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3)告 白〈2〉
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◇
遅い朝食を終え、洗濯機を回している間、清詞は朝食の食器を洗ってくれるというので、秋良は二階の掃除へと向かう。
トイレのすぐ横にある引き戸を開けると、清詞の部屋に繋がる扉のある、ウォークインクローゼットだ。秋良はまず、その中の床をフローリング用のモップで拭いていく。
この家に来た当初、このウォークインクローゼットの中は酷い有様だった。
仕事に着ていくシャツやスーツなどは毎回クリーニングに出していたようで、ハンガーラックにビニールのかかったまま並んでいた。そこはまだマシで、下着や休日に着るようなシャツはチェストの上で布の山になっており、下着や靴下などをその山を漁って掘り出していたらしく、ハズレだったものが床に散乱していた。そういう布の山と、ハズレたちで足の踏み場もなかったほか、季節外れのアウターが一番取り出しやすい位置のラックに掛かっているなど、かなりハチャメチャな状況だったのだ。
清詞はどうやら、洋服の整理整頓が苦手らしい。
時間制のハウスキーパーさんに時々来てもらっていたらしいが、そもそも服と収納量が合っていなかったので、洗濯物を仕舞えず、ここをやっていたら他が終わらないと、手付かずだったのだろう。
──最初にここの整理をやって、本当に良かった。
流石にこれは見過ごせないと、この家に来てすぐ、清詞と一緒に要不要の仕分けや、季節ごとの服の整理整頓をしたので、文字通りに歩き回れるクローゼットとなった。
ラックに余裕ができたので、寒くなってきたらシーズンオフになる秋良の服もここに置こう、と清詞は言ってくれている。
ウォークインクローゼットの中を終えると、次は清詞の部屋だ。ものを散らかしてしまうと自覚があるようで、清詞の部屋はベッドと机と、本棚が二つある程度。その本棚も、一部の棚はコレクションしているらしい小さな動物のフィギュアが並んでいる。
秋良は床をモップ掛けすると、棚や窓枠の埃を丁寧に取り除いていった。
本やフィギュアはきちんと整理できているので、なぜ服は散らかっているのかを尋ねたことがある。すると清詞は、眉を困ったように下げて、服を畳むのが苦手なのだと教えてくれた。
ハウスキーパーさんが畳んでくれた洗濯物を、一度広げてしまうと元に戻せず、そのせいでチェストの上に積み上げていくことになり、整理できなかったのだろう。
──そういえば清詞さん、折り紙とかもすごい下手だったもんなぁ。
話を聞いた時、小さい頃一緒に折り紙をして遊んだ時、あまりの不器用さに吃驚した記憶が蘇って笑ってしまった。
今は洋服を整理し、収納できる量になったので、洗濯したものを秋良が畳んできっちり仕舞うので、綺麗なままで維持されている。
清詞の部屋が終わると、次は秋良の使わせてもらっているゲストルームだ。しかし普段から整理と掃除はしているので、床をモップ掛けするくらいである。
ベランダへ繋がる廊下もモップがけし、二階のトイレは昨日掃除しておいたので、残るは梨英の部屋だけ。
梨英の部屋は、秋良が家に来た翌日、家事を引き受ける関係で全ての部屋を案内してもらったのだが、その時に中も見ている。
彼女が使っていたものなどをどう扱っていいかわからず、全てそのままにしていて、ハウスキーパーさんにも換気と埃を取り除く掃除だけはお願いしていたらしい。
清詞の正式な奥さんが、かつて使っていた部屋。
中がどうなっているのか知っていても、やはり少し緊張してしまう。
秋良は扉の前で小さく深呼吸した。それからドアノブに手を掛ける。
「……お邪魔します」
扉を開けると、乳白色の家具と淡い桃色のカーテンが目に入った。ベッドカバーや壁紙も優しい色合いで統一されていて、柔らかい雰囲気が漂っている。
二人の結婚式で一度会っただけだったが、梨英の穏やかに笑う顔にすごく似合うと思った。
ベッド脇の桃色のカーテンを開け、窓を開ける。
すぐ隣の売地と看板の置かれた、何もない更地が目に入った。範囲としては、この家と同じくらいだろうか。その奥も更地が続いていて、なんだか広々として見えた。
駅からそこまで遠くない便利な立地の住宅街だが、建て替えでも流行っているのだろうか。そのうちすぐ隣に家が出来そうな雰囲気である。
換気をしつつ、秋良は主人のいない部屋の、綺麗に並んだ本棚や机に溜まった埃を拭き取り始めた。
──そういえば清詞さんと奥さん、すごく仲良さそうだったのに、寝室は別々だったんだな。
この家は結婚して早々に買ったのだと聞いている。新婚であったなら夫婦で一緒に寝る部屋があってもよさそうだが、二階にそんな部屋はないし、それぞれの部屋にベッドがあるということは、梨英とは別々で寝ていたようだ。
他人と一緒に寝ることができない人もいると聞いたことがある。ただ今朝の出来事を思うに、清詞がそういうタイプでないことは確かだ。
──梨英さんが、人と一緒だと寝れないとかだったのかな?
そんなことを考えながら、秋良は葬儀の時に親戚の人らが言っていた言葉を思い出す。
『子どもがいなくて本当によかった』
『まだ若いから新しい人と子どもを作ればいい』
つくづく最低な親戚だと思ったし、母親もそんな人達の話に眉を顰めていた。もしかしたら、田舎へ帰省しなくなったのは、ああいう人達と話をするのが厭になったからかもしれない。
秋良の母である朱嶺明澄は、とてもサッパリした性格の人だ。明るくて誰にでも優しいが、悪いことは悪いと物怖じせずにハッキリ言う。そんな性格の母は、自分が同性を好きなのだと言った時も「あらそう」と言うだけであった。
だからこそ、自分は同性を好きなことに全く引け目を感じたことがない。気持ち悪いと言われることもあったが、信頼する親が肯定してくれるので、気にならなかった。
──清詞さんと会えなくなったのは寂しかったけど、あんな人達の話を聞かなくて済んだのは、良かったかもしれないな。
秋良はそんなことを考えながら、梨英の部屋の掃除を終えて窓を閉めた。
◇
二階の掃除を終えて一階に降りると、和室で仏壇に手を合わせる清詞が目に入った。
食器を洗ってから、花の水換えをしたのだろう。不器用な清詞が花の水切りや水換えを欠かさずやっているのだと思うと、やはり梨英のことを今でも大切に想っているのだ。
──やっぱり、オレが清詞さんの後妻になるなんて、絶対無理だよな。
一緒に暮らせることは嬉しいけれど、現実をまざまざと見せつけられて、時々息が苦しくなる。
不意に、洗濯が終わったことを知らせるメロディが聞こえてきた。
「あ。オレ、洗濯物干してきますね」
「シーツを干すんだろう? 大きいし、僕も手伝うよ」
中庭に通じるリビングの大きな窓を開け、縁側から外に出る。二人がかりでダブルサイズのベッドシーツを二枚、物干し台に干していった。
空はよく晴れていて、汗ばむような気温。そろそろ梅雨明けして、夏がくるようだ。
「今日も暑くなりそうだねぇ」
「そうですね」
縁側に座り、吹き抜ける風で汗を冷やす。
掃除と洗濯だけで午前中があっという間に溶けてしまった。
昼食の後はどうしようかと考えて、秋良はそうだ、と思い出す。
「あの、今日はバイト先に挨拶に行こうと思ってるんですけど」
「居酒屋とお弁当屋さんだっけ?」
「はい。お弁当屋さんはここからも近いし、また通えそうなんですけど、居酒屋はちょっと遠いんですよね。そのことで少し相談もしてくるので、遅くなっちゃいそうで」
居酒屋のほうは開店時間が遅いこともあり、店舗に人がやってくる時間も夕方近い。そこから話をしていたら、どうしても夕飯の支度が間に合いそうになかった。
秋良の言葉に、清詞がうーんと考えた顔をしていたが、ふと何か思いついた顔をする。
「そっかぁ。じゃあ、一緒に行こうか」
「えっ」
「秋良くんが相談をしている間、僕はその近くを見て回っているよ。終わったら一緒に買い物でもして、夕飯を食べて帰るのはどうだい?」
「でも……」
意外な提案に秋良は少し戸惑った。清詞が暇を潰せるような場所が、果たしてあの辺りにあっただろうか。
すると清詞は目尻に皺を寄せて、いつものように優しく笑う。
「バイト先って、鹿倉大の近くなんだろう? あそこにあるショッピングモールで、ちょうど見たいと思っていた絵画の展示会をやっているんだ」
「……絵画の、展示会?」
「うん、どうかな?」
予想外の回答に、秋良は驚いたが、清詞の行きたい場所と近いのであれば、一緒に行くのも悪くはない。
「そうなんですね。じゃあ、一緒に行きましょう」
秋良はそう言ってにっこり笑った。
遅い朝食を終え、洗濯機を回している間、清詞は朝食の食器を洗ってくれるというので、秋良は二階の掃除へと向かう。
トイレのすぐ横にある引き戸を開けると、清詞の部屋に繋がる扉のある、ウォークインクローゼットだ。秋良はまず、その中の床をフローリング用のモップで拭いていく。
この家に来た当初、このウォークインクローゼットの中は酷い有様だった。
仕事に着ていくシャツやスーツなどは毎回クリーニングに出していたようで、ハンガーラックにビニールのかかったまま並んでいた。そこはまだマシで、下着や休日に着るようなシャツはチェストの上で布の山になっており、下着や靴下などをその山を漁って掘り出していたらしく、ハズレだったものが床に散乱していた。そういう布の山と、ハズレたちで足の踏み場もなかったほか、季節外れのアウターが一番取り出しやすい位置のラックに掛かっているなど、かなりハチャメチャな状況だったのだ。
清詞はどうやら、洋服の整理整頓が苦手らしい。
時間制のハウスキーパーさんに時々来てもらっていたらしいが、そもそも服と収納量が合っていなかったので、洗濯物を仕舞えず、ここをやっていたら他が終わらないと、手付かずだったのだろう。
──最初にここの整理をやって、本当に良かった。
流石にこれは見過ごせないと、この家に来てすぐ、清詞と一緒に要不要の仕分けや、季節ごとの服の整理整頓をしたので、文字通りに歩き回れるクローゼットとなった。
ラックに余裕ができたので、寒くなってきたらシーズンオフになる秋良の服もここに置こう、と清詞は言ってくれている。
ウォークインクローゼットの中を終えると、次は清詞の部屋だ。ものを散らかしてしまうと自覚があるようで、清詞の部屋はベッドと机と、本棚が二つある程度。その本棚も、一部の棚はコレクションしているらしい小さな動物のフィギュアが並んでいる。
秋良は床をモップ掛けすると、棚や窓枠の埃を丁寧に取り除いていった。
本やフィギュアはきちんと整理できているので、なぜ服は散らかっているのかを尋ねたことがある。すると清詞は、眉を困ったように下げて、服を畳むのが苦手なのだと教えてくれた。
ハウスキーパーさんが畳んでくれた洗濯物を、一度広げてしまうと元に戻せず、そのせいでチェストの上に積み上げていくことになり、整理できなかったのだろう。
──そういえば清詞さん、折り紙とかもすごい下手だったもんなぁ。
話を聞いた時、小さい頃一緒に折り紙をして遊んだ時、あまりの不器用さに吃驚した記憶が蘇って笑ってしまった。
今は洋服を整理し、収納できる量になったので、洗濯したものを秋良が畳んできっちり仕舞うので、綺麗なままで維持されている。
清詞の部屋が終わると、次は秋良の使わせてもらっているゲストルームだ。しかし普段から整理と掃除はしているので、床をモップ掛けするくらいである。
ベランダへ繋がる廊下もモップがけし、二階のトイレは昨日掃除しておいたので、残るは梨英の部屋だけ。
梨英の部屋は、秋良が家に来た翌日、家事を引き受ける関係で全ての部屋を案内してもらったのだが、その時に中も見ている。
彼女が使っていたものなどをどう扱っていいかわからず、全てそのままにしていて、ハウスキーパーさんにも換気と埃を取り除く掃除だけはお願いしていたらしい。
清詞の正式な奥さんが、かつて使っていた部屋。
中がどうなっているのか知っていても、やはり少し緊張してしまう。
秋良は扉の前で小さく深呼吸した。それからドアノブに手を掛ける。
「……お邪魔します」
扉を開けると、乳白色の家具と淡い桃色のカーテンが目に入った。ベッドカバーや壁紙も優しい色合いで統一されていて、柔らかい雰囲気が漂っている。
二人の結婚式で一度会っただけだったが、梨英の穏やかに笑う顔にすごく似合うと思った。
ベッド脇の桃色のカーテンを開け、窓を開ける。
すぐ隣の売地と看板の置かれた、何もない更地が目に入った。範囲としては、この家と同じくらいだろうか。その奥も更地が続いていて、なんだか広々として見えた。
駅からそこまで遠くない便利な立地の住宅街だが、建て替えでも流行っているのだろうか。そのうちすぐ隣に家が出来そうな雰囲気である。
換気をしつつ、秋良は主人のいない部屋の、綺麗に並んだ本棚や机に溜まった埃を拭き取り始めた。
──そういえば清詞さんと奥さん、すごく仲良さそうだったのに、寝室は別々だったんだな。
この家は結婚して早々に買ったのだと聞いている。新婚であったなら夫婦で一緒に寝る部屋があってもよさそうだが、二階にそんな部屋はないし、それぞれの部屋にベッドがあるということは、梨英とは別々で寝ていたようだ。
他人と一緒に寝ることができない人もいると聞いたことがある。ただ今朝の出来事を思うに、清詞がそういうタイプでないことは確かだ。
──梨英さんが、人と一緒だと寝れないとかだったのかな?
そんなことを考えながら、秋良は葬儀の時に親戚の人らが言っていた言葉を思い出す。
『子どもがいなくて本当によかった』
『まだ若いから新しい人と子どもを作ればいい』
つくづく最低な親戚だと思ったし、母親もそんな人達の話に眉を顰めていた。もしかしたら、田舎へ帰省しなくなったのは、ああいう人達と話をするのが厭になったからかもしれない。
秋良の母である朱嶺明澄は、とてもサッパリした性格の人だ。明るくて誰にでも優しいが、悪いことは悪いと物怖じせずにハッキリ言う。そんな性格の母は、自分が同性を好きなのだと言った時も「あらそう」と言うだけであった。
だからこそ、自分は同性を好きなことに全く引け目を感じたことがない。気持ち悪いと言われることもあったが、信頼する親が肯定してくれるので、気にならなかった。
──清詞さんと会えなくなったのは寂しかったけど、あんな人達の話を聞かなくて済んだのは、良かったかもしれないな。
秋良はそんなことを考えながら、梨英の部屋の掃除を終えて窓を閉めた。
◇
二階の掃除を終えて一階に降りると、和室で仏壇に手を合わせる清詞が目に入った。
食器を洗ってから、花の水換えをしたのだろう。不器用な清詞が花の水切りや水換えを欠かさずやっているのだと思うと、やはり梨英のことを今でも大切に想っているのだ。
──やっぱり、オレが清詞さんの後妻になるなんて、絶対無理だよな。
一緒に暮らせることは嬉しいけれど、現実をまざまざと見せつけられて、時々息が苦しくなる。
不意に、洗濯が終わったことを知らせるメロディが聞こえてきた。
「あ。オレ、洗濯物干してきますね」
「シーツを干すんだろう? 大きいし、僕も手伝うよ」
中庭に通じるリビングの大きな窓を開け、縁側から外に出る。二人がかりでダブルサイズのベッドシーツを二枚、物干し台に干していった。
空はよく晴れていて、汗ばむような気温。そろそろ梅雨明けして、夏がくるようだ。
「今日も暑くなりそうだねぇ」
「そうですね」
縁側に座り、吹き抜ける風で汗を冷やす。
掃除と洗濯だけで午前中があっという間に溶けてしまった。
昼食の後はどうしようかと考えて、秋良はそうだ、と思い出す。
「あの、今日はバイト先に挨拶に行こうと思ってるんですけど」
「居酒屋とお弁当屋さんだっけ?」
「はい。お弁当屋さんはここからも近いし、また通えそうなんですけど、居酒屋はちょっと遠いんですよね。そのことで少し相談もしてくるので、遅くなっちゃいそうで」
居酒屋のほうは開店時間が遅いこともあり、店舗に人がやってくる時間も夕方近い。そこから話をしていたら、どうしても夕飯の支度が間に合いそうになかった。
秋良の言葉に、清詞がうーんと考えた顔をしていたが、ふと何か思いついた顔をする。
「そっかぁ。じゃあ、一緒に行こうか」
「えっ」
「秋良くんが相談をしている間、僕はその近くを見て回っているよ。終わったら一緒に買い物でもして、夕飯を食べて帰るのはどうだい?」
「でも……」
意外な提案に秋良は少し戸惑った。清詞が暇を潰せるような場所が、果たしてあの辺りにあっただろうか。
すると清詞は目尻に皺を寄せて、いつものように優しく笑う。
「バイト先って、鹿倉大の近くなんだろう? あそこにあるショッピングモールで、ちょうど見たいと思っていた絵画の展示会をやっているんだ」
「……絵画の、展示会?」
「うん、どうかな?」
予想外の回答に、秋良は驚いたが、清詞の行きたい場所と近いのであれば、一緒に行くのも悪くはない。
「そうなんですね。じゃあ、一緒に行きましょう」
秋良はそう言ってにっこり笑った。
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