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6)金曜日の成果報告

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「なんと、本物のお化けでしたー、とはね」
 翌日の昼休み。
 和都と春日、そして御幸の三人は生徒会室へ行くと、生徒会長の前田と副会長の四宮に『エンジェル様』の件について報告した。
 生徒会室の机の上は、サインペンと貸し出したハンディカメラ、そして御幸が撮影した心霊写真をプリントアウトしたものが並んでいる。
 前田は御幸の撮影した写真を取り上げ、じっくりと眺めながら息をついた。写真には、開いたロッカーの内側でどういう理屈かわからないが、発光する半透明の手首らしきものがペンを握っている。
「……これが一連の騒ぎの犯人、ねぇ」
 教材室に仕込んでおいたハンディカメラの映像は、先ほどこの場にいる五人で確認したところだ。
 映像に幽霊の姿は映っていないものの、無人の室内で自動ドアでもないロッカーが一人でに開いて閉じる様子をしっかりと記録している。
「協力してくれた仁科先生の話だと、これまでの出来事の状況的にも、そのペンに取り憑いてるお化けが引き起こしてるみたいだから、そのペンさえなくなれば大丈夫だろうとのことでした」
「なるほど。写真や映像に映ったのは学校にいるお化けではなく、このペンに憑いてるお化けなわけか」
「はい、そうみたいです」
 前田は問題の『当たり』のペンをしげしげと眺める。
 特段変わったところのない、どこにでもありそうな普通のサインペン。これが数名のケガ人を出し、妙な噂と事故を引き起こす要因になったとは、とても思えなかった。
「これは、教材室のペン置き場にあったもの?」
「はい」
「あそこのペンって、落としものとかだったよね?」
 そう言いながら前田は、すぐ隣に立っていた四宮にペンを渡す。
「はい。校内や行事後の清掃で見つかった持ち主不明の物品は、数週間ほど忘れ物として保管し、持ち主が現れず且つ使えそうなものの場合、備品として自由に使えるようにしてます」
 そう答えた四宮も、受け取ったペンを不思議そうに見つめていた。
「うーん、ペンの落とし物はよくあるからなぁ。学校の購買で取り扱ってるペンじゃないし、いつからそこにあったんだろ……」
「念の為、忘れ物の記録を遡ったのですが、そのペンは文化祭後の清掃で見つかった『落とし物』として登録されていました」
 前田の疑問に答えるように、春日がそう伝える。
「……さっすが春日くん。相変わらず優秀だねぇ」
「どうも」
 涼しい顔をする春日に、前田はまだ言いたいことがありそうな顔だったが、小さく息をつくだけにして、改めて御幸の方を見た。
「しかし、こういう不思議なペンがあったとしても、そういう変な儀式をしなきゃ何も起きないわけだよね?」
「まぁそうですね」
「発端となる儀式の話は、どうやって持ち込まれたか、とかも分かったの?」
 前田に聞かれ、御幸は学ランの内ポケットからいつもの手帳を取り出し、パラパラと捲る。
「噂の発生源を調べてくれていた一年生達によると、なんでも『妹の通っている中学校で似た遊びが流行っている』って話をしてた生徒がいるみたいです。それが誰なのか、誰が最初に始めたのかまでは特定できてませんが……」
「……よその噂をうちで試してみたら、本当にできちゃった、ってとこかね」
 オカルティックな噂は、手軽な方法と似た条件が当てはまれば、誰だって試したくなるものだ。
 おおかた、人気のないロッカーやペンや紙のある場所など、そう言った儀式にぴったりの条件が当てはまったのだろう。
「とにかく、この写真だと変な恐怖心を煽りかねないし、我が校に変な噂がこれ以上広まっても困るから、学校新聞への掲載はしないように」
「はい。さすがに校舎の老朽化問題であれこれ言われてるのに、ガチのお化けネタなんて、やっぱりマズイですよね」
 中心となって調べていた御幸も、手帳を閉じながら頭を掻いた。
「本当だよ、もう。……今回の件は、関係者以外に口外はしないように。新聞委員内でも、もう取り扱わないよう通達しといて」
「分かりました」
 ただでさえ老朽化でケガ人を出したという、芳しくない事実があるのに、これ以上不名誉な噂が流れたら困る。一年生の一部でのみ流行っていたのなら、まだそこまで大きい話にはならないはずだ。
「あとはこの呪われたペンを処分しちゃえばいいんだろうけど、どうしようかな」
「それなら、仁科先生が伝手があると言ってたので、先生にお願いするのが一番いいと思います」
 和都はそう言って、小さく手を挙げた。
「伝手?」
「はい、先生の親戚に神社関係の人がいるので……」
「へーそうなんだ。視えちゃうってのも、そういう家柄があるのかな?」
「多分、そうだと思います」
 今回の調査では、和都が視えることを隠すため『風紀委員と新聞委員で調査する話だったが、本物の幽霊が絡んでいそうなので幽霊の視える仁科先生に協力してもらうため、保健委員に仲介をお願いした』という形で生徒会に伝えてある。
 前田は和都の言葉になるほど、と頷くと、四宮から返してもらったサインペンを差し出した。
「じゃあこれは仁科先生にお願いしようかな。相模から渡しといてもらえる? 写真やカメラの映像はこちらで処分しておくから」
「わかりました」
 ペンを受け取ると、和都と春日、御幸の三人は生徒会室を後にする。
 廊下にはまだ昼休憩を思い思いに過ごす生徒たちがいて、先程まで話していたことがなんだか夢か幻のようだ。
 映像の確認に手間取ったのもあり、調査の報告だけで昼休みはもう残り少なくなっている。
「あーあ、来月の校内新聞のネタ、なくなったなぁ」
「さすがにあれを掲載するのは厳しいよ」
「ちぇー。真冬の怪談、学校で起きた怖い話! って感じでやろうと思ってたのになぁ」
「……なにそれ」
「前田の判断は賢明だな。ここ最近、学校内のトラブルが多かったし、受験前に学校評価が下がるのは良くない」
 評判が下がり、入学希望者が減ってしまっては、学校の存続も危うくなってしまう。まだ部活動の成績がよく、それなりに人気のある学校だが、母校に変な印象を持たれるのはやはり嫌だ。
「だーよねぇ。ま、来月分は年明けの発行だし、学校周辺の神社仏閣と、初詣周りについてでも調べよっかなぁ」
「あーお正月らしくていいんじゃない?」
 御幸の話に笑っていると、春日がああそうだ、と和都のほうを見る。
「和都、そのペンはお前に任せて大丈夫か?」
「あぁ、うん。どうせ放課後、修学旅行準備の手伝いで保健室行くし」
「そうか」
「じゃあ、頼んだ!」
 御幸がそう言って自身のクラスへ戻っていくのを見送ると、和都と春日も自分達のクラスへ戻っていった。





「生徒会への報告、どうだった?」
 放課後、手伝いのために保健室に行くと、気にしていたのか仁科の方から聞いてきた。
「やっぱり、校内新聞への掲載はダメだって」
「まぁ、そりゃそうだよね」
 仁科が肩をすくめて、呆れたように笑う。
 犯人が人間であれば注意勧告も兼ねて掲載出来たかもしれないが、怪奇現象がバッチリ、写真でも映像でも撮れてしまったのだから仕方がない。
「例のペンはどうする?」
「処分に困ってたから、先生にお願いするからって言って引き取って来ました。ハクとバクに何なのか聞いて、食べてもらうのがいいかなって」
 和都はそう言うと、通学鞄から例の『当たり』のペンを取り出した。
 なんだか昨日見た時よりも、ペンにまとわりついている赤いモヤが濃くなっている気がする。
「ああ、そうだね。アイツらのとこにも、そろそろお参りに行かないとだし」
「今週末……って明日か。明日とか行けそうですか? あんまり長く持ってるのも、どうかなぁって思うんで」
 これは正真正銘、オカルト現象の起きるペンで、呪物に近いものだ。ずっと持っていると、そのうち勝手に動き出しそうで少し怖い。
「あー、明日は大学ん時の知り合いの、結婚式に行かなきゃなんだよねぇ」
「そっか……」
 どこか疲れたような顔をする仁科に、和都は少し戸惑う。
 先週は隣の県まで実家に行っていたようだし、その前の週も週末は予定があるんだと、なんだか忙しくしているようだった。
 自分と違って交友範囲も広いし、きっと他にも色々とやりたいことだってあるだろう。
 ──先生に頼ってばっかじゃ、ダメだよな。
 ハクとバクのいる神社は一駅隣。そこから山を登らなければいけないが、頑張れば歩いて行けない距離ではない。
「じゃあ一人で──」
「日曜は予定ないよ」
 一人で行ってくる、と言おうとしたのを遮るように、自分の声が仁科の言葉にかき消された。
「迎えに行くから、一緒に行こう。……な?」
 仁科はいつも通りの表情でそう言うと、大きな手で和都の頭を優しく撫でる。
「はい……」
 ペンを握りしめたまま、和都は頷くことしか出来なかった。
「さーさー、こっちも片付けないとねぇ」
 肩を回しながら、仁科が談話テーブルに広げたプリント類を整理し始めたので、和都も慌ててペンを通学鞄にしまう。
 月曜に言いかけたことについて、仁科は二人きりになっても、連絡先を知っているチャットアプリを使っても、聞いてこなかった。
 今週は『エンジェル様』の件でバタバタしてしまったのもあるが、きっとこちらから話すのを、待ってくれてるのだ。
 学校の外で、先生と二人きりで会うのはずいぶんと久しぶりになる。
 きっと月曜のことを聞かれるに違いない。
 ──ちゃんと、話をしなきゃ。
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