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2)緋色の視線
02-01
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狛杜高校における保健委員の仕事は次の通りである。
・朝のホームルームの後、健康観察記録簿を保健室に持っていく(二限目休み時間までに)
・所属教室前の手洗い場や、トイレのハンドソープ等補充
・保健室の清掃(週替わり制)
・授業中に体調不良者またはケガ人が出たら保健室に連れていく
・毎月の保健だよりの作成と掲示
・健康意識を呼びかけるポスターの掲示
・健康に関するアンケートの実施~結果の掲示
・行事等での健康観察や救護対応、養護教諭の手伝い
委員会のなかでも保健委員が特に敬遠されている理由が、観察簿を毎朝保健室に持っていくという仕事があることだ。
「じゃあ相模、コレよろしくな」
「はーい」
朝のホームルームが終わると、白髪まじりの黒髪に恰幅の良い体格の担任教師・後藤から、『健康観察記録簿 二年三組』と書かれた黒い厚紙の表紙のファイルを受け取り、和都はため息まじりに教室を出る。
──……めんどくさー。
二年生の教室は本校舎の三階にあって、保健室は東階段を一階まで降りてすぐ、第二体育館への通用口を挟んだ向こう側にある。
これから一年間、毎朝ここへ、この黒いファイルを運ばなければならないのだ。
──昨日の今日で顔合わせるの、気まずいんだけどな。
ただでさえ億劫な仕事なのに、昨日の昼休みの出来事を思い出して、より足が重くなる。普段は飄々とした性格の人なので、大丈夫だろうとは思うが。
和都は再びため息をついて保健室へ近づく。と、普段はきちんと閉じられているはずの保健室の引き戸が珍しく開いたままで、中から何か話している声がする。
「二年三組です。観察簿持ってきました」
一応開いたままのドアをノックして中に入ると、ピンストライプのワイシャツに紺のネクタイ、白衣を着て眼鏡をかけた養護教諭・仁科と、白Tシャツに上下小豆色のジャージを着た、あの新任教師・堂島が談笑していた。
「あぁ、相模。おはよ」
気付いた仁科が普段と変わらない雰囲気でこちらを見た。
「……あの、これ」
「はいはい、ご苦労さん」
おずおずと近づいて観察簿を差し出すと、仁科が何でもないように受け取るので、和都は少しだけホッとする。どうやら昨日の出来事については、特に気にしていないようだ。
その様子を見ていた堂島が、もの珍しそうに口を開く。
「お、なになに?」
「あー、うちの学校、各クラスの健康観察記録簿を保健委員の生徒が持ってくるんだよ」
「へぇ、そうなの。今時珍しいね」
二人の話し方は、随分と親しげで、昨日今日知り合っただけとは思えない。
「……先生達、知り合い、なんですか?」
「うん。大学が一緒でね。学部は違ったけど、サークルは同じだったから」
「そーそー。だから今回の赴任先、最初に聞いた時はビックリしたわ」
ノリというか雰囲気は確かに近いものを感じる。友人同士だったというのなら納得がいく感じだ。
始業式で見た時は雰囲気の異様さに吃驚したが、今こうして仁科と話している様子を見る限り、普通の、ただ人の良さそうな教師にしか見えない。
──……本当に『鬼』なのかな?
昨日、自分の目の前に現れた元狛犬のハクは、人に紛れている『鬼』は人前で襲ってくることはないだろうと言っていた。友人である仁科の前なので、普通の人間を装っている可能性は高い。
ジッと観察していると、堂島がニッコリ笑いながらこちらを見た。
「あっ君、二年三組って言ってたよね? 四限の体育の担当、俺だからよろしくな!」
「あっ、はい。……よろしくお願いします」
できれば避けたい展開だったが、こればかりはどうしようもない。
──教科担任、かぁ……。
体育の授業の度に、人間に成り済まし、自分を食べようとしている『鬼』と顔を合わせるというわけだ。これはとても、頭が痛い。
なんとも気まずい気持ちでいると、何かに気付いたように仁科が声を掛けてくる。
「……相模、どうした? 具合悪いのか?」
「あっ、いえ大丈夫です。失礼します!」
和都は慌ててそう返すと、逃げるように保健室を出ていった。
保健室に残された教師二人は、急ぐように出ていった和都の様子を見送って、少しばかり静かになる。
「……あーらら。嫌われちゃったかなぁ? 子どもウケは良い方なんだけど」
「さぁな。ほら、お前も行けよ。一限目始まるぞ」
「あぁ、じゃあな」
堂島が出ていったのを見送り、仁科が保健室の扉を閉めると、ちょうど一限目の開始を知らせるチャイムが鳴った。
──なんか、変だったな。
仁科は先ほどの和都の様子を思い出す。
相模和都は保健室の利用回数が圧倒的に多いため、特に気をかけている生徒の一人だ。
始業式では予想どおりに倒れたうえ、その後の昼休みには少々厄介な出来事が起きた。本人は平気そうに振る舞ってはいたが、それなりの心労にはなっているだろう。
念のため、先に二年三組の健康観察記録簿を開いて確認した。今日の日付の『相模』と書かれた欄には、特になにも書かれていない。ということは、今朝の点呼の時点では特に問題がなかったということだ。
だが、初対面の人間に即嫌われるようなタイプではない堂島に対して、和都がどこか怯えたような顔をしていたのは引っかかる。もしこれが女性であれば、本人も苦手だと言っていたので理解できるが、一年の頃からの様子を見るに、和都はどちらかといえばそこまで強く人見知りをするようなタイプではない。
──少し、気にしておくか。
二年三組の観察簿を閉じると、仁科はデスクについてパソコンに向かい、午前中の業務の一つである、健康観察データの入力を始めたのだった。
・朝のホームルームの後、健康観察記録簿を保健室に持っていく(二限目休み時間までに)
・所属教室前の手洗い場や、トイレのハンドソープ等補充
・保健室の清掃(週替わり制)
・授業中に体調不良者またはケガ人が出たら保健室に連れていく
・毎月の保健だよりの作成と掲示
・健康意識を呼びかけるポスターの掲示
・健康に関するアンケートの実施~結果の掲示
・行事等での健康観察や救護対応、養護教諭の手伝い
委員会のなかでも保健委員が特に敬遠されている理由が、観察簿を毎朝保健室に持っていくという仕事があることだ。
「じゃあ相模、コレよろしくな」
「はーい」
朝のホームルームが終わると、白髪まじりの黒髪に恰幅の良い体格の担任教師・後藤から、『健康観察記録簿 二年三組』と書かれた黒い厚紙の表紙のファイルを受け取り、和都はため息まじりに教室を出る。
──……めんどくさー。
二年生の教室は本校舎の三階にあって、保健室は東階段を一階まで降りてすぐ、第二体育館への通用口を挟んだ向こう側にある。
これから一年間、毎朝ここへ、この黒いファイルを運ばなければならないのだ。
──昨日の今日で顔合わせるの、気まずいんだけどな。
ただでさえ億劫な仕事なのに、昨日の昼休みの出来事を思い出して、より足が重くなる。普段は飄々とした性格の人なので、大丈夫だろうとは思うが。
和都は再びため息をついて保健室へ近づく。と、普段はきちんと閉じられているはずの保健室の引き戸が珍しく開いたままで、中から何か話している声がする。
「二年三組です。観察簿持ってきました」
一応開いたままのドアをノックして中に入ると、ピンストライプのワイシャツに紺のネクタイ、白衣を着て眼鏡をかけた養護教諭・仁科と、白Tシャツに上下小豆色のジャージを着た、あの新任教師・堂島が談笑していた。
「あぁ、相模。おはよ」
気付いた仁科が普段と変わらない雰囲気でこちらを見た。
「……あの、これ」
「はいはい、ご苦労さん」
おずおずと近づいて観察簿を差し出すと、仁科が何でもないように受け取るので、和都は少しだけホッとする。どうやら昨日の出来事については、特に気にしていないようだ。
その様子を見ていた堂島が、もの珍しそうに口を開く。
「お、なになに?」
「あー、うちの学校、各クラスの健康観察記録簿を保健委員の生徒が持ってくるんだよ」
「へぇ、そうなの。今時珍しいね」
二人の話し方は、随分と親しげで、昨日今日知り合っただけとは思えない。
「……先生達、知り合い、なんですか?」
「うん。大学が一緒でね。学部は違ったけど、サークルは同じだったから」
「そーそー。だから今回の赴任先、最初に聞いた時はビックリしたわ」
ノリというか雰囲気は確かに近いものを感じる。友人同士だったというのなら納得がいく感じだ。
始業式で見た時は雰囲気の異様さに吃驚したが、今こうして仁科と話している様子を見る限り、普通の、ただ人の良さそうな教師にしか見えない。
──……本当に『鬼』なのかな?
昨日、自分の目の前に現れた元狛犬のハクは、人に紛れている『鬼』は人前で襲ってくることはないだろうと言っていた。友人である仁科の前なので、普通の人間を装っている可能性は高い。
ジッと観察していると、堂島がニッコリ笑いながらこちらを見た。
「あっ君、二年三組って言ってたよね? 四限の体育の担当、俺だからよろしくな!」
「あっ、はい。……よろしくお願いします」
できれば避けたい展開だったが、こればかりはどうしようもない。
──教科担任、かぁ……。
体育の授業の度に、人間に成り済まし、自分を食べようとしている『鬼』と顔を合わせるというわけだ。これはとても、頭が痛い。
なんとも気まずい気持ちでいると、何かに気付いたように仁科が声を掛けてくる。
「……相模、どうした? 具合悪いのか?」
「あっ、いえ大丈夫です。失礼します!」
和都は慌ててそう返すと、逃げるように保健室を出ていった。
保健室に残された教師二人は、急ぐように出ていった和都の様子を見送って、少しばかり静かになる。
「……あーらら。嫌われちゃったかなぁ? 子どもウケは良い方なんだけど」
「さぁな。ほら、お前も行けよ。一限目始まるぞ」
「あぁ、じゃあな」
堂島が出ていったのを見送り、仁科が保健室の扉を閉めると、ちょうど一限目の開始を知らせるチャイムが鳴った。
──なんか、変だったな。
仁科は先ほどの和都の様子を思い出す。
相模和都は保健室の利用回数が圧倒的に多いため、特に気をかけている生徒の一人だ。
始業式では予想どおりに倒れたうえ、その後の昼休みには少々厄介な出来事が起きた。本人は平気そうに振る舞ってはいたが、それなりの心労にはなっているだろう。
念のため、先に二年三組の健康観察記録簿を開いて確認した。今日の日付の『相模』と書かれた欄には、特になにも書かれていない。ということは、今朝の点呼の時点では特に問題がなかったということだ。
だが、初対面の人間に即嫌われるようなタイプではない堂島に対して、和都がどこか怯えたような顔をしていたのは引っかかる。もしこれが女性であれば、本人も苦手だと言っていたので理解できるが、一年の頃からの様子を見るに、和都はどちらかといえばそこまで強く人見知りをするようなタイプではない。
──少し、気にしておくか。
二年三組の観察簿を閉じると、仁科はデスクについてパソコンに向かい、午前中の業務の一つである、健康観察データの入力を始めたのだった。
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