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恋の思い出は尾行と共に〜後編〜

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 シェイクスピアのヴェローナの二紳士にこんな名言がある。

『恋する男は素振りでわかる』

 そんな台詞を私は大学の飲み会で口にしてしまったのが事の始まりだった。キャピキャピ女子が恋愛話で盛り上がってる中、その話の流れについていけなかった私はついその台詞を口にしてしまった。すると「糸乃さんって、もしかして恋愛マスター?」と意味不明なことを尋ねられて、勢いに任せて頷いてしまったのだ。

 それから話が大きくなり、気付くと周りの人たちは私を『恋のマジシャンガール』というあだ名をつけていた。私に恋愛相談をすると魔法にかけられたように恋が実ると噂され、私は相談を受ける毎日を送っていた。

 無論、私に恋愛経験などない。
 それ以前に男の人とロクに会話もしたことない。
 だけど女友達が少ない私にとって、ただ座ってるだけで勝手に誰かが声を掛けてくれるという毎日が嬉しくて、調子に乗っていた。
 しかしある日の飲み会でギャルっぽい子が私にこう言った。

「てかぁ、マジシャンガールって彼氏いたことあるのぉ? そんな話、一回も聞いてなくねぇ?」
「何言ってるの、彼氏くらい……いたよ」

 ――嘘である。

「名前なんつーのぉ?」
「こ、晃一って言うんだよ」

 ――嘘である。

「マジシャンガールの話聞きたいなぁ」
「しょ、しょうがないなぁ」

 そして私は語りだした。
 嘘にまみれた過去の思い出を。

「あの頃の私は……へへっ、素直じゃなかったんだ。晃一とは高一の頃から付き合っててさ、クラスの皆にはそのことを隠してたんだよ。放課後は校舎裏に集合して手を繋いで帰ったりして楽しかった。でもある日、同じクラスの子が私達二人でいるところを目撃してさ……それから周囲に噂が広まって晃一との関係が徐々にこじれていったの。連絡先も持ってるんだけどさ、ほら」

 私は瞬時にアドレス帳に登録してある母親の名前を、晃一に変更して周囲に見せびらかす。おぉーと謎の歓声が上がる。

「私は酷い女なの。彼を傷付けて……そして私自身も傷付いたフリをして周囲に同情を買った。恋のマジシャンガールなんて呼ばれてるけど……私にはそんな資格はないのよ」

 私は寂しげな表情を浮かべてイチゴミルクを飲み干す。これで恋のマジシャンガールと呼ばれずにすむ……と思いきや。

「まじぱねぇよマジシャンガール……いいや、恋のエクゾディア」
「……エクゾ……え?」

 こうして私は大学を卒業するまで恋のエクゾディアと呼ばれていた。それらは今思えば良い思い出であり、私の黒歴史というやつになった。

 ◇


「くそう『高校生の頃に晃一という彼氏がいた』という設定をsiroの記憶データに埋め込んだままだった。こんな時に私の黒歴史を思い出させやがって」

 Siroの野郎、私の気持ちを掻き乱すだけ乱した後、自分だけ楽しい旅行に出かけやがった。もやもやと胸の奥に渦巻くものが中々取り払えないまま私は尾行を続行。

 時刻は十三時、お昼になった途端に観光客は増えて着物を着て歩く人も多くなった。さすが小江戸の街と呼ばれるだけある。でもそのおかげで私のゴスロリスタイルも目立たなくなってきた、ここから本領発揮だ!

 シュタタタタタタ。
 シュババババババ。
 シュトトトトトン。

 それから私は探偵になった気分で二人を尾行し続けて三時間が経過した。時刻は十六時、空にはオレンジ色が混ざり始め、肌寒い風が街を駆けていく。観光客もお昼時に比べて随分と減っている。
 そして数時間も祈達を尾行した私はある結論に至る。

「あの二人付き合ってないんじゃないの!? 手も繋がず肩も触れない。恋人同士には見えないんだけどなぁ」

 数時間見ていたが手を繋ぐ様子もなく、ただぶらぶらと川越の街を散策しているだけ。年季の入った建物を背に、互いに写真を撮り合って楽しそうに笑い合っている。

「……いいなぁ」

 別に羨ましいわけじゃない。
 彼氏が欲しいわけでも。
 男の子と遊びたいわけでもない。
 なのに私の口から無意識にそんな言葉が漏れていた。

「妹のデートを遠くから眺めて……何やってるだろう私は。何だか冷めちゃったなぁ」

 さっきまで盛り上がっていたアドレナリン達は、気が付くとどこかへ消えていた。私は双眼鏡を外して帰ろうと立ち上がった――が。

「あ、あの……お姉さん!」

 幼さを感じる可愛らしい女の子の声が聞こえた。それと同時に私のゴスロリのスカートのフリルを何者かが引っ張っている感覚が伝わる。

「聞こえて……ますか?」

 声のする方向へ振り向くと、そこには私の腹部くらいの身長で見慣れないセーラー服を着た女の子が立っていた。黒髪のボブヘアーを風に靡かせながら、上目遣いで私を見つめている。手には修学旅行用と記入されたデジタルカメラを持ち、その手は小刻みに震えていた。

「わ、わわわわたし……ですか?」
「お、おおおお姉さんのそれ……」
「ど、どどどれ……でしょうか?」
「その格好『二人はバリギャル』のバリ子のコスプレですよね!?」
「んん!?」

 瞳に星を埋め込んで眩しい視線を送ってくる。嫌な予感がした私はこの場から逃げ出そうと考えたが、服をしっかり掴まれているため逃げ出せない。

 ちなみに『二人はバリギャル』とは、とある高校生のギャル二人が魔法少女に変身して全国で悪さをしているギャルを正すという異端な青春アニメである。

 主人公は金髪のバリ子と白髪のバリ美。二人は高校生からギャルを始め、ギャグを主体として一話完結の短編を何話か続けて放送されていた。人気はそこそこあるが、絶賛されるような作品ではなかった。しかしアニメ第二期の十二話でオタク達に衝撃を与える。

 それまでの愉快な話が全て悲壮感溢れる内容に思えてくるほど悲しい話が十二話で展開された。それはバリ子とバリ美の二人の過去についての話だ。今までふざけたアニメだとアニメ評論家から馬鹿にされたりもしていたがその一話で、たった三十分で一変、一話から張り巡らされていた隠れた伏線がその一話で全て回収され、奥の深すぎる内容にオタクの涙を誘ったという。そんなアニメだ。

「か、勘違いじゃないかなぁ?」
「いや私の目には狂いはないです。そのゴスロリの色合いとレースの感じ。それにほらここ、バリ子の口癖の「バリバリにしてやんよ」って言葉が刺繍されてるもん」
「お、おおお母さんんんんん!?」

 確かに女の子の言うとおり、私のスカートには赤色の糸で小さくバリ子の台詞が刺繍されている……ってお母さん!?

「お姉さん、私と写真撮ってください! お願いしますっ」
「え、でも、ほらお姉さん……ぶちゃいく…だし? 写真なら、私なんかより景色のほうが綺麗だし?」
「お姉さんは美人さんです!!」
「はうぅ」
「お姉さんはスタイルもいいし」
「うぅん」
「お姉さんだから私は写真撮りたいと思ったんです!!」
「あぁん」

 女の子の三撃が私にクリティカルヒットし、私は「い、一枚だけだぞぉ?」と照れながら一枚写真を撮ることになった――が。

「なんやなんやエライべっぴんさんがおるがな」「なにモデルの撮影?」「あれってバリ子のコスプレじゃん」「朋ちゃん何やってんの……ってバリ子じゃん!」「ほっほっほ、若いってええなぁ」

 気付けば私の周りには老若男女問わずたくさんの人で溢れて撮影会が開始されてしまった。断れない私はそのまま撮影を続け、気付けば祈達の存在を忘れて何時間も撮影をしていたのだった。


 ◆

「お姉さんありがとねぇ、ばいばーい」
「ば……ばいば~い……はぁ」

 私が解放されたのは撮影会が始まってから一時間後のこと。様々な人から写真を撮られた私は疲労困憊の状態で駅に向かっている途中だった。

「何だか今日は疲れたなぁ……結局祈達も見失うし――ってあれは!?」

 トボトボ駅に向かう私の前を、偶然祈と男が横切る。二人は駅とは反対側の人気のない道へと進んでいく。

「こ、これは……やばたにえんの予感」

 尾行モードオン。
 私は再びサングラスをつけて祈達の後を追う。

 シュタタタタタ。

 辿り着いた先は薄暗いシャッター街。
 電球がチカチカと点滅し、路地裏を覗けばネズミ達が野獣のごとくゴミ袋を漁っている。下水道の臭気が漂い今すぐにでも逃げ出したい気持ちが強まる。

「でも……わ、私の大切な妹だもん。見捨てるなんてやだよぉ」

 こんな場所に一人でいるのが怖くて、また心細くてじわっと視界が歪み始める。私は急ぎ足で祈の後を追うと、二人はある建物の前で立ち止まった。私は咄嗟に近くにあった自販機の身を潜め、双眼鏡で様子を窺う。

「なんだこの建物……」

 そこは綺麗な小さなお城のようだった。
 白いレンガの造りで、その建物を二メートルくらいの壁が囲んでいる。入り口は白熱灯が激しく光り、その入り口の横には『休憩』と『宿泊』の二文字が書かれた看板が壁に埋め込まれている。これはぁ。

「らぁーぶぅ、ホテル!?」

 愛の巣窟であるラブホテル。愛ではなく素直に性の巣窟と言ったほうがしっくりくる……なんてどうでもいい。

「あわ、あわわわわ祈ぃ」

 私は慌てて双眼鏡で祈を捜すと、入り口の前で男に無理やり腕を引っ張られている祈の姿が目に入った。

 ――え。

 祈は苦い顔をして抵抗しているが、男は引き下がる様子はなくグイグイと引っ張っている。その光景を見た瞬間、私の中でプッツリといけない糸が切れた音がした。

「祈にぃ……手を出すなぁぁぁぁぁぁ!!」
「へ?」

 気づけば私は全力疾走で男に向かい、片足に力を込めて地面を蹴り、体を浮かせて男にドロップキックを繰り出した。少し硬めのトランポリンに着地したような踏みごたえが癖になりそうな感覚が足に伝わる。男は私に吹っ飛びされて路地裏の暗闇に消えていった。

「くるくるくる……シュタッ、ドヤッ」
「何してるのお姉ちゃん!?」
「い……祈ぃぃ大丈夫だっだぁぁぁ心配したんだよぉ」

 私は祈の顔を見るや否や、自然と涙が溢れて欲望のままに祈に抱きついた。もう離すまいと力強く。

「何でこんなところにお姉ちゃんが、というか何その服、てか裕太君が……ええいツッコミどころ満載だな!」
「祈ぃぃいの、いのぉぉぉ祈ぃぃぃ」
「はいはい、よく分からないけどよしよーし」

 ぐりぐりと祈の胸元に顔を埋める。
 そんな私の頭を優しくて暖かい手が擦ってくれる。
 安心感を与えてくれる祈の匂いに包まれた私は、頬を緩ませてそっと目を閉じた。

 ◆

「ご、ごめんなさい……」
「いえいえ僕の方こそ……すみません」

 どうやら祈が買い物の途中で貧血になってしまったため近くのお店で休もうとしていたらしいのだが、どこにも店が無くて仕方なくホテルを選んだという。

「ごめんね勇太君、心配かけちゃって。お姉がいるからもう大丈夫! 今日は一日買い物に付き合ってくれてありがとね」
「ううん、こっちこそごめん。いきなりホテルに連れ込もうとして無神経だったよね。でも今日はほんとに楽しかったよ! それじゃ、また職場でね」

 そう言って男は去って行った、祈を助けようとしてくれたのなら、案外悪いやつではないのかもしれないな。「それじゃあ帰ろっか」と祈が私の前を歩いていく。私はその後を追いかけるように足を動かした瞬間。

 ――ペロッ。

「――ッ!?」

 鳥肌が私の頭から足に向かって駆けていく。それは私史上最大級の悪寒だった。殺気とは違うが、己の身に危険が生じている、今すぐ逃げろと本能が叫んでいた。

 私はおそるおそる後ろを振り向く。
 すると今日一日、祈と一緒に行動を共にしていた勇太という男がこちらを見てニヤリと一言。

「あぁぃぃ……お姉さんも……素敵だなぁ」


 男は祈の腕を掴んだ手の平を、ペロッとひと舐めして私を見ていた。
 あ……こいつヤバい。



 ◆あとがき◆

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

「ねぇ祈……あの男はヤバい」
「どうしたのお姉ちゃん?」
「いやそれがさ……」

 ピコンッ。

「ん?」

『新着メッセージ、磯部勇太があなたをフォローしました』

「ひぇっ」
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