創作BL)相模和都のカイキなる日々〜天使の囀りに寒雷は鳴る

黑野羊

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5)天使が羽撃く木曜日 *

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 翌日の放課後、和都と春日、御幸、そして仁科を含めた四人は、特別教科棟の西棟二階にある、教材室に集まっていた。
 出入り口近くの棚のものを少しだけ片付け、生徒会から春日の名義で借りたハンディカメラをセットする。
「どこまで入ればいい?」
「この辺じゃない?」
 踏み台に上り、位置を調整する春日に向かって、ロッカー前に立つ和都が手を振って見せた。
 犯人が書いているところを撮影したいので、上部から斜めに見下ろすような形で、カメラのレンズを調整する。
「……よし、こんなもんか」
 カメラのセッティングを終えると、今度はエンジェル様を呼び出す、質問を書いた紙の用意だ。
「じゃー、今度は何聞く?」
 一度被害にあった御幸が書くのを断固拒否したため、今回は和都が当たりのペンでエンジェル様に質問する。
「明日の天気ですら、オレみたいになるからなぁ」
「普通に、自分が今知りたいことを、聞いたらいいんじゃないか?」
 春日の言葉に、和都はむっとしてそちらを睨んだが、さして悪びれもせず、涼しい顔をされただけだった。
 勇気を出さず、心を砕かずに。
 こんなふうに手軽な方法で、他人の気持ちや未来を知ることができたら、本当に願いが叶ってしまったら、それは確かに魅力的なことだと思う。
 ──でも、これは自分でやらなきゃな。
 自分で聞かなかったら、決めなかったら、そっちのほうが後悔する。
 和都は、よし、と頷くと、短冊状に切った白いコピー用紙の真ん中に『明日の天気は?』と書いた。
「なーんだ、結局同じかよ」
「何か起きてもどうせ『雨に降られる』だけならいっかなって」
「……着替えの準備もしておかなきゃだねぇ」
 出入り口で様子を見守っていた仁科が、頭を掻いている。
 書いた紙を教材室の奥に佇む、ロッカーの中の天板へ置き、その横に当たりのペンも添えた。ペン先は奥へ向けてある。
「そんじゃあ、これで」
 ロッカーのドアを閉め、四人は教材室を出た。
 外はすっかりオレンジに染まっていて、夜の足音が密やかに聞こえてきている。
「張り込みはどうやるの?」
「どこから現れるか分かんないし、二組に分かれて、教材室と西棟の出入り口をそれぞれ見張ろうかなって」
「えっ、ど、どうやって?!」
 和都は改めて西棟二階の様子を見ながら聞いてしまった。
 西棟は真ん中に廊下が一本通っており、その左右に特別教室が一つずつあるだけで、隠れられるような場所は見当たらない。
 西棟の二階は、教材室の隣に生物室と生物準備室、廊下を挟んだ向かいに地学室と地学準備室があるだけだ。
「だから、向かいの『地学室』の、後ろのドアからなら覗けるだろ?」
「でも、鍵……」
「鍵なら借りてあるよ」
 そういうと仁科が白衣のポケットから『地学室』とプレートのついた鍵を取り出してみせる。事前に御幸から相談を受けていた仁科が、用意しておいたらしい。
「組み合わせはどうする?」
「お化けが出てきた場合を考えると、相模と先生には別々になっててもらわないとだしなぁ」
「わかった。じゃあ、おれと御幸で地学室に……」
 そう言って和都がそそくさと地学室へ向かおうとすると、その肩を御幸ががしっと掴む。
「いやいや、外部からの不審者だった時を考えたら、オレと相模の組み合わせじゃ絶対無理だろーが」
 確かに御幸は身長こそ和都よりはあるものの、体格はどちらかといえば華奢な方で、不審者を捕まえるには心許ない。
「……てことは」
「相模と春日、おれと先生、だな」
「あー、うん。そうだよね……」
 和都はがっくりと肩を落として、仕方なく頷いた。


 結局、仁科が最終的な見回りと居残る生徒たちの監督も兼ねる関係で本校舎側にいる必要があり、仁科と御幸が本校舎の陰から西棟の入り口を、和都と春日が地学室から教材室の入り口を見張ることになった。
「……お邪魔しまーす」
 仁科から預かった鍵で、和都と春日は地学室の鍵を開けて中に入る。
 地学室は普通教室より少し広く、室内に並んだ大きな四角いテーブルの上には椅子が六脚ずつ、座面を天板に乗せるようにして掛けられている。部屋の一角には鉱石の標本や、天体望遠鏡なども置いてあった。
「……地学室、初めて入ったかも」
「理科の選択科目だしな。俺も見回りで入ったことがあるくらいだ」
 放課後の暗くなってきた時間に、入ったことのない教室に忍び込むのは、なんだかワクワクする。
 教室後方のドアを少しだけ開けると、ちょうど上手い具合に教材室の出入り口が見えた。ここからなら誰が出入りしても分かるだろう。
 室内の窓側一面に掛けられた、真っ黒な暗幕。その微妙に開いた隙間から差し込む光の具合で、夕暮れのオレンジ色がだいぶなりをひそめてきているのが分かる。
 見張りのためというのもあり電気は消したままだが、交代でドアの外に気を配りつつ、暇つぶしに展示されている標本を見て回った。
「……へー、地学ってこういうの勉強するんだ」
 和都は小声でそっと感想をもらす。選択していない科目ということもあり、展示されているものもなかなかに目新しくて、見ているだけでも面白い。
 一通り見てまわると、電気を消した地学室の中は机の位置も分かりにくいくらい暗くなってきており、うろつくのも危ないので、二人はドアのそばに並んで腰を下ろした。
 もうすぐ、夜が来る。
 室内を見て回っている間は何とも思わなかったのに、横に並んで座った途端、急に春日と二人きりだという事実に緊張し始めてしまった。
 ──なるべく、二人きりにならないようにしてたのにな。
 可能な限り回避してきたはずが、まさか夜の学校で、人気のない教室に二人きりになってしまうとは。
 三角座りでドアに背を預けるように座り込んだが、なるべく隣にくっつきすぎないよう、意識して拳二つ分ほど横にずれる。
 視線もなるべく前だけを見ていた。が、ふっと横顔に軽く息がかかって、気付けば春日の指先が耳に触れている。
「……なっ!」
 和都は跳ねるように上体を逸らし、大声をあげそうになった口を自分の両手で塞いだ。
 しかし、春日は全く動じていない。
「今日は絆創膏してないんだな」
 月曜から貼っていた絆創膏がなくなったので、気になったようだ。
「……そーだよ」
「そんなに強く噛んだつもりはなかったんだが」
「別に血が出たり痣になったりとかじゃないんだけど、妙にくっきり歯形ついちゃったから付けてたの!」
「……そうか。悪かったな」
 春日が微塵も悪いと思ってなさそうな顔で言う。
 それを横目に、和都は自分の膝に顔を埋めた。日曜日の出来事を鮮明に思い出してしまって、途端に顔が熱い。
「……なんで、あんなことしたんだよ」
「キスのことか」
「……うん」
 全く予想すらしていなかった。
 抱きしめられたり、一つの布団で一緒に眠ったことだってある。
 肌が触れ合っても、そんな風に見られていると思わなかったし、そんな仕草は一切見せなかったから、知らなかった。
 ──なんで、今更。
 彼が好きな人に、どんな風に触れるのかなんて、知りたくなかった。
「したかったから」
「お前……!」
 顔を上げて文句を言おうとした口を、春日の大きな手に塞がれた。
「……大声出すな」
 春日が焦ったような顔で囁き、和都はぶんぶんと頭を縦に振る。
 そうだ、今は見張りの最中なのだ。
「本気だって、信じて欲しかったからだよ」
 小さく息を吐きながら、春日はその大きな手で和都の口を塞いだまま、小さくて細い肩に顔を埋める。
「ずっと好きだったよ」
 耳元で囁かれた声は、日曜に聞いたのと、まったく同じ温度をしていた。
 本気の、本当の、嘘のない言葉。
「お前が先生を好きなことなんて知ってる。お前はすぐ顔に出るしな。だから、困らせるって分かってたから、言うつもりなんてなかったんだ」
 暗い室内で静かに、これまでのことを懐かしむような声。
 秘め続けるつもりだった言葉がバラバラと、糸の解けたビーズ細工のように散っていく。
「……けど、お前が先生を諦めるつもりなら、」
 ゆっくりと鎌首をもたげるように、肩にくっついてた春日の頭が離れた。けれどすぐ、小さな息でもかかるくらい近くに、その唇が自分の耳元へ這い寄る。
「先生じゃないヤツに取られるくらいなら、俺が欲しいって思った。……それだけだ」
 じわり。
 熱を含んだ湿度の高い舌先が、日曜に噛みついた箇所を探すように、耳の淵をなぞった。
「……んっ」
 口元はまだ大きな手で塞がれていて、声は出ない。
 腕力で敵うはずものないので、抵抗も出来ない。
 暗い室内。
 ドアに押し付けられるように、ピッタリとくっついたまま、ささやかな身じろぎの音が揺れる。
 心臓の音はうるさいのに、辺りはただただ真っ暗で、静か。
 その状態で、どのくらい経っただろうか。
 ……ぺたん、……ぺたん。
 ドアの外、廊下よりももっと遠い位置から、足音が聴こえる。
「……音がするな」
 まるで裸足の人間が、ゆっくりゆっくり、一段ずつ階段を上がってくるような音だった。
 春日がふっと離れて、ほんの少しだけ開けたドアの隙間から、教材室のほうを覗く。廊下は地学室に入る前と変わったところはなく、位置的に階段までは見えない。
 和都はスマホを取り出すと、光が漏れないように手で覆いながら、チャットアプリで御幸宛にメッセージを送る。
《誰か西棟に入った?》
 すぐにスマホが振動して、返事が来た。
《いや、だれも》
《なにかあった?》
《だれかが階段を上がってきてる》
 そう返して、和都もドアの隙間から外を覗く。
 ペタペタした床に張り付くような足音が二階に辿り着くと、教材室のドアが一人でにキィと開いて、パタンと閉じた。
《見えないけど、何かが教材室に入ってった》
 それだけ御幸に返すと、和都は春日と頷き合い、地学室を飛び出した。すぐそこの教材室まで駆けていき、ドアを勢いよく開ける。
 室内の一番奥に佇む、クリーム色のロッカーの扉が開いていた。
 明かりをつけていないから暗いはずなのに、ロッカーの内側を光源として、ぼんやりと薄明るい。
 その光の中心。ロッカーの内側にある天板の上で、半透明の手首から先だけの何かが、あのペンを握って文字を書いていた。
「……手首?」
 驚いて見ていると、背後からバタバタと階段を駆け上がってくる音がする。和都のメッセージを見て、御幸と仁科もやって来たらしい。
「どいてどいて!」
 御幸がそう言いながら、呆然と立ちすくむ和都と春日を押しのけ、ロッカーに向かってスマホを向ける。
 カシャカシャカシャ、と連続したシャッター音が響く中、ロッカーの扉はキィ、と小さく音を立て、パタンと一人でに閉まった。
 謎の光も消えてしまい、真っ暗な教材室だけが残る。
 出入り口にいた仁科が電灯のスイッチをいれたので、パッと室内は明るくなった。その様子は、張り込みを始める前となんら変わらず、教材室の奥にあるロッカーは静かに佇んだままである。
「……思わず撮ったけど、何がいたんだ?」
 御幸には何も視えていなかったらしい。誰も触れていないのにロッカーが開いていたので撮影したようだ。
「手首。手首だけのお化けが、ペンで何か書いてた」
 和都が答えると、御幸はその場で手帳を取り出しメモを取る。
「ふんふん、春日は?」
「俺には、ペンが一人でに動いてるように見えたな」
「……なるほど」
 御幸はメモを終えると、写真を撮ったスマホを取り出し、撮影した写真を確認する。
 だいぶブレているし、ほとんどが真っ暗な画像だが、連写した数枚の中に一枚だけ、白く発光する手首が写っているものがあった。
「……これ! これと同じのがいた」
「本物の心霊写真だな」
「うおおお! 撮れてるぅ!」
 一枚だけ撮れてしまった犯人の写真を、御幸は驚きつつも興奮した顔で見つめる。
「中がどうなったか、確認しなくていーの?」
 出入り口で見守っていた仁科が、スマホを覗き込んで固まっている三人に声を掛けた。
「あ、そうだ」
「よし、開けてみよう」
 そう言って御幸はロッカーへ近づくと、恐る恐る扉を開ける。
 天板の上には、一枚だけ置かれた紙とペン。
 大きく『明日の天気は?』と書かれた文字の隣には、ただ一言『晴れ』と書かれていた。
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