上 下
3 / 3

第三話 これより爆弾処理をはじめます

しおりを挟む
 私は眉をひそめて彼の言葉を待つ。

「残りの半分は無作為に選ばれた人間の心臓に繋がれています。そのコードを切れば心臓が裂けるそうです。実際に一人…目の前で亡くなりました。豊部長です。部長が命と引き換えに証明してくれました」
「そんな…豊部長が…」

 豊部長が死んだ。動揺が隠せずに目線に落ち着きがないのは自分でもわかっていた。胸をぎゅっと押さえるも、その苦しさは増すばかりだった。

「コードが繋がれている人間の中にも警察内部の人間はたくさんいました。僕の同期だけじゃない、佐渡警視総監にも」
「佐渡警視総監も!?」

「だからっ」、川北くんは私の肩を掴んで必死な顔で懇願する。

「だから先輩に切ってほしいんです。これ以上、犠牲者を増やしたくないんです!! この状況を打破するには先輩の力が必要なんです」

 かすかに手が震えている。さっきまで平然な顔をしていたのは無理をしていただけなのだと分かった。けれど私は、彼の願いに答えられるほどの自信はなかった。だから申し訳なさそうに彼の手を下ろした。

「私はもう爆弾処理はしない。それに人の命に直接繋がれているコードなんて、私には無理だよ…」
『無理なんかじゃないよ』

 会話を聞いていた佐渡警視総監はそう口をはさんだ。

『君ならできる。きっと成功させることができる』
「……なんですか、なんなんですかあなたは」

 根性論っぽく悟ってくる警視総監にイラつきはじめる。佐渡警視総監はいつだって私の言葉を否定する。私がネガティブなことを言うと前向きな言葉で返してくる。それが神経を逆撫でするのだ。

「あなたはいつだって私の背中を押してくる。警察官だった頃も、爆弾処理に失敗した日はいつもご飯をご馳走してくれた。役付きでもない巡査の私をどうして気にかけるんですか」

 こんな状況下で訊くべきことではないと分かっていながら、ずっと聞けなかった素朴な疑問を投げかけた。すると佐渡警視総監は鼻で笑ったあとに口を開いた。

『私は一度、君に救われたことがあるんだ』
「爆弾処理で一緒になったことありましたっけ?」
『そういった物理的に助けてもらったというわけじゃないんだ。警視総監の役職に就いてから国や政治家からの圧力に嫌気が差したときがあった』

 トップに立つ者はその組織以外にも気を遣わなければならないときがある。国や政治家、ヤクザなど秩序を守るためには、彼らとの関係も良好でなければならない。バランスを保つために。

「事件を隠ぺいしたり、政治家の息子だからといって無罪をでっち上げたり、警察官らしからぬ行為ばかりして偽物の正義をふりかざしていた。君は以前、自分自身を犯罪者と言っていたね。私の方こそ犯罪者の肩書が似合っているさ』

『だけど』、と佐渡警視総監の声色が明るくなった気がした。

『君が涙を流しながら爆弾処理する姿をみたとき、自分の過ちに気付かされた。命がけで市民を守る姿に魅せられてしまったんだ。地位を守るために悪に染まっていくわたしを、君が断ってくれたんだ』
「佐渡警視総監……」
『それに根拠もなく成功できるって言ってるわけじゃない。だって君は百発百中で爆発させるだけじゃなく、爆弾処理をして誰ひとりも犠牲者を出していないじゃないか。国会議事堂やスカイツリーなど、いつだって君は木っ端微塵に大破させてきた。けどね、誰一人亡くなっていないんだよ。君は64回全員の命を助けているんだ。爆発に巻き込まれているのに君自身だって軽傷ですんでいる。これを奇跡と呼ぶには軽すぎる。これは君の才能、僕らには真似のできない天賦の才だ』

 自分が抱えていた悩みを才能だと言ってくれたのは佐渡警視総監だけだった。部署の同僚らにはボマー川崎ってあだ名をつけられて笑われていたのに。私が過ごした6年間の警察人生を肯定してくれた。それがどんなに嬉しいことか他人にはきっと分かるまい。

「あー…くそう」

 枯れていた涙が溢れでてくる。警視総監に悟られないように声を押し殺し、これ以上涙が出ないように空に顔を向けた。意思が揺らいでいく。爆弾処理はしないという固い意思が。

『上空のコードをみて、君はどれが爆発するコードなのか判別できているはずだ。頭ではなく直感で分かっているのだろう』

 私は無言で頷いた。

『あと君に足りないのは勇気だけだ。世界を救うとか考えなくていい。君がこれまで断ってきたのは爆弾なんかじゃなくて人々の不安や恐怖だ。目の前の市民を救うために尽力してきた。だから今回も不安に怯える市民を、君の手で救うんだ』

 佐渡警視総監は一呼吸おいて『やってくれるかい、川崎巡査』、と最後に一言添えた。やはり佐渡警視総監には敵わない。彼の言葉は魔法のように力を与えてくれる。私は涙をぬぐって、避難所ではなく公用車の方へ歩きはじめた。

「川北くん、コードを集約しているところまで案内して」
「優菜先輩!! 承知しました。場所は警視庁の屋上になります。すぐに向かいますので車に乗ってください」

 赤いパトランプとサイレンを鳴らし、爆速で警視庁に到着する。電気が止まっているわけではないため、エレベーターで屋上まで上昇する。上昇するにつれて空の色が不気味な赤紫色に変わっていく。それも宇宙船が影響しているのだろう。

「優菜先輩は怖くないんですか」
「怖いよ。今だって手が震えて止まらないもの。けどね、ここで逃げ出してみんなを見殺しにして生きていく方がもっと怖い」
「先輩らしいです」

 チンッ。エレベーターのドアが開くと、冷たい秋風が入り込んでくる。その先には美しい紅葉の景色が広がっているわけはなく、地面に横たわる人で溢れかえっていた。その数は屋上を埋めつくすほどいる。ここはひどく空気が淀んでいる気がした。

 警察官だけではなく、お年寄りから小さな子供までいる。その中には恐怖と不安で泣きじゃくっている人もいた。そして彼らの体からカエルの卵のような半透明なコードが伸びている。あれが心臓につながっているコードなのだろう。

「優菜先輩、こちらです……優菜先輩?」

 私は川北くんとは別の方向の、大粒の涙を流す小さい子供の側まで近づいた。地面に片膝をついて頭をぽふぽふと撫でる。

「怖かったね。よく頑張ったね。あとはお姉さんに任せんしゃい」
「先輩…」
「佐渡警視総監が言ったように私たちでみんなの不安や恐怖を断とう。これ以上、悲しい涙は流させない。だから川北くん、補助をお願いできる?」
「もちろんです。それと優菜先輩に渡したい物があるんです」
「渡したい物?」

 川北くんから手渡されたのは新品のケーブルカッターだった。使い古したものではなくきれいに梱包までされていた。べつに新品じゃなくていいのに、と思ったが。

「これは僕が豊部長から貰ったものでしたが、本来は先輩へプレゼントするものだったんです」
「これを私に?」
「先輩が辞めるちょっと前、先輩の誕生日だったでしょう。それで豊部長がそれをプレゼントとして用意していたのですが、退職すると聞いて渡せずにいて」
「豊部長…」

 メッセージカードが添えられていた。ただ一文だけ、誕生日おめでとうと綴られている。何度も書き直したであろう筆圧の痕も残っているが、何を書こうとしたのか読み取れない。この6年間ツラいことがたくさんあったが豊部長の優しさに何度救われたことか。愚痴も聞いてくれたし食事に連れて行ってくれた。豊部長の優しさが私を6年間も繋ぎとめてくれたのだ。

「ありがとうございます豊部長。私、幸せですよ。豊部長に会えて幸せ者です」

 ケーブルカッターを胸に抱いてそっと呟いた。そんな感傷に浸る時間も与えてはくれない。目の前に電子モニターが浮かび上がる。侵略者からのメッセージだった。


【遊戯に参加しますか】YES or NO


 もちろんためらわずに【YES】を押した。するとさっきまで半透明だったコードは色濃くなり、手で触れることができるようになった。どうやら遊戯に参加することができたようだった。

「命を弄んでいるふざけた遊戯を終わらせてやるんだ」

 いつもの白い作業着を羽織り、ケーブルカッターをカチッと鳴らした。

「機動隊爆発物処理専門部隊、川崎優菜。これより爆弾処理を始めます!」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...