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13. 高熱の王太子
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アロイスは高熱を出してここ数日寝込んでいる。そばで看病してあげたいのに、風邪がうつったらいけないと部屋に入れてくれない。
菜園では甘味の強いほうれん草が収穫出来た。初めての収穫野菜である。
王宮の厨房まで行き、料理長に掛け合ってそのほうれん草と卵でスープを作った。
料理長は、最初こそ私が厨房に入るのを嫌がったが、自分で育てたほうれん草だと伝えたら少し態度を軟化させた。料理長と一緒に料理をすれば、私が葉についていた虫を取り去り、包丁を扱えることに驚き、次第に熱心に教えてくれるようになる。
出来上がったスープは私史上最高の味であった。隠し味は料理長の秘伝のブイヨンなので、まるっきり私一人の手作りではないが……。
これは絶対にアロイスに食べさせたいと思い、今日も王太子の部屋まで行ってみる。
扉を叩くと、侍従のユルゲンが出てきた。
「最初に収穫した野菜で、風邪を引いた身体に良いスープを作ってきました」
「ありがとうございます。殿下にお渡しします」
そう言ってユルゲンはスープを乗せたトレーをつかもうとするが、私は身体を捻ってトレーを受け取らせなかった。
「いえ、私が直接」
「いや、しかしそれは……」
ユルゲンが困って部屋の中をチラッと見ると、部屋のかなり奥の方から声が聞こえた。
「ユルゲン、シルビアを通せ」
アロイスの声だった。
ユルゲンは私を部屋に通すと、部屋の外に出て待機した。
執務室を抜けて、奥にあるベッドルームに入ると、ベッドの上でアロイスが起き上がっていた。
「ユルゲンは?」
「あ、廊下に出られました」
「ちっ。だから何であいつは外で待機するんだ」
熱で顔を赤くしたアロイスは、ベッドの上でぶつくさとごちていた。
「大丈夫ですか、アロイス?」
私はベッドの横のサイドテーブルにトレーを置き、アロイスの額に手を当てた。
「こんなに熱が……」
アロイスの身体はとても熱く、弱った彼の姿に胸が締め付けられる。
「スープ……食べられますか?」
アロイスは熱でしんどいはずなのに、精一杯の笑顔を見せた。
「ああ、もちろん。シルビアの野菜を食べるのをずっと楽しみにしていたんだ」
私はその健気な笑顔に、またも胸が締め付けられる。
スープ皿を手に取り、ベッドに腰を掛けて、スープをスプーンですくってアロイスの口元まで運ぶ。
「シルビア、スープくらい自分で食べれる」
「いえ、こんな時くらい甘えてください」
「しかし……」
「いずれ夫婦になるんだから」
その言葉を聞いてアロイスははにかんだ。それから素直に口を開いてくれる。
スプーンをアロイスの口につけると、少しだけスープが口から垂れてしまった。
私は慌ててスプーンを皿の上に置いて、スープが下まで垂れる前に指でアロイスの口元を拭った。
「そんな事されたら……味がわからん」
アロイスの顔はさっきよりも更に赤くなっている。
「ああ、アロイス、大変だわ。こんなに顔が赤くなって、しかも味がわからないだなんて、すぐに横になった方が良いかもしれない」
「いや、たぶん、そういうわけでは……」
アロイスの言い分など聞かず、私はスープ皿とスプーンをトレーに戻して、アロイスをすぐに横にさせた。
「大丈夫よ、アロイス。今晩は私がつきっきりで看病します」
「いっ……いや、その方が落ち着かない」
「心配しないで。こう見えても、母や兄が風邪を引いた時は看病をしていたから、こういったことは得意なの」
「いや、別にシルビアを疑っているわけではなく……」
私は足早に部屋の外に待機していたユルゲンの元に行き、彼にお願いして、氷と氷嚢とタオルを沢山持ってきてもらった。
氷嚢に氷を少し入れてタオルで巻き、アロイスの元に戻る。
「アロイス、失礼をお許しください」
「え?」
私は布団をめくり、アロイスの裾の長い寝巻きの上半身部分にある紐を解き、胸元を開けた。
「シッ……シルビア!?」
アロイスの声は上擦っている。それもまた可愛らしい。
「熱が高い時は、脇の下を冷やすんです」
準備したタオルで包んだ氷嚢をアロイスの脇に挟み、途中で取り替えやすい様に前紐は軽く結んだだけで、その上からまた布団を掛けた。
「ああ、でも確かに少し身体が楽になるかも……」
アロイスは気持ちよさそうにしながら、次第にうつらうつらとしてくる。
アロイスは眠そうな瞳を私に向けて、わずかに手を上げて呟く。
「手を……」
私はその手を包み込むように握る。
「ウェリントン家のおまじないをしてあげます」
愛おしい気持ちでアロイスの頭を撫でて、早く治るようにと祈り、最後に彼の額にキスをする。
「おやすみなさい」
アロイスは可愛らしい子供の笑顔をふっと見せると、そのまま眠りについた。
私も不覚にも体力が尽きてそのまま一緒に寝てしまい、翌朝、何故かアロイスのベッドの中で目が覚める。
飛び起きると、アロイスの姿はどこにもない。
すると、執務室の方から気配がし、人が入ってきた。
私は彼の姿を見て、目を大きく開いて驚いた。
「アロイス……その姿……」
アロイスは私に眩しいくらいの笑顔を見せている。
「すっかり熱は下がったし、背も伸びていた」
目の前にいるアロイスは背が伸びて、顔つきも十五歳位になっていた。
まだ子供のあどけなさを残しつつ、これから羽化する青年の姿をした、大人と子供の狭間の姿である。
菜園では甘味の強いほうれん草が収穫出来た。初めての収穫野菜である。
王宮の厨房まで行き、料理長に掛け合ってそのほうれん草と卵でスープを作った。
料理長は、最初こそ私が厨房に入るのを嫌がったが、自分で育てたほうれん草だと伝えたら少し態度を軟化させた。料理長と一緒に料理をすれば、私が葉についていた虫を取り去り、包丁を扱えることに驚き、次第に熱心に教えてくれるようになる。
出来上がったスープは私史上最高の味であった。隠し味は料理長の秘伝のブイヨンなので、まるっきり私一人の手作りではないが……。
これは絶対にアロイスに食べさせたいと思い、今日も王太子の部屋まで行ってみる。
扉を叩くと、侍従のユルゲンが出てきた。
「最初に収穫した野菜で、風邪を引いた身体に良いスープを作ってきました」
「ありがとうございます。殿下にお渡しします」
そう言ってユルゲンはスープを乗せたトレーをつかもうとするが、私は身体を捻ってトレーを受け取らせなかった。
「いえ、私が直接」
「いや、しかしそれは……」
ユルゲンが困って部屋の中をチラッと見ると、部屋のかなり奥の方から声が聞こえた。
「ユルゲン、シルビアを通せ」
アロイスの声だった。
ユルゲンは私を部屋に通すと、部屋の外に出て待機した。
執務室を抜けて、奥にあるベッドルームに入ると、ベッドの上でアロイスが起き上がっていた。
「ユルゲンは?」
「あ、廊下に出られました」
「ちっ。だから何であいつは外で待機するんだ」
熱で顔を赤くしたアロイスは、ベッドの上でぶつくさとごちていた。
「大丈夫ですか、アロイス?」
私はベッドの横のサイドテーブルにトレーを置き、アロイスの額に手を当てた。
「こんなに熱が……」
アロイスの身体はとても熱く、弱った彼の姿に胸が締め付けられる。
「スープ……食べられますか?」
アロイスは熱でしんどいはずなのに、精一杯の笑顔を見せた。
「ああ、もちろん。シルビアの野菜を食べるのをずっと楽しみにしていたんだ」
私はその健気な笑顔に、またも胸が締め付けられる。
スープ皿を手に取り、ベッドに腰を掛けて、スープをスプーンですくってアロイスの口元まで運ぶ。
「シルビア、スープくらい自分で食べれる」
「いえ、こんな時くらい甘えてください」
「しかし……」
「いずれ夫婦になるんだから」
その言葉を聞いてアロイスははにかんだ。それから素直に口を開いてくれる。
スプーンをアロイスの口につけると、少しだけスープが口から垂れてしまった。
私は慌ててスプーンを皿の上に置いて、スープが下まで垂れる前に指でアロイスの口元を拭った。
「そんな事されたら……味がわからん」
アロイスの顔はさっきよりも更に赤くなっている。
「ああ、アロイス、大変だわ。こんなに顔が赤くなって、しかも味がわからないだなんて、すぐに横になった方が良いかもしれない」
「いや、たぶん、そういうわけでは……」
アロイスの言い分など聞かず、私はスープ皿とスプーンをトレーに戻して、アロイスをすぐに横にさせた。
「大丈夫よ、アロイス。今晩は私がつきっきりで看病します」
「いっ……いや、その方が落ち着かない」
「心配しないで。こう見えても、母や兄が風邪を引いた時は看病をしていたから、こういったことは得意なの」
「いや、別にシルビアを疑っているわけではなく……」
私は足早に部屋の外に待機していたユルゲンの元に行き、彼にお願いして、氷と氷嚢とタオルを沢山持ってきてもらった。
氷嚢に氷を少し入れてタオルで巻き、アロイスの元に戻る。
「アロイス、失礼をお許しください」
「え?」
私は布団をめくり、アロイスの裾の長い寝巻きの上半身部分にある紐を解き、胸元を開けた。
「シッ……シルビア!?」
アロイスの声は上擦っている。それもまた可愛らしい。
「熱が高い時は、脇の下を冷やすんです」
準備したタオルで包んだ氷嚢をアロイスの脇に挟み、途中で取り替えやすい様に前紐は軽く結んだだけで、その上からまた布団を掛けた。
「ああ、でも確かに少し身体が楽になるかも……」
アロイスは気持ちよさそうにしながら、次第にうつらうつらとしてくる。
アロイスは眠そうな瞳を私に向けて、わずかに手を上げて呟く。
「手を……」
私はその手を包み込むように握る。
「ウェリントン家のおまじないをしてあげます」
愛おしい気持ちでアロイスの頭を撫でて、早く治るようにと祈り、最後に彼の額にキスをする。
「おやすみなさい」
アロイスは可愛らしい子供の笑顔をふっと見せると、そのまま眠りについた。
私も不覚にも体力が尽きてそのまま一緒に寝てしまい、翌朝、何故かアロイスのベッドの中で目が覚める。
飛び起きると、アロイスの姿はどこにもない。
すると、執務室の方から気配がし、人が入ってきた。
私は彼の姿を見て、目を大きく開いて驚いた。
「アロイス……その姿……」
アロイスは私に眩しいくらいの笑顔を見せている。
「すっかり熱は下がったし、背も伸びていた」
目の前にいるアロイスは背が伸びて、顔つきも十五歳位になっていた。
まだ子供のあどけなさを残しつつ、これから羽化する青年の姿をした、大人と子供の狭間の姿である。
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