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9.やっぱり
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ヴィルヘルム王子は上質なベッドの上で目を覚ました。
視線の先には繊細な模様が描かれた天井と、煌びやかなシャンデリアが見える。
「殿下!? 誰か! すぐに国王陛下と王妃殿下を呼びなさい!!」
アゲハ医師の声が部屋に響き渡る。
ヴィルヘルム王子はぼんやりとしていた意識が段々としっかりしてきて、ゆっくりと上半身を起こした。
「殿下、まだご無理なさらないでください」
アゲハ医師は両手でヴィルヘルム王子の身体を支え、ベッドから降りようとした王子に、そのままベッドに留まるように促した。
部屋の扉がバンっと勢いよく開くと、足音を立ててフランソワ国王とグレース王妃、そしてバルトラ大将がヴィルヘルム王子のベッドまで駆けつけた。
「ヴィル!!」
グレース王妃は涙を流して王子を抱きしめる。ヴィルヘルム王子は近くに立つ国王を見ると、国王も瞳を潤ませてこちらを見ていた。
「お父様、お母様——」
ヴィルヘルム王子も瞳を潤ませ言葉を発すると、国王の表情が変化し始め、何やら雲行きが怪しくなってきた。
そして部屋には雷が落ちたような怒声と振動が響き渡る。
「オ゛ラァァッ!! 未成年が酒飲んで倒れてんじゃねえっっ!!」
「え゛」
ヴィルヘルム王子は生まれて初めてフランソワ国王の本気な怒りを目の当たりにする。グレース王妃も驚いて、ヴィルヘルム王子から思わず手を離して立ち上がる。
「あなた、そんな大声を出さないで」
だがフランソワ国王は頭に血が上っており、グレース王妃の声など聞こえていない。ヴィルヘルム王子が夢で何度も見たあの眼つきを国王は正に今しており、威嚇する鷹のような眼光で王子を睨みつけながら、ベッドの上の王子の胸倉を掴んだ。
(こ……これが……ガンを飛ばす)
「おい、酒以外は悪さしてねえだろうな?」
「た……煙草も少々……」
「んだとゴルアッ!!!!」
「すいませんっ!!」
グレース王妃が慌ててフランソワ国王の手をヴィルヘルム王子から離し、国王を落ち着かせる。
「心底心配だったからなのはわかるけど、ヴィルは目覚めたばかりなんだから、もっと落ち着いた声で話し掛けて」
グレース王妃はヴィルヘルム王子の方へ視線を向けると、彼をもう一度抱きしめた。
そして耳元で静かに、低く、囁く。
「……親より先に死んだらタダじゃおかねぇぞ……」
ドスの効いた声というものを体験したヴィルヘルム王子は、震えながらも確信した。
この二人は紛れもなく大和と紫の転生者で、絶対に前世の記憶がある。
「もう二度と未成年の内は酒も煙草もしませんっ!!」
グレース王妃はにっこり笑ってヴィルヘルム王子の頭を撫でた。
「あの……お父様、お母様……」
「なあに、ヴィル?」
グレース王妃の声は、いつもの王妃の声色に戻っていた。
「大和と紫の記憶はありますか?」
ヴィルヘルム王子の質問に、フランソワ国王とグレース王妃は目を見開いて固まった。
そして、フランソワ国王はバルトラ大将とアゲハ医師を部屋から出し、いつもの穏やかな表情に戻して、ヴィルヘルム王子の頭を撫でて頷いた。
「ああ、あるよ。なぜヴィルが私達の前世の名前を知っているんだ?」
ヴィルヘルム王子は魂が抜けていた時の話を全て話した。もちろん、煙草を吸い始めた時からみていた夢や、自分のメンターだった大和の母の話もだ。その話を聞いて、フランソワ国王が喉元を熱くしたのは言うまでもない。
「それでお父様、私を肉体に戻すために、婚約者のスカーレット嬢と、親友のフローレス子爵子息が大変なことになってしまって……どうか、お力添えいただけませんか?」
「もちろんだ、ヴィル。リスクを顧みずに助けてくれた二人。絶対に助けなくてはいけない」
♢
フォンテーヌ寄宿学校に、王家の馬車が到着する。降りてきたのはバルトラ大将と、地毛である紫色の髪をサラサラと靡かせたヴィルヘルム王子だ。
元気な姿で戻ってきたヴィルヘルム王子に、フォンテーヌの生徒達からは次々と歓声が上がっていた。だが、ヴィルヘルム王子の表情は固く、険しい。
二人は真っ直ぐに校長室に向かい、そこでヴィルヘルム王子はスカーレットとベンジーの状況を聞いた。
「彼らは今は自領のカントリーハウスにいます。謹慎を破って脱走し、そのまま自宅に帰りました。今後、二人には相応しい処罰を与えます」
校長室には校長と寮長、そしてヴィルヘルム王子とバルトラ大将がいる。
正義はこちらだと言わんばかりの表情で話す校長に、ヴィルヘルム王子は冷たく返した。
「そもそも何故一方的に彼らを謹慎させたのですか? 報告してきた生徒達がスカーレット嬢への嫉妬で徒党を組んで仕組んでいたかもしれないですよね?」
「そ……それは……」
「もし、スカーレット嬢とフローレス子爵子息が潔白だった場合、校長先生には辞任をしていただきましょうか」
「そんなっ、何を言い出すのですか、王子!!」
「これは私ではなく、国王陛下からのお言葉です」
真っ青な顔をしてたじろぐ校長に、控えていたバルトラ大将が国王からの書状を渡した。
「ではチャンスを与えましょう。スカーレット嬢とフローレス子爵子息の事を言いつけた者達の名前を全員教えてください」
「もちろん、すぐにリストをお渡しします」
すぐに校長は生徒の名前を書き出し、それをヴィルヘルム王子に渡した。
「私が二人の潔白を証明します。それで、二人の処罰は全て取り消してくださいね。そうしたら、こちらも校長先生と寮長への処罰も取り消しましょう」
「承知いたしました……」
ヴィルヘルム王子はバルトラ大将を従えて部屋を出て行った。
夜、いつものあの場所で、人気者たちのパーティーが開かれている。
ヴィルヘルム王子はその部屋に入ると、王子に群がる生徒達にも構わず、まずは蓄音機の元までまっすぐ進み、音を消した。突然音楽が消されて部屋の中はざわつき、皆一斉に動きを止めて蓄音機のそばに立つヴィルヘルム王子に注目した。
「ヴィリーどうしたの?」
誰かがそう声を掛ける。
ヴィルヘルム王子は無表情でポケットからリストを取り出し、ゆっくりと、胸に響く低い声で、書かれた名前を淡々と読み上げ始めた。
「ドリエラ、マール、ウィルミナ、ジュディス、ローアンヌ……」
呼ばれた女子生徒達は、そのメンバー構成に心当たりが大いにあり、名前が一人読み上げられる毎に顔色を悪くしていった。もちろん、これから名前を読み上げられる者もだ。
読み終わったヴィルヘルム王子は、皆に見せるように腕を高く上げ、手に持っていた紙をくしゃりと握りつぶした。その手の動きだけでも、皆には十分過ぎるほど怒りが伝わった。
「まず、皆に誤解があったようなので、この場ではっきりと伝えておこう。私はスカーレット・アエスタースを愛し、心から大切に思っている。私自ら十四歳の時に婚約をしたいと父に申し出た相手だ。それ程までに深く彼女を想っている。王家の妃の座を望む者がいるなら即刻諦めろ。席はすでに埋まっている。そして、スカーレットを攻撃しようとする者がいるなら、それは私に攻撃をしていると見做し、王家に楯突いたとして相応の対処をさせて貰う」
それを聞いて数名の女子生徒はその場で失神した。
「では、それを踏まえて、今名前をあげた者達に聞く。何か私に言う事は?」
ヴィルヘルム王子は凍りつくほど鋭い視線を、名前をあげた生徒達に向けた。
その部屋に居た生徒達は、無関係の者も含めて全員がヴィルヘルム王子の放つただならぬ圧に恐怖を感じて震えている。
「わっ……私はやめるように言いました!!」
一人の女子生徒がヴィルヘルム王子の前に飛び出し、他のメンバーを売った。
「はあ? 何言ってるのよ! あんたが一番話を盛って校長に告げ口してたでしょ?」
「脅されたんですっ!!」
「ちょっと何裏切ってんの? 最低!」
呼ばれた生徒達は小突き合い、仲間割れを始め、ヴィルヘルム王子はその様子をしばらく黙って冷ややかに見ていた。
「なあ……そろそろ話していいか?」
唸るような低い声でヴィルヘルム王子が言葉を出すと、その場はシーンッと静まり返る。
「チャンスをやる。今、名を上げた生徒達は全員校長の元へ行き、スカーレットとベンジャミンの潔白を示せ。二人が見事処罰を受けずに学校に戻れたら、私も今回だけは水に流そう。だが、少しでもあの二人の名誉を損なう状態であれば、国王陛下の名の元、私はお前たちを……」
ヴィルヘルム王子の次の言葉を待ち、部屋は気味が悪いほどの静寂に包まれた。
名を呼ばれた生徒は勿論、呼ばれていない生徒達も皆、ゴクリと固唾を飲む。
王子は冷酷な笑みを浮かべて口を開く……。
「……社交界から永久追放してやる」
「「「「「いやあああああああああ」」」」」
令息よりも令嬢の方が社交界で華やかに生きる事に固執している。
それを奪われるのは、すなわち死の宣告と同じようなもの。
名を呼ばれた者達は、今は夜だというのに全員駆け出し、酒の匂いをさせた状態で部屋を出て職員宿舎の校長の部屋まで全速力で走って行った。
数日後、処罰を受ける対象者が代わり、潔白が証明されたスカーレットとベンジャミンが寄宿学校へと戻ってきた。廊下でスカーレットとすれ違う生徒達が、今だかつてない程の満面の笑みで「スカーレット様、ご機嫌よう」と言って丁寧にカーテシーをしてくる。その様子を隣で見ていたベンジーは、学校のヒエラルキーの変化をすぐに感じ取っていた。
「ヴィリーはみんなに何を言ったんだろうな」
男子寮と女子寮の分岐点で、ヴィルヘルム王子が二人を待っていた。
「ヴィリー!!」
最初に声をあげてヴィルヘルム王子へ駆け寄ったのは親友のベンジー。二人は肩を叩きながら抱き合った。
そして、お互いを労い、ヴィルヘルム王子がベンジーに心から礼を伝え終えると、そんな二人の様子を見守っていたスカーレットの方へと視線を移し、愛おしそうに見つめながら彼女のもとへと近づいて行く。
スカーレットはその熱い視線が恥ずかしくて、まともに彼の顔が見れない。
ヴィルヘルム王子はスカーレットの前まで来ると、彼女をきつく抱きしめた。
「ありがとう……」
スカーレットはヴィルヘルム王子の腕の中で、嬉しそうに微笑んでいた。
——三人の寄宿学校生活はもう残り僅か。あと約半年で卒業する。
ヴィルヘルム王子はスカーレットを誘い、あの地下室へと向かう。
地下室のパーティーからは酒と煙草と摩訶不思議なルールが無くなった。
部屋に入れば蓄音機からは音楽が流れ、ラフな格好をした生徒達がはしゃいでいる。
社交界にはない先進的なダンスを踊ったり、流行りの歌を大合唱していたり、くだらない事に大笑いして、皆青春を謳歌していた。
「私に内緒でこんな楽し気なところに行かれていたんですね」
「あー……うん、まあ、そうかな」
ヴィルヘルム王子は、スカーレットにはここが以前はもっともっとハメを外した場所であった事は内緒にしている。
「もう卒業の年なのか……」
「本当ですね」
ヴィルヘルム王子は気を揉んだ様子でスカーレットに聞いてみた。
「……最後の舞踏会は、もちろん一緒に行ってくれるよな?」
スカーレットはびっくりしてヴィルヘルム王子を見る。
「婚約者ですよ? 当たり前じゃないですか」
以前までのスカーレットだったら、きっと返事に迷ったはず。
魂が抜けるなんて二度とごめんだが、あの経験は確実にスカーレットとの関係を改善した。
「ああ……よかった」
ヴィルヘルム王子は、スカーレットの変化が嬉しくて、心からそう呟く。
ベンジーがグラスを二つ持って、音楽にノリノリに乗りながら、ヴィルヘルム王子の元にやって来た。
「おい、ヴィリー、お前飲むものなくてどうすんだよ?」
ベンジーは片方のグラスをヴィルヘルム王子に差し出す。
「お、気が利くじゃん。ほら、スカーレット」
ヴィルヘルム王子は受け取ったグラスを、当然のようにスカーレットに渡した。
「あ!」
ベンジーは手を出してスカーレットを止めようとしたが、時すでに遅し、スカーレットはグラスに口をつけて飲んでしまった。
「ひくっ」
スカーレットは突然出たしゃっくりに驚き、片手で口元を押さえる。
「ひくっ」
そしてスカーレットの顔が赤くなり始め、目元もとろんとし始めた。
ヴィルヘルム王子は、疑うように目を細めてベンジーを睨む。
「おい……てめえ……」
スカーレットが初めて味わうその味に興味津々となり、もう一度試そうとグラスを口元へ運ぼうとする。
慌ててヴィルヘルム王子はスカーレットからグラスを奪い取るように取り上げ、残っていた飲み物を一気に飲み干してベンジーを睨んだ。
「酒じゃねえかバカヤロー!!!」
「はははははははは」
良くも悪くも、ベンジーには変化はまったくなかった。彼はいつまでたってもヴィルヘルム王子の親友であり、悪友であり、一生の友であった。
視線の先には繊細な模様が描かれた天井と、煌びやかなシャンデリアが見える。
「殿下!? 誰か! すぐに国王陛下と王妃殿下を呼びなさい!!」
アゲハ医師の声が部屋に響き渡る。
ヴィルヘルム王子はぼんやりとしていた意識が段々としっかりしてきて、ゆっくりと上半身を起こした。
「殿下、まだご無理なさらないでください」
アゲハ医師は両手でヴィルヘルム王子の身体を支え、ベッドから降りようとした王子に、そのままベッドに留まるように促した。
部屋の扉がバンっと勢いよく開くと、足音を立ててフランソワ国王とグレース王妃、そしてバルトラ大将がヴィルヘルム王子のベッドまで駆けつけた。
「ヴィル!!」
グレース王妃は涙を流して王子を抱きしめる。ヴィルヘルム王子は近くに立つ国王を見ると、国王も瞳を潤ませてこちらを見ていた。
「お父様、お母様——」
ヴィルヘルム王子も瞳を潤ませ言葉を発すると、国王の表情が変化し始め、何やら雲行きが怪しくなってきた。
そして部屋には雷が落ちたような怒声と振動が響き渡る。
「オ゛ラァァッ!! 未成年が酒飲んで倒れてんじゃねえっっ!!」
「え゛」
ヴィルヘルム王子は生まれて初めてフランソワ国王の本気な怒りを目の当たりにする。グレース王妃も驚いて、ヴィルヘルム王子から思わず手を離して立ち上がる。
「あなた、そんな大声を出さないで」
だがフランソワ国王は頭に血が上っており、グレース王妃の声など聞こえていない。ヴィルヘルム王子が夢で何度も見たあの眼つきを国王は正に今しており、威嚇する鷹のような眼光で王子を睨みつけながら、ベッドの上の王子の胸倉を掴んだ。
(こ……これが……ガンを飛ばす)
「おい、酒以外は悪さしてねえだろうな?」
「た……煙草も少々……」
「んだとゴルアッ!!!!」
「すいませんっ!!」
グレース王妃が慌ててフランソワ国王の手をヴィルヘルム王子から離し、国王を落ち着かせる。
「心底心配だったからなのはわかるけど、ヴィルは目覚めたばかりなんだから、もっと落ち着いた声で話し掛けて」
グレース王妃はヴィルヘルム王子の方へ視線を向けると、彼をもう一度抱きしめた。
そして耳元で静かに、低く、囁く。
「……親より先に死んだらタダじゃおかねぇぞ……」
ドスの効いた声というものを体験したヴィルヘルム王子は、震えながらも確信した。
この二人は紛れもなく大和と紫の転生者で、絶対に前世の記憶がある。
「もう二度と未成年の内は酒も煙草もしませんっ!!」
グレース王妃はにっこり笑ってヴィルヘルム王子の頭を撫でた。
「あの……お父様、お母様……」
「なあに、ヴィル?」
グレース王妃の声は、いつもの王妃の声色に戻っていた。
「大和と紫の記憶はありますか?」
ヴィルヘルム王子の質問に、フランソワ国王とグレース王妃は目を見開いて固まった。
そして、フランソワ国王はバルトラ大将とアゲハ医師を部屋から出し、いつもの穏やかな表情に戻して、ヴィルヘルム王子の頭を撫でて頷いた。
「ああ、あるよ。なぜヴィルが私達の前世の名前を知っているんだ?」
ヴィルヘルム王子は魂が抜けていた時の話を全て話した。もちろん、煙草を吸い始めた時からみていた夢や、自分のメンターだった大和の母の話もだ。その話を聞いて、フランソワ国王が喉元を熱くしたのは言うまでもない。
「それでお父様、私を肉体に戻すために、婚約者のスカーレット嬢と、親友のフローレス子爵子息が大変なことになってしまって……どうか、お力添えいただけませんか?」
「もちろんだ、ヴィル。リスクを顧みずに助けてくれた二人。絶対に助けなくてはいけない」
♢
フォンテーヌ寄宿学校に、王家の馬車が到着する。降りてきたのはバルトラ大将と、地毛である紫色の髪をサラサラと靡かせたヴィルヘルム王子だ。
元気な姿で戻ってきたヴィルヘルム王子に、フォンテーヌの生徒達からは次々と歓声が上がっていた。だが、ヴィルヘルム王子の表情は固く、険しい。
二人は真っ直ぐに校長室に向かい、そこでヴィルヘルム王子はスカーレットとベンジーの状況を聞いた。
「彼らは今は自領のカントリーハウスにいます。謹慎を破って脱走し、そのまま自宅に帰りました。今後、二人には相応しい処罰を与えます」
校長室には校長と寮長、そしてヴィルヘルム王子とバルトラ大将がいる。
正義はこちらだと言わんばかりの表情で話す校長に、ヴィルヘルム王子は冷たく返した。
「そもそも何故一方的に彼らを謹慎させたのですか? 報告してきた生徒達がスカーレット嬢への嫉妬で徒党を組んで仕組んでいたかもしれないですよね?」
「そ……それは……」
「もし、スカーレット嬢とフローレス子爵子息が潔白だった場合、校長先生には辞任をしていただきましょうか」
「そんなっ、何を言い出すのですか、王子!!」
「これは私ではなく、国王陛下からのお言葉です」
真っ青な顔をしてたじろぐ校長に、控えていたバルトラ大将が国王からの書状を渡した。
「ではチャンスを与えましょう。スカーレット嬢とフローレス子爵子息の事を言いつけた者達の名前を全員教えてください」
「もちろん、すぐにリストをお渡しします」
すぐに校長は生徒の名前を書き出し、それをヴィルヘルム王子に渡した。
「私が二人の潔白を証明します。それで、二人の処罰は全て取り消してくださいね。そうしたら、こちらも校長先生と寮長への処罰も取り消しましょう」
「承知いたしました……」
ヴィルヘルム王子はバルトラ大将を従えて部屋を出て行った。
夜、いつものあの場所で、人気者たちのパーティーが開かれている。
ヴィルヘルム王子はその部屋に入ると、王子に群がる生徒達にも構わず、まずは蓄音機の元までまっすぐ進み、音を消した。突然音楽が消されて部屋の中はざわつき、皆一斉に動きを止めて蓄音機のそばに立つヴィルヘルム王子に注目した。
「ヴィリーどうしたの?」
誰かがそう声を掛ける。
ヴィルヘルム王子は無表情でポケットからリストを取り出し、ゆっくりと、胸に響く低い声で、書かれた名前を淡々と読み上げ始めた。
「ドリエラ、マール、ウィルミナ、ジュディス、ローアンヌ……」
呼ばれた女子生徒達は、そのメンバー構成に心当たりが大いにあり、名前が一人読み上げられる毎に顔色を悪くしていった。もちろん、これから名前を読み上げられる者もだ。
読み終わったヴィルヘルム王子は、皆に見せるように腕を高く上げ、手に持っていた紙をくしゃりと握りつぶした。その手の動きだけでも、皆には十分過ぎるほど怒りが伝わった。
「まず、皆に誤解があったようなので、この場ではっきりと伝えておこう。私はスカーレット・アエスタースを愛し、心から大切に思っている。私自ら十四歳の時に婚約をしたいと父に申し出た相手だ。それ程までに深く彼女を想っている。王家の妃の座を望む者がいるなら即刻諦めろ。席はすでに埋まっている。そして、スカーレットを攻撃しようとする者がいるなら、それは私に攻撃をしていると見做し、王家に楯突いたとして相応の対処をさせて貰う」
それを聞いて数名の女子生徒はその場で失神した。
「では、それを踏まえて、今名前をあげた者達に聞く。何か私に言う事は?」
ヴィルヘルム王子は凍りつくほど鋭い視線を、名前をあげた生徒達に向けた。
その部屋に居た生徒達は、無関係の者も含めて全員がヴィルヘルム王子の放つただならぬ圧に恐怖を感じて震えている。
「わっ……私はやめるように言いました!!」
一人の女子生徒がヴィルヘルム王子の前に飛び出し、他のメンバーを売った。
「はあ? 何言ってるのよ! あんたが一番話を盛って校長に告げ口してたでしょ?」
「脅されたんですっ!!」
「ちょっと何裏切ってんの? 最低!」
呼ばれた生徒達は小突き合い、仲間割れを始め、ヴィルヘルム王子はその様子をしばらく黙って冷ややかに見ていた。
「なあ……そろそろ話していいか?」
唸るような低い声でヴィルヘルム王子が言葉を出すと、その場はシーンッと静まり返る。
「チャンスをやる。今、名を上げた生徒達は全員校長の元へ行き、スカーレットとベンジャミンの潔白を示せ。二人が見事処罰を受けずに学校に戻れたら、私も今回だけは水に流そう。だが、少しでもあの二人の名誉を損なう状態であれば、国王陛下の名の元、私はお前たちを……」
ヴィルヘルム王子の次の言葉を待ち、部屋は気味が悪いほどの静寂に包まれた。
名を呼ばれた生徒は勿論、呼ばれていない生徒達も皆、ゴクリと固唾を飲む。
王子は冷酷な笑みを浮かべて口を開く……。
「……社交界から永久追放してやる」
「「「「「いやあああああああああ」」」」」
令息よりも令嬢の方が社交界で華やかに生きる事に固執している。
それを奪われるのは、すなわち死の宣告と同じようなもの。
名を呼ばれた者達は、今は夜だというのに全員駆け出し、酒の匂いをさせた状態で部屋を出て職員宿舎の校長の部屋まで全速力で走って行った。
数日後、処罰を受ける対象者が代わり、潔白が証明されたスカーレットとベンジャミンが寄宿学校へと戻ってきた。廊下でスカーレットとすれ違う生徒達が、今だかつてない程の満面の笑みで「スカーレット様、ご機嫌よう」と言って丁寧にカーテシーをしてくる。その様子を隣で見ていたベンジーは、学校のヒエラルキーの変化をすぐに感じ取っていた。
「ヴィリーはみんなに何を言ったんだろうな」
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「ヴィリー!!」
最初に声をあげてヴィルヘルム王子へ駆け寄ったのは親友のベンジー。二人は肩を叩きながら抱き合った。
そして、お互いを労い、ヴィルヘルム王子がベンジーに心から礼を伝え終えると、そんな二人の様子を見守っていたスカーレットの方へと視線を移し、愛おしそうに見つめながら彼女のもとへと近づいて行く。
スカーレットはその熱い視線が恥ずかしくて、まともに彼の顔が見れない。
ヴィルヘルム王子はスカーレットの前まで来ると、彼女をきつく抱きしめた。
「ありがとう……」
スカーレットはヴィルヘルム王子の腕の中で、嬉しそうに微笑んでいた。
——三人の寄宿学校生活はもう残り僅か。あと約半年で卒業する。
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「あー……うん、まあ、そうかな」
ヴィルヘルム王子は、スカーレットにはここが以前はもっともっとハメを外した場所であった事は内緒にしている。
「もう卒業の年なのか……」
「本当ですね」
ヴィルヘルム王子は気を揉んだ様子でスカーレットに聞いてみた。
「……最後の舞踏会は、もちろん一緒に行ってくれるよな?」
スカーレットはびっくりしてヴィルヘルム王子を見る。
「婚約者ですよ? 当たり前じゃないですか」
以前までのスカーレットだったら、きっと返事に迷ったはず。
魂が抜けるなんて二度とごめんだが、あの経験は確実にスカーレットとの関係を改善した。
「ああ……よかった」
ヴィルヘルム王子は、スカーレットの変化が嬉しくて、心からそう呟く。
ベンジーがグラスを二つ持って、音楽にノリノリに乗りながら、ヴィルヘルム王子の元にやって来た。
「おい、ヴィリー、お前飲むものなくてどうすんだよ?」
ベンジーは片方のグラスをヴィルヘルム王子に差し出す。
「お、気が利くじゃん。ほら、スカーレット」
ヴィルヘルム王子は受け取ったグラスを、当然のようにスカーレットに渡した。
「あ!」
ベンジーは手を出してスカーレットを止めようとしたが、時すでに遅し、スカーレットはグラスに口をつけて飲んでしまった。
「ひくっ」
スカーレットは突然出たしゃっくりに驚き、片手で口元を押さえる。
「ひくっ」
そしてスカーレットの顔が赤くなり始め、目元もとろんとし始めた。
ヴィルヘルム王子は、疑うように目を細めてベンジーを睨む。
「おい……てめえ……」
スカーレットが初めて味わうその味に興味津々となり、もう一度試そうとグラスを口元へ運ぼうとする。
慌ててヴィルヘルム王子はスカーレットからグラスを奪い取るように取り上げ、残っていた飲み物を一気に飲み干してベンジーを睨んだ。
「酒じゃねえかバカヤロー!!!」
「はははははははは」
良くも悪くも、ベンジーには変化はまったくなかった。彼はいつまでたってもヴィルヘルム王子の親友であり、悪友であり、一生の友であった。
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好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
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