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1)幽霊屋敷の団らん
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「最近、ヒロキくんが遊んでくれないの」
放課後、一人帰ろうと校門を出た雪弥の前に現れた小さな男の子は、そう言ってしゅんと下を向いた。
小学六年になった瀬尾雪弥は、生まれ育った銀星町子ども会の、夕暮れ地区リーダーに抜擢されたばかりだ。
子ども会の地区リーダーといっても、その役割のほとんどが、町内で行われる子ども会の行事で、参加している小学生たちを地区別に取りまとめたりする程度である。しかし何を思ったのか、同じ夕暮れ地区の子どもたちは、何かにつけて地区リーダーである雪弥に『困り事』を持ちかけてきた。
やれ『〇〇くんとケンカをした』だの『△△くんに意地悪される』だの。果たしてこれは地区リーダーの仕事か? と思うようなことも多かったが、自分が出ていくだけで人間関係のあれこれはあっさり解決することが多く、下級生に頼られるのも悪くはないものだ、と雪弥は少しばかりいい気になっていた。
そんな折にやってきたのが、この『困り事』である。
「……ええっと、ヒロキって、四年生の小倉広樹?」
太陽がオレンジ色に近づき始めた時間。学校の校門を出てすぐの場所で、自分を待ち構えていた男の子──黒いランドセルに黄色い交通安全カバーを掛けているので多分一年生と思われる彼は、雪弥の出した名前に小さく頷く。
自分に相談しにきたということは、夕暮れ地区の児童なのだろうと思いついて言ったのだが、正解だったらしい。
「そっか、ええっと、君はなんて名前だっけ?」
「……ぼく、三島勇太」
名前を言われ、雪弥はこんな子いたかな? と首を傾げる。夕暮れ地区にはもちろん一年生もいるが、一年生は小学校に入学して初めて顔を見た子ども達ばかりで、地区リーダーに就任して間もない雪弥は、まだ全員の名前と顔が一致していない。とはいえ、相談相手のことといい、この子もきっと夕暮れ地区の子なのだろう。
咳払いを一つして、雪弥は勇太に問いかけた。
「勇太は、広樹とよく遊んでるのか?」
小さな手で大きなランドセルの肩紐をギュッと握る勇太は小さく頷く。
「じゃあ、遊んでくれないっていうのは、無視されたりとか?」
これには首を横に振った。
「……なんか『忙しいから』って、遊んでくれない」
「うーん」
雪弥は腕を組んで考える。
夕暮れ地区に住む小倉広樹のことは、顔と名前をよく知っている児童だ。というのも、彼の母親が雪弥の母と同じ病院で同じく看護師として働いており、母と一緒に買い物に行くと、会うことも多いからである。
しかし『忙しい』とは、どういうことだ。
もし広樹が塾や習い事を始めた、ということならば、母親経由で話を聞くこともあるはずだが、そんな情報は今のところない。
雪弥が首を傾げているのを見て、勇太はおずおずとこう言った。
「なんか『アサハラさんの家』に、行ってるみたいなの」
☆
「『アサハラさんの家』?」
「うん、肇兄は知ってる?」
「あー……うん、一応は」
お風呂上がりの髪を乾かしてくれている天崎肇に『アサハラさんの家』について雪弥が尋ねると、なんとも言えない微妙な返事をされた。
天崎肇は雪弥の家のお隣に住んでいる、幼馴染で大学生のお兄さんである。天崎家と瀬尾家は家族ぐるみで仲が良く、雪弥の家が父は単身赴任中、母は夜勤の多い看護師をしており、大人が誰もいないことの多い家、ということもあって、夜は時々こうして肇の家に泊まらせてもらっているのだ。
今日も母が夜勤でいないため、雪弥は天崎家で夕飯を一緒に食べ、お風呂もいただき、肇の部屋で一緒に寝るので、その支度をしている最中である。
「『アサハラさんの家』は、月夜地区の外れにある、空き家のことだよ」
髪を乾かすのに使っていたドライヤーを片付けながら、肇がそう言った。
「空き家?」
「そう。俺も詳しくは知らないけど、そこで人が死んだとかいう噂もあって、心霊スポット的な場所になってるんだって」
「へー、誰が死んだの?」
「し、知らないよぉ」
雪弥よりも大きな身体の肩をすくめて、肇が情けない声を上げる。その様子に、雪弥は呆れたように息を吐いた。
「……なるほど、そういう場所なら肇兄は詳しくないよね」
「話聞くだけでも怖いもん!」
二十歳を超えた大学生でいい大人だというのに、肇は怖い話が大の苦手なのである。テレビで怖い番組なんかがある時は、小学生の雪弥の背中に隠れるほどだ。
「んー、空き家ってことは、やっぱり人が入っちゃいけない場所、だよね?」
「まぁそうだね、老朽化もしてて危ないだろうし。でも、そこがどうかしたの?」
「夕暮れ地区の子が、そこで遊んでるらしいんだよねぇ」
「えっ」
腕を組んでため息をつく雪弥に、肇は驚いた声をあげる。肇は雪弥が地区リーダーとなり、日々同じ地区の子ども達から『困り事』を持ちかけられているのを知っているからだ。
「それはちょっと、マズいね」
「うん、隣の地区だけど、入っちゃいけない場所を遊び場にしてるんなら、注意しなきゃなぁ」
「……地区リーダーも大変だね」
「まったくだよ、もー」
そう言いながら、雪弥はベッドの上に寝っ転がる。
明日サブリーダーと一緒にどうするか相談をしなければ。
そんなことを考えながら、雪弥は目を閉じた。
放課後、一人帰ろうと校門を出た雪弥の前に現れた小さな男の子は、そう言ってしゅんと下を向いた。
小学六年になった瀬尾雪弥は、生まれ育った銀星町子ども会の、夕暮れ地区リーダーに抜擢されたばかりだ。
子ども会の地区リーダーといっても、その役割のほとんどが、町内で行われる子ども会の行事で、参加している小学生たちを地区別に取りまとめたりする程度である。しかし何を思ったのか、同じ夕暮れ地区の子どもたちは、何かにつけて地区リーダーである雪弥に『困り事』を持ちかけてきた。
やれ『〇〇くんとケンカをした』だの『△△くんに意地悪される』だの。果たしてこれは地区リーダーの仕事か? と思うようなことも多かったが、自分が出ていくだけで人間関係のあれこれはあっさり解決することが多く、下級生に頼られるのも悪くはないものだ、と雪弥は少しばかりいい気になっていた。
そんな折にやってきたのが、この『困り事』である。
「……ええっと、ヒロキって、四年生の小倉広樹?」
太陽がオレンジ色に近づき始めた時間。学校の校門を出てすぐの場所で、自分を待ち構えていた男の子──黒いランドセルに黄色い交通安全カバーを掛けているので多分一年生と思われる彼は、雪弥の出した名前に小さく頷く。
自分に相談しにきたということは、夕暮れ地区の児童なのだろうと思いついて言ったのだが、正解だったらしい。
「そっか、ええっと、君はなんて名前だっけ?」
「……ぼく、三島勇太」
名前を言われ、雪弥はこんな子いたかな? と首を傾げる。夕暮れ地区にはもちろん一年生もいるが、一年生は小学校に入学して初めて顔を見た子ども達ばかりで、地区リーダーに就任して間もない雪弥は、まだ全員の名前と顔が一致していない。とはいえ、相談相手のことといい、この子もきっと夕暮れ地区の子なのだろう。
咳払いを一つして、雪弥は勇太に問いかけた。
「勇太は、広樹とよく遊んでるのか?」
小さな手で大きなランドセルの肩紐をギュッと握る勇太は小さく頷く。
「じゃあ、遊んでくれないっていうのは、無視されたりとか?」
これには首を横に振った。
「……なんか『忙しいから』って、遊んでくれない」
「うーん」
雪弥は腕を組んで考える。
夕暮れ地区に住む小倉広樹のことは、顔と名前をよく知っている児童だ。というのも、彼の母親が雪弥の母と同じ病院で同じく看護師として働いており、母と一緒に買い物に行くと、会うことも多いからである。
しかし『忙しい』とは、どういうことだ。
もし広樹が塾や習い事を始めた、ということならば、母親経由で話を聞くこともあるはずだが、そんな情報は今のところない。
雪弥が首を傾げているのを見て、勇太はおずおずとこう言った。
「なんか『アサハラさんの家』に、行ってるみたいなの」
☆
「『アサハラさんの家』?」
「うん、肇兄は知ってる?」
「あー……うん、一応は」
お風呂上がりの髪を乾かしてくれている天崎肇に『アサハラさんの家』について雪弥が尋ねると、なんとも言えない微妙な返事をされた。
天崎肇は雪弥の家のお隣に住んでいる、幼馴染で大学生のお兄さんである。天崎家と瀬尾家は家族ぐるみで仲が良く、雪弥の家が父は単身赴任中、母は夜勤の多い看護師をしており、大人が誰もいないことの多い家、ということもあって、夜は時々こうして肇の家に泊まらせてもらっているのだ。
今日も母が夜勤でいないため、雪弥は天崎家で夕飯を一緒に食べ、お風呂もいただき、肇の部屋で一緒に寝るので、その支度をしている最中である。
「『アサハラさんの家』は、月夜地区の外れにある、空き家のことだよ」
髪を乾かすのに使っていたドライヤーを片付けながら、肇がそう言った。
「空き家?」
「そう。俺も詳しくは知らないけど、そこで人が死んだとかいう噂もあって、心霊スポット的な場所になってるんだって」
「へー、誰が死んだの?」
「し、知らないよぉ」
雪弥よりも大きな身体の肩をすくめて、肇が情けない声を上げる。その様子に、雪弥は呆れたように息を吐いた。
「……なるほど、そういう場所なら肇兄は詳しくないよね」
「話聞くだけでも怖いもん!」
二十歳を超えた大学生でいい大人だというのに、肇は怖い話が大の苦手なのである。テレビで怖い番組なんかがある時は、小学生の雪弥の背中に隠れるほどだ。
「んー、空き家ってことは、やっぱり人が入っちゃいけない場所、だよね?」
「まぁそうだね、老朽化もしてて危ないだろうし。でも、そこがどうかしたの?」
「夕暮れ地区の子が、そこで遊んでるらしいんだよねぇ」
「えっ」
腕を組んでため息をつく雪弥に、肇は驚いた声をあげる。肇は雪弥が地区リーダーとなり、日々同じ地区の子ども達から『困り事』を持ちかけられているのを知っているからだ。
「それはちょっと、マズいね」
「うん、隣の地区だけど、入っちゃいけない場所を遊び場にしてるんなら、注意しなきゃなぁ」
「……地区リーダーも大変だね」
「まったくだよ、もー」
そう言いながら、雪弥はベッドの上に寝っ転がる。
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