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期待

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 私はまだ瑞貴に抱きついていて、嵯峨の姿が見えなくなっても離れられなかった。

「綾ちゃん、もう嵯峨さん見えなくなりましたよ。僕、走った後で、今すごい汗くさいから……」
「え? ああ、ごめん」

 私は瑞貴からパッと両手を上げて離れる。

「助けてくれて本当にありがとう」
「いや、間に合ってよかったです」

 妙な沈黙の時間が流れ、瑞貴は大きく溜息までついていた。
 
「……あの、瑞貴……キスした事は……」
「へ?」

 瑞貴の顔が途端に赤くなり、焦りだす。
 焦っているのは私も一緒であるが。

「セクハラでコンプラ窓口に回さないでくださいっ!!」

 私は勢いをつけて九十度の角度で頭を下げた。

「ぶっ」

 顔を上げると、瑞貴は真っ赤な顔のまま私を見て笑っている。

「回すわけないですよ」
「へ……良かったあ……私、瑞貴には前科もあるから」
「前科? あー……」

 瑞貴は顔だけでなく耳も赤くなり始めた。おそらく私の前科を思い出しているのだろう……。

「あの……綾ちゃん?」
「はい、何でしょうか! 今なら何でもいう事を聞きます」

 真剣な表情で答える私を見て、瑞貴はくくっと笑っている。

「あの、綾ちゃん、僕、綾ちゃんが心配なんです。嵯峨さん諦めてなかったから、いずれ綾ちゃんの家まで押しかけると思うんですよね……」

 確かに、もし家がバレていたらと思うと背筋が凍った。家まで押しかけられたら、きっと助けも呼べず危ない。
 
「あ、でも、嵯峨は私の家を知らないし。でも、そうよね。ここまでついて来てしまったから時間の問題よね。気を付けるわ。瑞貴に余計な心配をさせてごめんなさい」
「いや、それで、良かったら……しばらく、うちで暮らすっていうのはどうですか?」
「え」
「うちの方がセキュリティ高いし、空いてる部屋あるし。何より、僕が海外出張中が一番心配なんですよね」
「で……でも、そんなことまで瑞貴に頼れない……彼氏でもないのに」

 私は期待を込めて、チラッと瑞貴に視線を送った。
 
「あ、うーん……そうですよね」

 じゃあ付き合おう! とは、言ってくれなかった……。

 がっかりしていると、瑞貴は何かを思いついたように「あっ」と目を輝かせた。

「ほら、ルームシェアだと思ってくれたらどうでしょう?」
「ルームシェア?」
「そうそう、たまに男女でもルームシェアしてる人って聞くし」
「あー……なるほど」

 いや、それなら、私は流行はやりの契約結婚をしないかって言ってくれた方が良かった。

 私は少し膨れっ面をして瑞貴をジトッと見た。だが瑞貴は、にこにことアン〇ンマ〇みたいな無垢な笑顔で返事を待っている。

 ああ……この気持ちは、やはり私だけなのだろう。
 さっきのキスも、本当は本気の続きをしたい……。

「じゃあ……家賃をちゃんと払うね」
「家賃? いいですよ。僕の提案だし」
「それじゃ、ルームシェアにならないでしょ?」
「でも、綾ちゃんアパートの家賃もあるでしょ?」
「え? あー……アパート、ねえー……」

 なんだよ、本当に一時的なルームシェアかよっ!

「じゃ、じゃあ、瑞貴がアメリカから戻るまで、お世話になります」
「期限は決めないでおきましょう。嵯峨さんが諦めるのがいつかなんてわからないんだし」
「……じゃあ、来週中には行けるようにするね」
「え? だめですよ。嵯峨さんいつ来るかわからないんだから。今から僕の車で一緒に綾ちゃんち行って、大事な物と必要最低限のものだけ荷造りして、今夜から来てください」
「ええ? 今夜から?」
「はい、今夜からです。それと、僕が相手で申し訳ないですが、嵯峨さんには僕達は恋人同士で突き通しましょう。課内恋愛なんで他の人達には内緒にしてるってことにも」

 キタ——(゚∀゚)——!!

「うんっ!! それなら安心! じゃ、荷物取りに行こっ」

 瑞貴が車を出してくれて、私のアパートまで行く。

 瑞貴はアパートの前で、車に乗って待ってくれているので、急いで大事な物だけカバンに詰めて、衣類はまた取りにくればいいと思い、数日分だけ詰めた。

 ガスの元栓を閉め、戸締りもしっかりすると、足取軽やかに急いで鉄階段を降りて行った。
 にやける顔を必死に手で伸ばしてから、助手席のドアをあけた。

「お待たせ。じゃあ、よろしく」
「はい」

 ハンドルを握った瑞貴が、私に向かって可愛い笑顔を見せてくれて、胸がキュンとする。

 瑞貴の家に着くと、この間は見れなかった部屋のあちこちを案内してくれた。

「ここが綾ちゃんの部屋ですが、明日片して、布団も買って来るんで、今日は僕のベッドで寝てください。それと、隣の部屋にトレーニングマシーンがあるんで使ってください」
「瑞貴って、トレーニングしてるの!?」

 思わず瑞貴の身体を見てしまった。だが確かに少しスッキリし始めて、筋肉が付き始めている気もする。

「あ、今何考えてたかわかりますよ。そう思われてるから、マシーンを買って始めたんです。筋肉もちゃんとつけたいんで」
「ご……ごめんなさい」
「いえ、自堕落にここまで太った自分の責任ですから。むしろ健康管理が出来て良かったですよ」
 
 そしてトイレやお風呂、キッチンも説明され、最後に瑞貴の寝室を案内される。
 寝室は、こざっぱりとした部屋で綺麗にしており、ベッドも家具もモノトーンで統一された、意外にもお洒落な男性らしい部屋だった。
 
 一人暮らしの男性の部屋って、突然来てもこんなに綺麗なものなのかな……?

「もしかして……彼女とかいる?」
「え? 何でですか?」
「男性の一人暮らしにしては、あまりにも綺麗だから……掃除してくれる人がいるのかなって」
「正解です」
「え」

 今のセリフは想像以上の威力があった。急に力が出なくなり、心が沈んでいくのがわかる。

 知らず知らずのうちに、涙がぽろりと流れていた。

「え?」

 瑞貴は慌てだした。

「ど、どうしましたか? 何で泣くんですか??」
「だって、彼女がいるって……ダメじゃない、私を部屋に呼んじゃ。嵯峨とやってること一緒だよ」
「ええ!? 彼女いませんって」
「え?」
「週三回家政婦さんに来てもらってるんです。だから掃除してくれる人がいるんで、綺麗なんです」
「え……あらやだ」
「あの……ひょっとして……」

 私は瑞貴と目が合うと固まった。瑞貴も言葉が詰まって固まっている。

「そ…そうです」

 自分で言っておいて、何がそうなんだよと自分自身に突っ込んだ。
 
「綾ちゃん? え??」
「だから、私は瑞貴が好——」
「ストップ! ダメッ!! だめだめだめ!!! その先、絶対、ダメッ!!!!」

 瑞貴は両手をバタバタと交差させながら左右に振り、私の言葉を遮ってくる。

 そして瑞貴は、顔を真っ赤にして、口をもごもごしていた。
 
「綾ちゃん……言わないで……ください」
「え……は、はい……」

 何? 何で? 
 
 ……あ、そうか。

 今日から一緒に暮らすのに、ただのルームメイトの、好きでもない女から告白なんてされたら、気まずくて暮らせないか。
 
「とりあえず……僕汗くさいんで、シャワー浴びてきます」
「あ、はい」

 そう言って瑞貴は部屋を出て行き、残された私は虚しかった。
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