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無意識フラストレーション
しおりを挟む「お前、熱でもあるのか?」
「いやない……。ないけど、なんか調子悪い」
朝のホームルームが終わってすぐ。クラスメイトの春日に聞かれて、和都はそう答えた。
一週間の終わりの金曜日。
和都は朝からなんとなく身体に違和感があって、どうにも落ち着かなかった。なんとなく熱っぽい感じもするが、春日が額に手を当ててみても、発熱の様子はなく、ただただ『変な感じ』がする。
「とりあえず、保健室行ってくる……」
「ダメそうなら、そのまま寝てこい」
「んー」
和都は観察簿を軽く振りながら気怠く春日に返し、教室を後にした。
具合が悪くとも、保健委員である以上、健康観察簿を保健室まで運ぶという仕事は必須である。和都は普段よりも重い足取りで、教室のある三階から東階段を一階まで降りた。
東階段を降りてすぐ、目の前にあるのが保健室だ。
「二年三組でーす。観察簿持ってきましたぁ」
気怠さそのままに、引き戸をガラガラと開けながらそう言うと、養護教諭の仁科が少し驚いた顔で和都を見た。
「おーおはよ。……大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「えぇ……」
見るからに顔色の優れない和都から差し出された観察簿を受け取ると、仁科は額に手を当ててみる。だが熱はない。と、和都はそのまま自分の額に触れる手に縋るように、仁科のほうへ体重を傾けた。
普段なら、こんなふうに自分から、仁科に積極的に触れにいくことはしない。学校内であれば特に。
けれど原因不明の具合の悪さで不安でもあるのか、緊張の糸が切れたみたいに、仁科の白衣に縋り付く形になってしまった。仁科も珍しい、と言わんばかりに和都の身体を支えつつ、先に二年三組の観察簿を確認する。相模の欄には『少し具合が悪そうだ』という意味合いの『レ点』が書かれており、この状態は担任も把握しているようだった。
「なんだお前、朝からこうなの?」
「んー……」
くっついたまま離れられずにいる和都を、仁科は半分引きずるような形で一番手前のベッドまで運ぶ。それでもまだ離れられなくて、和都は白衣に顔を埋めたまま。それでも仁科は構わず、くずる子どもを抱きかかえるようにひょいと持ち上げて、ベッドの上に和都を座らせた。
「ほら、学ラン脱ぎなさい」
「……ん」
言われてようやく、和都が身体を離し、学ランを脱ぎ始めた。そのまま履いていた上履きも、足先でひっかけて放り出すように脱ぐと、ベッドを囲むクリーム色のカーテンを引いていた仁科に学ランを渡して、ぱたりとベッドに横たわる。
「まったく、夜更かしでもしたのか?」
「……二十二時に寝た」
「じゃあ、なんだろねぇ?」
「分かんない……」
頬を膨らませ、不機嫌な声で和都は答えると、口を真横に結んだ。寝不足でも風邪でもない。心当たりが全くなくて、歯痒くて、モヤモヤする。
「とりあえず一限は休んでなさい」
仁科はやれやれと呆れつつも、優しく和都の頭を撫でた。
「……今日、親は? 家にいる?」
「出張中で、月曜まで帰ってこない」
「あれま」
和都の両親は普段から仕事で家を空けていることが多く、週末も家にいないことが殆どだ。だからきっと、身近で自分のことを考えてくれる大人に、甘えてしまうのかもしれない。
「──しゃーない、うち来るか」
「いいの?」
「いいよ。さすがに一人にしとくのは心配だしね」
翌日が授業ならばそうはいかないが、今日は幸いにして金曜日。
仁科は優しく笑いながらふっと屈むと、ベッドに横たわる和都の額に小さく口付けた。そして、そのまま口元を耳元まで寄せる。
「学校終わったら、迎えにいくから。支度して待ってなさい」
「……うん」
囁くように言われ、和都は照れたように笑って頷くと、そのまま目を閉じた。
◇
「はい、いらっしゃい」
「……おじゃまします」
放課後、少しばかり早めに仕事を切り上げた仁科は、途中自宅で大人しく待っていた和都を車で拾うと、そのまま自宅マンションへ向かった。
当の和都は一限を保健室で過ごした後、少し調子が戻ったようだったので教室に帰したのだが、やはり本調子ではないようで、移動中の車内でも珍しく静かだった。
そして玄関を閉め、靴を脱いで室内に上がってすぐ。
「……ついてすぐこの状態は、どうなのお前」
大人しくついてきていた和都は、後ろから仁科の腰のあたりに腕を回して、ギュッとしがみついてきた。
まるで今朝、保健室にきた状態の再来である。
「まったく、手のかかる子だこと」
やれやれと呆れつつ、仁科はくっついたままの和都をずるずると引きずるように廊下を歩き、室内の明かりをつけながらリビングへ進む。通勤用の鞄と、和都の持ってきたバッグをダイニングのテーブルに置き、着ていたコートやジャケットも脱いで椅子の背に掛けると、そのまま真っ直ぐ、奥の寝室の扉を開けた。
濃いグレーのカバーを掛けた大きいベッドに、それを囲むような白い壁と黒い木製のクローゼット。ベッドの両脇には、収納付きのサイドテーブルがあり、小さめのランプが置いてある。
寝かせるつもりで部屋のライトはつけず、サイドテーブルのランプを一つだけつけた。
「ほら、横になれる場所まで来たぞ」
ベッドまできても離れる様子がないので、仁科は仕方なく和都を抱き上げ、そのまま押し倒すような格好で、半ば無理やりベッドの上に寝かせる。
ゆっくり自分だけ身体を起こし、ようやく見えた和都の顔は、なぜか涙目になっていて、恥ずかしさと困惑と、いろんな感情の入り混じった表情をしていた。
「……なんて顔してんの」
薄暗い室内でも、白い肌がほんのり赤く色づいているのが分かる。
仁科は苦笑するとネクタイを外し、ゆっくり覆いかぶさるようにして唇を塞いだ。
「……ん」
小さく開いた隙間に舌をねじ込んで、戸惑う舌を絡めとる。じわりとにじんだ唾液はグチグチと湿度の高い音を立て、だんだんと口内に溢れていった。
ベッドの上に放り出されていた小さな腕が、強請るように首の後へまわり、和都の息が次第にあがってくる。じゅくじゅくと泡立ちそうなほどに混ぜた唾液があまい。
しばらくして息を吐くように唇を離し、和都の顔を見た。大きな黒い目は涙目で潤んだまま、頬は先ほどよりも赤く上気していて呼吸が荒い。
「まだしたい?」
「……うん」
そう答える和都の表情は、分かりやすく『足りない』と濡れる。仁科は小さく笑うともう一度唇を塞いだ。
毎日学校で『保健室の先生』と『保健委員の生徒』という立場で顔を合わせてはいるもの、こうしてゆっくり触れ合ったのはなんだか久しぶりな気がする。
教師と生徒で、正しく交際するのは先延ばしにしているが、こんなことをしてしまうくらいには、想いを寄せ合う関係。
けれど年が明けて三学期に入ったここ最近、週末の予定が全然合わなかったんだよな、とそこまで考えて、仁科はなんとなく、彼の不調の原因に思い至ってしまった。
「ちょっとは落ち着いた?」
「……少し」
もう一度離れた唇がようやくそう言ったが、本心では違う雰囲気を感じる。
仁科は自分の身体を起こしてその場に座ると、ベッドに寝そべったままの和都の腕を引いて抱き寄せた。相変わらず和都の口はへの字に曲がったままだが、大人しく肩に凭れるようにくっついてくる。離れる気配のない和都の頭を撫でながら、仁科は口を開いた。
「お前のそれ、さ」
「うん?」
「欲求不満、なんじゃないの?」
「……へ?」
和都の顔を見ると、ただただポカンと呆れていて、まったくもってピンときていないようだった。
「……欲求不満の意味、知ってる?」
「それは分かるけど。……えー?」
欲求不満とは、その名の通り、欲求がなんらかの原因で満たされていない状態である。しかし真剣に考え込んでしまった和都の様子を見るに、わざと、というわけでもなく、本当に思い当たらないらしい。
「あー、じゃー言い方変えるわ。一人でちゃんと抜いたりしてる?」
「……なにを?」
「マジかお前」
これで通じないとなると、色々なことが心配になってしまう。とりあえず、肩にくっついたままの和都を引き剥がすようにして目の前に座らせた。
それからこほん、と小さく咳払いをして、仁科は訊ねる。
「マスターベーションとかオナニーとか、いわゆる自慰行為できちんと発散してるか?って聞いてんの」
「……したこと、ない」
「うそん」
ふざけずに真面目に聞いたのだが、ベッドの上、なぜか正座した状態の和都も困惑しつつ大真面目に答えるので、これはまた予想外だ。
「さすがに精通してないとかは、ないよね?」
「それは……大丈夫」
つい聞いてしまったが、和都の返答に仁科は内心ホッとする。ちなみに精通の平均年齢は十三歳だ。
「そりゃあ、そういうのの知識はあるよ。保健の授業でもやるしさ」
「知らなかったら、さすがに俺が悲しい」
仁科が少し呆れ気味に言うと、和都は苦笑しつつ、視線を少しだけ逸らす。
「でも、そういう本とかってさ、基本、女の子が相手だったりするじゃん」
「あーまぁ、そうねぇ」
「おれ元々、女の人に興味ないから、そういうの見てもなんとも思わなかったし。そういう気分とかも、なったことないし。それに……」
少しだけ躊躇うように、和都の声が僅かに沈んだ。
「それにそういうの、怖いってイメージしかなかったから、考えたこと、ない……」
「……そっか」
俯いたままの和都の頭を撫でると、仁科はそのまま自分のほうへ引き寄せて、包み込むように抱きしめた。
かつての末弟と同じように。
和都も多感な時期に、常に他人から貞操を狙われるような状況であったそうなので、きっとそんなことを考える余裕はなかったのだろう。あまつさえその初体験すらも、暴力的に強制されたものだったなら、尚更だ。
「……でもなんか、それ、納得した」
抱きしめた腕の中、肩の辺りに顔を埋めたままで和都が言う。
「ん? どれ?」
「よっきゅーふまんてやつ」
「そう?」
「……なんかすごく、先生にくっつきたくなる時あるから、おれ、頭が変になったのかと思ってた」
表情は見えないが、よく見れば耳の辺りが真っ赤になっている。
「じゃあ、ここ最近でそういう気分になるようになった、って感じかぁ」
「たぶん……?」
「やっぱ、俺のせい?」
「他に誰がいんだよっ」
不貞腐れたような声が返ってきて、仁科は喉の奥で笑う。
「光栄だね」
仁科は和都の頭を撫でた。
たくさんのものを奪われ続けた彼が、少しずつでも取り戻していると思うと、嬉しくてたまらない。
「健全な男の子になってきたんだねぇ」
仁科はゆっくり和都から離れてベッドを降りると、一度寝室を出てすぐ戻ってきた。手にはバスタオルが数枚。和都が不思議そうな顔で見つめていると、持ってきたバスタオルをベッドの上で広げる。
「まー、卒業するまで、ちゃんとした相手はしてあげられないけどさ」
そう言いながら、今度はベッドの奥のほうのサイドテーブルに置いてあったティッシュ箱を持ち出してきた。
「欲求不満の解消を手伝うくらいなら、してやるよ」
「……は?」
仁科はぽかんとした表情の和都の背後に足を広げて座ると、和都の背中に自分の身体をくっつけ、後ろから回した手で和都の履いていたジーンズの前ファスナーをおろした。
「え、ちょ、先生?!」
「はいはい大人しくしなさい」
反対の腕で自分の方へ抱き寄せて身動きを封じ、履いていたジーンズとその内側に見えた緑のボクサーパンツまでまとめてずらす。
「待って待って、手伝うってなにを?!」
「普通は一人でするのを、俺が手伝うってこと」
大騒ぎしたものの抵抗むなしく、ジーンズもボクサーパンツもあっという間に脱がされ、奪われてしまった。脱いだあとのそれらは仁科がその辺に放ったせいで、ベッドの端からずるりと滑り降りて見えなくなる。
「あっ、ばか! 先生の変態!」
「いまさら今更」
和都は着ていた長袖Tシャツの裾を引っ張って伸ばし、露わにされた箇所を隠すがあまり意味はない。
仁科の大きな手が内股をするりと滑るように裾の下へ忍び込み、中心にあるものを優しく包むようにして掴んだ。
「……ん。一応、反応はしてたか」
柔らかい芯を感じる程度にほんのりと硬さをもち、指先で触れた先端にはぬるりとした液体が触れる。
「だめ、だってば……」
胸の辺りでホールドした腕に、和都の片手がしがみつく。反対の手はもう片方の、裾の下に入り込んだ手を止めたいとばかりに掴んでいるのだが、腕力で敵うわけがない。
か細い先走りの出口を指先で弄りながら、柔らかく掴んだそこをゆっくり、小さく上下させた。
「あっ、まって、まって……」
ひきつったように和都が声を震わせる。俯いているので顔は見えないが、首すじまで赤くなっており、呼吸も荒くなってきた。肩も次第に小さく上下し始め、漏れる声に熱が帯びる。
「あぅ……」
少しだけ強めに握ると、掠れた声が溢れた。手のひらで包んだ内側が、次第にしっかりとした硬さを持ってくる。
動かすたびにじわりと溢れた先走りが湿度のこもった音を立て、間接照明だけの薄暗く静かな室内に、和都が漏らす声と一緒に小さく響いた。
昂りが募り始めたのか、腕を掴んでいた和都の手が、制止というより縋るような形になっている。もうだいぶしっかりと刺激を与えているつもりだが、漏れ出す声が荒くなるばかりで、もう一押し、足りないらしい。
仁科は目の前の、熱を帯びて赤く染まった細い首に舌を這わせた。
「ひぁ……!」
小さな悲鳴と一緒に、俯いていた顔が上を向く。黒い大きな目を未知の快感で蕩けるように潤ませ、小さく開いた口の隙間に、唾液の糸が細く掛かっていた。
狭い額に汗がじわりと滲み、横から見ても分かる、熱にのぼせた表情。
「……可愛い顔してる」
震える唇に横から噛み付いて、小さな隙間に舌を捩じ込み、熱い舌を絡める。
「ん……」
ぐちぐちと唾液が混ざり、口内の温度が上がっていく。小さい泡立ちが口の端から逃げるように溢れた。
熱を帯びた小さな吐息に合わせ、握りこんで動かしているほうの手の速度を、少しずつ速めていく。手の内側は、熱と粘液ですでにぐちゃぐちゃで、もう後戻りのできない状態。
「あっ、」
ふいに唇が離れて、和都の口から吐息に近い声が零れた。
「……出ちゃ、う」
「いいよ、イきな」
汗ばんだ小さな額に自分の額をくっつけて囁く。
熱に潤んだ瞳と、目が合った。
「……あっ、あっ」
甘い色の付いた声と一緒に、握っていたそれの先から、パタパタと白濁した液体が溢れて、敷いておいたタオルの上に落ちていく。
「はい、よく出来ました」
そう言いながら、背中をこちらに預け、口を大きく開けて息を整える和都の頭を、仁科は優しく撫でる。
「……心臓、痛い」
「心拍上がるからねぇ。でも、ちょっとスッキリしたでしょ?」
「……うん。そう、かも」
躊躇いがちにそう答える和都の表情は、来た時よりもモヤモヤと内側に溜まっていた何かが抜けたようになっていた。やはり予想通り、不慣れな欲求不満が原因だったらしい。
仁科は内心苦笑しつつ、近くに持ってきていたティシュやタオルで手を拭いた。
「……先生は、しなくていいの?」
ふと、自分の胸元に背中を預けたままの和都が、おずおずと聞いてくる。
「ん? なにを?」
「いや、その。……だって、ずっと当たってる、から」
和都がモゾモゾと腰の辺りを動かしながら、恥ずかしそうに口籠ってしまった。
はて? と考えたが、仁科はすぐに、ああ、と気付く。
体勢の問題もあって、ちょうど自分の股間の辺りが、和都の腰にぴったりと当たっていた。
「そりゃあ、あんな可愛い顔みちゃったらねぇ」
可愛い人が目の前で達する様を見て、自分の身体が反応しないわけはない。
「……手伝う?」
「なにをどう手伝う気だよ」
「分かんないけど」
「ご心配なく。しばらくすりゃ収まるんで」
仁科は答えながら、少し困ったような顔の彼を後ろからぎゅうっと抱きしめた。
和都の様子に引き摺られてしまった結果の生理現象である。時間が経てば落ち着いてくるはずだ。
「──いつもなら、お前がくる前日に抜いたりしてるんだけどね」
今回は、予定外に急遽つれてくることになったので、そんな暇は正直なかった。
「なんで?」
「うっかり襲わないように、ですよ」
「あー……」
夏休みに、一緒に出掛けて泊まった先で、酒に酔った勢いのまま襲いかけたことがある。あの時はなんとか理性が勝ったが、次どうなるのか自分でも分からない。
まだ先生と生徒の状態で、一線を越えるのだけは踏みとどまりたかった。
彼は、ずっと大人に傷つけられてきた子どもなのだ。
「……先生て、さ」
収まるのを待つようにぎゅっと抱きついていると、ふと、腕の中で和都が口を開く。
「何見て抜くの?」
「それ聞きます?」
「だって先生、女の人と付き合ったりとか、してたんじゃないの?」
少しだけ躊躇いがちに和都が言った。
自分たちの意向でないとはいえ、一応、女性の婚約者もいる。彼が気にするのも仕方がない話だ。
「……言っとくけど、俺もお前と同じで、女の人にそもそも興味がないんだよね」
「そう、なの?」
「まぁ確かに、家継がなきゃーとか、凛子と結婚しないために他の人探さなきゃーって気持ちもあって、女の人と付き合ったりもしたんだけど、やっぱダメだったんだ」
自分の家柄を知れば、女性は割合喜んで付き合ってくれる。だからと言って、そう簡単にうまくいくわけがない。
家督については、自分の良き理解者でもある次男夫婦が引き受けてくれた。あとは現婚約者である凛子が自分ではないパートナーを積極的に探しているので、早く見つけてくれればいいが、という状態。
仁科は和都の頭を撫でながら言う。
「まーだから、心配せずとも今はお前の顔で抜いてるよ」
「そう、ですか……」
聞いておきながら、和都が照れたように顔を赤くしていた。
彼がそんなことを聞く理由は明白である。
これまでの色んな出来事のせいで、すぐ『自分なんて』と卑下してしまう癖が抜けない。多少は自分から甘えてくれるようになったけれど、この様子ではまだまだかかりそうだ。
「次抜く時は、さっきの顔かなぁ~」
「だから、あんなに顔見てたの?」
「めちゃくちゃ可愛いかったよ。写真撮っときたかったな~」
「……バカ!」
赤い顔でそうは言うものの、どこか嬉しそうにも見える。
仁科は笑いながら、小さな額にそっと口付けた。普段のような調子がだいぶ出てきたようだ。
「とりあえず、原因も分かったし、やり方も教えたんだから、今後は適度に自分でガス抜きしなさいね」
「……出来る、かなぁ」
「まぁそりゃ、練習あるのみ、ですよ」
「うぅ……」
必要なこと、と理解はしているようだが、潜在的な恐怖もまだあるのだろう。
「上手くできなくてもいいよ。うちに来た時に定期的に抜いてやるから」
「でも……」
「また調子悪くなった時、春日クンに原因は言えないでしょ?」
「……たしかに」
春日の名前を出されて、さすがの和都も押し黙る。
割と何でも話せる親友ではあるが、普段から和都の体調を気遣う彼に、今回の原因ばかりは話せそうにない。それなら、再発しないようにするしかないだろう。
「ホント、手のかかる子だねぇ」
「すみません」
「いいんだよ。いっぱい甘えなさい。ちゃんと教えてあげるから」
嬉しいような、恥ずかしいようななんとも言えない顔で和都が笑うのを見て、仁科はもう一度額に口付けた。
◇ ◇
「体調、大丈夫そうだな」
「あーうん。土日いっぱい寝たら、なんか治った!」
月曜の朝、学校に向かう通学路の途中で行き合った春日に、和都はまるで睡眠不足か風邪の初期症状だったと言わんばかりに答えた。
結局、金曜の夜から日曜の夜まで仁科の家でたっぷり一緒に過ごしたおかげか、原因である欲求不満はすっかり解消されている。とはいえ、このどうしようもない原因を春日に話すことはできないので、そう答えるしかない。
しかし、和都の思惑を知ってか知らでか、春日はじぃっと訝しむような目をする。
「……ふーん、どこで?」
「え、どこってそりゃ──」
「土曜、心配だったから塾の前にお前ん家いったけど、誰もいなかったぞ」
たくさん寝るなら自宅だろう、と答えようとしたのが、それよりも早く春日に言われてしまった。
「……来るなら、連絡しろよ」
まさかそこまで心配されていたとは思わず、想定外の行動に和都はそれしか言えない。
「どうせ、先生の家に行ってたんだろ」
「そーだよ。具合悪いのに家に一人なのは、心配だからって言われてっ」
和都は開き直ってそう言った。分かっていて聞いたらしい。
時々春日は妙に遠回しなやりくちを使う。相変わらず、いい性格だ。
「あっそ。まぁ、ほどほどにな」
呆れたように言うと、春日はすっと和都の首もとに手を伸ばし、マフラーの下、詰襟のフチをぐいと引っ張る。そして、首の付け根の辺りを上から覗き込んだ。
「……あと先生に、首まわりに痕つけるのはやめろって言っとけ」
言われて和都は春日の手を払い、マフラーをぐるぐる巻きにして首元を隠す。一緒に居る時間が長くなると、いつの間にかどこかに痕をつけられてしまうのだ。
この親友はそれによく気付くので、油断ならない。
「くれぐれも、ほどほどに、な」
「……はい」
普段と変わらない仏頂面で、健全な付き合いをしろよ、と言わんばかりに春日に念を押され、和都はマフラーをぎゅっと握って答えるしかなかった。
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