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1話ここから始まる夢物語

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 突然ですが皆さんに質問があります。
 玄関を開けると目の前で妹が蹲って泣いている場合、私はどう対応したら良いでしょうか。

「お、おねっ……お姉ぢゃぁぁぁぁん!!」

 妹の真菜が私を認知するや否や、立ち上がって飛び付くように抱きついてきた。真菜の涙と鼻水が私の新しい高校の制服にびちゃりと付着する。

「どうしたの真菜、もう口元が鼻水だらけじゃないの。はーなーれーて!!」
「いやぁぁぁ」

 力ずくで真菜を引き剥がそうと試みるが、真菜は私の制服に顔を埋めて顔を左右に振り出した。
 その結果、私の制服に真菜の鼻水が広がっていく。

「あぁ!! 動かさないで動かさないで、ごめんごめん」

 さぁどうしよう。
 無理矢理引き剥がそうにも私の制服が犠牲になるし、泣き止むまで待つのも身体が保たないし、困ったな。

「ねぇ真菜。どうしたの? お姉ちゃんに話してごらん?」
「こわいユメみたの」

 んー、怖い夢にかぁ。
 実の妹ながら可愛い。

 悪夢を見て泣いちゃうところが小学生って感じだなぁ。歳が離れた兄弟・姉妹は面倒くさいって言う人がいるけど、案外こういうところが可愛いくて、ついつい甘やかしちゃうんだよな、わたし。

「よしよし、怖かったねぇ。どんな夢見ちゃったの?」
「今日の夜ごはんが、焼いたピーマンの中にお肉が詰めてあるやつが出てきたの」

 んー、それはピーマンの肉詰めかな。
 真菜はピーマンが大の苦手なのだ。
 以前、細かく刻んだピーマンをハンバーグに入れて真菜に食べてもらい『実はピーマンが入っているんでした。美味しいでしょ?』という作戦を母が実行したが、一口食べた瞬間にピーマンの存在に気付いて部屋に引き籠ってしまった事件があった。

「でも真菜、それは夢なんでしょ? お母さんが今日はピーマンの肉詰めにするって言ってたの?」
「言ってない。まだ帰ってきてないもん」
「なら大丈夫だよ! 今夜はピーマンの肉詰めじゃない、お姉ちゃんもお母さんにピーマンの肉詰めは嫌だって言っておくよ」
「ほんとぉ?」

 そう言うと、真菜はようやく抱きついていた腕を緩めて私から離れてくれた。
 私の制服は可愛い妹の体液で染め上げられ、その悲惨な状態に思わず顔を引き攣ってしまう。

「ほら真菜、顔洗ってきな」
「うん、お姉ちゃん大好き!!」

 さすが、子供は気持ちの切り替えが早いなぁ。真菜は太陽のような眩しい笑顔を私に向けて洗面所へ走っていった。

 ふぅ、帰ってそうそう疲れたな。
 さて、この制服はどうしようか。

「はは……制服って洗濯できるのかな」


 ◆


「お母さん、これは何?」

 夕食時。
 私はテーブルに並べられた緑色の料理を見ながらお母さんに尋ねた。焼きめの付いた緑色の野菜に、ハンバーグが詰めてある。これはもうアレだよね。

「これは野菜の肉詰めよ」
「野菜は野菜だよ。間違ってないけど、私の問い掛けた質問に対する答えは間違ってるよ」
「だってぇお隣さんが『これ、採りたてなんです』って言って沢山貰っちゃったんだもん」
「私はいいんだけど……」

 チラッと横目で真菜を見ると、案の定放心状態で隣に座るのはもはや魂の抜けた真菜の抜け殻だ。

「真菜ちゃん、このピーマンなんだけどフルーツみたいな甘いんだって! 真菜ちゃんフルーツ大好きだもんね」
「フルーツは、ハンバーグを挟んだりしない」
「今はフルーツもハンバーグを挟む時代なのよ」

 どんな時代だよお母さん。
 しょうがない。真菜がピーマンの肉詰めを食べたくなるように、元演劇部である私がひと演劇見せてやりますか。

 私はピーマンの肉詰めを箸でつまみ、デミグラスソースを付けて一口で食べる。
 パクっ。

「んんっ! ホントだ、あまーい。ほら真菜、美味し――はうっ」

 ピーマンの肉詰めを頬張る私を、隣の席から見つめる真菜。光の宿っていない眼を向けられて、思わず私は黙り込んでしまう。

「お姉ちゃん。今晩の夕食はピーマンの肉詰めじゃないって言ったよね」
「いや、違っ、これは……フルーツの肉詰めよ」
「ピーマンだよ!!!」

 真菜はそう言い残して、自身の部屋へと走っていった。だってまさか、真菜が見た夢が現実になるなんて思わないでしょ。

 それを世間では『正夢』という。
 夢で見た出来事が現実に起こる。

 そんなファンタジー溢れることがあるわけがない。これは単なる偶然であり、必然性など全く無いのだから。

 そう思っていた。

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