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23)カイキする日々
23-04 *
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◇
「……あれ?」
和都が目を開けると、見慣れない部屋の、大きなベッドの上にいた。
白い壁に黒い木目の家具で統一された室内。
身体を起こすと、グレーの薄い掛け布団をかけられていたことに気付く。
見覚えはあるけれどどこだったか、ぼんやりした頭で思い出そうとしていると、部屋のドアがガチャリと開いた。
「あ、やっと起きたな?」
部屋のドアを開けて入ってきたのは、紺色のゆったりとしたルームパンツを履き、上半身は裸のままの仁科。シャワーでも浴びていたのか、バスタオルで頭を拭きながらベッドに近寄ってきた。
そこでようやく、仁科の家の寝室だった、と思い出すと同時に、意識がハッキリする。
「先生、おれ……?」
「こっちに来る途中で、寝ちゃったんだよ」
ハクが早々に『鬼』を始末し、その後流れるように全てが解決してしまったこともあり、本来の目的である『和都が一人で勝手な行動を取らないように見張る』必要はなくなった。
だが、バクが離れたことによる体調の変化などがあった場合、自宅に一人でいるのはまずいのでは? ということもあって、結局和都は仁科の家に泊まることになったのだった。
狛山駅前にあったファストフード店で五人一緒に遅い夕飯を食べ、それぞれの家まで送っていき、その後仁科の家に向かう途中、和都は車の中で寝落ちたらしい。
「背中とか、色々診たいから、ちょっと上脱いで」
「……あ、はい」
和都が言われるままに上に着ていたシャツとインナーを脱ぐと、ベッドに上がってきた仁科がバスタオルを肩にかけたまま、背中や腕にケガがないかとしっかり診る。
特に背中の札を貼った辺りは、何か跡が残ってしまっていないか、顔を近づけて念入りにチェックした。
「……うん、跡とかも残ってないし、身体のほうは問題ないかな」
そう言ってこちらを見た仁科に、和都は少し違和感を覚える。いつも見ている顔に、何か足りない。
「先生、メガネしてなくて、見えるの?」
足りないものに気付いて聞いてみると、仁科はああ、かけ忘れてたな、という顔をした。
「ああ、メガネなくても、一応生活する分には大丈夫なんだよ」
「へー、そうだったんだ」
「でも運転するからね。掛けなくても一応大丈夫なんだけど、掛けてたほうがちゃんと見えて安全だし」
「そっか」
仁科は納得する和都の顎を手で少し上げて、今度は和都の目のほうをじっと観察する。
診るのは特に、バクのチカラが残ってしまった、左目。
「……今は黒目だな。見え方は? 見えづらかったり、霞んだりはしない?」
跡地で見た時は黒目の部分が金色に染まり、バクと同じ六つの細長い瞳孔が花のように広がっていた。
今はこれまでと同じ、夜空のように深い黒。
「うん、そこは特に変わんないけど……」
「けど?」
「山の麓の駅、改札に黒いヤツ、いたでしょ?」
「あー、いたね」
和都に言われて、仁科も思い出す。
菅原は電車の方が早いからと、そのまま駅で別れたのだが、その時に三つある自動改札の一つの隙間に、天井まで伸びる真っ黒い影がぼやぁっと立っているのを視た。
「あれが前より少し、薄いっていうか、ぼんやりした感じに視えた」
「なるほど。俺にはハッキリ黒いのが視えたから、ちょっと視界は変わって視えてるかもね」
「……そうみたい」
バクの言っていた通り、以前より視えるチカラは弱くなっているような気がする。
「まぁ、これまで分けてた霊力を全部使っちゃったって言ってたし、チカラが増えればもう少し視えるようにはなると思うけど」
「そっか、そう言ってたね」
視えて楽しいものではなかったけれど、今まで視えていたものが急に視えなくなるのは、それはそれで妙な恐怖感があった。
「不安?」
「少し……」
素直にそう答えると、仁科の大きな腕が伸びてきて、そっと抱き寄せられる。
「今まで視えてた世界が変わるのって怖いよなぁ。でも、完全に視えなくなるわけじゃないし」
「うん」
「もし困ったら、俺に言えばいいからね」
「うん」
「よく、頑張ったね」
大きな手が頭を撫でて、そう言った。
「……うん!」
ようやく、いろんな緊張が解けた気がして、つかえていた何かが涙と一緒に溢れ出す。
死んでしまうかもしれない恐怖と、何も変わらないかもしれない絶望。
悲しみも喜びも、全部が一緒になって渦を巻いているようだった。
仁科は和都の大きな瞳から止めどなく流れてくる涙を拭い、そのまま両手で顔を包むと、唇を重ねる。
それからゆっくりベッドの上に押し倒して、静かに唇を離した。
「これからも一緒にいるから」
「うん」
そう囁く仁科に、和都は嬉しそうににっこり笑う。
ベッドの上に二人で並ぶように横になると、そのまま向き合うように身体を寄せあった。
そういえば、上は互いに何も着てないままだ。
和都が仁科の胸元に頬を擦り寄せる。
肌のしっとりとした感触と、その下からじんわりと熱を感じた。
そして、トクトクと内側から命の流れる音がする。
生きている音だ。
「……人の肌って、あったかいんだね」
「そりゃあね」
仁科が小さく笑って、和都の頭を撫でながら、二人分の身体を包むように掛け布団をかけた。
そっと縋るように、頬をつけたままの和都の頭を、仁科がそっと撫でる。
「落ち着く?」
「うん。なんか、安心する」
「そっか」
そのまま二人でぎゅっと抱き合ったまま、深い眠りに落ちていった。
「……あれ?」
和都が目を開けると、見慣れない部屋の、大きなベッドの上にいた。
白い壁に黒い木目の家具で統一された室内。
身体を起こすと、グレーの薄い掛け布団をかけられていたことに気付く。
見覚えはあるけれどどこだったか、ぼんやりした頭で思い出そうとしていると、部屋のドアがガチャリと開いた。
「あ、やっと起きたな?」
部屋のドアを開けて入ってきたのは、紺色のゆったりとしたルームパンツを履き、上半身は裸のままの仁科。シャワーでも浴びていたのか、バスタオルで頭を拭きながらベッドに近寄ってきた。
そこでようやく、仁科の家の寝室だった、と思い出すと同時に、意識がハッキリする。
「先生、おれ……?」
「こっちに来る途中で、寝ちゃったんだよ」
ハクが早々に『鬼』を始末し、その後流れるように全てが解決してしまったこともあり、本来の目的である『和都が一人で勝手な行動を取らないように見張る』必要はなくなった。
だが、バクが離れたことによる体調の変化などがあった場合、自宅に一人でいるのはまずいのでは? ということもあって、結局和都は仁科の家に泊まることになったのだった。
狛山駅前にあったファストフード店で五人一緒に遅い夕飯を食べ、それぞれの家まで送っていき、その後仁科の家に向かう途中、和都は車の中で寝落ちたらしい。
「背中とか、色々診たいから、ちょっと上脱いで」
「……あ、はい」
和都が言われるままに上に着ていたシャツとインナーを脱ぐと、ベッドに上がってきた仁科がバスタオルを肩にかけたまま、背中や腕にケガがないかとしっかり診る。
特に背中の札を貼った辺りは、何か跡が残ってしまっていないか、顔を近づけて念入りにチェックした。
「……うん、跡とかも残ってないし、身体のほうは問題ないかな」
そう言ってこちらを見た仁科に、和都は少し違和感を覚える。いつも見ている顔に、何か足りない。
「先生、メガネしてなくて、見えるの?」
足りないものに気付いて聞いてみると、仁科はああ、かけ忘れてたな、という顔をした。
「ああ、メガネなくても、一応生活する分には大丈夫なんだよ」
「へー、そうだったんだ」
「でも運転するからね。掛けなくても一応大丈夫なんだけど、掛けてたほうがちゃんと見えて安全だし」
「そっか」
仁科は納得する和都の顎を手で少し上げて、今度は和都の目のほうをじっと観察する。
診るのは特に、バクのチカラが残ってしまった、左目。
「……今は黒目だな。見え方は? 見えづらかったり、霞んだりはしない?」
跡地で見た時は黒目の部分が金色に染まり、バクと同じ六つの細長い瞳孔が花のように広がっていた。
今はこれまでと同じ、夜空のように深い黒。
「うん、そこは特に変わんないけど……」
「けど?」
「山の麓の駅、改札に黒いヤツ、いたでしょ?」
「あー、いたね」
和都に言われて、仁科も思い出す。
菅原は電車の方が早いからと、そのまま駅で別れたのだが、その時に三つある自動改札の一つの隙間に、天井まで伸びる真っ黒い影がぼやぁっと立っているのを視た。
「あれが前より少し、薄いっていうか、ぼんやりした感じに視えた」
「なるほど。俺にはハッキリ黒いのが視えたから、ちょっと視界は変わって視えてるかもね」
「……そうみたい」
バクの言っていた通り、以前より視えるチカラは弱くなっているような気がする。
「まぁ、これまで分けてた霊力を全部使っちゃったって言ってたし、チカラが増えればもう少し視えるようにはなると思うけど」
「そっか、そう言ってたね」
視えて楽しいものではなかったけれど、今まで視えていたものが急に視えなくなるのは、それはそれで妙な恐怖感があった。
「不安?」
「少し……」
素直にそう答えると、仁科の大きな腕が伸びてきて、そっと抱き寄せられる。
「今まで視えてた世界が変わるのって怖いよなぁ。でも、完全に視えなくなるわけじゃないし」
「うん」
「もし困ったら、俺に言えばいいからね」
「うん」
「よく、頑張ったね」
大きな手が頭を撫でて、そう言った。
「……うん!」
ようやく、いろんな緊張が解けた気がして、つかえていた何かが涙と一緒に溢れ出す。
死んでしまうかもしれない恐怖と、何も変わらないかもしれない絶望。
悲しみも喜びも、全部が一緒になって渦を巻いているようだった。
仁科は和都の大きな瞳から止めどなく流れてくる涙を拭い、そのまま両手で顔を包むと、唇を重ねる。
それからゆっくりベッドの上に押し倒して、静かに唇を離した。
「これからも一緒にいるから」
「うん」
そう囁く仁科に、和都は嬉しそうににっこり笑う。
ベッドの上に二人で並ぶように横になると、そのまま向き合うように身体を寄せあった。
そういえば、上は互いに何も着てないままだ。
和都が仁科の胸元に頬を擦り寄せる。
肌のしっとりとした感触と、その下からじんわりと熱を感じた。
そして、トクトクと内側から命の流れる音がする。
生きている音だ。
「……人の肌って、あったかいんだね」
「そりゃあね」
仁科が小さく笑って、和都の頭を撫でながら、二人分の身体を包むように掛け布団をかけた。
そっと縋るように、頬をつけたままの和都の頭を、仁科がそっと撫でる。
「落ち着く?」
「うん。なんか、安心する」
「そっか」
そのまま二人でぎゅっと抱き合ったまま、深い眠りに落ちていった。
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