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15. グリーンハンド
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もう日が暮れ始めたというのに、誰かが私の部屋をノックする。
「私だ。アロイスだ」
「まあ、どうぞお入りください」
私が返事をすると、ユルゲンによって部屋の扉は開かれ、アロイスとルイーザ王女、そして私よりも濃い褐色の肌でローブを纏った男が部屋に入って来た。
(あら? この人はもしかしてあの日王宮から出てきた……)
褐色の肌の男を見れば見るほど興味が湧いてくる。肌質や顔の作りなど、自分にとても近い。もしや私のご先祖様の出身国の者なのかもしれない。
ルイーザ王女が手の平を褐色の肌の男に向けて私に紹介しようとしたが、男はそれに気づかなかったのか、私の目の前までつかつかと歩いてきた。
「失礼」
そう言って男は私の手を取ると、男の大きな手が私の指先から肩に向かって這って行く。そしてその手は徐々に私の首筋から鎖骨に進んで行き、そして——……ここら辺でルイーザ王女から冷やりとした空気が流れ始め、アロイスが手を伸ばして止めようとしてきた。だが時すでに遅し。褐色の男の手は私の胸元でぴたりと止まっていた。
「バラド国王! 彼女は私の婚約者だ!」
「バラド! あなたまさかここまでエロじじいだったなんて……」
バラド国王はしらけた目で二人を見た。
「お前ら姉弟は今まで俺の何を見ていたんだ?」
今この男は国王と呼ばれていた。
バラド国王……私は資料のアウルム国にその名があったことを思い出す。
「これはっ……アウルム国バラド国王陛下。ご挨拶遅れ申し訳ございません」
私は慌ててカーテシーをする。
「突然触れてすまなかった。だが予想通り膨大なマナの持ち主だ。タラテの子孫だな」
「タラテ……ウェリントンは、私の先祖です。ご存じなのですか?」
「ああ、古い友人だ。君は容姿にタラテの面影がある」
随分昔の人間の事を古い友人という男に違和感を持ちつつ、どうしても聞きたいことがあった。
「あの、私の先祖タラテ・ウェリントンはアウルム国出身だったのでしょうか?」
「そうだ。我が国最後のグリーンハンドだった女性だ」
「グリーンハンド?」
「君は昨日、王太子に術を施したのではないか?」
「術? いえそんなことしておりません」
「いや、確かにしたはずだ。王太子のマナはグリーンハンドの影響を受けている」
「……術ではなく、ウェリントン家に伝わるおまじないはしました」
「それは?」
「相手に触れて、心の中で祈るんです」
「その祈りの言葉は?」
バラド国王はじわじわと身体を近づけてきて、食い入るように聞いてくるので、私は少しのけ反ってしまう。
「それは……ル……」
「「ルルディヤレル マナ」」
バラド国王は同時に我が家のおまじないの呪文を唱えた。マーサすら知らない、家族だけのおまじない。
「なぜご存じなのですか?」
「グリーンハンドの者だけが、その言葉の効力を出せる呪文だ」
「そうなのですか? 私はただ、おまじないとだけ教えられて育ちました。相手に触れ、心の中で唱えて願いも唱えるだけです」
「見事に王太子の僅かに開いた回路からサラサラとマナが循環している」
それからバラド国王は、王太子のマナの回路の話をしてくれた。それで、バラド国王が少しだけ開けた回路に、私が王太子のマナが心臓に負担なく巡る様にし、かつ自分のマナも送り込んだらしい。
「お役に立てたなら光栄です……」
「お役どころではない。早速だが仕事をしてもらおう」
「え?」
バラド国王は私の腕を掴むと、アロイスの前まで移動した。
「王太子よ。今からバルブを全開にする。かなり痛むが、それは一瞬の事。グリーンハンドがすぐにマナの流れを整えてくれる」
バラド国王は私の方に振り向いた。
「名前は?」
「シ……シルビア・マーレーンです」
「マーレーン?」
「はい……殿下の婚約者となるため、伯爵家の養女になりました」
「婚約の為に養女に? 何とも面倒な国だな……。まあいい、シルビア嬢、私が王太子のバルブを開けている間、君は王太子にそのおまじないをするんだ。今回は大がかりな術だから、おまじない中は絶対に王太子から手を離すなよ」
「もし……手を離したら?」
「王太子は死ぬ」
私は顔面が一瞬で蒼白し、すぐさまアロイスの手を固く握りしめた。
「いや、まだ早いんだが……まあいい。では、二人はベッドの上へ。確実に気を失うだろうから、最初から倒れていい場所でする」
それを聞いて私とアロイスは顔を合わせる。バラド国王はサラッと言ったが、それは命の危険がないだろうか? 気を失った状態で私はアロイスから手を離さずにいられるだろうか? あまりの責任重大さに腰が引けながらも、そのままベッドの上にアロイスと共に座らされてしまう。
「ルイーザ、王太子とシルビア嬢の手を離れないように布で縛ってくれ」
「ええ、わかったわ」
ルイーザ王女がどこからか布紐を見つけて持ってきて、私とアロイスの繋ぐ手を離れないように縛った。
「シルビア嬢、私が王太子の胸元に手をあてて先にマナの回路を閉めるバルブを開き始める。合図を出したらすぐに王太子に呪文を唱えろ。心の中でもいいが、言葉に出せばより強力だ」
「わ……わかりました」
「では」
バラド国王がバルブを開き始め、合図を受けて「ルルディヤレル マナ」と初めて声に出して祈りを捧げた。
その後は、気を失って覚えていない。
「私だ。アロイスだ」
「まあ、どうぞお入りください」
私が返事をすると、ユルゲンによって部屋の扉は開かれ、アロイスとルイーザ王女、そして私よりも濃い褐色の肌でローブを纏った男が部屋に入って来た。
(あら? この人はもしかしてあの日王宮から出てきた……)
褐色の肌の男を見れば見るほど興味が湧いてくる。肌質や顔の作りなど、自分にとても近い。もしや私のご先祖様の出身国の者なのかもしれない。
ルイーザ王女が手の平を褐色の肌の男に向けて私に紹介しようとしたが、男はそれに気づかなかったのか、私の目の前までつかつかと歩いてきた。
「失礼」
そう言って男は私の手を取ると、男の大きな手が私の指先から肩に向かって這って行く。そしてその手は徐々に私の首筋から鎖骨に進んで行き、そして——……ここら辺でルイーザ王女から冷やりとした空気が流れ始め、アロイスが手を伸ばして止めようとしてきた。だが時すでに遅し。褐色の男の手は私の胸元でぴたりと止まっていた。
「バラド国王! 彼女は私の婚約者だ!」
「バラド! あなたまさかここまでエロじじいだったなんて……」
バラド国王はしらけた目で二人を見た。
「お前ら姉弟は今まで俺の何を見ていたんだ?」
今この男は国王と呼ばれていた。
バラド国王……私は資料のアウルム国にその名があったことを思い出す。
「これはっ……アウルム国バラド国王陛下。ご挨拶遅れ申し訳ございません」
私は慌ててカーテシーをする。
「突然触れてすまなかった。だが予想通り膨大なマナの持ち主だ。タラテの子孫だな」
「タラテ……ウェリントンは、私の先祖です。ご存じなのですか?」
「ああ、古い友人だ。君は容姿にタラテの面影がある」
随分昔の人間の事を古い友人という男に違和感を持ちつつ、どうしても聞きたいことがあった。
「あの、私の先祖タラテ・ウェリントンはアウルム国出身だったのでしょうか?」
「そうだ。我が国最後のグリーンハンドだった女性だ」
「グリーンハンド?」
「君は昨日、王太子に術を施したのではないか?」
「術? いえそんなことしておりません」
「いや、確かにしたはずだ。王太子のマナはグリーンハンドの影響を受けている」
「……術ではなく、ウェリントン家に伝わるおまじないはしました」
「それは?」
「相手に触れて、心の中で祈るんです」
「その祈りの言葉は?」
バラド国王はじわじわと身体を近づけてきて、食い入るように聞いてくるので、私は少しのけ反ってしまう。
「それは……ル……」
「「ルルディヤレル マナ」」
バラド国王は同時に我が家のおまじないの呪文を唱えた。マーサすら知らない、家族だけのおまじない。
「なぜご存じなのですか?」
「グリーンハンドの者だけが、その言葉の効力を出せる呪文だ」
「そうなのですか? 私はただ、おまじないとだけ教えられて育ちました。相手に触れ、心の中で唱えて願いも唱えるだけです」
「見事に王太子の僅かに開いた回路からサラサラとマナが循環している」
それからバラド国王は、王太子のマナの回路の話をしてくれた。それで、バラド国王が少しだけ開けた回路に、私が王太子のマナが心臓に負担なく巡る様にし、かつ自分のマナも送り込んだらしい。
「お役に立てたなら光栄です……」
「お役どころではない。早速だが仕事をしてもらおう」
「え?」
バラド国王は私の腕を掴むと、アロイスの前まで移動した。
「王太子よ。今からバルブを全開にする。かなり痛むが、それは一瞬の事。グリーンハンドがすぐにマナの流れを整えてくれる」
バラド国王は私の方に振り向いた。
「名前は?」
「シ……シルビア・マーレーンです」
「マーレーン?」
「はい……殿下の婚約者となるため、伯爵家の養女になりました」
「婚約の為に養女に? 何とも面倒な国だな……。まあいい、シルビア嬢、私が王太子のバルブを開けている間、君は王太子にそのおまじないをするんだ。今回は大がかりな術だから、おまじない中は絶対に王太子から手を離すなよ」
「もし……手を離したら?」
「王太子は死ぬ」
私は顔面が一瞬で蒼白し、すぐさまアロイスの手を固く握りしめた。
「いや、まだ早いんだが……まあいい。では、二人はベッドの上へ。確実に気を失うだろうから、最初から倒れていい場所でする」
それを聞いて私とアロイスは顔を合わせる。バラド国王はサラッと言ったが、それは命の危険がないだろうか? 気を失った状態で私はアロイスから手を離さずにいられるだろうか? あまりの責任重大さに腰が引けながらも、そのままベッドの上にアロイスと共に座らされてしまう。
「ルイーザ、王太子とシルビア嬢の手を離れないように布で縛ってくれ」
「ええ、わかったわ」
ルイーザ王女がどこからか布紐を見つけて持ってきて、私とアロイスの繋ぐ手を離れないように縛った。
「シルビア嬢、私が王太子の胸元に手をあてて先にマナの回路を閉めるバルブを開き始める。合図を出したらすぐに王太子に呪文を唱えろ。心の中でもいいが、言葉に出せばより強力だ」
「わ……わかりました」
「では」
バラド国王がバルブを開き始め、合図を受けて「ルルディヤレル マナ」と初めて声に出して祈りを捧げた。
その後は、気を失って覚えていない。
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