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14)野狐の道
14-04
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◇
「蔵の鍵ももらえたし、やりますかね」
昼食を食べた後は、ようやく今回の主目的である安曇家の蔵へ向かう。
離れから中庭を挟んだ向こう側に見える、白い壁に黒い瓦屋根の、二階建ての土蔵。壁は下から途中まで斜め格子の模様が入っていて、ヒサシの下には大きな扉があった。
「すごいね、蔵があるお家」
「神社関係の資料は基本、宝物殿に一般公開してあるんだけど、しなくていいものとか、安曇家や仁科家に関する古い資料はこっちの蔵に仕舞われててね」
観音開きの分厚い扉を片方ずつ開けると、今度は茶色の引き戸が現れる。
その鍵を開錠して開けると、土やホコリの独特の匂いが、もわっと身体にまとわりつくように溢れ出してきた。
天井から吊るされた電球のスイッチを点けながら進み、奥に一つだけある小さな窓を開け、外の明るさを土蔵内に入れる。それでも明るさは少々足りないくらいだ。
「ホコリすっごい」
マスクをつけているものの、少し歩くだけで白い埃が舞い上がるので、咳き込みそうになる。これでも一階部分は数年おきに掃除はしているそうで、素人の手でなんとかなりそうな状態ではあった。
「一応、掃除も頼まれてるからな。掃除しつつ資料を探すぞ」
「はーい」
土蔵はほぼ物置として使っているようで、使っていない昔の道具やおもちゃ、自転車なども置いてある。
先ずは二階からと階段へと向かったのだが、分厚い木の板を組んで作られた階段の各段には、雛祭りの雛壇かのように埃まみれの荷物が積まれていた。まるで二階には誰も入れないようにしているかのように。
階段の荷物を片付けようにも、一階は一階で物が散乱しているので、荷物を避けておくようなスペースはない。
「こりゃ一階からじゃないと厳しいな」
「そうですね」
二人は仕方なく、一階の床を埋め尽くす荷物を外に出すことから始めた。ある程度出したら、今度は手分けして備え付けられた棚の埃を箒やハタキで落とし、関連する資料がないかと探し回る。
奥の方にある棚の埃を落としていた和都は、古そうな本が積まれているのを見つけた。
表紙をみるも、ミミズを這わせたような筆文字で何と書いているかは分からない。そもそも、ここでは暗くて読めそうもないな、と思い反対側の隅のほうを掃除する仁科に向かって声を掛けた。
「先生、本あったけど、どうしよう?」
「そーねぇ、天気もいいし虫干しするか。あっちの木の陰にビニールシート敷いて置いていこう」
蔵近くの大きな木の下に水色のビニールシートを広げ、一階にあった荷物や本を置いていく。
「何やってんのー?」
ちょうど和都が本を持って蔵から出てきたところで、朝一緒に水鉄砲で撃ち合いをした中学生たちが声をかけてきた。それぞれ近くにあるらしい自宅で昼食を食べ終えて、また神社へやってきたらしい。
「蔵の掃除だよ。言ったろ、おれは遊びに来てるんじゃないって」
「へー、本当だったんだ」
「じゃあ高校生ってのも本当ってこと?」
「見えねー!」
ケラケラと笑う三人の中学生に、和都はむっとしてクチを尖らせる。
「うっさいなぁ、暇なら手伝ってよ」
「いいよ!」
「お宝とかあんの?」
「終わったらまた対決な!」
「分かった分かった」
和都はそういうと、蔵から出した荷物をビニールシートに広げていくよう、中学生たちに指示を出した。
天気も良い真夏日の午後。山間でこの辺りは多少涼しい方だが、それでも土蔵の中は風が通らないのでなかなかの気温になる。
滴る汗を拭い、中学生たちの手も借りながら、蔵の一階部分にあった一部の荷物と、資料になりえそうな本を全て外に出すことが出来た。
「……休憩、しようか」
「はぁい」
ビニールシートの空いたスペースに座り込み、時折吹く風で涼んでいると、凛子が差し入れによく冷えたスイカと飲み物を持って来てくれたので、そちらで水分補給する。
多少身体が休まったところで、次はビニールシート上に乱雑に広げた古い荷物や書物の整理だ。
各荷物の掃除や要不要の判断は、凛子と中学生たちにお願いし、和都と仁科は当初の目的である、白狛神社に関する資料を探し始める。
本を捲ったりし始めてから、そういえば、と仁科は和都に声を掛けた。
「あ。相模お前、くずし字とか読めるか?」
「読めるわけなーい」
「……だよなぁ。俺も少ししか分かんないんだよねぇ」
比較的新しい資料ならまだ読める。探すべき『白狛神社』という文字列も漢字なので、多少崩れていても分かりそうだが、古い時代の、これだけの本を全て捲って探し出すのは、いくら時間があっても足りない。せめて本の表紙に書いてある文字が分かればいいのだが。
「でも、くずし字の解読アプリがあるから大丈夫だよ」
「アプリ?」
そう言って、和都がスマホを取り出し、アプリを起動してこちらに見せた。解読したい文字をスマホで撮影すると、リアルタイムでその文字が何と書いてあるかを表示してくれるというものだ。
「へぇー、便利な世の中ねぇ。よく知ってるな」
「古い本とかから探すって言われて、昔の文字とか読めないし、いい方法ないかなぁって調べてたら見つけたの。結構最近出たヤツらしいよ」
和都に教えてもらって、仁科もスマホに解読アプリを入れると、手分けして書物の山を見ていく。途中、荷物の方の整理が終わったらしい中学生たちも、アプリを使って本を探していることに興味を示し、一緒になって本を確認していくことになった。
巻物は一度広げる必要があるので時間がかかるが、その他の書物は大抵表紙にタイトルがあるので、必要な本かどうかの判別をつけるのはわりとすぐ出来る。
そうやって見ていくうちに、和都は一冊だけ妙な表紙の冊子を見つけた。どこかの神社で行った祭事に関する名簿のようだが、肝心のどの神社であるかの部分が墨で潰されていて判別できない。
中を開いてみると、祭事の順番や人名が書かれていて、その文章の中に『白狛』の文字が見えた。
「あ、あった!」
和都の声に仁科も近寄って一緒に覗き込む。
「神社でやるお祭りの、参加者名簿?」
「みたいなもんかなぁ。手順とか、誰がどの担当だった、みたいな記録かな」
最初から順に見ていくと、宮司の欄に『安曇真之介』とあった。図書館で見つけた、白狛神社の宮司と同じ名前だ。
それであれば、やはりこの冊子は白狛神社で行われた祭事の記録に違いない。
ページを捲っていくと、手伝いをすると思われる人物の欄に『仁科』の文字を見つけた。
「権禰宜、仁科……孝四郎?」
「この人って、仁科家の御先祖様、ですか?」
言われて仁科は、スマホに保存していた家系図の画像を確認する。
年代を考えてもいるなら最初のほうだろうと、家系図の頭から見ていくが『孝四郎』の名前はない。
「だと思うんだが、家系図にいないな。うちとは違う仁科か?」
「でも、安曇家と仁科家が親戚なら、仁科家のような気もしますけど」
「そうだよなぁ」
冊子をさらに見ていくと、関係者の名前には安曇の姓が多く書かれていた。もう一人、仁科の名前を見つけたので家系図を確認すると、こちらはきちんと記載がある。
「こっちの人は家系図にいるな。となると、どうやら安曇だけでなく、仁科家のご先祖様も関わってた可能性が高い、な」
「仁科孝四郎って、誰なんでしょう?」
「さぁな。実家のほうの資料も探した方がいいんだろうけど、白狛神社の資料なんてあったかなぁ」
考え込みつつ、他の資料についても見てみたが、結局それ以降関係のありそうな本は見つからなかった。
「こんだけ探して一冊だけ……」
「あるだけいいだろ。まぁ二階にも資料はまだありそうだし、今日はここまでかな」
気付けば空が白み、オレンジ色に染まり始めている。
「さ、暗くなる前に本を戻そう」
「はぁい」
和都は返事をして立ち上がると、うーんと大きく伸びをして、片付けに取り掛かった。
──/──
「もしもし、フミ?」
〈…………〉
「うん、安曇のほうに泊まってるよ。離れ用意してもらったから」
〈…………〉
「えー、やだよ。そっち行ったら行ったで、親父がうるせーし。まぁ、こっちの親父殿達もしつこいけどね」
〈…………〉
「ああ、帰りに顔見に行くよ。チビ達にも会いたいし。そうだ、そっちで『白狛神社』の資料って見たことあるか?」
〈…………〉
「だよなぁ。俺が籠ってた時にも見た覚えがない。それから『仁科孝四郎』っていう人物に関する資料も探してるんだけど」
〈…………〉
「うん。最新の家系図にはいないんだよね。俺らと同じ『孝』に漢数字の四、太郎とかの『郎』だ」
〈…………〉
「だろ? 神社の関係者っぽいんだけど、どうもこの神社関連だけ、資料がおかしい。意図的っていうか、何て言うか」
〈…………〉
「明日は二階を探すから、もう少し何か分かるかもだけどね」
〈…………〉
「ああ、あったね。よく許可もらえたな。そうか、でもそれならちょうどいいや、そっちは頼むよ」
〈…………〉
「うん、よろしく。また連絡する」
──/──
「蔵の鍵ももらえたし、やりますかね」
昼食を食べた後は、ようやく今回の主目的である安曇家の蔵へ向かう。
離れから中庭を挟んだ向こう側に見える、白い壁に黒い瓦屋根の、二階建ての土蔵。壁は下から途中まで斜め格子の模様が入っていて、ヒサシの下には大きな扉があった。
「すごいね、蔵があるお家」
「神社関係の資料は基本、宝物殿に一般公開してあるんだけど、しなくていいものとか、安曇家や仁科家に関する古い資料はこっちの蔵に仕舞われててね」
観音開きの分厚い扉を片方ずつ開けると、今度は茶色の引き戸が現れる。
その鍵を開錠して開けると、土やホコリの独特の匂いが、もわっと身体にまとわりつくように溢れ出してきた。
天井から吊るされた電球のスイッチを点けながら進み、奥に一つだけある小さな窓を開け、外の明るさを土蔵内に入れる。それでも明るさは少々足りないくらいだ。
「ホコリすっごい」
マスクをつけているものの、少し歩くだけで白い埃が舞い上がるので、咳き込みそうになる。これでも一階部分は数年おきに掃除はしているそうで、素人の手でなんとかなりそうな状態ではあった。
「一応、掃除も頼まれてるからな。掃除しつつ資料を探すぞ」
「はーい」
土蔵はほぼ物置として使っているようで、使っていない昔の道具やおもちゃ、自転車なども置いてある。
先ずは二階からと階段へと向かったのだが、分厚い木の板を組んで作られた階段の各段には、雛祭りの雛壇かのように埃まみれの荷物が積まれていた。まるで二階には誰も入れないようにしているかのように。
階段の荷物を片付けようにも、一階は一階で物が散乱しているので、荷物を避けておくようなスペースはない。
「こりゃ一階からじゃないと厳しいな」
「そうですね」
二人は仕方なく、一階の床を埋め尽くす荷物を外に出すことから始めた。ある程度出したら、今度は手分けして備え付けられた棚の埃を箒やハタキで落とし、関連する資料がないかと探し回る。
奥の方にある棚の埃を落としていた和都は、古そうな本が積まれているのを見つけた。
表紙をみるも、ミミズを這わせたような筆文字で何と書いているかは分からない。そもそも、ここでは暗くて読めそうもないな、と思い反対側の隅のほうを掃除する仁科に向かって声を掛けた。
「先生、本あったけど、どうしよう?」
「そーねぇ、天気もいいし虫干しするか。あっちの木の陰にビニールシート敷いて置いていこう」
蔵近くの大きな木の下に水色のビニールシートを広げ、一階にあった荷物や本を置いていく。
「何やってんのー?」
ちょうど和都が本を持って蔵から出てきたところで、朝一緒に水鉄砲で撃ち合いをした中学生たちが声をかけてきた。それぞれ近くにあるらしい自宅で昼食を食べ終えて、また神社へやってきたらしい。
「蔵の掃除だよ。言ったろ、おれは遊びに来てるんじゃないって」
「へー、本当だったんだ」
「じゃあ高校生ってのも本当ってこと?」
「見えねー!」
ケラケラと笑う三人の中学生に、和都はむっとしてクチを尖らせる。
「うっさいなぁ、暇なら手伝ってよ」
「いいよ!」
「お宝とかあんの?」
「終わったらまた対決な!」
「分かった分かった」
和都はそういうと、蔵から出した荷物をビニールシートに広げていくよう、中学生たちに指示を出した。
天気も良い真夏日の午後。山間でこの辺りは多少涼しい方だが、それでも土蔵の中は風が通らないのでなかなかの気温になる。
滴る汗を拭い、中学生たちの手も借りながら、蔵の一階部分にあった一部の荷物と、資料になりえそうな本を全て外に出すことが出来た。
「……休憩、しようか」
「はぁい」
ビニールシートの空いたスペースに座り込み、時折吹く風で涼んでいると、凛子が差し入れによく冷えたスイカと飲み物を持って来てくれたので、そちらで水分補給する。
多少身体が休まったところで、次はビニールシート上に乱雑に広げた古い荷物や書物の整理だ。
各荷物の掃除や要不要の判断は、凛子と中学生たちにお願いし、和都と仁科は当初の目的である、白狛神社に関する資料を探し始める。
本を捲ったりし始めてから、そういえば、と仁科は和都に声を掛けた。
「あ。相模お前、くずし字とか読めるか?」
「読めるわけなーい」
「……だよなぁ。俺も少ししか分かんないんだよねぇ」
比較的新しい資料ならまだ読める。探すべき『白狛神社』という文字列も漢字なので、多少崩れていても分かりそうだが、古い時代の、これだけの本を全て捲って探し出すのは、いくら時間があっても足りない。せめて本の表紙に書いてある文字が分かればいいのだが。
「でも、くずし字の解読アプリがあるから大丈夫だよ」
「アプリ?」
そう言って、和都がスマホを取り出し、アプリを起動してこちらに見せた。解読したい文字をスマホで撮影すると、リアルタイムでその文字が何と書いてあるかを表示してくれるというものだ。
「へぇー、便利な世の中ねぇ。よく知ってるな」
「古い本とかから探すって言われて、昔の文字とか読めないし、いい方法ないかなぁって調べてたら見つけたの。結構最近出たヤツらしいよ」
和都に教えてもらって、仁科もスマホに解読アプリを入れると、手分けして書物の山を見ていく。途中、荷物の方の整理が終わったらしい中学生たちも、アプリを使って本を探していることに興味を示し、一緒になって本を確認していくことになった。
巻物は一度広げる必要があるので時間がかかるが、その他の書物は大抵表紙にタイトルがあるので、必要な本かどうかの判別をつけるのはわりとすぐ出来る。
そうやって見ていくうちに、和都は一冊だけ妙な表紙の冊子を見つけた。どこかの神社で行った祭事に関する名簿のようだが、肝心のどの神社であるかの部分が墨で潰されていて判別できない。
中を開いてみると、祭事の順番や人名が書かれていて、その文章の中に『白狛』の文字が見えた。
「あ、あった!」
和都の声に仁科も近寄って一緒に覗き込む。
「神社でやるお祭りの、参加者名簿?」
「みたいなもんかなぁ。手順とか、誰がどの担当だった、みたいな記録かな」
最初から順に見ていくと、宮司の欄に『安曇真之介』とあった。図書館で見つけた、白狛神社の宮司と同じ名前だ。
それであれば、やはりこの冊子は白狛神社で行われた祭事の記録に違いない。
ページを捲っていくと、手伝いをすると思われる人物の欄に『仁科』の文字を見つけた。
「権禰宜、仁科……孝四郎?」
「この人って、仁科家の御先祖様、ですか?」
言われて仁科は、スマホに保存していた家系図の画像を確認する。
年代を考えてもいるなら最初のほうだろうと、家系図の頭から見ていくが『孝四郎』の名前はない。
「だと思うんだが、家系図にいないな。うちとは違う仁科か?」
「でも、安曇家と仁科家が親戚なら、仁科家のような気もしますけど」
「そうだよなぁ」
冊子をさらに見ていくと、関係者の名前には安曇の姓が多く書かれていた。もう一人、仁科の名前を見つけたので家系図を確認すると、こちらはきちんと記載がある。
「こっちの人は家系図にいるな。となると、どうやら安曇だけでなく、仁科家のご先祖様も関わってた可能性が高い、な」
「仁科孝四郎って、誰なんでしょう?」
「さぁな。実家のほうの資料も探した方がいいんだろうけど、白狛神社の資料なんてあったかなぁ」
考え込みつつ、他の資料についても見てみたが、結局それ以降関係のありそうな本は見つからなかった。
「こんだけ探して一冊だけ……」
「あるだけいいだろ。まぁ二階にも資料はまだありそうだし、今日はここまでかな」
気付けば空が白み、オレンジ色に染まり始めている。
「さ、暗くなる前に本を戻そう」
「はぁい」
和都は返事をして立ち上がると、うーんと大きく伸びをして、片付けに取り掛かった。
──/──
「もしもし、フミ?」
〈…………〉
「うん、安曇のほうに泊まってるよ。離れ用意してもらったから」
〈…………〉
「えー、やだよ。そっち行ったら行ったで、親父がうるせーし。まぁ、こっちの親父殿達もしつこいけどね」
〈…………〉
「ああ、帰りに顔見に行くよ。チビ達にも会いたいし。そうだ、そっちで『白狛神社』の資料って見たことあるか?」
〈…………〉
「だよなぁ。俺が籠ってた時にも見た覚えがない。それから『仁科孝四郎』っていう人物に関する資料も探してるんだけど」
〈…………〉
「うん。最新の家系図にはいないんだよね。俺らと同じ『孝』に漢数字の四、太郎とかの『郎』だ」
〈…………〉
「だろ? 神社の関係者っぽいんだけど、どうもこの神社関連だけ、資料がおかしい。意図的っていうか、何て言うか」
〈…………〉
「明日は二階を探すから、もう少し何か分かるかもだけどね」
〈…………〉
「ああ、あったね。よく許可もらえたな。そうか、でもそれならちょうどいいや、そっちは頼むよ」
〈…………〉
「うん、よろしく。また連絡する」
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