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同棲しよう

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 瑞貴の言葉に怖気おぞけ立ち、慌ててカバンからスマホを取り出し、アプリを確認する。

「と……特に、それらしいものは見当たらないかな。でも怖いから、瑞貴も見てくれる?」

 瑞貴にスマホを渡して見てもらったが、やはり怪しいものは見つからなかった。

「ごめん、無駄に不安を煽ったね……」
「ううん、心配してくれただけだし。今日も瑞貴がいてくれて本当に助かったし」

 ひとまずホッとして、スマホをカバンにしまった。
 
「ねえ、綾ちゃん……もう恋人同士だし、一時的なルームシェアじゃなくて、アパート解約して僕の家で同棲しない?」

 瑞貴の提案に、一気に胸が高鳴った。さっきまでの不安が吹き飛ぶくらいの威力だ。
 
「いいの?」
「僕は嬉しいし、その方が安心かな」
「うん!!」

 ルームシェアではなく同棲になる。
 別に、一緒に暮らすことに変わりはないが、響きが違うと重みも違う。
 アパートも解約して、瑞貴の家に住民票を異動すると思うと、なんだか二人の距離がぐっと縮むようで、嬉しくて仕方なかった。

「じゃあ、お父さんに挨拶に行かせてね」
「え゛!? 何で!?」

 山から谷に突き落とされた。

「だって、もうルームシェアじゃなくて、恋人同士の同棲でしょ? ちゃんと綾ちゃんのお家の方に挨拶しておかないと」
「いや、それは別に結婚する時でいいんじゃないかなぁ……?」
「だめだめ。こういう事は、ちゃんとしておこう。今後の為にも。だから、一番近い日程で面会の段取りをお願いします」
「いやぁ……ええー……?」

 結局瑞貴に押し切られ、本当に嫌だったが、数年ぶりに父に連絡を取った。

 瑞貴と父の顔合わせが決まったが、さすがに、おじさんが一人で暮らす、片付けられてるかもわからないアパートに行くわけにも行かず、場所は私のアパートになった。
 父は珍しく仕事を調整してくれ、今週の土曜には来てくれることになった。

 土曜日の朝、スーツを着た瑞貴と一緒にアパートに行き、父が来るのを待つ。窓ガラスはもう新品に入れ替わっている。
 瑞貴が、アパートの解約は、父とちゃんと話し終えてからというので、今日顔合わせが終わってから管理会社に連絡することになった。

 扉をノックする音がして、瑞貴が背筋を伸ばして立ち上がった。緊張している瑞貴の背中を撫でれば、彼は大きな深呼吸をした。それから二人で玄関を開けた。

 全然連絡を取っていなかった父との再会は数年ぶりで、ずいぶんと白髪も増えて歳をとっていた。
 トラックの配送の合間に来てくれたようで、上下青色の作業着のままだった。

「よっ! ねーちゃん」

 父の声ではなく、父の背中に隠れていた弟がぴょこっと顔を出し、軽い声を上げた。

「げっ! なんで文人あやとまで?」
親父おやじに呼ばれたから。たまたま休みだったし」

 瑞貴が声を張り上げて父と弟に挨拶をする。

「初めまして、綾子さんとお付き合いをさせていただいている、東堂瑞貴と申しますっ」
「ああ、いいからまずは家に入れろ」

 父は無愛想に言い放ち、ズンズンと部屋の中に入っていった。

 父と弟を対面にして、私と瑞貴は腰を下ろした。
 途端に、父が口を開く。

「で、結婚すんのか?」

 父の単刀直入の質問に、瑞貴がすかさず横にずれて土下座をした。

「お嬢さんをっ、僕にくださいっ!!」
「えええ!? 瑞貴、そーじゃないでしょ!?」

 瑞貴の唐突な申し出に、私が一番慌てた。

 そして、父といえば、私と瑞貴のやり取りを見て舌打ちしていた。
 
「なんだよ、まだプロポーズもしてねぇのか?」

 瑞貴はその言葉を受け、間髪入れずに父に答える。
 
「結婚を前提にお付き合いを申し込み、良い返事をいただきました。ですので、本日、お父さんにご挨拶をさせていただき、お許し頂けるようであれば、綾子さんと同棲を始め、来年には結婚が出来たらと思っています。プロポーズは思い出になるよう、準備中です!」
「そうなのっ!? てか、私がいる前でプロポーズ準備中とか言わないで!」

 弟は私達の会話を聞いてニヤニヤしていた。

 何だか初っ端から話が進みすぎてるので、私は場を収めようと膝立ちして、両手を広げて皆に黙るよう視線を送った。

「お父さんも瑞貴も一回黙って。文人はそのニヤケ顔ムカつくからやめて。話の順番をやり直して、私から紹介します。お父さん、こちらお付き合いしている、同じ会社の後輩の東堂瑞貴さん。瑞貴、こっちが父で、トラック運転手をしてます。こっちは5つ下の弟の文人あやとで、一昨年結婚して、綜合警備会社で働いてます」
文人あやとです。これからよろしくお願いしますね、お・義・兄・さ・ん」
「お、お義兄さん……」

 文人にお義兄さんと呼ばれて、瑞貴は目を輝かせて嬉しそうにしていた。

 父は立ちあがろうと片膝を立てる。

「わかった。じゃ、結婚する時にまた連絡くれな」
「え!? お父さん?」
「なんだよ」
「いいの?」
「反対した方がいいのか?」
「そういうわけじゃないけど、こう言う時って、もっと、会話しないの?」
「あぁ? 会話なんてしねーよ。おい、文人、お前が何か話しとけ」
「なんで文人なのよ!?」

 文人が、立ち上がりかけた父を引っ張って止めてくれたので、父はもう一度座り直した。

「えー、ではお義兄さん、何でも聞いてください」
「あー……えー……そうですねえ……」

 瑞貴は父との会話に備えて色々考えてはいたが、まさか弟が来て会話をするとは思っておらず、この場をどう乗り切るか考えてる様子が、手に取るように分かった。

「文人さんは綜合警備会社で働かれてるということで、警備をされているんですか?」

 突然現れた弟の少ない個人情報で、何とか質問が出せた。瑞貴はよく頑張ったと、私はちゃぶ台の下で瑞貴にだけ分かるようにグッと拳を握りしめる。

「僕の担当は、個人宅や賃貸物件のオーナーからの依頼を受けて、盗聴や盗撮の探索をしてます」

 私も文人の仕事内容は初めて聞き、少し驚いた。

「凄いお仕事ですね」
「盗聴盗撮って結構多いんですよ。ペン型の盗撮器とかもあって、案外ねーちゃんもパンツとか撮られてるんじゃな~い?」

 文人は本気で言ってるわけではなく、私を揶揄っているだけだが、私は嵯峨が頭によぎり、不安が広がっていた。

 でも、嵯峨から貰ったものは、別れた時に全部捨てたし、家に連れてきたこともない。たぶん、その心配はないだろう。

「オーソドックスなのは、コンセントタップ。ああいうやつね」

 文人がそういって、覗き込むようにして指差した先は、カラーボックスの影に隠れた、壁コンセントに差し込まれたコンセントタップだった。

 心臓がドンッと大きく押し潰されそうになり、頭が真っ白になった。

「私……あんなとこにコンセントタップなんて……さした記憶ないかも……」

 その場の空気が一気に張り詰めた。
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