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最終話

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 退勤して会社を出れば、街はイルミネーションによってシャンパンゴールドの色に輝いている。
 今日は瑞貴と一緒に過ごそうと約束したクリスマスだけど、瑞貴はアメリカでの現地交渉が予想通り難航していて、帰国が出来なかった。その代わり、今夜はとっておきのビデオ通話をすると言ってくれてたが、やはり今日は自分には少し特別で、瑞貴に一緒に過ごして欲しかった……。

「そうだ。ビデオ通話! 早く帰らないと」

 物思いに耽ってイルミネーションを眺めている場合ではなかった。
 約束の時間は18:30。まだ余裕がある。急いで駅に向かい、目的の電車に飛び乗った。
 電車は発車し、しばらく走れば、浦安市に近づくにつれて窓の外にはあの夢の国が見えてくる。
 夢の国の駅に着けば、クリスマスの今日は一段と多くのカップルが夢の国へと下車して行った。
 初々しい高校生や大学生のカップルもいれば、熟年の夫婦もいたり、会社帰りなのかスーツ姿のカップルもいる。彼らは皆、温かなイルミネーションのいろと空気に混ざり合っていた。

 電車のドアが閉まり、夢の国の駅を通り過ぎていく。
 私があの国へ行ったのは、まだ人生で一度だけ。まだトドだった瑞貴が連れて行ってくれた。
 凄く楽しくて、瑞貴が優しくて、今思い出しても胸が熱くなる。

「また行きたいなぁ……」

 そんな事を考えていれば、自宅最寄り駅に着いた。
 時計を見れば、ビデオ通話の時間まで十分時間があったので、駅直結の商業施設でミニボトルのシャンパンと、一切れサイズのクリスマスケーキを買って家に帰った。
 
 家に着くと、すぐに化粧を直した。少しでも綺麗に映りたいからだ。
 それからパソコンを立ち上げ、カメラの角度を調整し、ベストポジションが決まると、瑞貴から通話が掛かって来るのをジッと待つ。

 瑞貴から着信し、通話を開始した。
 
 『綾ちゃん、メリークリスマス』

 クリスマスマジックか、画面に映る瑞貴はいつも以上にカッコよく見える。

「メリークリスマス、瑞貴。なんか今日はいつもと違う?」
『ああ、わかっちゃった? 特別な日だから、少し、髪をセットしてる』
「あはは、実は私もお化粧を直しました」
『綾ちゃんはどんな時でも綺麗だよ』

 瑞貴の優しい声と眼差しにときめいている。画面越しだけど、こんなクリスマスでも、十分幸せかもしれない。
 そんな幸せの時間を邪魔するかのように、ピンポーンと、玄関チャイムが鳴る。
 
「ごめん、宅急便かも? あ、わかった。瑞貴がプレゼントとか花束を時間指定で送って来たとか?」
『わかってもそういうの言っちゃだめだよ。折角のサプライズなんだから』

 画面越しに瑞貴が苦笑いしているのを、ニヤニヤと横目で見ながら一度席を立ち、ハンコを持って玄関に向かう。

 そういえばオートロックの方は解錠しなかったけど、他の部屋に先に行ったあとに来たのかな?

 そう考えながら玄関扉を開ければ、目の前には真っ赤なポインセチアが一際目を惹く、大ぶりのブーケを持った瑞貴が立っていた。

「綾ちゃん、ただいま」
「うそ……何で……そういうサプライズ?」
「そう。そういうサプライズ」

 そう言って瑞貴は優しくにっこり微笑んだ。

「さ、綾ちゃん、出掛けるよ。支度して!」
「え?」
 
 瑞貴は持っていたブーケを玄関に置くと、私をくるりと回し、背中を押して出掛ける支度をするように急かす。あまりに急かすので着替えはせずにカバンだけ持ってくると、瑞貴は私の手を握り家を出て駐車場に向かって車に乗り込んだ。

「いつ帰って来たの?」
「今日だよ。綾ちゃんを驚かせたくて内緒にしてたんだ」

 こんなサプライズなら、全然嬉しい。

「今からどこ行くの?」
「あそこだよ?」

 瑞貴の指差す方向は、さっき通り過ぎた夢の国である。
 私は嬉しすぎて頬が緩んでしまう。今日、瑞貴と再びあの国に行けるだなんて、期待していなかったおかげで歓喜の胸騒ぎが尋常ではない。

「私のみっきーはどこまで良い男なの!?」

 赤信号で停車しているタイミングで、思わず瑞貴の頬を両手で押さえてぶちゅっとキスをした。

「綾ちゃん、危ないから。それにキスが雑っ!」
「ごめんごめん」

 車は夢の国の駐車場に着き、エントランスで瑞貴がスマホの画面を見せて、無事に入国をする。
 クリスマスイベント真っ只中の園内には、様々なクリスマス限定の飾りがされていて、どれも可愛らしく煌びやかだが、その中でも巨大なクリスマスツリーが目の前に現れると、私のテンションはどこまでも上がって行った。

「もうっ! 幸せすぎるっ!! ね? 最初はどこに行くの!?」

 興奮状態の私を、瑞貴は穏やかな笑みを浮かべて、嬉しそうに見つめている。
 これじゃどちらが年上かわからない。
 
「最初はね、もう決めてるんだ。こっち」

 この国は瑞貴にとっては庭みたいなものである。入国二回目のド素人の私は、瑞貴について行く気満々である。

 ウキウキで瑞貴と手を繋いで進む方向は、イルミネーション輝く賑やかなエリアから、段々とひと気も明かりも少ない木々の多い場所に入って行った。滝でもあるのか、水の落ちる音が聴こえてくる。

 沢山見所のある園内で、瑞貴が私を連れて来た薄暗い場所は、井戸しかなかった。プリンセスやこびと達の石像は、下アングルからライトアップされており、井戸の中からは歌声が反響しながら聴こえてくる……。
 ロマンチックとホラーが絶妙にブレンドしたエリアに感じた。

「えっと……ここは?」
「願いの井戸って言うんだよ。この井戸にお金を投げ入れて願い事をすると叶うんだよ」
 
 そう言われ、私は井戸の中を覗きこんでみた。中から聴こえる歌声は、しっかりと耳を澄ませて聴けば、とても綺麗な歌声だった。井戸の底にはびっしりと小銭が投げ込まれており、沢山の人達の願いがここに集まっている。
 賑やかで絢爛けんらんたる園内の中で、ここは星空と緑の木々、水の音と澄んだ歌声だけがある。
 
 こういう場所も、恋人と過ごすには、穏やかで良いかもしれない……。

「ここの井戸、本当に叶うんだよ。綾ちゃんも願ってみる?」
「うん、そうね」

 私は奮発して五百円玉を財布から出した。その様子を見ていた瑞貴は目を見開いて固まっていた。

「五百円?」
「そうよ。とっておきの願うから」

 瑞貴の表情を見て、そこまで引かなくても……と思いつつも、私は五百円玉を井戸に落とし、力いっぱい両手を握りしめて願った。

「瑞貴の願いが叶いますように」

 ゆっくりと目を開ければ、瑞貴の頬には涙の筋が出来ていた。

「え……どうしたの? 私の願い……そんなに感動した?」 

 瑞貴は手で涙を拭い、恥ずかしそうにしている。
 
「ここね、母が亡くなる少し前に、初めて家族三人で訪れたんだ」
「え……」
「見どころなんて他にも沢山あるのに、母は最期にここに来たがったんだ。父もその時ばかりは仕事を調整してくれて。それで、母が、とっても大切な願い事をするからって言って、ハンカチに大切そうに包んでいた、綺麗に磨かれた五百円玉を取り出して、この井戸に投げ入れたんだよ」

 瑞貴が私を見つめる視線がこそばゆい。そんな大切な思い出と私の行動を重ねるなんて、とても恐れ多い。

「母が口にした願いは……私の代わりに、瑞貴の幸せを見届けてください」

 瑞貴は急に私の前で膝まづいた。
 とても真剣な眼差しと緊張した面持ちで私を真っ直ぐに見つめている。

 瑞貴はポケットから小さな小箱を取り出す。

 ……まさか……。

「藤木綾子さん、僕と結婚してください」

 開いた小箱には、ダイヤモンドの指輪が輝いていた。

「え……」

 もちろんイエスなのに、あまりの驚きと、涙を堪えるのに必死で、言葉が出てこない。

「僕の願いは、綾ちゃんと人生を歩み、歳をとっても、こうして仲良くここに一緒に来ること。こんなに誰かと人生を歩みたいと思ったのは生まれて初めてだよ。綾ちゃん、いえ、綾子さん、一生大切にします。だから僕と——」

 私は瑞貴が言い終わる前に言葉を被せてしまった。

「瑞貴、違うの……イエスなの……うぐっ……悩んだり困ってるわけじゃなくて……うっ、嬉しすぎて言葉が出ないの……ほら、声を出したら……こんな風に……うう……涙で……化粧がぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ!?」

 もうどうにでもなれとばかりに、涙で顔をぐしゃぐしゃにした。
 そんな私を瑞貴は周りに見られないようにするためか、思い切り胸で抱きしめてくれた。

「ほら、この井戸は願いが叶うでしょ? 母の願いも叶ったし、綾ちゃんの願いなんて一瞬で叶った」
「うう……瑞貴のあほぉぉ……でも好き」
「好きなの?」
「……大好き」

 瑞貴は少しだけ腕の力を緩めて、私の顔を覗き込むと、片手で私の顎を掴んで上げた。
 
「僕は、愛してるよ」

 瑞貴がキスをしたタイミングで、夜空に花火が打ちあがる。
 うっすらと目を開ければ、冬の夜空に輝く大輪の花。そして、それらを背景にして、こちらを見つめる背の高い男性。

 この人と出会えて、この場所にこれて、私は本当に幸せだ。

「母の命日には、母の願いを叶えるために、自分の姿を見せに毎年一人でここに来てたんだ。今年は綾ちゃんと偶然会ったから命日には来なかったけど」
「……あの日は、そんな大切な日だったの? そんな……私、邪魔してごめんなさい……」
「違うよ、綾ちゃん、あの日綾ちゃんと会えたから、やっと母の願いを叶えてあげられたんだ。今、僕の幸せな姿を井戸が見届けてくれてるよ。僕を幸せにしてくれて、母の願いを叶えてくれて、本当にありがとう、綾ちゃん」

 泣きじゃくる私に、瑞貴はもう一度優しくキスをしてきた。

「三十歳のお誕生日おめでとう、綾ちゃん」
「……知ってたのね」
「当たり前でしょ」

 こうして、人生最高で最愛のパートナーと共に、私の三十路が始まった。




END

※最後までお読みいただきありがとうございました。
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