアの唇にそっと触れる。
ふつふつと欲望が生まれ始め、葛藤が始まった。
視線をシルビアのすぐ隣に移せば、王太子の姿は眠りにおちながらも成長を始めていた。
やはりまがいものの自分とは全く違う……。
美しい金の髪は色が褪せる事など無くそのままの色味で伸び始め、喉ぼとけも出て来て、顔立ちはどんどん端正な大人の男性に変わっている。この瞳が開き動き出せば、誰もが王太子の魅力に吸い込まれるだろう。
目が覚めたらシルビアは確実に兄に恋をする。
それだけではない。おそらく今自分に言い寄ってきている令嬢達も皆兄に乗り換えるだろう。兄が子孫を残せるなら、王室としても自分はたいして必要なくなる。
このままアロイスは目覚めなければいいのに……。
このままシルビアの純潔を奪ってしまおうか……。
——ギシリ、とベッドが軋んだ。
「ルイス」
ルイス王子はシルビアの頭の横に置いた手を離し、曲げていた腰を伸ばして振り返った。
「姉上」
ルイーザ王女は眉を吊り上げてルイスを見ている。
「近づきすぎよ。離れなさい」
「すいません。二人が気になってしまって」
「まさか変な事を考えていたんじゃないわよね?」
「まさか」
ルイス王子の感情のない無機質な声に、ルイーザ王女は大きな溜息をつき、ルイス王子を抱きしめる。
「ルイス。貴方とアロイスはまったく別の人間なのだから、同じ人生にはならない。ルイスとして生きて、あなたにしか描けない人生を歩んで」
「姉上……」
ルイス王子は優しい手つきでルイーザ王女を離す。
「ありがとうございます。そんなに心配しないでください。部屋に戻りますね」
ルイーザ王女はまだ心配そうな表情をしながら手を伸ばしていたが、ルイス王子は見ないようにしてそのまま部屋を後にした。
そして、自室で庶民の服に着替えてから、夜の王都へと馬を走らせた。苛立ちか、焦りか、羞恥心か、手綱に無駄に力が入る。
駆け抜けた先の夜の王都は、オイルランプの街灯があちこちに設置されており、温かな色味で輝いていた。
目的地であるお気に入りの酒場近くで馬を繋いでいれば、人々の盛り上がる声が聞こえた。
吸い込まれるように声のする方に向かえば、ストリートファイトが開かれている。
「おらっ、イケッ!!」
「ふざけんなっ! そこだっ!!」
ドスッと鈍い音が響いた。
「なぁに、女に負けてんだよ!! 金返せ!!」
人々の熱くなった叫び声があちこちで響いていた。
ルイス王子はストリートファイトの中心で威風堂々と立つ女戦士に釘付けだった。
背が高く、筋肉質な上半身の素肌には甲冑の胸当てのみで、冬の夜にへそを出し、下半身はピチピチのタイツにスカート状の甲冑を巻いており、その容姿は気の強そうな、男勝りな顔で、シルバーの長いカールヘアである。
今彼女が倒したであろう大男が、彼女の足元で伸びていた。
「あの女が倒したのか?」
ルイス王子は声を漏らす。その声が聞こえていたようで、女はルイス王子を見て答えた。
「そうだ。お前もやるか?」
「いや、いい」
「だよな。お前みたいなひ弱そうな奴じゃ私は倒せない」
ルイス王子はただでさえ苛立っているのに、見知らぬ女にまで見下されてカチンと頭にきて、思わず前に出てしまった。
「そうこなくっちゃ」
女は嬉しそうに身体をジャンプさせてコンディションを整え始める。
観客は皆この女戦士に金を賭け始めた。
(こんなところでも私は負け犬なのだな……)
ルイス王子はそう思って自嘲した。
女戦士は挑発されたと勘違いしてムッとしている。
「笑ってられるのも今のうちだ」
試合開始の合図とともに女戦士が思い切り足を蹴り上げてきた。ルイス王子は軽く避けて女の背面に移動し、腕をひねって掴み、彼女の動きを封じる。
「どちらか倒れるまで終わんねーぞ!」
野次にルールを教えられ、ルイス王子は面倒くさそうに仕方なく気を失う首のツボを刺激して女戦士を倒した。
「ふざけんなー!!」
「負けてんじゃねーよ!!」
賭けに負けた男達が憤慨していた。この女戦士が野獣の様に強いと言っても、気を失わせたままこんなところに置いて行ったら怒り狂う男どもに何をされるかわからない。
ルイス王子は女を背負うと、その場を後にしようとする。
「おい、にーちゃん、賞金!」
「この女をもらうよ。金は負けた奴らに一杯おごるなり配るなりしてくれ」
先ほどまで響いていた憤怒の声が、たちまち歓声に変わった。
ストリートファイトの元締めの男が背負われた女戦士の肩に、彼女の物であろう狼の頭がフードになった毛皮のコートをかけた。
「女が羽織るには随分と猛々しいコートだな」
人々がルイス王子を背後から見れば、まるで狼を背負っているように見えた。
ルイス王子はとりあえず女を寝かそうと、酒場の二階にある宿屋を目指す。すると酒場の手前で女戦士が目覚める。
「お前、色白でひ弱そうなのに強いんだな」
女が肩越しにルイス王子の顔を覗き込みながら言った。狼と女の顔が急に真横に現れ、ルイス王子は驚いた。
「起きたのならここで降ろす」
「折角だからこのまま酒場まで行って一杯飲もう」
「え゛?」
「いいから来いや」
女戦士はルイス王子の背からヒョイッと降りて、ルイス王子の肩に腕を回してがっちりと捕まえると、そのまま酒場までルイス王子を引きずって入って行った。
♢
「それで、お前の名前は?」
つまみに手を出しながら名前を聞いてくる女戦士に、ルイス王子は答える。
「ルーズ」
「変な名前だな」
「そういう君は?」
「アルタン」
「そっちも変わってるだろ」
ルイス王子はジョッキの酒をグイッと飲んだ。そして、ふと気が付いた。
「もしやその名前、ハイステップの人間か?」
「おお~、よくわかったね~。大草原の誇り高きハイステップの民だ」
アルタンは嬉しそうにジョッキの酒をグイッと飲んだ。
「どーりで……」
ルイス王子の発言にアルタンがムッとした顔をする。
「どーりで……の後は、野蛮とか言うつもりだっただろ?」
「いや」
「いーやっ! お前は絶対言うつもりだった!」
「ていうかさ、何で国交断絶してるハイステップの人間がここにいるわけ?」
「同じ大陸なんだから、馬を走らせてりゃ辿り着くだろ」
「そういう問題じゃないだろ……」
「商談に来てんだよ」
「交流が制限されてる国で商談って……アルタンからは違法の匂いがプンプンするな」
アルタンはルイス王子の発言にプッと吹き出し、手を左右に振る。
「いやいやいやぁ~、この国の貴族様って奴の方が腐ってるぞ~」
「は?」
「言えるのはここまでだ。ルーズ、さあ飲もう! お前が気に入った」
アルタンはルイス王子の肩をバンバン叩きながらジョッキを一気に飲み干した。
視線の先には、ベッドの上で並んで眠る王太子とシルビアの姿。二人の繋がれた手には、しっかりと紐が巻き付けられている。
ルイス王子にとって、それはまるで、お前に入る余地など無いと言われているようであった。事実、二人は婚約しており、誰も入る余地はない。
侍従のユルゲンは今は隣の執務室に待機している。
ルイス王太子はベッドに近づき、執務室の方をチラと確認した。そして、視線をベッドに戻すと、指でシルビアの唇にそっと触れる。
ふつふつと欲望が生まれ始め、葛藤が始まった。
視線をシルビアのすぐ隣に移せば、王太子の姿は眠りにおちながらも成長を始めていた。
やはりまがいものの自分とは全く違う……。
美しい金の髪は色が褪せる事など無くそのままの色味で伸び始め、喉ぼとけも出て来て、顔立ちはどんどん端正な大人の男性に変わっている。この瞳が開き動き出せば、誰もが王太子の魅力に吸い込まれるだろう。
目が覚めたらシルビアは確実に兄に恋をする。
それだけではない。おそらく今自分に言い寄ってきている令嬢達も皆兄に乗り換えるだろう。兄が子孫を残せるなら、王室としても自分はたいして必要なくなる。
このままアロイスは目覚めなければいいのに……。
このままシルビアの純潔を奪ってしまおうか……。
——ギシリ、とベッドが軋んだ。
「ルイス」
ルイス王子はシルビアの頭の横に置いた手を離し、曲げていた腰を伸ばして振り返った。
「姉上」
ルイーザ王女は眉を吊り上げてルイスを見ている。
「近づきすぎよ。離れなさい」
「すいません。二人が気になってしまって」
「まさか変な事を考えていたんじゃないわよね?」
「まさか」
ルイス王子の感情のない無機質な声に、ルイーザ王女は大きな溜息をつき、ルイス王子を抱きしめる。
「ルイス。貴方とアロイスはまったく別の人間なのだから、同じ人生にはならない。ルイスとして生きて、あなたにしか描けない人生を歩んで」
「姉上……」
ルイス王子は優しい手つきでルイーザ王女を離す。
「ありがとうございます。そんなに心配しないでください。部屋に戻りますね」
ルイーザ王女はまだ心配そうな表情をしながら手を伸ばしていたが、ルイス王子は見ないようにしてそのまま部屋を後にした。
そして、自室で庶民の服に着替えてから、夜の王都へと馬を走らせた。苛立ちか、焦りか、羞恥心か、手綱に無駄に力が入る。
駆け抜けた先の夜の王都は、オイルランプの街灯があちこちに設置されており、温かな色味で輝いていた。
目的地であるお気に入りの酒場近くで馬を繋いでいれば、人々の盛り上がる声が聞こえた。
吸い込まれるように声のする方に向かえば、ストリートファイトが開かれている。
「おらっ、イケッ!!」
「ふざけんなっ! そこだっ!!」
ドスッと鈍い音が響いた。
「なぁに、女に負けてんだよ!! 金返せ!!」
人々の熱くなった叫び声があちこちで響いていた。
ルイス王子はストリートファイトの中心で威風堂々と立つ女戦士に釘付けだった。
背が高く、筋肉質な上半身の素肌には甲冑の胸当てのみで、冬の夜にへそを出し、下半身はピチピチのタイツにスカート状の甲冑を巻いており、その容姿は気の強そうな、男勝りな顔で、シルバーの長いカールヘアである。
今彼女が倒したであろう大男が、彼女の足元で伸びていた。
「あの女が倒したのか?」
ルイス王子は声を漏らす。その声が聞こえていたようで、女はルイス王子を見て答えた。
「そうだ。お前もやるか?」
「いや、いい」
「だよな。お前みたいなひ弱そうな奴じゃ私は倒せない」
ルイス王子はただでさえ苛立っているのに、見知らぬ女にまで見下されてカチンと頭にきて、思わず前に出てしまった。
「そうこなくっちゃ」
女は嬉しそうに身体をジャンプさせてコンディションを整え始める。
観客は皆この女戦士に金を賭け始めた。
(こんなところでも私は負け犬なのだな……)
ルイス王子はそう思って自嘲した。
女戦士は挑発されたと勘違いしてムッとしている。
「笑ってられるのも今のうちだ」
試合開始の合図とともに女戦士が思い切り足を蹴り上げてきた。ルイス王子は軽く避けて女の背面に移動し、腕をひねって掴み、彼女の動きを封じる。
「どちらか倒れるまで終わんねーぞ!」
野次にルールを教えられ、ルイス王子は面倒くさそうに仕方なく気を失う首のツボを刺激して女戦士を倒した。
「ふざけんなー!!」
「負けてんじゃねーよ!!」
賭けに負けた男達が憤慨していた。この女戦士が野獣の様に強いと言っても、気を失わせたままこんなところに置いて行ったら怒り狂う男どもに何をされるかわからない。
ルイス王子は女を背負うと、その場を後にしようとする。
「おい、にーちゃん、賞金!」
「この女をもらうよ。金は負けた奴らに一杯おごるなり配るなりしてくれ」
先ほどまで響いていた憤怒の声が、たちまち歓声に変わった。
ストリートファイトの元締めの男が背負われた女戦士の肩に、彼女の物であろう狼の頭がフードになった毛皮のコートをかけた。
「女が羽織るには随分と猛々しいコートだな」
人々がルイス王子を背後から見れば、まるで狼を背負っているように見えた。
ルイス王子はとりあえず女を寝かそうと、酒場の二階にある宿屋を目指す。すると酒場の手前で女戦士が目覚める。
「お前、色白でひ弱そうなのに強いんだな」
女が肩越しにルイス王子の顔を覗き込みながら言った。狼と女の顔が急に真横に現れ、ルイス王子は驚いた。
「起きたのならここで降ろす」
「折角だからこのまま酒場まで行って一杯飲もう」
「え゛?」
「いいから来いや」
女戦士はルイス王子の背からヒョイッと降りて、ルイス王子の肩に腕を回してがっちりと捕まえると、そのまま酒場までルイス王子を引きずって入って行った。
♢
「それで、お前の名前は?」
つまみに手を出しながら名前を聞いてくる女戦士に、ルイス王子は答える。
「ルーズ」
「変な名前だな」
「そういう君は?」
「アルタン」
「そっちも変わってるだろ」
ルイス王子はジョッキの酒をグイッと飲んだ。そして、ふと気が付いた。
「もしやその名前、ハイステップの人間か?」
「おお~、よくわかったね~。大草原の誇り高きハイステップの民だ」
アルタンは嬉しそうにジョッキの酒をグイッと飲んだ。
「どーりで……」
ルイス王子の発言にアルタンがムッとした顔をする。
「どーりで……の後は、野蛮とか言うつもりだっただろ?」
「いや」
「いーやっ! お前は絶対言うつもりだった!」
「ていうかさ、何で国交断絶してるハイステップの人間がここにいるわけ?」
「同じ大陸なんだから、馬を走らせてりゃ辿り着くだろ」
「そういう問題じゃないだろ……」
「商談に来てんだよ」
「交流が制限されてる国で商談って……アルタンからは違法の匂いがプンプンするな」
アルタンはルイス王子の発言にプッと吹き出し、手を左右に振る。
「いやいやいやぁ~、この国の貴族様って奴の方が腐ってるぞ~」
「は?」
「言えるのはここまでだ。ルーズ、さあ飲もう! お前が気に入った」
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